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イリヤ・エレンブルグ 『芸術家の運命』 (小笠原豊樹 訳)

「ピカソはわたしに説明してくれた。黒人の彫刻家たちが頭や胴体や腕のプロポーションをゆがめるのは、人間をよく観察していないためでもなければ、技術が拙劣であるためでもない。かれらには、プロポーションについての別の概念があるのだ。ちょうど日本の画家たちが遠近法についての別の概念をもっているように。」
(イリヤ・エレンブルグ 「ピカソ」 より)


イリヤ・エレンブルグ 
『芸術家の運命』 
小笠原豊樹 訳

美術選書

美術出版社 
1964年10月10日初版
1968年6月30日3版
281p 図版20p(うちカラー4p)
20.6×15cm 
並装(フランス表紙) 函 
定価750円



訳者による「あとがき」より:

「イリヤ・エレンブルグは昔から文章で肖像画を描くことが巧みでした。ごく軽いスケッチ風の文章から、かなり重厚な作家論に至るさまざまなニュアンスの作品は、ほとんど半世紀にわたるこの作家の創造生活のなかの一貫した流れとなっています。」
「ここに訳出した『芸術家の運命』は、この作家が一九六〇年から書き始め、ようやく今年(六四年)完結しようとしている全六部にわたる厖大な回想記『人々・年月・生活』から、八人の画家、五人の詩人、二人の小説家、一人の劇作家、一人の演出家の、それぞれのポートレイト的エッセーを抽出してまとめたものであり、これらの人物の選択は訳者の好みによります。」
「翻訳のテキストには回想記が連載された『ノーヴィ・ミール』誌の各号を用いました。(中略)珍しい写真や絵をたくさん集めて下さった長田弘氏に感謝します。」



別丁図版の他、本文中図版(モノクロ)多数。


エレンブルグ 芸術家の運命 01


目次:

モディリアニ
レジェ
リベラ
ピカソ
パスキン
ファリク
マルケ
マティス
 †
マヤコフスキー
メイエルホリド
パステルナーク
エセーニン
バーベリ
デスノス
トラー
ヘミングウェイ
マチャード
 †
あとがき (小笠原豊樹)
図版目次




◆本書より◆


「モディリアニ」より:

「ともあれ、こうして伝説が生まれた。貧乏で、身持ちがわるくて、いつも酔っぱらっていた絵描き。最後のボヘミヤン。酒盛りと酒盛りのあいだに、ときたま風変りな肖像画を描き、貧窮のうちに死に、死後有名になった男。
 それはみんなほんとうであり、嘘でもある。なるほど、モディリアニは貧乏で、酒をよく飲み、麻薬(ハシシュ)を用いていた。けれども、これは放蕩や『人工楽園』を愛していたためではない。モディリアニは、ことさらに空腹でありたいと思ったわけではなく、いつも食欲は充分にあった。そもそも、かれは殉教者タイプどころか、ほかのどんな人間よりも、倖せのために造られた男だったのである。甘やかなイタリア語を、おだやかなトスカナの風景を、トスカナの昔の巨匠たちの芸術を、かれは心から愛していた。麻薬(ハシシュ)にしたところで、初めから用いていたのではない……もちろん、批評家や註文主の気に入るような肖像画を描くのは、たやすいことである。金や、立派なアトリエや、名声を得ることもまた、その気になればむずかしくはない。だが、モディリアニは、自分を偽ることも、迎合することも、得手ではなかった。モディリアニと逢ったことのある人なら誰でも、かれがたいそう率直であり、気位の高い人間であったことを認めている。」
「友人たちが出しあった金で、モディリアニは埋葬された。一年後、パリで、かれの作品展がひらかれた。かれについて何冊も本が書かれた。かれの絵で、いろんな奴が儲けた。しかし、それは珍らしくもない話である。多くを語る価もない……」
「かれの作品の大部分は肖像画である。モディリアニは多くの人間を創造した。その人間たちの悲しみ、茫然自失、追いつめられたやさしさ、ほろびゆく運命は、美術館を訪れる人々の心をゆすぶるのである。」



「ピカソ」より:

「アトリエには黒人の彫刻があり、税関吏ルソーの大きな絵があった。(中略)ピカソはわたしに説明してくれた。黒人の彫刻家たちが頭や胴体や腕のプロポーションをゆがめるのは、人間をよく観察していないためでもなければ、技術が拙劣であるためでもない。かれらには、プロポーションについての別の概念があるのだ。ちょうど日本の画家たちが遠近法についての別の概念をもっているように。「税管吏ルソーは古典絵画を見たことがなかったと思う? 奴さんはよくルーヴルに通っていたんだ。でも自分の仕事はちがった方法でやろうとした……」」


「パスキン」より:

「晩年のパスキンには、経済的な不自由はなかった。批評家も、画商も、出版業者も、みんな頭を低くしてパスキンを訪ねてきた。自殺したときは四十五歳だったから、まだまだ先は長かった筈である。」
「かつてパステルナークは、「血の通った詩は殺される」と言った。こう言ったとき、パステルナークはたぶん真の芸術家にふりかかる宿命的な報復行為のことを考えていたのではなくて、単に詩とはなかなか思うようにいかない仕事だということを、身にしみて感じていただけなのだろう。どんな連盟や協会にいくつ加入していたところで、鋭い感受性がなければ芸術家というものはあり得ない。平凡なことばが人の心を動かすためには、カンバスや石材に命がかようためには、息づかいが、情熱が必要なのである。すなわち、芸術家は早く燃えつきる。なぜなら、かれは二人分の生活をしているからだ。創作生活のほかに、かれには世間の人間に勝るとも劣らぬ毛むくじゃらの生活、錯綜した生活があるのである。
 「健康に有害な産業部門」という法律上の概念がある。つまり、健康に有害な労働にたずさわる労働者には、特別な衣料やミルクが与えられ、労働時間も短いのである。芸術もまた「健康に有害な産業部門」だが、詩人や画家を護ろうとする者は一人もいない。そればかりか、職業の性格からして、ちょっとした擦過傷が芸術家には命とりになり得るという事実を、だれもが忘れている。
そして、長い列をつくって墓穴の前を通りすぎ、花を投げる……」



