寺山修司 『さかさま博物誌 青蛾館』 (角川文庫)

「しらべれば、すぐわかるのだが、こうした、記憶の欠落部分というのも大切にしておきたいと思うので、そのままにしてある。」
(寺山修司 「野球少年遊戯」 より)


寺山修司 
『さかさま博物誌 
青蛾館』 

角川文庫 4489/緑 三一五 16

角川書店 
昭和55年3月30日 初版発行
昭和55年5月30日 再版発行
252p 
文庫判 並装 カバー 
定価300円
装幀: 杉浦康平
カバー: 林静一



「せいがかん」。エッセイ集。


寺山修司 青蛾館 01


カバーそで文:

「奇人、奇声、奇癖、奇書珍書、珍品、そして少年の日の憧憬、想い出など、詩人の想像力で蒐集した、ありとあらゆる「私有財産」を、物語というオブラートにくるんで披露する。寺山ファン待望の、不思議に謎めいてバラエティに富んだ幻想博物誌。
 好評“さかさま”シリーズ、第4弾!」



目次:

青蛾館 
 童謡
 影絵
 にせ絵葉書
 人間測量
 チェスの夏
 机の物語
 星の喪失
 全骨類の少女たち
 首吊(くびつ)りの本
 眠り男
 犬の読む字
 猫目(ねこめ)電球
 グァンチェ族の船
 黄金狂
 手毬唄(てまりうた)由来
 都市
 ノッポのジム
 犬地図
 質問耽奇(たんき)
 空気女
 地下テレビ
 亡雑誌
 書簡演劇
 秘密結社
 奇書譚
 悪い血
 死の曲
 手相直し
 猫(ねこ)のエルザ
 贋作(がんさく)つくり
 自動人形
 手紙狂
 ああ、蝙蝠傘(こうもりがさ)
 吸血鬼入門
 マホメット殺人
 死体球技
 封印譚
 野球少年遊戯
 女か虎(とら)か
 映写技師
 次の一句
 この十冊
 犬太鼓
 風呂史記
 螢火抄
 口寄せ

財産目録(ざいさんもくろく)
 起さないでください
 馬切手
 死神占い
 怪奇曲
 一〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇の詩
 ダーティ・コミック
 空想機械
 悦楽園花譜
 古双六(すごろく)
 退団届
 オルグレンの写真
 耳なし芳一(ほういち)諸君!
 この七つの文字
 人形館主人
 壜(びん)日記
 『家族あわせ』パリ版
 書物という虚構

首吊人愉快(くびつりにんゆかい)
賭博骨牌考(とばくかるたこう)
手毬唄猟奇(てまりうたりょうき)

解説 (萩原朔美)




◆本書より◆


「童謡」より:

「子供の頃、『死ぬ』と言えずに、『死む』と言っては、叱(しか)られた。
 しかし、いくら叱られても、私にとって人生の終わりは、『死む』であって、『死ぬ』ではなかった。
 へんなもので、こうした思い込みは、私が大人になってもついてまわり、画家のモジリアニは、モリジアニ、ポラロイドカメラはポロライドカメラ、くっつくことは、つっくくことと言い直されたのだ。
 こうした間違いはやがて意識的に方法化されるようになり、詩歌の制作に及ぶようになった。私は靴(くつ)でも修理するように啄木(たくぼく)や白秋(はくしゅう)の歌をおぼえ違え、作り直し、そして自分のものに偽造してしまったのである。
 本当のことを言うと『贋作(がんさく)つくり』のたのしみが、私にとって文学の目ざめだったのである。
 私はあらかじめあたえられたものではなく、自分の手を加えて完成したものだけが、「自分の文学」なのだと信じ、贋作をつくっては、自分のノートにしまっておくようになった。」



「影絵」より:

「ときどき、私の動きより少しおくれる影(中略)とか、私の動きより、少し先をゆく影とかがあったら面白いだろうな、と思うこともある。
 私より少し先をゆく影が不意の死とぶつかる。しかし、本体はまだ死にたくないので捲(ま)きこまれまいとして葛藤(かっとう)する。切りはなそうとしても、どこまでもついてくる私自身の『影からの脱走』――人生なんて、案外そんなゲームなのかも知れない。」



「にせ絵葉書」より:

「最近ではニューヨークのソーホーに、絵葉書専門店というのが出来て、使用済みの絵葉書ばかりをならべているが、これが飛ぶような売れ行きで、一連のアンチック・ブームの目玉商品になっているという話であった。ひとは、絵葉書というアンチックを買うというよりは『他人の過去を買う』ということに、たのしみを見出しているのであろう。」
「ところで、こうした絵葉書にも贋物(にせもの)(実在の人物から実在の人物に宛(あ)てて出されたものではないもの)がずい分あるときいて、私は興味を抱いた。過去の作りかえ、記憶の修正といったことは、少しばかりの後ろめたさを伴った愉しみだからである。
 そこで、私もまた贋の絵葉書作りあそびをしてみようという気になった。」
「たとえば昭和四年七月に、上海にいる私が横浜の康子という女へあてた恋文という設定である。
 実際の私は昭和十一年生まれなので、そうした『事実』はある訳はないのだが、こうしたもう一つの過去を現実化して考えると、もう一人の私はすでに七十四歳だということになる。だが、そうした記憶の迷路へ入ってゆくたのしみもまた、私自身の体験ではなかったと言い切れるものだろうか?
 私は、若くして死んだ詩人のことばを思い出していた。
『実際に起こらなかったことも、歴史のうちである』と。」



