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野尻抱影 『ロンドン怪盗伝』 (野尻抱影の本 4)

「死刑囚がニューゲートからタイバーンへ送られる日は、まるで祭日のような騒ぎだった。ジャック・シェパードの処刑に押し出した人数は二万人を越えたといわれる。ぼろ着物の野次馬がえんえんと行列を作って、人気のある死刑囚には歓声をあびせかけ、いせいよく死ぬようにと声援し、さもない囚人は口汚く罵り、憎しみを買っていた者には、腐れ卵や、鼠の死骸などを投げつけた。」
(野尻抱影 「ニューゲート牢獄」 より)


野尻抱影 
『野尻抱影の本 4 
ロンドン怪盗伝』 
池内紀 編


筑摩書房 
1989年3月25日 第1刷発行
415p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,500円
装幀: 安野光雅



池内紀による「解説」より:

「ここでは、(中略)次の二著を中心に編み、未刊のエッセイ、またこのシリーズに未収録の本から少し選んでみた。

 『英文学裏町話』 研究社・昭和三十年(一九五五)刊。
 『ろんどん怪盗伝』 鱒書房・昭和三十一年(一九五六)刊。」



野尻抱影 ロンドン怪盗伝


帯文:

「裏町の星は瞬いて
宇宙と文学をこよなく愛した「星の翁」の全仕事!
(全4巻・第3回配本 池内紀 編・解説)」



帯背:

「星影清かに」


帯裏:

「ここに居並ぶ面々は、いわばイギリス版「白浪五人男」といったところだ。日本駄右衛門もいれば弁天小僧もいる。(略)たとえば王もうらやむダンディで侠盗として聞こえたクロード・デューヴァル。同じく大の洒落者で、賭博で大負けに負けても顔色一つ変えなかった殿様強盗ジェームス・マクリーン。街道にひそんで神出鬼没、愛馬ブラック・ベスにうちまたがったディック・ターピン、七ヵ月の間に四つの牢破りをやってのけて、ロンドン子のやんやの喝采をあびた脱獄の名人ジャック・シェパード。いずれも十七世紀から十八世紀にかけてのイギリスで人気のあった悪い奴らである。つまりは野尻版「悪党列伝」。
(池内紀「解説」より)」



目次:

Ⅰ 英文学裏町話
 はしがき
 クロード・デューヴァル
 ニューゲート牢獄
 ジャック・シェパード
 セント・ジャイルズの鉢
 ジョナサン・ワイルド
 ディック・ターピン
 ジェームス・マクリーン
 クリノリン奇談
 ロンドン大火記
 英国の占星家
 仮髪と結髪
 「宝島」と海賊の唄
 キャプテン・キッド

Ⅱ ろんどん怪盗伝
 まえがき
 1
  ジャック・シェパード
  謎の宝石箱
  貴族の兄と妹
  招かれざる客
  ジョナサン・ワイルド
  落しわな
  セント・ジャイルズ拘置所
  母親
  ワイルドの邸
  河上の朝霧
 2
  悪の巣窟
  ウィルズデンの寺院
  村の牢小屋
  ブルースキン
  クラーケンウェル脱獄
  不敵な計画
  古ギツネ
  久しい対面
  ニューゲート牢獄
  第一回ニューゲート脱獄
 3
  地下室の惨劇
  恐ろしい拷問
  キングの画家
  第二回ニューゲート脱獄
  第六の扉
  追われるジャック
  村の鍛冶屋
 4
  留守の出来事
  ロンドン市庁
  ブルースキン脱走
  暴動
  その前夜
  ニューゲート出発
  タイバーン行
  セント・ジャイルズの鉢
  ジャックの最後
  悪のボスの最後

Ⅲ 私の好奇心
 旅行書・猟奇書など (「学鐙」 昭和16年)
 バガブー (「鶴の声」 昭和47年)
 繍花鞋杯 (「学鐙」 昭和49年)
 竹夫人 (「鶴の声」 昭和47年)
 龍涎香記 (「星まんだら」 昭和31年)
 鰹談義 (昭和47年秋)

解説 悪い奴ほどおもしろい (池内紀)




◆本書より◆


『英文学裏町話』「はしがき」より:

「この選書の一冊としては、これは恐らく型破りのものだろう。十七、八世紀の、ロンドン郊外がまだ荒涼とした野っ原と森であった時代に、盛んに出没した剽盗(ひょうとう)や、貴族から掠めた金で貧民を賑わした「義賊」や、脱獄の名人と謳われた怪盗や、悪漢どもを搾取したボスの大盗などの実話、また彼等を足カセでつないだニューゲートの牢獄や、昇天させたタイバーンの仕置場、日乾しにしたテムズ河畔の海賊曝し場などの物語が中心になっているから。しかし、彼等のこういう実伝、それを踏まえた小説は、当時の英国で争い読まれて、文学史上に少なくも半世紀を画していた。この書はそれら文学の裏話を語るもので、必ずしも猟奇趣味のみから生まれたものでない。
 この型の小説はいわゆるやくざ小説である。初め十六世紀後半のスペインで、それ以前の空想的な中世騎士物語の反動として起り、たちまちに欧州各国を風靡した。(中略)この影響がやがて十七世紀末の英文学にも及んで、十八世紀前半を盛期として当代名うての盗賊たちが主人公となった。民衆には国を問わず、こういう悪漢を恐れると共に一種英雄視して、その死を惜しむ心理がある。スタンダールは「カストロの尼僧院長」の初めに、ブリガンテ(剽盗)の物語のヒロイズムは、庶民階級のうちに常に脈動している芸術家気質を魅惑すると書いている。
 それはともかく、これらのやくざ(引用者注: 「やくざ」に傍点)物は大いに流行して、(中略)ディフォーの「モル・フランダース」、「ジョン・シェパード」、スモレットがル・サージュを模倣した「ロデリック・ランダムの冒険」、フィールディングの「大ジョナサン・ワイルド氏伝」、(中略)ジョン・ゲイの「乞食のオペラ」などはこの代表作であり、十九世紀に入ってはエインズワースの「ジャック・シェパード」その他や、ディケンズの諸作にもスモレットの影響で不逞のやからが現われている。
 私はこういう文学を読むための資料としてこの本を書き、それらにもしばしば言及してみたが、当時のロンドンの世相や風物、盗賊たちと多少交渉のあった文学者、芸術家、時に政治家たちの挿話も、読者の興味を惹くかと思う。ニューゲート牢獄の話は「ニューゲート牢獄暦報」から書き、併せてこの書から、海賊キャプテン・キッドの正伝をも紹介した。
 それから十七世紀の大事件であり、文学にも反映したロンドンの大火や疫病、これに関連した占星術師の物語、またクリノリン(フープ・スカート)や、仮髪(かつら)と結髪の奇異な時世粧(じせいそう)、及び私が対訳を試みた「宝島」のシャンテーの元唄や、類似のバラッドをも考証してみた。」



『ろんどん怪盗伝』「まえがき」より:

