生田耕作 『黒い文学館』  (中公文庫)

「彼に言わせれば、どちらの方向へむかおうが、世界はいまより良くもまた悪くもなりようがない。世界はつねに醜く、つねに生きるに値しない。おまけに一般の左翼作家とは異なり、セリーヌの作品の絶望と反逆は理論的に習得したイデオロギーというよりも、個人的体験によって色濃く染めぬかれたものである。」
(生田耕作 「L-F・セリーヌ 『夜の果てへの旅』」 より)


生田耕作 
『黒い文学館』

中公文庫 い-87-2

中央公論新社 
2002年1月15日 初版印刷
2002年1月25日 初版発行
241p 付記1p 
文庫判 並装 カバー 
定価686円+税
カバー絵: アルフォンス・イノウエ



編集部による付記より:

「本書『黒い文学館』は一九八一年九月に白水社から刊行されました。今回文庫化するにあたって、底本には『生田耕作評論集成Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ』(奢灞都館、一九九一-三年刊)所収の改訂稿等を使用し、また『るさんちまん』(人文書院、一九七五年刊)よりマンディアルグ関連の原稿を追加収録しました。」


本文中図版(モノクロ)23点。
なお、白水社版単行本収録「Le noir symbolique」は、中公文庫から先に刊行された『ダンディズム』に「付記」として追加されているため、本書には収録されていません。


生田耕作 黒い文学館


カバー裏文:

「文学の領域において公には禁じられていた悪徳とエロスという題材を大胆にとりあげ、久しく禁書の憂き目にあったレチフ、サド。そしてセリーヌ、バタイユ、ジュネ、マンディアルグ、三島由紀夫など、著者偏愛の作家論と、ベルメールなどの絵画論、蔵書論をあつめた評論集。異端文学への秘めやかな誘い。」


目次 (初出):

Ⅰ 黒い美術館
象形文字 (「日本読書新聞」 昭和51年1月1日号より五回連載)
新しさの創造――序説 (岩波講座 『文学2』 昭和51年1月)
もう一つの世界――破廉恥三人組 (大修館刊 『フランス文学講座I』 昭和51年12月)

II 新と旧
泉鏡花の読み方をめぐって (「本と批評」 昭和55年12月号)
思考の表裏 (「日本読書新聞」 掲載年月不明)
〈芸術〉なぜ悪い (「日本読書新聞」 昭和55年4月7日号)
ラディカルの実体 (「ぱふ」 昭和55年9月号)
翻訳家の素顔 (「翻訳の世界」 昭和55年12月号)

III 人と作品
マルセル・ブリヨン 『マキャヴェリ』 (みすず書房刊 『マキャヴェリ』 訳者あとがき 昭和41年5月)
エリファス・レヴィ 『高等魔術の教理と祭儀』 (「海」 昭和50年8月号)
L-F・セリーヌ 『夜の果てへの旅』 (中公文庫 『夜の果ての旅』 解説 昭和53年5月)
ジョルジュ・バタイユ――エロティシズムの殉教者 (講談社文庫 『眼球譚/マダム・エドワルダ』 訳者あとがき 昭和51年2月)
反政治の極北――ジャン・ジュネ (河出書房新社刊 『葬儀』 解説 昭和55年12月)
レーモン・ルーセル 『アフリカの印象』 (「図書新聞」 昭和55年10月25日)
ルイ・アラゴン 『イレーヌ』 (サバト館刊 『イレーヌ』 訳者後記 昭和51年12月)
A・P・ド・マンディアルグ 
 『オートバイ』 (白水社刊 『オートバイ』 解説 昭和40年5月)
 『黒い美術館』 『狼の太陽』 (白水社刊 『黒い美術館』 解説 昭和43年1月)
 『燠火』 (白水社刊 『燠火』 解説 昭和54年)
 『城の中で語る英吉利人』 (「海」 昭和56年8月号)
 『大理石』 (「図書新聞」 掲載号年月日未詳)
 『海の百合』 (「日本読書新聞」 昭和41年7月25日号)
 『満潮』 (奢灞都館刊 『満潮』 訳者あとがき 昭和49年4月)
 『余白の街』 (河出書房刊 『余白の街』 解説 昭和45年1月)
マンディアルグと三島由紀夫 (「新潮」 昭和54年12月号)
マンディアルグをめぐる対話 (「怪物」 昭和53年11月号)
マンディアルグ追悼 (集成Ⅲ)

