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クラウス・ヴァーゲンバッハ 『若き日のカフカ』 (中野孝次・高辻知義 訳/ちくま学芸文庫)

「「人間は誰でも独自なもので、この独自性を生かすべく生まれついているが、しかしまたこの独自性が好きにならなければならないのだ。だがぼくが体験した限りでは、学校でも家庭でもひとはこの独自性を抹消しようとばかりしていた。」」
(クラウス・ヴァーゲンバッハ 『若き日のカフカ』 より)


クラウス・ヴァーゲンバッハ 
『若き日のカフカ』 
中野孝次・高辻知義 訳

ちくま学芸文庫 ウ-4-1

筑摩書房 1995年8月7日第1刷発行
366p 文庫判 並装 カバー 定価1,250円(本体1,214円)
装幀: 安野光雅
カバーデザイン: 渡辺千尋
Klaus Wagenbach : Franz Kafka, Eine Biographie seiner Jugend 1883-1912 (1958)

「本書は一九六九年七月十日、竹内書店より刊行された。」



訳者解説より:

「本書は一九六九年に竹内書店から刊行され、その後同書店の事情で永らく絶版になっていたクラウス・ヴァーゲンバッハの『若き日のカフカ』の改訂版で、今回、ちくま学芸文庫に収めるにあたって旧版の訳文に大幅に手を入れたものである。」


若き日のカフカ1


帯文:

「幼年・青年時代とプラハ
親友M・ブロートによる評伝の空白を埋め
「生きること」と「書くこと」の原郷へ」



カバー裏文:

「「書くこと」と「生きること」とが独自の緊密な統一体を作っているカフカの文学。それゆえに、作品を読むことが、必然的にカフカの生の探究へと私たちを誘うのだろう。幼年・青年時代に決定的な影響をあたえた「父親」の意味、対父親関係の延長としての外界との関係、プラハという独特な都市の環境、とりわけ、公用語でありながらその貧しさを露呈するプラハ・ドイツ語の位置づけ、カフカにとって1912年という年のもつ決定的な意義……親友マックス・ブロートの手になる唯一の伝記の空白を埋め、渉猟の限りを尽くしてカフカ文学の原郷に迫る。」


目次:


幼年時代、両親の家、小学校
高等学校(ギムナージウム) (一八九三―一九〇一年)
世紀の転換期のプラハ
大学と司法修習生時代 (一九〇一―一九〇七年)
就職した初めの数年 (一九〇七―一九一二年)

付録
 『ある戦いの記録』と『田舎の婚礼準備』の執筆期について
 カフカ家の系図
 ギムナージウム卒業生名簿
 オーストリア・ハンガリア二重帝国国立カルル=フェルディナント大学(プラハ)修了証明書
 労働者保険講座受講証明書
 カフカの求職願書 (労働者災害保険局)
 カフカの昇任一覧 (労働者災害保険局)
 カフカの蔵書目録
 カフカの思い出 (エーミル・ウティッツ)
 フランツ・カフカとの出会い (ミハル・マレシュ)
 年譜

訳者あとがき (中野孝次、1969年)
訳者解説――学芸文庫版によせて (高辻知義、1995年)



本書「序」より:

「本書は、筆者がS・フィッシャー書店刊『フランツ・カフカ全集』の編集に参加したことがきっかけで、一九五一年から五七年にかけて成立したが、そもそもはこの作家の生涯及びプラハの環境に関したすべての記録の組織的蒐集から発展したものである。この調査が主にカフカの生涯の初期に関する散逸した乏しい伝記資料を対象にしたのは、マックス・ブロートのカフカ伝(これまで唯一のもの)がこの点において決定的な空白を残しているためである。マックス・ブロートとフランツ・カフカの親密な交情が始まったのは一九〇八年末以後のことだから、この空白は当然と言えようが、しかしひとりの「小児病的な(インファンティール)」作家の幼年時代はそれ以後の生涯にとって他の作家の場合とは違った重要性をもつ以上、それはなおのこと重大な欠陥と言わねばなるまい。」
「カフカは少年時代のもつ重さと影響力を一度も否定したことがなかった。死の二年前にも彼はオスカル・バウムに宛てて、「結局のところぼくの教育はすべて、孤独で、寒すぎるか暑すぎる子供ベッドのなかで済んでしまったんです」と書いている。一九二一年にも(中略)マックス・ブロートに宛てて、自分は「成年の森のなかで子供のように迷っているのだ」と報告している」



