中野美代子 『仙界とポルノグラフィー』

「仙界に至る道が、山中の洞窟もしくはそのヴァリエーションであったことを思い出していただきたい。その洞窟をくぐりぬけたさきにひろがる仙界は、行きどまりの、そう、壺や瓢箪の内側のようなところであった。そして、そこでは、無限に時間の増殖が行なわれているのである。ここまでくるとすでに明らかなように、仙界は、構造的に母胎、あからさまに言えば子宮のシンボルなのである。」
(中野美代子 「仙界とポルノグラフィー」 より)


中野美代子 
『仙界とポルノグラフィー』


青土社 1989年6月20日第1刷印刷/同31日発行
348p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,200円
装画: 野中ユリ



本書「あとがき」より:

「本書は、『ユリイカ』一九八八年一月号から十二月号まで連載した十二篇のエッセイから成っている。連載時の通しタイトルは、「シノロジー雑草譜」であった。」
「この十二篇のエッセイ、いずれも単行化にあたって、若干の手を加えた。図版も、連載時より多い。しかし、図版好きの私としては、まだ加えたいものがいくつもあるが、欲ばってもしかたあるまい。」



本文中図版(モノクロ)多数。


中野美代子 仙界とポルノグラフィー


帯文:

「幻想と綺譚の博物館
夢を運ぶ白いインコ、星座をかたどる古代城郭、
天子の珍獣コレクション、金の瞳の孫悟空……。
中国の幻想・綺譚の世界に遊ぶ夢と幻の博物館。」



目次:

白い鸚哥
鯨座(ケトス)の尾
龍と博山炉
北斗の城(まち)
天子の動物園
「ディー判官もの」の作者
金属動物
人工洞窟(グロットー)
瓢箪の宇宙
仙界とポルノグラフィー
煉丹術ドラマ
悲劇のウロボロス

あとがき
参考文献書誌



中野美代子 仙界とポルノグラフィー2



◆本書より◆


「鯨座の尾」より:

「十六世紀の地図では、海の部分に奇怪な海獣や人魚などを描くことが流行した(中略)。陸地に人や動物をにぎやかに描くようになるのは、ヴァルトゼーミューラーの一五一六年シュトラスブルク版あたりからさかんであるが、海の部分に海獣などを描くのは、一五三二年のセバスチャン・ミュンスターの地図を嚆矢とするのではないだろうか。」
「ところで、この地図のなかを生き生きと泳ぐイルカだが、その尾に注目していただきたい。いくらしなやかな肢体をもつからといっても、イルカの尾は、こんなにぐにゃぐにゃ曲りくねってはいない。しかし、これから十六世紀末まで流行する海の怪獣を描きこむ地図では、この描き方が流行し、かれらの尾は、くるんと一回転するに至るのである。ちなみに、ホルバイン描くところの「バビロンの淫婦」を見ていただきたい。淫婦がうち跨るドラゴンらしき怪獣の尾がくるんと一回転してからくねくねと曲っているではないか。そういえば、ウッチェロやカルパッツィオなどの描くドラゴンたちの尾も、くるんくるんと回転していたっけ……。」
「海の動物が私たちの想像力を駆りたてる力は無限であり、なればこそ鯨座(ケトス)のイメージは、星図と地図とをめまぐるしく往来したのだった。人類の今後の歴史においては、こんなおもしろいことはもう起こるまい。」



munster iruka

参考図版: 「一五三二年のセバスチャン・ミュンスターの地図」


holbein - the whore of babylon

参考図版: 「ホルバイン描くところの「バビロンの淫婦」」


uccello - dragon


carpaccio - dragon

参考図版: 「ウッチェロやカルパッツィオなどの描くドラゴンたち」


cetus uranometria

参考図版: 「鯨座(ケトス)のイメージ」(『ウラノメトリア』より)


「龍と博山炉」より:

「ところで、蓬莱山をはじめとする三神山が壺に見立てられたというのは、いったいどういうことなのであろうか。さきに述べたように、三神山を壺に見立てたのは晋代になってからだということになっているが、『列子』では、方丈山のことを早くも方壺と称しているのを想起されたい。」
「方壺すなわち方丈山には、崑崙という別名があると記した北魏(三八六~五三四年)の酈道元(れきどうげん)の『水経注』に注目しておこう。崑崙とは、西の果ての仮想の聖山の名であり、やがて実在の大山脈に与えられた名であるが、それがどうして東海の果ての「浮き島」の別称になったのであろうか。
 そのことを理解するためには、崑崙の中国音 kun-lun の上古音が、klun という二重語頭子音を持つ KL- 型の一音節構造であったのが、K-L- 型の二音節に分かれ kun-lun となったという、音韻上の変化があったという事実をご記憶いただきたい。じつは、壺も、この KL- 型の二重語頭子音をもつ言葉であった。瓢箪のことを、中国語で hu-lu といい、葫蘆とも壺蘆とも書くが、これまた上古音では KL- 型の一音節構造であったものが、K-L- 型に二音節化したものである。KL- 型の一音節構造の言葉は、「ころんとまるい、ぐるりととり巻く、くるんとひっこむ」といった基本義を共通に有するとされるが、崑崙も、さらには崑崙や壺の異名をもつ東海の三神山も、「ころんとまるく、内部はくるんとひっこんだもの」、すなわち瓢箪や壺のようなものと考えられていたのである。」



「仙界とポルノグラフィー」より:

「仙界に至る道が、山中の洞窟もしくはそのヴァリエーションであったことを思い出していただきたい。その洞窟をくぐりぬけたさきにひろがる仙界は、行きどまりの、そう、壺や瓢箪の内側のようなところであった。そして、そこでは、無限に時間の増殖が行なわれているのである。ここまでくるとすでに明らかなように、仙界は、構造的に母胎、あからさまに言えば子宮のシンボルなのである。」


「北斗の城」より:

「現代の私たちは、古代世界のあらゆる建造物にひそむ象徴性や観念性、あるいはそれらを表現するに足る高度の技術などといったものを、あまりに低く評価しすぎているのではないか。ストーンヘンジのあの巨石群の排列も、考古天文学の近年の業績によって明らかになったように、おどろくべき天文学的な意味が隠されていたのである。」
「科学技術の進歩という幻想によって機械にふりまわされている自堕落な現代人とはわけがちがい、古代人はものをしっかりと把握していたと私は思う。どんなものにもデザインにも、しっかりとした象徴的意味があった。」



「金属動物」より:

「クレタ島の番をするタロスについて、ボルヘスはロードスのアポロニウスの『アルゴナウティカ』を引用する。それによれば、タロスは「胴体も手足もすべて青銅でできており、不死身だった。しかし踵の筋の下には真赤な血管が走っていた。そしてこれが生死の源泉とともに、薄い膜でおおわれていた」ために、崖から大石を持ち上げたとき、「尖った岩で踵をすりむいた。すると溶けた鉛のように霊液がほとばしり、張り出した崖の上に塔のごとく立つ彼の姿はまもなく崩れ去った」という。
 不死身のからだの一個所、踵にだけ弱点があり、その弱点のゆえに命を落とすというのは、踵の筋の俗称であるアキレス腱の故事のもととなったアキレスも同様である。」
「金属動物として不死身となった孫悟空にも、ただれた「火眼金晴(あかめ)」という弱点があった。しかしかれは、その弱点のゆえにあやうく命を落としかけたことはあったものの、命を落とすことはなかった。もう一つのかれの弱点とされる緊箍呪、すなわちかれの頭に嵌めこまれた金箍を緊(し)めつけるための三蔵法師の呪文が、金属動物である孫悟空のからだに、金気(かなけ)を供給し、目の弱点を絶えず補強したからである。
 タロスの悲劇的最期は、かくして孫悟空には無縁のものとなった。中国の文学には、本質的な悲劇がないといわれるが、それは金属動物においても通じることだったのである。しかし私は、そんな悲劇性の有無よりも、金属動物、あるいは(中略)動物の生(な)る木などといった、動物・植物・鉱物のあいだの現代的境界を無視した存在そのものを愛しているのであり、そのような存在をやすやすと可能にした神話的世界像に魅せられているのである。
 ミルチャ・エリアーデは、「人間は一つの新しい植物の様式の、ある束の間のあらわれである」と言ったが、この「植物の様式」を、「植物や鉱物や動物の様式」と言い換えたってかまわないと思われる。」



























































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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