佐々木喜善 『聴耳草紙』 (ちくま文庫)

「何気なしに向うを見ると、一疋の小虫が自分の方に這い寄って来るのを見つけた。そこで鵺がその虫を取って外へ投げると、またすぐ這い寄って来たが、最初よりは少し体が大きくなっていた。鵺がまた取って外へ投げると、すぐに引っ返して這い寄って来た。その時にも先刻よりはずっと体が大きくなっていた。こういうことが五六度繰り返されると虫の体はずんずん大きくなって、既に手では取って投げられない程になった。
 鵺も気味が悪くなったので起き上って、その虫を足で踏み潰そうとしたがなかなか潰れない。かえって踏む度に体が大きく伸びて、しまいには一間余りの奇怪な大虫になった。」

(佐々木喜善 「旗屋の鵺」 より)


佐々木喜善 
『聴耳草紙』

ちくま文庫 さ-10-1

筑摩書房 
1993年6月24日 第1刷発行
545p 
文庫判 並装 カバー 
定価1,000円(本体971円)
装幀: 安野光雅
カバーデザイン: 安井みさき
カバー装画: 室越健美


「この作品は一九六四年九月二日、筑摩書房より刊行された。」



初版刊行は1931年。1964年に筑摩叢書の一冊として刊行、本書はその文庫化です。


佐々木喜善 聴耳草紙


帯文:

「柳田民俗学の出発点
日本民俗学発生の地・遠野に住んだ著者が採集した民話集。古典中の古典と謳われた名著。」



カバー裏文:

「柳田民俗学の出発点ともいうべき『遠野物語』は、本書の筆者・佐々木喜善との出会いによって生まれた。柳田によって民俗学への関心を啓発された喜善は、野にあってただひとり昔話の発掘を進めた。のち、本書が刊行されるや、金田一京助博士をして“日本のグリム”とまで呼ばしめるほどの評価を得た。本書は、著者の故郷・遠野の昔話、183篇を語り部の調子を損うことなく再話した名著である。」


目次:

序 (柳田国男)
凡例 (佐々木喜善)