本書より:

「そこではカフカ(一九一六年)は、彼が子供の時もっていたあの「ささやかな良き能力」について語っているのだが、彼はそれを「浪費してしまったのです。無分別だったわたしは」と言っているのだ。」
「「人間は誰でも独自なもので、この独自性を生かすべく生まれついているが、しかしまたこの独自性が好きにならなければならないのだ。だがぼくが体験した限りでは、学校でも家庭でもひとはこの独自性を抹消しようとばかりしていた。……ひとはたとえば夜分おもしろい物語に読みふけっている少年に、もう読書を中止して寝なければならぬということを、もっぱら彼だけに論証を絞って納得させることはできないだろう。……ともかくそんなのがぼくの独自性だった。だがひとはそれを、あっさりガス栓をしめて灯りを消してしまうというやり方で抑えつけた。そしてその説明としてはこう言い渡された。みんな寝るんだ、だからおまえも寝なければいけない、と。それはぼくにも分かったし、そして本当には納得できないながらも、そんなものかなと思わないわけにゆかなかった。……だがぼくはその後もずっと、あの晩世界中でぼくほど本が読みたかった人間はいなかったんだ、と思い続けていた。この信念だけは、その当座はどんなに世間一般を引き合いに出して説得されても覆されなかった。……ぼくは無法な仕打ちにあったのだということしか感じなかった。ぼくは悲しい気持ちで寝に行った。こうして、家族の中でのぼくの生活を、いやある意味ではぼくの全人生を決めることになったあの憎悪の芽が育っていったのだ。……要するにひとはぼくの独自性を認めなかったのだ」。」

「その幼年期を欺しとられてしまった人間、にもかかわらず――外的にも内的にも――つねに「少年」でありつづけた人間。(中略)口数少なくて、謙遜で、夜中に仕事をし、しかも夜のその「なぐり書き」を他人には隠して、目立たぬ服装をして、ほっそりした手をして、心もち前かがみに歩き、大きな、びっくりしたような、灰色の目をもった人間。ミレナ、このおそらくカフカを最も深く認識していた女性は、彼のこのびっくりした表情についてこう書いている、「彼にとって人生は、ほかの人間すべてにとってとまったく違うなにかなのです(中略)。彼にはこれっぽっちの逃げ場も隠れ家もない。だから彼は、わたしたちなら保護されているすべてのものに曝されていたのです。彼はまるで着物をきた人びとのなかのたった一人の裸の人のようだ」。」



本書「訳者解説」によると、その後ヴァーゲンバッハが探し出した、カフカの長篇小説に登場する「城」の「最も有力なモデル」である、南ボヘミアのヴォーセク村の領主の城館は、現在、「精神の発達に障害のある人びとのための福祉施設になっている。(中略)年かさの看護人らしい男が城の現状や下の村の様子を親切にドイツ語で教えてくれた。恐らくこの施設でカフカのことを知っているのは彼だけかも知れない。」ということですが、もちろん、カフカの作品を読んだこともなく、カフカの名前すら聞いたことがなかったとしても、この「精神の発達に障害のある人びと」こそ、誰よりもカフカの描いた世界を実感として「知っている」人びとであり、しかしながらそれを表現するコトバが彼らからは奪われている、だからこそ、表現者としてのカフカの存在は重要なのです。


若き日のカフカ2

「大学ノートの余白に描かれたカフカのスケッチ」



















































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分野: パタフィジック。

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尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

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