澁澤龍彦 『東西不思議物語』

「最も古い神話や伝説のなかに、私たちは最新のSFのテーマを発見することができるのだし、不思議物語こそ、イメージやシンボルの宝庫ではないだろうか。」
(澁澤龍彦 『東西不思議物語』 より)


澁澤龍彦 
『東西不思議物語』


毎日新聞社 
昭和52年6月20日 印刷
昭和52年6月30日 発行
205p
四六判 角背紙装上製本 カバー
定価960円
装丁・イラスト: 藤本蒼

  

本書「前口上」より:

「それにしても、不思議を楽しむ精神とは、いったい何であろうか。おそらく、いつまでも若々しさを失わない精神の別名ではなかろうか。驚いたり楽しんだりすることができるのも一つの能力であり、これには独特な技術が必要なのだということを、私はここで強調しておきたい。
 この東西不思議物語は、昭和五十年十二月七日から一年間ばかり、四十八回にわたって毎日新聞・日曜版に連載されたものである。単行本とするにあたって、一篇を追加したことを申し添えておく。
 べつに順番にならべてあるわけではないから、読者は気が向くままに、どこからお読みになっても差支えない。お代は見てのお帰り、と言いたいところだが、まあ、そういうわけにもいかないのは残念だ。」



藤本蒼によるイラスト49点。


澁澤龍彦 東西不思議物語 01


帯文:

「自由な精神の持主だけが、のぞき見ることのできる怪奇の世界。常に常識を超えて飛翔する稀有な個性が、古今東西の文献を渉猟して蒐集した世にも不思議な面白い話の数々。」


帯背:

「超科学の驚き」


帯裏:

「不思議物語の伝統は歴史とともに、古代から脈々と流れていると言ってもよいであろう。ヨーロッパにも日本にも、あるいは中国にもインドにも、私たちはその伝統の流れを発見することができるし、その流れを現代に復活させて、これを新しい目で眺め、大いに驚いたり楽しんだりすることができるのだ。
私は学者ではないから、七面倒くさい理窟をつけるのはあまり好きなほうではなく、ただ読者とともに、もっぱら驚いたり楽しんだりするために、五十篇に近い不思議物語をここに集めたにすぎないのである。(前口上より)」



澁澤龍彦 東西不思議物語 06

裏。


澁澤龍彦 東西不思議物語 05

カバーをはずしてみた。


澁澤龍彦 東西不思議物語 02

見返し。


澁澤龍彦 東西不思議物語 03


目次:
 
前口上

1 鬼神を使う魔法博士のこと
2 肉体から抜け出る魂のこと
3 ポルターガイストのこと
4 頭の二つある蛇のこと
5 銅版画を彫らせた霊のこと
6 光の加減で見える異様な顔のこと
7 末来を占う鏡のこと
8 石の上に現れた顔のこと
9 自己像幻視のこと
10 口をきく人形のこと
11 二人同夢のこと
12 天から降るゴッサマーのこと
13 屁っぴり男のこと
14 ウツボ舟の女のこと
15 天女の接吻のこと
16 幽霊好きのイギリス人のこと
17 古道具のお化けのこと
18 鳥にも化すウブメのこと
19 リモコンの鉢のこと
20 キツネを使う妖術のこと
21 空中浮揚のこと
22 トラツグミ別名ヌエのこと
23 幻術師果心居士のこと
24 天狗と妖霊星のこと
25 悪魔と修道士のこと
26 二度のショックのこと
27 迷信家と邪視のこと
28 女神のいる仙境のこと
29 神話とSF的イメージのこと
30 「栄光の手」のこと
31 骸骨の踊りのこと
32 天狗にさらわれた少年のこと
33 石の中の生きもののこと
34 海の怪のこと
35 隠れ簑願望のこと
36 破壊された人造人間のこと
37 腹のなかの応声虫のこと
38 百鬼夜行のこと
39 アレクサンドロス大王、海底探検のこと
40 無気味な童謡のこと
41 大が小を兼ねる芸のこと
42 もう一人の自分のこと
43 ガマが変じて大将となること
44 女護の島のこと
45 不死の人のこと
46 遠方透視のこと
47 黒ミサに必要なパンのこと
48 さまざまな占いのこと
49 百物語ならびに結びのこと



