橋口稔 『ブルームズベリー・グループ』 (中公新書)

「この人たちを結びつけていたのは、まず第一に友情であり、さらに同性愛を含む恋愛感情であり、夫婦関係であり、親戚関係であった。」
「クェンティン・ベルの本は、ブルームズベリー・グループが文学運動のためのものなどではなくて、一つの私的なグループであったことを、はっきり証言していた。」

(橋口稔 『ブルームズベリー・グループ』 より)


橋口稔 
『ブルームズベリー・グループ
― ヴァネッサ、ヴァージニア姉妹と
エリートたち』 

中公新書 916

中央公論社 
1989年3月15日印刷
1989年3月25日発行
192p 目次4p 
新書判 並装 ビニールカバー 
定価520円
装幀: 白井晟一



著者は1930年生、英文学者。
本文中図版(モノクロ)多数。


橋口稔 ブルームズベリーグループ 01


帯文:

「木曜深夜の集いが織りなす、今世紀初頭、ロンドンの知的青春」


目次:

プロローグ

第一章 レズリー・スティーヴンの死
 父親の否定的自意識
 二つの三角関係
 神経症の系譜
 ゴードン・スクエア四六番地
 木曜日の集い

第二章 ヴァネッサの結婚
 世俗的な血
 G・E・ムアの影
 新たな悲劇と結婚と
 第二章の始まり

第三章 後期印象派展
 フィッツロイ・スクエアの空気
 ドレッドノート号悪戯事件
 ロジャー・フライの試み
 それぞれを待つテスト
 ヴァネッサとロジャーの愛

第四章 ヴァージニアの結婚
 リットン・ストレイチーの「精神的革命」
 メイナード・ケインズの異質性
 レナード・ウルフの休暇
 ヴァージニアの招待状

第五章 良心的徴兵忌避
 ヴァージニアの心の病い
 徴兵への異議
 ケインズの大蔵省入り
 ヴァネッサとダンカンの恋愛

第六章 平和の帰結
 それぞれの活躍
 ストレイチーの野心と方法
 ケインズの人物描写
 フライとクライヴの美学
 ダンカンとヴァネッサの絵画
 レナード・ウルフの政治学
 『ダロウェイ夫人』の意識の流れ
 『燈台へ』――原家族への帰還

エピローグ

人物ノート
あとがき
主要参考文献



橋口稔 ブルームズベリーグループ 02



◆本書より◆


「ブルームズベリーというのは、ロンドンの中心部にある地区の一つである。シティーと呼ばれる、いまは金融の中心となっている旧市部の少し西にある。このブルームズベリー地区には、大英博物館もあれば、ロンドン大学もある。
 ここは、一八世紀の後半から一九世紀にかけて、住宅地として開発された地域である。」
「ブルームズベリー・グループというのは、二〇世紀の初頭に、ゴードン・スクエアを初めとして、この地区に住んで生活した、知識人たちの集まりである。それは、何か運動をするためにつくられたグループではなかった。自然発生的に生れた集まりであって、友情や愛情によって、少しずつグループを形づくるようになったものである。だいたい同じ年頃の、同じ階級、同じ階層の人たちの集まりであって、その特徴は、一言で言うならば、ある共通の生き方をしようとしたところにあったと言えよう。共通のものの考え方や感じ方をしたところに、グループをグループたらしめるものがあったということになる。」
「このグループのメンバーが属していた階級は、イギリスの上流階級である、ジェントリー階級であった。(中略)かれらは、エリートだったのである。」
「かれらは、文学や、美術や、学問の世界で、それぞれにすぐれた仕事をした。その業績は分野を異にしていたが、共通していたのは、かれらの生き方の基本になっていた、ものの見方であり、感じ方であった。
 かれらの生き方がどういうものであったかを簡単に説明することはむずかしいが、強いて手短かに言えば、自分たち自身の感情や思考を大切にして、それを頼りに、世間の批判を恐れずに、あくまで自分たちがよいと考える生き方をしようとした、というふうに言えよう。」
「既成の観念にとらわれずに、ものごとに対して、理性的に、ある場合には懐疑的に、またある場合にはシニカルに対応した。」
「ブルームズベリー・グループの人たちは、一方では俗物的なヴィクトリアニズムに反発して新しい生き方を摸索したけれども、他方でヴィクトリア朝よりも昔の時代の古い生き方に固執しようとする面も持っていた。ロンドンのブルームズベリーを一つの生活の場にしながら、後には田舎に住むことのほうを選んだのもそのためである。一八世紀に強い関心を寄せたのも、その表われである。
 かれらは自分たちを、エリートの中の少数派として、特殊な存在であると考えていた。かれらは、時代の趨勢が悪くなりつつあるという意識を持っていた。かれらが、グループの外の人たちからはとかく嫌われがちであったのも、このことと関係しているであろう。」