IV 光と影
フラゴナール (「読売新聞」 昭和55年6月21日号)
ボナール (「読売新聞」 昭和55年12月12日号)
「ロップス展」 案内 (ギャラリーさんちか 「ロップス展」 案内状 昭和56年1月)
ベルメール版画 『マルドロールの歌』 (ギャラリーさんちか 「ベルメール銅版画展」 案内状 昭和49年3月)
シャガール 「黄色の道化師」 (「読売新聞」 昭和51年10月)
『レオノール・フィニーの仮面』 (サバト館刊 『レオノール・フィニーの仮面』 訳者後記 昭和51年6月)
『夢のポンプ』 (「海」 昭和55年3月号)
金子國義 (共同通信 「信濃毎日新聞」 他 昭和56年3月)
山本六三の銅版画 (京都書院 「山本六三の銅版画展」 案内状 昭和47年4月)
アルフォンス・イノウエ (ギャラリー芦屋メイト 「アルフォンス・イノウエ銅版画展」 案内状 昭和55年11月)
売り絵 (未発表 昭和55年12月執筆)

V 書物のある日々
ささやかな幸福 (「東京新聞」 〈風信〉欄 掲載年月不明)
書物の工芸美 (「Editor」 昭和52年8月号)
『神曲』 愛書家変 (Sphinx Press 刊 『愛書家地獄』 別冊付録 昭和52年12月)
『愛書家』 談義 (「週刊ポスト」 昭和56年1月16日号)
日々怱忙 (未発表 「TBS情報」 昭和55年12月号に一部発表)

初出一覧




◆本書より◆


「〈芸術〉なぜ悪い」より:

「裁判というものは常に正しい側が勝つとは限らない。裁くものが神でなく人間である以上、いかに正論を述べ、必死で争ってみたところで敗れるときは敗れる。人間界の事象である以上はやむをえない。バイロス裁判もまたその宿命の枠内から脱れるわけにはいかない。(中略)もともと法律などというものをわたくしは信用していない。
 そもそもわたくしは実用の学を軽蔑するが故に、両親の嘆きと、周囲の反対を押しきって、(中略)ことさらに無用な文学芸術の途をえらび、あげくの果てはだれが決めたのかは知らぬが、ワイセツとかいう得体の知れぬ咎(とが)で〈実用の徒〉から罪に問われようとしているバカな人間である。すでに出発点よりして敗れている。」



「ラディカルの実体」より:

「現実社会の中で行動を起こし、ましてやそれが法律問題であり、法廷で争われるような場合、個人の主張がどんなに正しくとも、それが即勝利に結びつくとは決して思えません。世の中とはそういうものです。ぼく自身の個人的な歴史を振り返ってみても、戦時中からすでに、国家や集団から痛めつけられるといったことの繰り返しだったですからね。
 今回、ぼくはこの事件を契機に永年つとめた京都大学を辞めたわけですが、在職中もぼくは学内で常に孤立した存在だったんです。ぼくの意見主張が通ったことは一度もない。多数派で決められるとどうしても負けてしまう。主張の正否とは関係ないんです。これが現実です。
 そしてぼくは、エマ・ゴールドマンの言葉のように、多数派は間違っている、少数派が常に正しいと信じています。」



「泉鏡花の読み方をめぐって」より:

「日本ロマンティシズムの大宗鏡花は、遥かに高く仰ぎ見るべき存在であり、さかしらな批評の対象ではなかった。同時代の鏡花愛読者とはそうした讃仰者の集まりであり、鏡花の作品を読むという体験は、美の陶酔にいっときを忘れることであり、それは他の作家たちからは得がたいものであり、鏡花以外の、或は鏡花に近い一握りの作家たち以外の、すなわち鏡花と資質を、また理想を一にする作家たち以外の作家にたいして、無関心もしくは嫌悪の反応に至りつくのはしごく当然であった。彼らは随喜の涙を流して鏡花の作品世界に没頭したのであり、長所も欠点もひっくるめての鏡花であり、両者を選り分け択一するなどといった作業は、瞬時も脳裏に浮かぶべくもなかった。その長所も欠陥もすべて受け入れられる者にして、はじめて鏡花の読者になりうるのであり、さもない読者はしょせん鏡花とは縁なき衆生であったといってよい。」
「鏡花は古いといわれてきた。そのとおり。鏡花の月並みさと本質的古さは、被うべくもない事実であり、やれ幻想の、やれ異次元のと、いかに理屈をこね、無理に近代的衣裳を押しつけ、現代風意味づけの枠の中に押し込めようと努めてみたところで、無理はあくまで無理であり、むしろ古い衣裳のままでおいたほうが鏡花らしいのであり、その本然の姿であることは否めない。この点からしても、(中略)旧弊人の集まりである鏡花宗信徒こそ鏡花の最も良き理解者であり、鏡花が最もよろこぶ取巻き連であったといわねばならない。」