第一番 聴耳草紙
第二番 観音の申子
第三番 田螺長者
第四番 蕪焼笹四郎
第五番 尾張中納言
第六番 一日千両
第七番 炭焼長者
第八番 山神の相談
第九番 黄金の臼
第一〇番 尽きぬ銭緍
第一一番 天人子
第一二番 兄弟淵
第一三番 上下の河童
第一四番 淵の主と山伏
第一五番 黄金の牛
第一六番 瓢箪の話(七話)
第一七番 打出の小槌
第一八番 蜂聟
第一九番 蜂のおかげ
第二〇番 親譲りの皮袋
第二一番 黄金の鉈
第二二番 黄金の壺
第二三番 樵夫の殿様
第二四番 窟の女
第二五番 三人の大力男
第二六番 夢見息子
第二七番 鬼婆と小僧
第二八番 姉のはからい
第二九番 鬼の豆
第三〇番 山男と牛方
第三一番 臼掘りと舟掘り
第三二番 箕の輪曲げ
第三三番 カンジキツクリ
第三四番 大工と鬼六
第三五番 癩病
第三六番 油採り
第三七番 よい夢
第三八番 嬰児子太郎
第三九番 馬喰八十八
第四〇番 鳩提灯
第四一番 悪い寡婦
第四二番 夜稼ぐ聟
第四三番 偽八卦
第四四番 御箆大明神
第四五番 南部の生倦と秋田のブンバイ
第四六番 島の坊
第四七番 旗屋の鵺
第四八番 トンゾウ
第四九番 呼び声
第五〇番 糸績み女
第五一番 荒滝の話
第五二番 扇の歌
第五三番 蛇の嫁子(二話)
第五四番 蛇の聟(四話)
第五五番 蛇息子
第五六番 母の眼玉
第五七番 搗かずの臼
第五八番 お仙ヶ淵
第五九番 蛇ノ島弁天
第六〇番 お菊の水
第六一番 雪姫
第六二番 蛇女退治
第六三番 蛇の剣(三話)
第六四番 野槌
第六五番 蛇と茅と蕨
第六六番 上の爺と下の爺
第六七番 瘤取り爺々(二話)
第六八番 鼠の相撲
第六九番 豆子噺(三話)
第七〇番 地蔵譚(五話)
第七一番 猿と爺地蔵(二話)
第七二番 猿になった長者
第七三番 猿の聟
第七四番 猿の餅搗き(二話)
第七五番 ココウ次郎
第七六番 蛙と馬喰
第七七番 蛙と田螺
第七八番 田螺と野老
第七九番 田螺と狐
第八〇番 獺と狐(三話)
第八一番 若水
第八二番 狐の報恩
第八三番 狐と獅子
第八四番 盲坊と狐
第八五番 狐の話(二〇話)
第八六番 兎の仇討
第八七番 兎と熊
第八八番 貉の話(二話)
第八九番 狸の話(二話)
第九〇番 爺と婆の振舞
第九一番 狼と泣く児
第九二番 狼石
第九三番 古屋の漏(三話)
第九四番 虎猫と和尚
第九五番 猫の嫁子
第九六番 怪猫の話(九話)
第九七番 鮭の翁
第九八番 鮭の大助
第九九番 鮭魚のとおてむ
第一〇〇番 鱈男
第一〇一番 鰻男
第一〇二番 鰻の旅僧(二話)
第一〇三番 魚の女房
第一〇四番 瓜子姫子(七話)
第一〇五番 糞が綾錦
第一〇六番 女房の首
第一〇七番 赤子の手
第一〇八番 オイセとチョウセイ
第一〇九番 墓娘
第一一〇番 生返った男
第一一一番 お月お星譚
第一一二番 雌鶏になった女
第一一三番 雉子娘
第一一四番 鳥の譚 (一四話)
第一一五番 オシラ神
第一一六番 髪長海女
第一一七番 母也明神
第一一八番 長須太マンコ
第一一九番 オベン女
第一二〇番 泥棒神
第一二一番 天狗
第一二二番 端午と七夕
第一二三番 二度咲く野菊
第一二四番 廐尻の人柱
第一二五番 駒形神の由来
第一二六番 ワセトチの話 (四話)
第一二七番 土喰婆
第一二八番 赤子石
第一二九番 変り米の話
第一三〇番 酸漿
第一三一番 あさみずの里
第一三二番 隠れ里
第一三三番 神様と二人の爺々
第一三四番 神と小便
第一三五番 老人棄場
第一三六番 人間と蛇と狐
第一三七番 竜神の伝授
第一三八番 貉堂
第一三九番 座頭ノ坊になった男
第一四〇番 座頭ノ坊が貉の宿かり
第一四一番 座頭の夜語
第一四二番 坊様と摺臼
第一四三番 雷神の手伝
第一四四番 物知らず親子と盗人
第一四五番 五徳と犬の脚 (二話)
第一四六番 大岡裁判譚 (三話)
第一四七番 雁々弥三郎
第一四八番 新八と五平
第一四九番 生命の洗濯
第一五〇番 鰐鮫と医者坊主
第一五一番 蒟蒻と豆腐
第一五二番 傘の絵
第一五三番 富士山の歌
第一五四番 目腐 白雲 虱たかり
第一五五番 姉妹の病気
第一五六番 鼻と寄せ太鼓
第一五七番 雁の田楽
第一五八番 胡桃餅と幽霊
第一五九番 カバネヤミ
第一六〇番 テンポ
第一六一番 上方言葉
第一六二番 長頭廻し
第一六三番 長い名前 (二話)
第一六四番 桶屋の泣輪
第一六五番 いたずら
第一六六番 話買い (二話)
第一六七番 額の柿の木
第一六八番 柿男
第一六九番 柳の美男
第一七〇番 履物の化物
第一七一番 和尚と小僧譚 (七話)
第一七二番 馬鹿聟噺 (二一話)
第一七三番 馬鹿嫁噺 (二話)
第一七四番 馬鹿息子噺 (二話)
第一七五番 尻かき歌
第一七六番 嫁に行きたい話 (二話)
第一七七番 唖がよくなった話
第一七八番 屁ッぴり爺々
第一七九番 爺婆と黄粉 (二話)
第一八〇番 屁ッぴり番人
第一八一番 屁ツぴり嫁 (二話)
第一八二番 眠たい話 (五話)
第一八三番 きりなし話 (五話)

解説 
 聴耳の持ち主 (益田勝実)
 佐々木喜善のこと (山下久男)




◆本書より◆


「四七番 旗屋の鵺」より:

「昔、上郷村字細越(ほそごえ)、旗屋(はたや)という所に、鵺(ぬえ)という狩人(またぎ)の名人があった。この狩人には一人の娘があった。娘がある日家の窓際で機を織っていながら、時々機(ひ)を打つ手を休めては、独語(ひとりごと)を言ってケタケタと笑い、独語を言ってはケタケタと笑っていた。父の鵺はそれを見てこれには何かわけがあることと思って、物かげから窺って見ていると、一疋の小蛇が窓際に絡(から)まっていて、尾端をプルプルと顫動(ふりうご)かすと、その度毎に娘が笑ったり囁いたりした。鵺は彼奴の仕業だと思って、すぐに鉄砲を持って来て射殺した。そしてその屍を前の小川に投げ棄てた。
 その翌年の雪消の頃になると、前の小川に今まで見たことのない小魚が無数に群れ集まった。あまりに珍しいので獲ったが、なんという魚だか名も知らないから、鵺は先祖から口伝えになっている呪(まじな)い事をして、それから茅の箸でガラガラと掻廻してみた。すると今まで魚とばかり見えていたものが、ことごとく小蛇に化(な)った。鵺は前の秋の事を思い出して、驚き恐れてそれを近くの野に持って行って棄てた。夏になるとその辺にまた異様な草が生えてひどく繁茂(しげ)ったが、その草を食った牛馬は皆死んだ。」
「鵺はある日山へ狩猟に行った。そしてマタギの法のサンズ縄を張り、枯木を集めて焚火をしてから鉄砲を枕にして寝ていた。すると夜半にぱッちりと目が覚めた。何気なしに向うを見ると、一疋の小虫が自分の方に這い寄って来るのを見つけた。そこで鵺がその虫を取って外へ投げると、またすぐ這い寄って来たが、最初よりは少し体が大きくなっていた。鵺がまた取って外へ投げると、すぐに引っ返して這い寄って来た。その時にも先刻よりはずっと体が大きくなっていた。こういうことが五六度繰り返されると虫の体はずんずん大きくなって、既に手では取って投げられない程になった。
 鵺も気味が悪くなったので起き上って、その虫を足で踏み潰そうとしたがなかなか潰れない。かえって踏む度に体が大きく伸びて、しまいには一間余りの奇怪な大虫になった。鵺もこれは大変だと思って鉄砲を取って撃(う)ったが、弾丸ははじけて少しも通らなかった。鵺は初めて恐しくなって、急いでそこを立ち退いて、家へ帰ろうとどんどん駈け出した。ところがもと来た路も変り山のアンバイも別になっていてひどく深山の中に迷い込んでしまった。仕方がないから、谷川に添うて逃げ下りたが、終いには山が立締(たてしば)って来たからこの辺で川を渡るべと思って川に入ると、水がひどく漲ってどうしても渉(わた)れなかった。さアどうしたらええかと思ってまた岸へ上って無理矢理に歩かれない所を歩いて行くと、幸いに大木が倒れて川に橋渡しになっているのを見つけた。それを渡る。不思議なことにはそこに一匹の白馬(あしげうま)が、ちょうど自分を待っているように立っていた。鵺はこれを幸いとその馬に乗って家に帰った。そして家の門口で下りるとその馬が忽ち翻ってもと来た方へ駈け戻って行った。
 鵺は怪虫におびやかされたのが口惜しくて、それから再三山に射止(しとめ)に行ったが、その時の姿(かたち)の山や川はもとより、自分が助けられた白馬にもとうとう出会わなかった。」



「一〇七番 赤子の手」:

「ある所に亭主(とと)と女房(がが)があった。亭主は用足しに町サ行くことになり、懐妊の女房一人で宿居(やどい)していた。
 亭主が出かけて行くと、そのあとへ山婆が来て腹の大きい女房を取って喰った。夕方亭主が帰って来て、今帰ったと言っても、普段ならすぐ返辞するはずの女房が何の返辞もしなかった。不思議に思って、その辺を見てもいないので、暗シマの家の内に入って、まず火を焚(た)きつけべえと思って、炉(ひぼと)へ来て、火打道具で火を起して、フウフウと吹くと、テデなやアと言って、亭主の頬をテラリとこするものがあった。またフウフウと吹くと、テデなやアと言ってはその頬をこする者がある。亭主はいよいよ不思議に思って、あたりを見ると、赤子の左手が肘からもげて転がっていた。よく見ると血がついているので、さてはと思って、寝床へ行って見ると、女房は喰われてそこらじゅう血だらけであった。その血痕の跡を尋ねてだんだんと行って見ると、常居の棚の上に、山婆が上っていて口にはベッタリ血を塗っていた。亭主はいきなり木割りでその山婆を斬り殺した。
 (田中喜多美氏の報告の分の二〇。摘要。)」



「一二五番 駒形神の由来」:

「遠野郷綾織村の駒形神の由来はこうである。
 昔の話ではあるが、五月の田植時頃であった。村の女子達が田植えをしていると、そこへ目鼻耳口のない子供に赤い頭巾をかぶせたのを負(おぶ)って通りかかった旅人があった。女達はあれあれあんな者が通ると言って、田植の手を止めて立って見送った。
 旅人はそれを聴いて、小戻りをして女達のところへ来て、お前達がこの子供を不思議がるのはもっともなことである。実はこれは子供でも何でもなく、俺の品物である。俺はいかなる因果の生れか、このような物を持って生れたために、この歳まで妻というものを知らない。また世の中には俺の妻になるような女もあるまいから、俺は前世の罪亡ぼしにこうして旅を続けている。皆様これをよく見てクナされと言って、肩から下して帯を解いて見せた。村の女達は魂消て声も出なかった。
 その旅人はどういうわけがらであったか、永くこの村に止まっていた。そして今のお駒様の所で死んだ。生前常に俺が死んだら俺のように妻の持てない者を助けてやると言っていたので、村の人達が神様に祀った。」




こちらもご参照下さい:

柳田国男 『遠野物語』 (新潮文庫)
佐々木喜善 『遠野のザシキワラシとオシラサマ』 (宝文館叢書)





































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