大室幹雄 『新編 滑稽』

「異人(ストレンジャー)はその個人的な危機によって通常思考の諸前提をもっていない。それで異人は、定住社会の成員にとって疑問の余地なきものにもつねに疑問をいだくのだし、定住社会の文化の型に特有の歴史が彼の個人史の統合的な部分とならず、定住者からみると彼は「歴史をもたない人間」である。つまり履歴のわからぬ、うさんくさいよそ者なのである。」
(大室幹雄 『新編 滑稽』 より)


大室幹雄 
『新編 滑稽
― 古代中国の異人(ストレンジャー)たち』


せりか書房 1986年11月18日発行 
357p 
四六判 丸背紙装上製本 
定価3,000円
装幀: 工藤強勝



本書「あとがき」より:

「この本はもと一九七五年一〇月二五日に評論社から刊行された。」
「版を改めるにさいして、七三年九月の雑誌「思想」に発表した「都市的人間――古代中国知識人の行動の構造」を序章として、また七八年に「山梨大学教育学部研究報告」に載せた「雞鳴考」を第八章として収録した。」


本書は2001年に「岩波現代文庫」の一冊として、再編(追加された二論文を「付論」として巻末に移動)して刊行されています。

本文中図版(モノクロ)多数。


大室幹雄 滑稽


帯文:

「茫漠たる中国の地平線を横断する遊侠の徒、孔子、孟子らの遊説家たち旅人は都市=定住社会において異人へと変貌を遂げる。世界を渾沌へとひきずりこむ異人たちの演劇的生の輝きを、ことば、モード、性、暴力などの織りなす一大パノラマとして描くユニークな異人論。」


目次:

序章 都市的人間――古代中国知識人の行動の構造
 1 祭祀から演劇へ
 2 孟嘗君田文のライフ・ヒストリー
 3 都市的人間の行動
 4 劇場としての都市
 5 演出としての思想

第一章 〈滑稽〉合戦
 1 『孟子』の笑い
 2 笑われるもの 孟子
 3 〈滑稽〉淳于髠
 4 淳于髠対孟子

第二章 胡服騎射
 1 予祝された生 趙の武霊王
 2 哲学的精神
 3 文化論争
 4 歴史的地平の発見と限界

第三章 羈旅の臣
 1 東西南北の人
 2 地平線について
 3 都市の地勢学(トポグラフィ)
 4 都市と異人
 5 異人の〈滑稽〉

第四章 進取と自完
 1 冒険者の懐郷と帰郷
 2 定住者のエートス
 3 ある変革者の死
 4 故郷を呪うもの

第五章 姦人と聖人
 1 中心の認識者
 2 中心の演出者

第六章 暴君の鏡
 1 痴呆列伝
 2 世界の余白
 3 腑ぬけのモチーフをめぐって
 4 祖型としての桀・紂たち

第七章 〈滑稽〉の帝国
 1 〈滑稽〉の世界観的構造
 2 〈滑稽〉の心理学的構図
 3 〈滑稽〉のまねび
 4 完全無欠の〈滑稽〉漢の武帝

参考文献

第八章 雞鳴考

あとがき




◆本書より◆


「都市的人間」より:

「いかなる社会も漠然とではあれ、こうした異常に対する許容と排除の識閾をもっているが、とりわけ純粋な消費と奢侈の小社会である王侯貴顕の宮廷は異常への特殊な嗜好を有しており、そこではしばしば異常が制度化されている。武帝の廷臣たちから「狂人」と嘲られつつも、なお碌々として人を笑わせ生命をつないでいた東方朔のばあいはその典型であり、滑稽とは「いわば狂気のことばの制度化」たる道化者にほかならなかったのである。」

「孟嘗君の憤激と野蛮な都市殺戮は個人心理学的には彼のアイデンティティの損傷に起因する。しかしそれを彼の個人的な怨恨に閉じこめず、都市の大路で数百人を斫撃して惨殺し、疾風のように立ち去ったという戦士集団の狂暴にまで激昂させたものは彼の滑稽性であった。スザンヌ・K・ランガーもいうように、滑稽、すなわち道化とは「人格化された生命の飛躍」、「善人でもなければ悪人でもなく、道徳にはまったく無関係」であり、「〈生命〉であり、〈意志〉であり、〈知力〉であり」、「動物界に近い」存在、文明と歴史の真唯中につまり都市の核心に闖入して都市を形成する正常で牢固たる日常性の秩序を攪乱し破壊し原古の渾沌へと叩き還す始原の〈生〉そのものなのである。」



「羈旅の臣」より:

「ミルチャ・エリアーデによれば、周壁に囲繞された都邑は、寺院や祭壇や家屋などと共有する祖型において、天空と大地とを結ぶ宇宙軸(アクシス・ムンディ)が貫通している世界の中心、聖所である。そして周壁はファントムやデーモンの跳梁する渾沌たる外部の荒地から聖なる世界の中心である都市の内部を分割し渾沌の侵入から防護するものにほかならない。この祖型的な世界解釈においていわば城郭なる境界は地平線の涯へと無限にひろがる人外境(カオス)と車軸が触れあい人々の袖が絡みあう都市内部の世界(コスモス)とを明確に分割しているのである。旅人は地平線の彼方、人外境の奥深くからゆっくりとこの聖所の境界に到着し、ついで東西南北四方にあけられた城門のどれか一つをくぐって世界の中心に踏みいる。迎える定住者に本来的な世界意識からすればいまや旅人は闖入者というべきだ。さなくとも通常人のこころあたたかな歓迎にかこまれながらやはり異人(デア・フレムデ)である、そこが彼の生まれた故郷ではないという単純な事実によって。
 城門をくぐって都市内部に歩みいった瞬間に旅人は異人に変身する。(中略)ゲオルク・ジンメルの浪曼的な表現にかりていえば、すでに彼は「今日来て明日去る旅人」ではなくて「今日来て明日は留まる」ところの異人(デア・フレムデ)なのである。しかし彼は明後日にはふたたび旅立ってしまうかもしれない。すくなくともそのつぎの日には旅へと出発することの可能な不安な特権を彼は保持してあるだろう。すなわち異人とは「いわば潜在可能的な旅人」(G・ジンメル)にほかならず、一つの都市が彼の「富貴を欲する」意欲の実現にふさわしくなければ、彼は(中略)重い失望と既知という重荷をせおって、誘引と拒絶、限定と無限が描きなす地平線を志向していくつもの地峡の険道を辿るのである。」

「司馬遷は怨恨――彼のいわゆる「怨毒」が大好きであった。もっと正確にいうと、列伝中の少なからぬ主人公たちに、不遇時代に怨毒を舐めつくし、それに発憤し富裕尊貴の地位を獲得した男たちは怨毒をいやすべく仇讎に報復して、死の瞬間に至るまで苛烈な生涯を生きたというプロットを彼は演じさせているのである。怨毒の誘因はほとんどのばあい都市から都市へと遊説遍歴する旅人=異人(ストレンジャー)たる主人公と都市に定住し既成の秩序のうちに安楽な日常生活を享受している通常人との全面的な対立抗争であった。」

「これほどまでに細緻に計算し尽された言葉と行為――それは都市の中心たる宮廷に、定住者の敵視反感を侵して闖入した遊説家知識人たる異人(エトランジェ)が己の欲望を実現するために絶対不可欠の才能であった。」

「孤独者同士の全「人格的」で緊密な絆の成立。常套的とはいえ旅わたらいする羈旅の臣にとって、権力の中枢にあって孤独をかこつ有力な定住者とのかかる心理-精神的一体化ほど定住者との闘いにおける強力な武器はなかった。境界の外部と境界内部の中心との奇妙な同伴。だが都市そのものが拒絶すると同時に誘引する両義性(アンビヴァレンス)を有している。城壁の外部からの侵入者は都市内部の矛盾が凝集する時と所へならばいつでも容易に闖入することができる。都市の統合性が外部への拒絶力に支えられているとすれば、内部の矛盾はそれにとってかわる誘引力の増加を意味するからである。」

「旅人が地平線を踏みこえるだけを快楽とし、都市をすどおりするのみであったら、最後まで彼は放浪者(デア・ヴァンデルンデ)でしかない。都市の城壁の内部に停止したとき彼は異人(デア・フレムデ)に変容し、都市に固有な力学のアンビヴァレンスとの鋭い葛藤に捲きこまれることになる。」



「〈滑稽〉の帝国」より:

「重要なことは古代中国において象徴的二元論にもとづく世界解釈が、意識的にも無意識的にも、これほどまでに根ぶかく浸透していたにもかかわらず『史記』滑稽列伝に登録された典型的〈滑稽〉たちがその本質においてこの二元的対立からずりおちていたということである。」
「〈滑稽〉なる烏滸者は「非を是であるかのように説き、是を非であるかのように説き、言説によって異同を混乱させる」、同一律も矛盾律も超越した精神だという。つまりその言説において世界解釈を構成するあの二元的対立の原理をくつがえす存在だというのである。しかも彼らは単純に言語的人間であったのではなかった。司馬遷が滑稽列伝に選択した烏滸者たちはそろって偏奇(ストレンジ)な属性をそなえていた。」

「端的にいって狂人はその生を構成するあらゆる負性の極致のゆえに人間外の存在、嬰児とひとしくいっさいの社会的責任からはずれた局外者とみなされていたのである。いわば彼は世界の秩序の外部にこぼれおちた生だったのだ。」
「狂人および準狂人と〈滑稽〉との親近な関係はすでに明白であろう。げんに古今を通じて〈滑稽〉の第一者であった東方朔は同時代人から「狂人」と呼ばれていた。」

「すでにあきらかであろう、〈滑稽〉とは、それ自体がお芝居である世界の中心いわば世界戯場の舞台の真ん中に、中心の中心の中心たる帝王をとりまいて喋り唱い跳ね踊って嬉遊する異人(ストレンジャー)だったのである。彼もまた一身に体現した過剰の境界逸脱性すなわち偏異性(ストレンジニス)を武器に世界の中心に闖入し、日常生活の秩序を攪乱し、通常人の安固な世界感覚を混乱に陥れて無気味な怪訝と新鮮な驚愕によって彼らにもう一つの世界の所在を開示する鏡の創造者にほかならなかった。」




こちらもご参照下さい:
レスリー・フィードラー 『フリークス ― 秘められた自己の神話とイメージ』 (伊藤俊治・旦敬介・大場正明 訳)










































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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

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将来の夢: 石ころ。

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