ローター・フィッシャー 『マックス・エルンスト』 宮下誠 訳 (パルコ美術新書)

「自分を取り囲む規範からの逸脱、異郷への憧憬がいまだいたいけな少年の心に巣くっていた。」
(ローター・フィッシャー 『マックス・エルンスト』 より)


ローター・フィッシャー 
『マックス・エルンスト』 
宮下誠 訳

PARCO ART LIBRARY パルコ美術新書

PARCO出版 
1995年9月16日 発行
254p 
19×11.4cm 並装 カバー 
定価1,600円(本体1,553円)
編集・装幀: Brica Press



Lothar Fischer: Max Ernst, Rowohlt Taschenbuch Verlag GMBH, 1969
左開き横組み。本文中図版(モノクロ)多数。


フィッシャー エルンスト 01


帯文:

「証言と資料による評伝
エルンスト
フロッタージュやコラージュといった技法を駆使し、
〈博物誌〉や〈百頭女〉など、独自の世界を描いたシュルレアリスムの
代表的画家マックス・エルンスト。
その創作活動の鍵と恋多き人生に迫る本邦初の詳細な評伝!」



帯裏:

「死の不安が彼を襲った。なにもかも破壊し尽す恐ろしい力がそこにあった! 熱が生み出した幻覚が彼のベットに向かい合ったまがいもののマホガニーの壁から現れた。間違いなくこの小さなマックスはそのような幻覚によって苦しめられることに喜びを見出していた。後年、彼はイメージを膨らませるため、木製のパネルや雲形模様の布地、壁紙、色の塗られていない壁に目を向け、進んで似たような興奮を味わうようになった。「あなたはなにをするのが一番好きか」と聞かれるとき、彼の答えは決まっていつも「見ること!」であった。
マックス・エルンスト(本文より)」



フィッシャー エルンスト 02


目次:

はじめに

ドイツ、幼少年期から青年期にかけて
 生家、青春期
 間奏曲、美術批評家
 ボンの表現主義者たち
 第一次世界大戦とダダ爆弾
パリ時代
 移住前史
 コラージュの本質、メカニズムと技法
 シュルレアリスムと初期の作品
 フロッタージュ: 〈博物誌〉
 森、鳥、都市、異形のもの
ヨーロッパに降る雨、亡命
ニューヨーク、アリゾナ
パリ再び、晩年
マックス・エルンストと映画
家と彫刻
エルンストとロマン主義的反抗

資料編
 年譜(附 主な展覧会・個展)
 証言
  アンドレ・ブルトン
  ハーバート・リード
  ロバート・マザウェル
  ポール・エリュアール
  ディーター・ヴィス
  アレグザンダー・コヴァル
  フランツ・マイヤー
  アラン・ボスケ
  ジャン・カソウ
  エドゥアルト・トゥリアー
  エドゥアール・ロディーティ
  ジョン・ラッセル
  ヴェルナー・シュピース
 文献表
 図版収蔵先

マックス・エルンストと受容美学 (宮下誠)

人名索引



フィッシャー エルンスト 03



◆本書より◆


「1891年4月2日9時45分ごろ、ケルンからさほど遠くない小さな町ブリュールのシュロス通りの生家でマクシミリアン・エルンストは産声をあげた。」
「お手本になれ。義務、義務、義務。幼いエルンストはすでにこの言葉に胡散臭いものを感じ、憎しみさえもつようになっていた。一方、教理問答にある『目の悦び、肉の愉しみ、生の享受』という言葉が彼のお気に入りであった。」「マックスとモーリッツ、シュトゥルヴェルペーター(もじゃもじゃ頭)」
「自分を取り囲む規範からの逸脱、異郷への憧憬がいまだいたいけな少年の心に巣くっていた。」

「「1906年1月5日の夜、彼の親友、とても頭がよく、忠実な赤い鸚鵡が死んだ。マックスがその日の朝、鳥の死んでいるのを発見したのは、彼の父が彼の妹となるべきローニの誕生を知らせたのと同時であったが、このときの彼の驚きたるやたいへんなものであった。(中略)茫然自失のうちに彼はこの二つの事件を結びつけ、赤ん坊に鳥の喪失の咎を着せてしまった。」(中略)こうしてしばらく彼は精神の危機に曝され、鬱屈した毎日を送ることになるが、それもそう長く続くものではなかった。鳥の死と妹の誕生が同時だったと彼は書いているが、それは正しくない。というのも、彼の鸚鵡は妹が生まれてからもしばらくは生きていたからである。
 マックス・エルンストは、展覧会カタログや雑誌にしばしば引用紹介されている自伝的覚え書きを自身「虚と実取り混ぜて」書いたもの、としているが、彼はわざと事実を詩的に解釈したり、彼の作品に結びつけたりしており、また時間の前後関係を往々転倒させてもいる。」

