白川静 『中国古代の民俗』 (講談社学術文庫)

「足が直接に地にふれるということが、地霊との交渉を可能にする。そしてそのことばが律動をもつように、足の動きも舞踊的となる。(中略)これが舞うことの起源であった。」
(白川静 『中国古代の民俗』 より)


白川静 
『中国古代の民俗』

講談社学術文庫 484

講談社 1980年5月10日第1刷発行/2008年7月18日第25刷発行
301p 文庫判 並装 カバー 定価1,000円+税
装幀: 蟹江征治
カバーデザイン: 粟津潔



本文中図版(モノクロ)多数。


本書「あとがき」より:

「この書は、さきの『中国古代の文化』につづいて、中国古代の民俗の問題を考えようとしたものである。」
「私はこの書で、三つの方法を試みようとした。それは古代文字の構造を通じて考えられる古代人の生活と思惟、古代歌謡としての詩篇の発想と表現とを通じてみられる生活習俗のありかた、そして第三には、それによってえられたところのものを、わが国の古代の民俗的な事実と対応させながら、比較して考えるという方法である。」
「第一章「民俗学の方法」では、(中略)民俗学の方法をまず問題とした。わが国の民俗学は、はじめ柳田氏の方法を主流として展開してきたが、いまではその関連する諸文化科学との関係が強く反省され、また一国民俗学的な閉鎖性を脱しようとする努力も試みられている。ことに民族のもつ固有にして純粋な原体験を求める立場からは、民俗語彙や習俗的伝承に依拠するだけでは、十分な成果を期待することはむつかしい。しかし中国の古代文字は、その構造と用義において、一挙にその原点に近づきうる、もっとも有力な資料である。その一例として、文字資料による鳥形霊観念の復原を試みた。
 第二章「古代歌謡と民俗」は、古代歌謡における発想法と民俗の関係について考えた。歌謡の原質は呪歌的なものであり、その意味で『万葉集』と『詩経』との間には共通する問題がある。枕詞が地霊へのよびかけの意味をもつように、詩篇において興とよばれる発想法は、その字義において地霊への鎮めの意味をもつ。その発想法は同じ次元にあるものであり、相似た民俗的事実を背景としている。
 第三章「言霊の思想」は、呪的歌謡が言霊の観念を基盤とするものであり、それは古代文字の構造の上からも、またその古代文字の展開の上からも、あとづけることができるものであることを論じた。
 第四章「詩経民俗学」は、詩篇における発想と表現、およびその展開のうちに、『万葉』におけるものと同質のものがみられることに注意した。古代文字がそれ自身の体系をもつ民俗資料であるとすれば、詩篇もまたその生活において、一の民俗的世界をなしている。
 第五章「卜辞の世界」は、古代文字が、その原義性において用いられている卜辞の例によって、当時の自然観と、その生活を規定する諸観念の復原を試みた。それらはいずれも、原初の神信仰と深く結びついたものである。
 第六章「語部と巡遊者」は、古代文字の展開の一面を、説話と民謡とを通じて考えようとした。その担持者は、いずれも古代の巫史の零落した巡遊者たちである。古代文学の最初の伝承者たちがそのような巡遊者であったという事実は、その展開の姿相をも含めて、わが国の古代文学にも認めることができる。
 第七章「月令と歳時記」は、民俗行事の重要な部分を占める歳時、すなわち年中行事と、通過儀礼の問題をあつかった。いずれも消長と持続、断絶と循環の論理に立つものであるが、中国では歳時は「月令」のように陰陽五行的自然観として組織され、通過儀礼は『儀礼』のように礼経化されて、民俗的なものの思想化、制度化の傾向が著しい。古い民俗伝承が、そのためにいわゆる常民的基盤から引き離されてゆくことが多かったようである。
 このことからいえば、中国の民俗学は、その失なわれた古代的なものを、その本来の姿に復原することが、とりあえずその出発点を回復する方法であり、またそれによって、比較民俗学的な対象としての条件をもつこととなろう。ここにはなお未開拓に近い豊沃な分野がある。その分野に対して一の展望を与えようとすることが、この書の意図するところである。」



白川静 古代中国の民俗


カバー裏文:

「魯迅の弟、周作人に始まる中国の民俗学研究の歴史は浅く、研究方法もいまだ摸索の段階にある。本書は「古代文字の構造を通じて考えられる古代人の生活と思惟、古代歌謡としての詩篇の発想と表現とを通じてみられる生活習俗のありかた、そしてそれによってえられたところのものをわが国の古代の民俗的な事実と対応させながら比較」考察するという三つの方法をもって、未開拓の中国民俗学研究という分野に正面から取組んだ労作である。」


目次:

第一章 民俗学の方法
 〈1〉 わが国の民俗学
   石神問答
   遠野物語
   十三塚と河童
 〈2〉 中国の民俗学
   中国民俗学の出発
   民俗語彙と古代語
   古代語としての漢字
 〈3〉 古代文字と民俗学
   鳥形の霊
   奪と奮
   辟雍の制