澁澤龍彦 東西不思議物語 00



◆本書より◆


「骸骨の踊りのこと」:

「ローマのバルベリーニ広場に近い骸骨寺には、何千という人間の骨によって組み立てられた、一種のインテリヤ・デコレーション(室内装飾)が設置されていて、訪れる者をびっくりさせる。天井や壁の装飾も、ぶらさがったシャンデリヤも、すべて人間の骨で出来ているのだから驚きである。
 日本には、骸骨を飾りものにするという習慣はほとんどないようだが、ヨーロッパでは、中世の僧侶が死と親しむために、好んでこれを机の上に飾って、朝に晩に眺めていた。いわゆるメメント・モリ(死を思え)の思想がこれである。
 西欧美術の上にも、この思想は反映していて、骸骨を描いた壁画や版画はたくさんある。なかでも有名なのはダンス・マカブル(死の舞踏)であろう。
 骸骨に手をとられ、「さあいらっしゃい、踊りましょう」と誘われると、聖職者も皇帝も貴族も学者も、兵士も貴婦人も農夫も、みんな踊りの列に加わって、死の踊りを踊らないわけにはいかなくなる。死は平等で、人間の身分がどうであれ、そんなことには動かされないからだ。あらゆる身分、あらゆる職業の人間が骸骨と一緒に踊り狂っている。それがダンス・マカブルの図である。
 もちろん、骸骨の表現は昔からあったにちがいないが、美術史家エミール・マールなどの説によると、このダンス・マカブルの観念を西欧にひろめたのは、当時、ラマ教の一大中心地だった元の燕京(現在の北京)から帰ったフランチェスコ派の伝道師だったという。骸骨の踊りの表現は、むしろ東洋のほうが本場だというのである。そういえば、最近になって見直されてきたインドやネパールのタントラ美術にも、よく骸骨の踊りが出てくるような気が私にはする。
 ダンス・マカブルの日本版として、ただちに私が思い出すのは、江戸時代初期の仮名草子『二人比丘尼』だ。作者は、もと徳川家に仕える武士で、のちに出家した鈴木正三である。仏理を説くために書かれたものだが、私にとって最も興味をそそられるのは、作者によって生き生きと描き出された骸骨の姿にほかならない。
 十七歳で未亡人となった武士の妻が、夫の戦死した跡をたずねて菩提を弔おうとする。家を出て、あちこち歩いているうちに、短い秋の日がたちまち暮れてしまう。仕方なく、ふと見つけた小さな草堂で、一晩を過そうとする。
 あたりを見ると、そこは物さびしい墓場で、苔むした石塔がいっぱい立ちならんでいる。つい最近のものと思われる、新しい墓もたくさんある。女は草堂で、一晩中、お経の文句を唱えて回向していたが、明け方になると、さすがに疲れてきて、うとうとと眠ってしまった。その夢のなかに、大ぜいの骸骨があらわれたのである。
 骸骨どもは、いっせいに手拍子を打って、骨をかたかた鳴らせながら、声を合わせて歌い出した。「そもそも我らと申すは、地水火風のかり物を、とくに返弁つかまつり……」
 つまり、骸骨というものは、借物にすぎない人間の肉体や欲望の一切を捨てて、空に帰してしまった存在なので、もはや生きている人間のように、煩悩にとらわれることはない。こんな結構なことはない――と言って喜んで踊っていたわけなのである。人生の空なること、この世は夢であることを、身をもって教えていたわけなのである。
 西欧中世にくらべれば、江戸時代はずっと新しいが、この『二人比丘尼』の骸骨たちの踊りは、まさにダンス・マカブルにそっくりと言ってもよいであろう。
 ただし、ヨーロッパの骸骨が、無理やり人間の手をひっぱって、死の舞踏のなかに巻きこもうとしているのに対して、日本の骸骨は、ただ教訓をあたえるだけで満足している。やさしい骸骨である。」



澁澤龍彦 東西不思議物語 04


「作者をしてぶっきらぼうに退場せしめよ。」

































































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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