「成長するにしたがって、オカルトや魔術的秘教に強く惹かれるようになる。15歳のとき、彼は(中略)1冊の本を手にした。それはマックス・シュティルナーの書いた『唯一者とその所有』であった。(中略)シュティルナーは、人間は動植物同様、何者によっても命じられることなく、なんの責務ももたず、限定されることもないと、主張する。あまりにも長く、人間の本能的な能力が教師や聖職者によって抑圧されてきた、とシュティルナーは考える。(中略)「『私』は無数にある『私的なるもの』のなかの単にひとつの『私』ではなく、『私』は唯一の『私』である。『私』はただひとつである。したがって、『私の』欲望も、『私の』行為も、ようするに『私に』関わるあらゆるものはただひとつなのである。そして、この唯一の『私』としてのみ、『私』はすべてのものを『私』の所有とするのであり、同様に『私』はただこういう『私』としてのみ動き、発展するのである。人間として、人類の一員として『私』は発展するのではない、『私』は『私』として発展していくのである。これが『唯一者』の意味するところである」。」

「学生として、彼はいわゆる精神病の芸術に携わるようになる。彼はこれらの作品に論理的思考の排除、一点透視図法からの逸脱を見て、興味をもったのである。(中略)「私はこれらの作品のなかに天才の痕跡があるのではないかと考えた。そしてついに、狂気と隣り合ったこのいわく言い難い危険な領域を研究することに心を決めた」。」

「魔術的な啓示を見出そうとする画家の課題は見ることを学ぶことである。つまり、芸術家の魔術的な視覚が観者に投影されるような造形を遂行する、ということである。ことの成否はしかし、画家自身が彼の生きる時代のものの見方や慣習化された視覚から自由であるかどうかにかかっている。マックス・エルンストはこの事態を以下のように言っている。「過去の諸世紀を通じて堆積したあらゆるものによって、直接的で純粋な、ものの見方が失われていった。しかしどんな時代にも、このものの見方に到達した画家がいた。彼らはみな絵画の革命家であった」。」

「マックス・エルンストはそのコラージュで、狂気を秩序的に発展させ、見るものにショックを与えようとしたのである。」

「「大人たちがいくら教育しようとしてもこの少年の頭はそれを受けつけようとはしなかった。少年にとってそのような教育に反抗することが密かな喜びにほかならなかった。このような経験は彼のその後の人生に重大な意味をもつことになる。こうすることで彼には自分と同類の人間たち、鳥のように自由な天使たちや悪魔たちのなかから素晴らしい友人たちを見つける、ほとんど際限のない可能性が開けたと同時に、彼の運命、彼にとって重大な出来事が彼を思うさま翻弄する機会も十分提供することになったのである。(中略)自分が何者であるかを見出していないこと、これこそマックス・エルンスト唯一の『手柄』である」。」

「彼はあるとき、どうやって他人とうまくやってきたか、と尋ねられたことがある。「他人とうまくやってこれたとは思わない。ただ一人か、二人とならばそういえる。アルプと、そしてエリュアールとならば。私の生涯にとってはほとんどこの二人で十分だ」。」

「「彫刻は愛するものに対すると同様、両手で抱擁することのうちに生まれる」、エルンストはかつてこう言ったことがある。また彼の伝記作家パトリック・ワルドベルグにも以下のように語っている、「私が彫刻に向かうときにはいつも、すっかりくつろいだ休日の気分に包まれる。絵を描くことはチェスの試合同様、強度の緊張を要求する。彫刻することで私は緊張から解放される。それは、私が子どものころに砂の城をつくったときと同じような快楽を私に与えてくれるのだ」。」

「社会の周縁に位置することは彼を因習の重圧から解放し、彼にさまざまな認識を獲得することを助け、都合の悪い真実を暴露する自由を与えたのである。マックス・エルンストは新たな冒険とイメージの実験に関わり続けた。そこへの入口はいつも危険で不確かだった。彼はそれを獲得するため倦むことなく働き、「完成」とは無縁であり続けた。」


「〈無垢の世界〉で彼はある本を制作する際に発見した「暗号」を登場させている。本とは『マクシミリアーナ、天文学の不法行使』のことであり、(中略)天文学者エルンスト・ヴィルヘルム・レーベレヒト・テンペル(1821―1889)に対する並々ならぬ関心から生まれている。エルンストとテンペルの生涯には多くの共通点がある。テンペルは学位をもっていなかった。彼はオーバーラウジッツの小村ニーダークンナースドルフの貧しいが、多くの子どもに恵まれた両親の子だった。子どものころから彼の目は星に向かっていた。彼の夢は偉大な天文学者になることだった。しかし、彼には勉強する金がなかった。彼は独学で知識を蓄え、やがて自分が天文学の分野に偉大な足跡を残すだろうことを確信するに至った。彼はドイツにあったあらゆる天文台に自分を雇うよう自力で交渉したがすべて徒労に終わった。(中略)そこで彼は各地を遍歴し、他国に望みをつなぐことにした。(中略)保守的な天文学者たちは彼の発見に疑いの目を向け、あざ笑い、黙殺した。1861年3月5日、彼はひとつの惑星を発見し、マクシミリアーナと命名したが、これも(中略)無視されてしまった。(中略)詩人であり、石版画家であり、学者であり、かつまた政治によって亡命を余儀なくされもしたこの男の生涯は、ヨーロッパの歴史における古典的革命家のたどる道筋の典型例のようにエルンストの目に映ったのである。」



こちらもご参照下さい:

マックス・エルンスト 『百頭女』 巌谷国士 訳
『マックス・エルンスト 驚異と魅惑の幻想宇宙』 (2001)
クラウス・ヴァーゲンバハ 『フランツ・カフカ』 塚越敏 訳

















































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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