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ロジェ・カイヨワ 『遊びと人間 増補改訂版』 多田道太郎・塚崎幹夫 訳 (講談社文庫)

ロジェ・カイヨワ 
『遊びと人間 
増補改訂版』 
多田道太郎・塚崎幹夫 訳

講談社文庫 D25

講談社 
昭和48年7月15日 第1刷発行
昭和56年7月1日 第8刷発行
377p 遊びの索引7p 
文庫判 並装 カバー 
定価440円
デザイン: 亀倉雄策
カバー装画: K・B・K



本書「訳者後記」より:

「本書は Roger Caillois : Les Jeux et les Hommes (Le masque et le vertige), édition revue et augmentée, Gallimard, 1967. の全訳である。これは Collection Idée に収められた増補改訂版であって、初版は同じガリマール書店から一九五八年に刊行されている。初版本には、本書にみられる「序論」はない。巻頭の「日本版への序」は、もちろんいずれの版にもなく、特にこの邦訳のために著者が寄せられたものである。」
「事情により出版が七一年となった。その間に清水幾太郎・霧生和夫両氏の翻訳(初版本による)が出版され、これを参考にすることができた。(中略)なお、「遊びと聖なるもの」(『人間と聖なるもの』所収)を翻訳し、著者の同意を得て本書に加えることができた。」



本書「文庫版のためのあとがき」より:

「今度、本書を「講談社文庫」として刊行するに際し、内容についていくつかの訂正をほどこしたほかは、特に改めた点はない。
 人名・事項索引は頁数の都合で省略し、解説、後記はそのまま収録したが、文献リストについては、その後の著作を追加しておいた。」



カイヨワ 遊びと人間


カバー裏文:

「人は夢、詩、神話そして遊びによって超現実の世界を創る。遊び、この非合理の魅惑を最も合理的に語る合理主義者カイヨワ。シラーの予言的直観“遊戯衝動は人間の根源的衝動”、ホイジンガの遊びを虚構とする分析を受け、遊びの諸相を丹念に拾い、その基本的範疇「競争」「模擬」「運」「眩暈」を提示。これを基点に文化の発達を解明、遊びの純粋な像を抽出した名著。」


目次:

日本版への序文 (ロジェ・カイヨワ、1970年)

序論
第一部
 一 定義
 二 分類
  (イ) 基本的範疇
  (ロ) 喧噪から規則へ
 三 遊びの社会性
 四 遊びの堕落
 五 遊びを出発点とする社会学のために
第二部
 六 遊びの拡大理論
  (イ) あり得ない組合せ
  (ロ) 偶発的な組合せ
  (ハ) 根源的な組合せ
 七 模擬と眩暈
  (イ) 遊びと文化との相互依存
  (ロ) 仮面と失神
 八 競争と偶然
  (イ) 変遷
  (ロ) 能力と運
  (ハ) 代理
 九 現代社会への再湧出
  仮面と制服
  縁日
  サーカス
  空中サーカス
  人真似し茶化す神々
補論
 一 偶然の遊びの重要性
 二 教育学から数学まで
  1 教育心理学的分析
  2 数学的分析
 三 遊びと聖なるもの
参考資料
  昆虫における擬態
  メキシコの「ヴォラドレス」における眩暈
  オマキザルにおける破壊の喜び
  スロット・マシーンの発展、それの生んだ熱狂
  偶然の遊び、星占いと迷信
  蟻の「麻薬」嗜好
  成人儀礼のメカニズム
  仮面による政治権力の行使
  スターへの同一化の強さ。たとえばジェームス・ディーン崇拝
  秩序ある文明の中への眩暈の再湧出。
    一九五六年一二月三一日、ストックホルムの事件
  仮面、恋の手管と政治的陰謀の道具。
    秘密と不安の象徴。すなわちそのいかがわしい性格

訳者解説――ホイジンガからカイヨワへ (多田道太郎)
遊びを考えるための文献リスト (井上俊)
訳者後記 (多田道太郎)
文庫版のためのあとがき (訳者)
遊びの索引




◆本書より◆


「日本版への序文」より:

「本書は一九五八年に出版された。これはシラーの予言者的直観とJ・ホイジンガのみごとな分析『ホモ・ルーデンス』のあとを受けつぐものである。これは、遊びの体系的な分類の試みである。遊びの研究が明らかにしたその四つの基本的範疇、いいかえればその根本的動機(競争、運に身をまかせること、模擬あるいは表現、眩暈(めまい)と失神)が文明にどのように痕跡を残しているかを確証しようとつとめたのが本書である。っさらに、遊びの影響の明白なスポーツや演劇のような分野においてのみでなく、社会生活全体の動機づけともろもろの野心を規定し、特徴づけ、表現している諸制度の中にまで立ちいって、文化の発達それ自体を解明しようとしたものである。共同社会がそれぞれ固有の様式を獲得するのは、その慣習あるいは規則によってであるが、本書は遊びをこれらの慣習あるいは規則の理想的な像、すなわち夾雑物から切り離された、純粋な、完全な像として描き出したものである。」


「第一部」より:

「差しあたり、(中略)遊びを以下のような活動であると基本的な定義を下すことができる。
 (一) 自由な活動。すなわち、遊戯者が強制されないこと。もし強制されれば、遊びはたちまち魅力的な愉快な楽しみという性質を失ってしまう。
 (二) 隔離された活動。すなわち、あらかじめ決められた明確な空間と時間の範囲内に制限されていること。
 (三) 未確定の活動。すなわち、ゲーム展開が決定されていたり、先に結果が分かっていたりしてはならない。創意の必要があるのだから、ある種の自由がかならず遊戯者の側に残されていなくてはならない。
 (四) 非生産的活動。 すなわち、財産も富も、いかなる種類の新要素も作り出さないこと。遊戯者間での所有権の移動をのぞいて、勝負開始時と同じ状態に帰着する。
 (五) 規則のある活動。すなわち、約束ごとに従う活動。この約束ごとは通常法規を停止し、一時的に新しい法を確立する。そしてこの法だけが通用する。
 (六) 虚構の活動。すなわち、日常生活と対比した場合、二次的な現実、または明白に非現実であるという特殊な意識を伴っていること。」

「私はここに四つの項目による区分を提案したい。すなわち、遊びにおいては、競争か、偶然か、模擬か、眩暈か、そのいずれかの役割が優位を占めているのである。私はそれをそれぞれアゴン〔Agon ギリシア語、試合、競技〕、アレア〔Alea ラテン語、さいころ、賭け〕、ミミクリ〔Mimicry 英語、真似、模倣、擬態〕、イリンクス〔Ilinx ギリシア語、渦巻〕と名づける。これら四つはいずれも明らかに遊びの領域に属している。サッカーやビー玉やチェスをして遊ぶ(アゴン)。ルーレットや富くじに賭けて遊ぶ(アレア)。海賊ごっこをして遊んだり、ネロやハムレットを演じて遊ぶ(ミミクリ)。急速な回転や落下運動によって、自分の内部に器官の混乱と惑乱の状態を生じさせて遊ぶ(イリンクス)。」





こちらもご参照下さい:

ホイジンガ 『ホモ・ルーデンス』 高橋英夫 訳 (中公文庫) 
ロジェ・カイヨワ 『妖精物語からSFへ』 三好郁朗 訳 (サンリオSF文庫)



























































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趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

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