「犬地図」より:

「杉浦康平が『犬地図』に取り憑(つ)かれているときいた。
何でも、飼犬のレアが死んだとき、そのレアが占有していた床上二十センチの空間が、自分のものになったことへの驚きから、興味が生まれたらしい。
 レアはダックスフントだったが、その目の高さで見ていた世界を追体験しようとしたら、自分も床上二十センチまで、視界を下げなければならなかった――と、杉浦は書いている。」
「私たちはカメラのメカニズムを、客観記録の道具と思いこみがちだが、実際にはこうして、撮る側の置かれている目の位置によって、世界がまるでちがったものになってしまうということを、見落としていることがある。と、同時に、もっとも身近なところにいる一匹の飼犬が、何を見ているのかということさえも理解できないでいることがわかるのである。
 犬地図の可視化は、一匹の犬の見聞への興味などにとどまるものではなく、私たちが経験を共有していると思っていることさえ、幻想にすぎぬのではないか――といったことの証(あか)しになるだろう。」



「地下テレビ」より:

「たしかに、アメリカ人も日本人も、情報中毒にかかっていて、つねに新しい情報に飢えている。しかも、情報操作は、一方的に政治化されるばかりであって、私たちの手によってそれを手段とする方法は、まるで案じられていない。
このところ、私の夢は数人の友人と有線テレビを共有し、それぞれの部屋から交互に『番組』を送り出しあって、公共性のない、きわめて私的なプライベート・テレビをもつことであり、そうした個的なメディアを通して、詩からポルノグラフィーにいたる、あらゆる想像力を駆使しながら、連帯をとりもどすことである。」



「女か虎か」より:

「スタジアムには観衆がいっぱいいる。
 闘技場には、二つの檻(おり)があり、その中に入っているのが、片方は美女であり、片方は虎であるらしい。
 しかし、檻の入口は覆われてあるので、中は見えないのである。
 一人の若者が、観衆に見守られてどちらかの檻を開けなければならない状況に置かれている。もし、虎の檻を開ければ、若者は虎に食われて死んでしまうが、美女の檻を開ければめでたく結婚できる、というゲームである。」
「スタンドには、王と王女が並んで坐(すわ)っている。王女と若者とは恋仲であったのだが、それを王に発見されて、この死のゲームの生贄(いけにえ)にされたのである。」
「王女は、どっちの檻に虎が入っているのかを知っている。若者の命を救ってやることのできる立場にある唯一人の人間である。
 若者は、王女にサインを求める。王女は、無表情にサインを送る。そこで、若者はためらう。
 王女は、自分の恋人を他の美女に奪(と)られてまで命を救ってやろうと思ったであろうか? それとも、自分たちの恋の思い出を守るために、死を選ばせようとするであろうか?」
「さて、若者は王女のサインしてくれた檻を開けるであろうか、それとも『もう一つの檻』を開けるであろうか?」
「私もまた、何度か『女か虎か』について考えをめぐらしたが、この答は『どっちをあけても虎が入っている』というものばかりであった。王女は、たぶん若者に虎の檻をおしえるだろう。
 女は他の美女に恋人を奪られるよりは、死を選ばせたいと思うにきまっているからである。だから、王女の教えてくれた檻ではない方を開ければ命は助かるのだが、王女の見ている前で、王女の教えてくれたのではない檻を開けるということは背信である。生き残ったとしても、どうして二度と王女と顔をあわせられようか?
 知恵というのは、残酷なものだ。そして、知恵というものは、どっちの檻を開ければいいかを教えてくれることによって、若者をつまらぬ男にする。
 この場合は、虎に食われて死ぬほかに方法はないのである。それが、粋というものだと、私は思っている。マザーグースも、教えてくれたっけ。

  私が子供だであった時
  ほんの少しの知恵をもっていた
  大分以前のことであるが
  まだそれ以上もっていない
  それにいつまでたったとて
  死ぬまでもちはしないだろう
  長く生きれば生きるだけ
  私はだんだん馬鹿(ばか)になる」



「死神占い」より:

「不幸を避けるためには、不幸になる前にそれを『知る』ことである。
 『知ったところで、それを避けられるわけではないさ』
 と言う人もいる。たしかに、オイデプスは『父を殺して母と寝る』という予言を受け、それに抗(あらが)いながらも、予言通りに地獄に堕ちた。しかし、オイデプスは、授かった運命を遊びに変えてしまう余裕を持てなかった男である。私は、じぶんの運命を(死までも)あそんでしまうような人間だけが、『不幸』ではない人間なのではないかと思っているので、タロットのカード一枚ずつに、じぶんの一年先、十年先をまかせてしまうのが好きなのである。」
















































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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