「「大盗・怪盗華やかなりし時代」などといっては、語弊がないではないが、少なくも十七世紀末から十八世紀前半にかけてのイギリスはこれに近い時代だったといえるだろう。今日のような大英帝国の完全な形はまだ成していず、貴族富豪は上にのさばり、官吏は腐敗し、下民は貧苦にあえいでいた。この社会相への抵抗として現われたのが、“街道の騎士”とよばれた追剥や大賊、義賊の群れで、民衆は当時の不安の間にも、鬱憤のはけ口を彼らに託した気持ちで、ひそかに痛快を叫ぶ者が少なくなかった。さればロンドン市民は、一ギニーの入場料を払ってもニューゲート牢獄の死刑囚に会いに出かけたり、郊外のタイバーン刑場まで、行列をぞろぞろとつくって、花をくわえて処刑される盗賊に喝采を送ったり、涙を流したりしたものである。」
「ところで、彼らを代表する怪盗は本書の主人公ジャック・シェパードである。華やかな点では、チャールズ二世の小姓から侠盗となったクロード・デゥーヴァルや、名馬ベスを駆って月夜ヨーク街道百五十マイルを突破したディック・ターピンなどには及ばないが、数回も重ねて大胆不敵な牢抜けをやり、特に最後のニューゲート牢獄六ヵ所の鉄の扉を破った冒険は、人間わざとは思われない。英国犯罪史上でも驚異の記録で、当時彼を獄中に訪れた「ロビンソン・クルーソー」の作者ディフォウはその実伝を書き、同じくジョン・ゲイは歌劇「三文オペラ」の主人公に彼を用いている。」
「さて、私はこの怪盗の詳しい物語を書きたいと思って、資料を十九世紀の小説家エインズワースの「ジャック・シェパード」に求めた。これは小説ではあるが、「ニューゲート牢獄暦報」や当時の記録を博く漁った作品であることは、事件の年、月、日や曜日までも一々示してある上に、ジャックがまだ大工の徒弟であった当時、ニューゲートの死刑囚を真似て梁(はり)に刻みつけた姓名が当時まだ残っていたのを図版にしているし、ジャックの二人の情婦エッジワス・ベスとポル・マゴットや、兄貴分の強盗ブルースキンのことなども実録をふまえている。特にニューゲート牢獄の描写、さらにジャックの最後の大脱獄とタイバーン刑場へ引かれる道中の光景は、ジャック伝の最も興味ある部分だが、実に詳細を尽している。本書でもここは力めて忠実に訳してみた。(中略)私の本旨はどこまでもジャックの実伝を書くことにあるので、あまり岐路にわたる部分は思いきって料理して、辻つまの合うまでに留めておいた。だから、エインズワースの小説七分というところだろう。
 同時にジャックとワイルドに関する資料は、他の記録からも抜いて、あちこちに挿入してみた。とくにジャックの最後の捕縛は、エインズワースでは、その母の葬儀の場面になっているが、私は、ジャックがロンドン市長の就任式にギルトホールへのこのこと出かけて行き、たわいもなく捕われたというのんきな話を他の資料から選んで一章とした。および、大盗ワイルドの最後も、エインズワースにはないが、これは読者が必ず知りたいことに相違ないので、フィナーレにつけ加えておいた。
 終りに、エインズワースの原著は、日本では非常に入手が困難で、私はようやく早大図書館にあるものを借り受けることができた。この本での思わぬ発見は、坪内逍遥先生の蔵書印があり、書中のあちこちに先生の鉛筆の書き入れがあって、例えば「雷小僧」「狸穴偽次郎」「青蠅段八」「およね」「おみな」などの人名や、「裏長屋」「五千円」「孤児」「二階を見上げる」「ここは前後すべし」などの字が見えることで、ある時代の先生はこの小説を粉本として白浪小説を腹案されていたらしい。これには、明治文学初期の作者気質の一面がうかがえて、ひどくおもしろいと思った。」



「繍花鞋杯」より:

「古代のギリシアとローマはサンダルを履いていた。アテネの婦女は裸足で小指を地面から浮かせて歩き、足の美を守っていた。彫像のサンダルの足も、緒で分かれた親指と四本の指とがまっ直ぐ並行する形が美しい。
 これが皮靴の時代に入ると足が虐げられ、とくに小指がゆがんで醜くなってしまった。何かの本に靴を "leathern prison" (革の牢獄)とあったのを感心して覚えている。」



「解説」(池内紀)より:

「ボルヘスの『悪党列伝』や、コリン・ウィルソンの『殺人百科』のお株を奪う列伝だが、単に面白おかしい悪い奴らの物語ではないだろう。そもそものタイトルにあった「裏町話」からもわかるとおり、一風変わった十七・十八世紀同時代史であって、裏の視線につらぬかれている。盗賊たちは奇妙なほど自由に、白昼公然と大手を振って徘徊していた。それもそのはず、当時、ロンドンの町を一歩出ると荒涼とした野山があり、深い森がひろがっていた。うしろ暗い連中は雲行きがあやしくなると、さっさと町から退散して森に隠れた。町の四方に広大なアジール(避難所)があったわけだ。この点、十二世紀の遠い昔、緑の森から出没して悪代官をこらしめたロビン・フッドの時代と、たいして変わっていなかった。
 ロンドン市外の野山がアジールとしての機能を失うのは少しあと、イギリスがいち早く産業革命に突入する十九世紀になってのことである。森が伐りひらかれ、野が整地されて工場が並び立った。黒煙を吐いて機関車が走りだす。とともに悪党たちも自由な逃げ場を失なった。あとは都会の闇にひそむしかない。冷やかにせせら笑う、頭ばかり発達した可愛げのない悪人たちだ。これは庶民の英雄になることもなく、当然のことながら野尻抱影の関心をひかなかった。」





こちらもご参照下さい:

野尻抱影  『大泥棒紳士館』
森洋子 編著 『ホガースの銅版画』 (双書 美術の泉)
ガーミニ・サルガードー 『エリザベス朝の裏社会』 松村赳 訳
R・D・オールティック 『ヴィクトリア朝の緋色の研究』 村田靖子 訳



























































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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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将来の夢: 石ころ。

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