第二章 古代歌謡と民俗
 〈1〉 万葉集と民俗学
   その先駆的研究
   折口の古代研究
   歌謡の原質
 〈2〉 詩経と民俗学
   詩経の学
   グラネーの方法
   興の問題
 〈3〉 発想の問題
   興の原義
   諺と枕詞
   地霊の鎮め

第三章 言霊の思想
 〈1〉 祈りについて
   神のことば
   攻撃と防禦
   神の音ない
 〈2〉 興的発想の展開
   詩篇と自然
   定型と反興
   樹木の興
 〈3〉 巫祝と文学
   呪誦と文学
   楚辞文学の展開
   賦の原質

第四章 詩経民俗学
 〈1〉 草摘みについて
   巻耳の詩
   神事と予祝
   草摘み歌の展開
 〈2〉 祝頌の詩
   祝頌の形式
   祝頌と思慕
   恋愛詩の成立
 〈3〉 恋愛詩の諸相
   揚之水三篇
   投果と衣食
   象徴の手法

第五章 卜辞の世界
 〈1〉 自然のいぶき
   水を飲む虹
   龍の話
   巫女と媚獣
   夢と死
 〈2〉 人間のありかた
   出生について
   往来について
   死葬について
 〈3〉 社会の生活
   農業について
   狩猟について
   戦争について

第六章 語部と巡遊者
 〈1〉 語部の文学
   貴種流離譚
   巫史の学
   志怪の書
 〈2〉 桑摘みの女
   生命の木
   桑中の会
   陌上桑
 〈3〉 巡遊者の文学
   邯鄲の倡
   秦氏の女
   孟姜女説話

第七章 月令と歳時記
 〈1〉 月令の組織
   豳風(ひんぷう)七月篇
   夏小正と国語
   月令とその形式
 〈2〉 農事暦と歳時記
   后稷の法と四民月令
   荊楚歳時記
   セチの日
 〈3〉 通過儀礼について
   産屋の礼
   結婚の礼式
   万舞の人

終章 民俗学の方向
   民俗学の方向
   古代民俗の復原
   民俗の本質
   民俗と習俗

あとがき




◆本書より◆

「漢字を古代語の資料とし、民俗語彙資料として用いるときの、第一の利点は、その成立の同時性ということにある。象形・指事・会意のような基本文字は、ほとんどすでにこのときに成立している。のちに形声の字が多く作られ、漢字の数は四万を超えるに至ったが、本来の基本字はその五パーセント、二千字程度のものであり、その大部分は、甲骨文・金文のうちにあらわれている。
第二の利点としては、その文字構造の原理が、その時代の観念や思惟の方法を示しているということである。同時性とあわせて、同質性というべき特徴をもっている。語義がそののちにどのように変化し、多義化していったとしても、文字の原義は、その構造のうちに顕著に残されている。「新」が新しい死者の位牌であり、「廷」が廟前の降神のところであるという字の原義は、のちにはむしろ忘れられ、その転義において多く用いられているものであるが、その文字構造と、古代における用義法の上から、容易に原義を復原することができる。」

「巫蠱(ふこ)のことは、また媚蠱(びこ)ともいう。(中略)人を呪詛する方法はすべて媚蠱であるが、蠱とはそのうち、虫を用いる方法である。」
「その法は苗族(びょうぞく)の間にはのちまでも行なわれた。それは五月五日の節供の日をえらんで、毒ある虫、大なるものは蛇より、小なるものは蝨に至るまで、百種を集めて、これを一器の中に入れる。虫はたがいに噉(か)み合って、最後に一虫だけ残ったものが、すぐれた呪能をもつものとされた。これを地下に埋めて呪詛するのを、埋蠱(まいこ)という。人を殺すときには、ひそかにこれを人に食べさせて腹中に入れる。これを「腹中虫」という。一定の期間中にこれを用いなければ、その呪霊はかえってその用意者である主家に禍するものとされた。」

「夢という字も、その上部は媚の形である。それは媚の外魂が、夜中に人を襲って、種々の衒惑(げんわく)を行なうものとされたのであろう。衒惑の衒も、のちに作られた玄の形声字であるらしく、そのもとの字と考えられるものは、行の間に媚女を梟磔した姿をかいたものがそれであろう。道路において、人を衒惑する呪術を行なうことを、意味する字であったと思われる。
卜辞には畏夢(いむ)のことをいうものが多く、それは人が牀上でうなされている姿にかかれている。(中略)いわゆる夢魔 nightmare である。」
「吉夢を献じ、悪夢を堂贈の法によって祓い、媚蠱から守るための儀礼が怠りなく行なわれるにかかわらず、悪夢によって命をおとすことがある。それを薨(こう)という。(中略)夢といえば、いまの語感では楽しいものを予想させる。しかしおそるべき媚蠱(びこ)の世界に住んでいた古代の人びとには、それは死への予感でさえあった。自然界はかれらにとって、あまりにも神秘にみちていたからである。」

























































































































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