「すぐれた作家にたいして読者が払うべき礼は、かかるかたちをこそ取るべきであり、鏡花以外にも、例えば荷風、潤一郎、その他少数の傑出した文学者のまわりには自然にこのような讃美者の集団がつくられて当然であり、そして第三者の目からみれば少々気ちがいじみて映るのもまた止むをえない話である。ただ、見落としてならないのは、鏡花、荷風、潤一郎らの熱狂的崇拝者と、人気タレント・ファンとのあいだに見られる歴然たるへだたりである。両者を分かつものはなにか? 質の高低はしばらくおく。それは反時代性という明らかな識別記号である。鏡花はその人気絶頂期においてすら、文壇の主流から遠く離れたところにある存在、時代遅れの見本として文壇批評家たちから折りにふれ軽蔑されるアナクロニックな作家であった。鏡花自体がすでに時代遅れであり、それを取り巻く愛読者たちもまた、なんらかの意味において時代の動きから取り残された古い市井の人々であった。」



「L-F・セリーヌ 『夜の果てへの旅』」より:

「セリーヌはけっきょくありきたりの社会主義者でもなければ、アナーキストでもない、またファシストでもない。ましてや彼の思想の基盤は、後年批判の対象となり、戦犯説の根拠に利用されるに到る極右主義なんぞではない。セリーヌにとっては世界を変革することがねらいではない、かといってそれを現状のまま維持することでもない。彼に言わせれば、どちらの方向へむかおうが、世界はいまより良くもまた悪くもなりようがない。世界はつねに醜く、つねに生きるに値しない。おまけに一般の左翼作家とは異なり、セリーヌの作品の絶望と反逆は理論的に習得したイデオロギーというよりも、個人的体験によって色濃く染めぬかれたものである。」


「『オートバイ』」より:

「週刊誌「エクスプレス」の記事によれば、目下、パリでは、若者たちのあいだにオートバイが大流行だという。(中略)黒皮ジャンパーに、防塵グラス、オートバイ乗りの万国共通の服装には変りないようだが、その制服の胸にハーケンクロイツまがいの飾り模様が目立つというのは、フランス青年層の一部に鬱積した心情の一つの屈曲した現われとして、考えさせるものを含んでいる。無気味に輝く鋼鉄の怪獣に打ち跨ったナチの残党が、安寧と繁栄のばら色の夢に酔い痴(し)れたパリ市民の暁の眠りを掻き乱して、けたたましい爆音とともに、古都の舗道をつっ走る……かつては圧制と反動のシンボルとして、〈悪〉を代表した「逆卍」は、いまやその機能を逆転して、硬化した社会にたいする覚醒剤として、〈善〉の役割を果たしつつあるかに見受けられる。〈善〉〈悪〉の意表外な弁証法。
 ところで、この現代パリ風俗の新しい風潮の源泉として、スチーヴ・マクィーン主演のアメリカ映画『大脱走』と、アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグの近作小説『オートバイ』の影響が指摘されているのがおもしろい。(中略)マンディアルグが現代フランス文壇において占める位置を知る者にとっては、後者の組み合わせは、奇異の感をいだかせずにはおかないからだ。けだしマンディアルグは、今日まで、およそ時流から隔絶した高踏的な文学者として受け取られてきたからである。そのため、(中略)少数の熱烈な讃美者を一方に維持する半面、〈一般大衆〉とは縁遠い〈反動的〉存在として、文壇からは強い反感をもって無視されてきたようだ。」
「現代文学史、現代作家辞典の類から、〈古さ〉を理由に軽蔑され、もしくは〈新しさ〉のせいで敬遠されることが、文学の世界においては、未来の栄光の約束と見なしてほぼ誤りないことを、過去のかずかずの事例は、わたくしたちに教えてきた。たとえばサド、レチフ、スタンダール、ゴビノー、ペラダン、ロートレアモン、ジャリ、ルーセル、アルトー……マンディアルグに至って、フランスの文壇はまた一つ重大な過誤の訂正を強いられる破目に追い込まれたわけだ。かつて〈博物館行き〉のレッテルをはりつけられたマンディアルグの作品は、その後の歳月の経過とともに老いの皺(しわ)を加えるどころか、次第に、その新鮮さを明らかにし、今日、最新型のオートバイに打ち跨って、ピガル広場を、サンジェルマン・デ・プレを、颯爽(さっそう)と突っ走っている。同時に、歴史の新しい光のもとに、〈気取り〉は〈芸術的洗練〉に、〈凝り〉は〈作家的誠実〉に、そして〈夢〉や〈死〉など、マンディアルグが終始追求してきた一見時代おくれのテーマは、日常的秩序を粉砕する〈アンチ・テーゼ〉に、すなわち〈短所〉は〈長所〉に、〈悪〉は〈善〉にみごとな魔術的変貌を遂げはじめたのである。」
















































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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