寺山修司 『花嫁化鳥』 (角川文庫)

「こうした迷信が、冠婚葬祭のたびに重用(ちょうよう)されるということは、私たちが日常生活の中の必然化された体系、経験による因果律といったものへ、神話の余地を残しているようで面白い、と私は思った。合理主義からでは生れてこない無駄なものの中にこそ、文化が存在するからである。」
(寺山修司 「花嫁化鳥」 より)


寺山修司 
『花嫁化鳥』
 
角川文庫 4464/緑 三一五 15

角川書店 
昭和55年2月25日 初版発行
238p 
文庫判 並装 カバー 
定価260円
装幀: 杉浦康平
カバー: 林静一
地図: 古谷卓



「はなよめけちょう」。紀行エッセイ。本文中地図10点、表(「ヒバゴン目撃者のリスト」)1点。


寺山修司 花嫁化鳥


カバーそで文:

「宮古島の北端に位置し、風葬という奇習の名残りをとどめる因習呪術の島、大神島には、手毬(てまり)をつく老婆と子供しかいない。三代さかのぼれば全部血がつながるといわれる系図。足をふみ入れたら必ず死ぬといわれる聖地。誰もが口をつぐんでしまう神祭りの秘事。――
 島にまつわる秘密を、小さな分教所で寝袋にくるまり、蝋燭(ろうそく)をともして、今まで集めた資料をもとに、一つずつ推理し、謎を解き明かす「風葬大神島」など。
 名探偵金田一耕助への華麗な挑戦を試み、同時に、各地に日本人の血の原点を探る、十篇の旅。」



目次:

風葬大神島
比婆山伝綺
闘犬賤者考
浅草放浪記
裸まつり男歌
馬染かつら
花嫁化鳥
くじら霊異記
きりすと和讃
筑豊むらさき小唄

あとがき――「わたしは、ただの現在にすぎない」という旅行後談

解説――逆光のロマン (馬場あき子)




◆本書より◆


「あとがき」より:

「この紀行文は一九七三年一月号から雑誌「旅」に一年間連載されたものである。
 私は犬神や風葬、鯨の墓などを訪ね、ノートと、二、三冊の書物を持って、あちこちと旅をしてまわった。そして、私自身を金田一耕助探偵(たんてい)になぞらえながら、自分の思いついた謎(なぞ)を、自分で解いてまわったのだった。
 この他にも、わらべ唄由来、草相撲、民間医療、こっくりさん、など扱ってみたい呪術(じゅじゅつ)的な素材や土地もいくつかあったが、それらへの旅を通じて、私は私なりの日本人観を形成してみたい、と考えていたのだった。私にとって、こうした因習が、どのようなかたちで継承されてきたか、ということはそんなに重要なことではなくなっていた。
 それが、「なぜ、今でも存在しているのか」、「だれがそれを必要としているのか」ということが問題だった。」
「ボルヘスは、「午後五時に正面を向いていた犬と、午後五時五分過ぎに横を向いていた犬とは、もはや同じ犬ではない」と考えるフネスという男や、「月曜日に失くした銅貨と、水曜日に見つかった銅貨とが、同じその銅貨ではあり得ない」と思いこんでいる一人の作家を紹介している。「失くした銅貨が、火曜日にも、そこに連続して存在しつづけていた、ということ」が、どうしても「理解できない」人間にとって、歴史は一つの連続体としてではなく、ただの現在としてのみ存在している。そして去りゆくものは、一瞬にして消失し、何者かの手によって虚構化されない限り、再現することはないのだ。」
「思えば、私にとって歴史とは、ただの物語か伝説でしかなかった。そして、アパートの北見さんや酒場のトミ子ママ、角の新聞販売取次所の米村のおやじや哲ちゃんは実在していても、それが「日本人」という名で一つのトータリティを持つと、忽(たちま)ちにして実体を失ってしまうように思われていたのだ。
 私は、この旅の中で、こうしたとらえどころのない「日本人」の概念をあきらかにしようと試み、まだ起らぬ出来事を伝説化してしまったり、すでに過去となってしまったものを、進行形で語ったりしてみようと思った。時の法則を転倒させ、死んだ人たちにも語らせることによって、「実際に起らなかったことも、歴史のうちであること」を確め、「日本人」の実体を、政治化の枠外(わくがい)であきらかにしてみたい、と思ったからである。」