「ブルームズベリー・グループの人たちはみな、この戦争に反対し、徴兵制に反対して徴兵を忌避した。国家といえども個人に対して戦うことを強制する権利を持たないという考え方が、徴兵に対する反対の基本にあったことは変らないであろうが、その反対の仕方には、少しずつ微妙な違いがあった。」
「ブルームズベリー・グループの内部では、良心的徴兵忌避をしない人のほうが非難されていたが、当然のことながら外から見る眼はまったく違っていた。ブルームズベリー・グループの評判を悪くした最大のものが、この良心的徴兵忌避であったろう。それは、高い身分に伴う義務(ノブレス・オブリージ)をことさら回避するものと受け取られたかも知れない。しかし、グループの人たちは、他人の思惑など気にしていなかった。むしろ、自分たちがエリートの中の異端であることに、ひそかな誇りを感じていたろう。
 ずっと後にE・M・フォースターが書いた「自分の国を裏切るか、自分の友人を裏切るか、どちらかを選ばねばならないとしたら、国を裏切る勇気を持ちたいと思う」という言葉もまた、同じような背景の中において考えるべきものであろう。国のためよりも友人のために生きるのに勇気を必要とするのは、ナショナリズムが時として凶器となって人を傷つけることがあるからである。ブルームズベリー・グループの人たちは、その勇気を持とうとしたのであり、その勇気を持てることに自己陶酔を感じることもあったかも知れない。」

「一九四一年三月になると、ヴァージニアの心の危険な状態は、レナードにもよくわかった。それは、ヴァージニア自身にもわかっていた。
 三月二八日の金曜日は、よく晴れた日であったという。ヴァージニアは、レナードと、ヴァネッサに宛てて、遺書を書いた。
 レナードに宛てた遺書には、こう書かれていた。

 「最愛の人、
 また頭がおかしくなるのは確かのように思えます。あの恐ろしい経験をもう一度することには、とても耐えられそうにありません。それに今度は治らないでしょう。人の声が聞こえだしていて、集中できません。ですから、わたしは一番よいと思われることをするつもりです。あなたは、可能なかぎり最大の幸福を与えてくれました。あらゆる点で、誰にもできぬことをすべてして下さいました。二人の人間が、わたしたち以上に幸福であり得たとは思いません、この恐ろしい病気さえ起らなければ。わたしはもう戦えません。あなたの生活を駄目にしてしまっているのが、わたしには分っています。わたしさえいなければ、あなたは仕事ができるのが、わたしには分っています。そしてあなたが仕事をなさるのも、わたしには分っています。この手紙さえ、わたしはきちんと書けないのですよ。読むこともできません。わたしが言いたいのは、わたしの生涯の幸福はすべてあなたのおかげだということです。わたしに対してまったく辛抱づよく、信じられぬほどやさしくして下さいました。このことを言っておきたいのです。誰もが知っていることですが。わたしを救ってくれる人がいたとしたら、それはあなただけでした。いまのわたしには、確かなものは、あなたのやさしさしか何もなくなってしまいました。もうこれ以上あなたの生活を駄目にするわけにはいきません。
 二人の人間がわたしたち以上に幸福であり得たとは、わたしは思いません。
 V」

 昼前にヴァージニアは、ステッキを手に、散歩に出るようにして家を出た。サセックスの丘陵の間を流れるウーズ川までは、歩いて十数分の距離である。
 ステッキは、ロドメルの隣りの村であるサウスイーズの橋の近くの川べりに残されていた。この辺りのウーズ川の流れは、水量も豊かで速い。
 ヴァージニアの遺体が見つかるには、三週間ほどかかった。」













































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Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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