「マルケ」より:

「戦争、壊滅した交通機関、落下傘部隊、フランスの荒廃――それらを語る合間に、わたしはこの一章をアルベール・マルケに捧げようと思う。」
「このひとは、カンバスの上では、ついぞ一度も大きな声を出したことがなかった。そしてもっぱら水を描き、ロシアふうの言いまわしをすれば、水よりも静かに生活したのである。この画家は、パリ市内のセーヌを描き、ノルマンディのセーヌを描き、伝馬船のいるセーヌを、伝馬船のいないセーヌを描き、ストックホルムの大岩のあいだに迷いこんだ海を描き、ヴェニスの運河を、オランダの運河を描き、大きなナイル河を、小さなマルヌ河を描き、そしてふたたびセーヌを――夜明けのセーヌを、真昼のセーヌを、夕暮れのセーヌを、河のほとりの緑の木々を、裸の木々を、あるいは雨のセーヌを、雪のセーヌを描きつづけたのだった。画布には必ずといっていいほど水があった。」
「マルケのアトリエの窓からは、セーヌ河がよく見えた。橋があり、河畔の古本屋は一せいに店を閉ざしていた。マルケの奥さんのマルセルが出てきて、わたしたちはもちろん戦争の話を始めた。(中略)その間、マルケは窓ぎわに立ち、セーヌを眺めていた。やがて振り向いた。その賢明な目にはわずかに嘲笑の色があり、しかも善良そうなきらめきがあった。マルケは言った。「まだ何ひとつ終ってはいません……」何のことをマルケは考えていたのだろう。戦闘の結末のことか。人間の運命のことか。」
「アルベール・マルケほど謙虚な画家を、わたしはほかに知らない。名誉は、マルケがもっとも嫌悪するものの一つだった。アカデミー会員に推されそうになったときも、マルケはほとんど病人のようになって、そんなことは困る、どうかわたしのことは忘れていただきたいと哀願したのである。この画家は、だれかと論争したことは一度もないし、マニフェストや宣言文のたぐいを書いたこともない。若い頃、いわゆる野獣派のグループに何年間か属していたことは事実だが、それも野獣派の教義に魅力を感じたためではなくて、友人マティスの気をわるくしないための付き合いだったのである。(中略)わたしと初対面のときも、申しわけなさそうな微笑を浮かべて、こう言ったのだった。「なにぶん……わたしは絵で喋ることしかできませんので……」
 自分の絵の運命については、いっこうに配慮せず、生活の安定ということにも無関心だったマルケは、若い頃は食うや食わずの貧乏ぐらしをしたらしい。(中略)マティスはこうも言った。「マルケほど金銭に淡白な奴はいないね。彼のデッサンは、昔の日本画みたいに硬くて、鋭いだろう……ところが、彼の心ときたら、ひと頃のシャンソンに出てきた女の子みたいで、だれをも傷つけまいとするだけじゃなくて、自分がまっさきに傷ついちまうんだ。だから、すぐに身を引いてしまって、だれかを傷つけるチャンスを自分に与えないんだ……」」
「一九四六年、わたしはふたたびマルケと逢った。ちょうど七月十四日の晩で、セーヌの花火大会を見にこないかと誘ってくれたのである。(中略)花火は星のように散って、暗い河へ落ちた。マルケは言った。「わたしは水が好きだとよく言われますが……ほかにも好きなものはあるのですよ。たとえば樹木とか、星とか……」いや、マルケが好きなのは実は人間だったのだが、極端なはにかみのために決してそう言わなかったのである。」



「マヤコフスキー」より:

「マヤコフスキーは一見ひどく頑丈で、健康で、快活な男のように見えた。だが時として、この人は、やりきれないほど陰気だった。そしてまた病的に猜疑心が強く、いつもポケットに石鹸を忍ばせておいて、なんとなく自分に肉体的不快感を与える相手と握手したときは、すぐその場を立ち去り、丹念に手を洗うのだった。パリのカフェでは、熱いコーヒーを飲むとき、くちびるがコップに触れるのを嫌って、ストローを使った。自分では迷信をあざ笑っていたくせに、いつも何かしらを占い、賭博が好きで、表か裏か、丁か半かとやっていた。パリのカフェには、自動ルーレットがある。五ズー入れて、赤か緑か黄かに賭け、勝つとコーヒー一杯分あるいはビール一杯分の券が出てくる。マヤコフスキーは、この器械の前に何時間もねばり、帰るときエルザ・トリオレに券を何百枚も残して行くのだった。券よりも、何色が出るか賭けることが問題だったのである。」


エレンブルグ 芸術家の運命 02

マルケ。


エレンブルグ 芸術家の運命 03

マティス。



こちらもご参照下さい:

フランシス・カルコ 『巴里芸術家放浪記』
アドリエンヌ・モニエ 『オデオン通り』
ガートルード・スタイン 『アリス・B・トクラスの自伝』
































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Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

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