「風葬大神島」より:

「たとえば、この島には海賊伝説が古くから残っている。陽あたりのいい、南国の豊饒(ほうじょう)の小島に、あるとき突然、海賊の一団がやってきた。
 島民たちの大部分は島の東にあるトーヤマの洞窟(どうくつ)にかくれ、大浦の兄妹だけが逃げおくれて、ウプガーヤマの洞穴にひそんでいた。ところが、たった一人の子どもだけが逃げ場を失って泣きながらトウモロコシ畑を走っていた。
 そこで海賊たちは、この子どものあとを蹤(つ)けて行ってトーヤマの洞窟を発見し、そこにかくれている島民たちを発見し、全員焼き殺してしまった。それから海賊たちは、この島に金銀財宝を埋蔵して島を出て行った。だれもいなくなった島の西で、難をのがれた大浦の兄弟は夫婦になり、子どもを作り幸福になった――というのが話の大要である。」
「長いあいだに、外来者によって犯され、踏みにじられ、殺されてきた島民たちが、「海の向うからやってくるのは鬼ばかりだ」と思うようになったとしても、それをただの排他意識とか離島根性と言ってしまうのは、気の毒だという気もするのである。
 思えば、この伝説には、
 (一)兄妹結婚の正当化
 (二)島のどこかに宝が埋めてあるから、外界と交流しなくとも貧しくない、という内部説得
 といったものが潜在していることがわかる。実際すぐ隣の宮古島(みやこじま)はドイツ商船救助の美談を持ち、いまは観光の島となっていた。このことは外国船がやってきて島民を洞窟に押しこんで焼き殺してしまったという言い伝えを持ち、いまも因習呪術の島と呼ばれながら、外来者を拒(こば)みつづけている大神島と好対照となっていた。」

「日が沈む頃になると、大神島の子どもたちはかくれんぼをしてあそぶ。
 かくれんぼは悲しいあそびである。
 外来者の侵略を潜在化したこの島の子どもたちのかくれんぼは、実に見事にかくれてしまう。
鬼が目かくしをとると、もう島には一人の子どももいなくなってしまい、ただ波の音がきこえるばかりである。」
「私は自分の子どもの頃の悪い夢を思い出していた。かくれんぼをして、納屋(なや)の藁(わら)の中にかくれ、鬼の「もういいかい」という声を遠くにききながら、うとうとと眠ってしまった私が、ふと目をさますと、外はもう冬で、窓の外には雪が降っていた。
 ふいに戸があいて、「まだかくれていたのかい」という声と共に、背広を着、あるいは子どもを抱き、髭(ひげ)をたくわえ、すっかり大人になってしまったかくれんぼ仲間たちがそこに立って私を哄(わら)いだすのだ。私は、身をちぢめ、かくれ通した誇りさえすっかり失って、大人になってしまった皆をまぶしそうに見あげながら、何かが「もうとりかえしがつかなくなってしまった」ことを悟り悲しくなってしまうのである。
 私の夢の中には、遠い南国の果ての大神島は出てこなかった。しかし、大神島の中には、こうした悪い夢が一杯あるのだった。」



「比婆山伝綺」より:

「実際、「ヒバゴンの正体は、比婆山にジャーナリズムの注目を集めるために、オランウータンのぬいぐるみを被って歩きまわっている町長なんですよ」と、冗談を言う町民もいる位である。
 今迄(いままで)のところ、怪獣ヒバゴンはロマンというよりは行政化され、一つの観光資源として、比婆郡西城町に物見遊山の客を集めてきた。しかし、それだけで片付けてしまうには、この話しはあまりにも明快で、政治的で、語るに落ちる。私は、たとえ実在しなくても「実際に起らなかったことも歴史のうちである」という視点に立って、この怪獣の実在を裏付けたい、と思うのだ。」

「「たとえば、何かの理由で町にいられない人間が山に棲(す)んでいるうちに、毛深くなって猿(さる)に似てきたとする……」
 と金田一耕助は言った。
 「その場合に考えられるのは、たとえばレプラのような業病で捨てられた子供、ということもあるかも知れない。死ぬと思って捨てた子が、死なずに全治して、そのまま山人になったという場合だ。
 レプラが、原爆症ということもあり得るだろう」」
「「戦時中に徴兵のがれをして山に逃げ、山狩りもうまくかわした村の若者が、そのまま還れずに、木の実などを食べながら、山で孤独な暮しをしているという場合もあるかも知れない」
 と金田一耕助は言った。」
「「怪物」と思われながら、洞穴(ほらあな)にこもり、じっと何かに耐えていた日本山人、そんな一人が、広島県の比婆山で恐怖におののいてかくれ棲み、戦争が終ってしまっても山を下りてくることができず、時折、夕餉(ゆうげ)の匂(にお)いを嗅(か)ぎに民家の近くまでやって来ているのだとしたら、それを観光化している町の人たちの罪は問われることはないだろうか?」

「これは、金田一耕助の推理ではなく、西城町に古くから棲むおばあさんの懐古談であり、怪獣の正体の手がかりを示す一つの実話である。
 「昭和二十二、三年頃に、西城町の貧農に畸形児(きけいじ)が生まれました。
 親はこの子を恥じて、人目にふれぬように納屋で育てたんです。一度、サーカスが買いに来たんですが、かわいかったのか、親は売りませんでした。畸形児は、ほとんど納屋に軟禁されていて、節穴からしか田畑を見ることもなく育ちました。当時、この地方の農村は不況で、両親は借金をかかえて夜逃げしたんですが、そのときにこの子を納屋に捨てて行きました。
 残された子は飢えて、戸を破って外へ出て畑のものを食い荒すようになりました。わたしもその子を見たことがあるが、サルそっくりでした。
 やがて、その子は近所の子らに石をぶっつけられて、山へ逃げこみ消息を絶ちました。だから怪獣の話をきいたとき、わたしにはピンと来たんですよ、ああ、まだ生きていたんだな、ってね。」
 私には、こうした捨て子と怪獣とが、同一人物かどうか知ることはできない。だが、同じ町でも支配階級の作り出した怪獣の伝説と、貧農の人たちが作り出した怪獣の伝説とは、大きく隔てられている。」



「浅草放浪記」より:

「こうした畸形見世物の主題は、ほとんど「かわいそうなのはこの子でござい、親の因果が子にむくい」という呼込み文句に要約される。つまり、親の非道行為に天が与えた罰を見せるのであって、その根底には仏教的な因果応報、地獄という観念の成立と同じものが見られるのである。そのため、畸形見世物は、神社や寺の境内に小屋掛けして公開し、屏風(びょうぶ)絵の地獄草紙などと同じように、道徳的な説教をともなうのが常だったが、一つだけ特異なのは、「親の因果が子にむくいる」という考え方である。
 地獄の場合、生前に嘘(うそ)をつくと地獄で舌を抜かれるというように、罰はあくまでも罪をおかした本人にくだされるのだが、見世物の場合は、本人が何もしないのに「親の因果」で罰は子どもにくだされる。このあたりに、日本的呪術(じゅじゅつ)の原型がひそんでいるように思われる。呪術は、自然の法則の擬体系であり、一つの社会を維持するために生みだされる掟(おきて)であるから、こうした親子の類感は、同時に親子の一体化を強調する法則となっている。」
「だが、稲村劇場の「犬娘」が、もしもほんとにサリドマイドや水俣病のような薬害公害だとしたら、犠牲者を見世物にしてこらしめるべきは、親ではなくて、企業とか独占資本でなければならぬ筈である。それを、あくまでも「犬と不義をはたらいた母親」の罪としてあるところに、見世物倫理の悲しみがある。
 立身出世をめざす浅草っ子たちにとっては、企業や資本体は十二階の凌雲閣(りょううんかく)同様、見あげるものであっても、疑ってみるものではなかったのだろうか?」
















































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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