豊崎光一 『ファミリー・ロマンス』

「それは、僕にとって本当に不幸なことに、僕は他の人たちと同じようにはできていないということです。」
(ボードレール)


豊崎光一 
『ファミリー・ロマンス』

テクスト コンテクスト プレ(-)テクスト

小沢書店 
1988年5月20日 初版発行
349p 別丁図版10p 
20.6×15.2cm
丸背紙装上製本 カバー 
定価3,000円
装画: 加納光於



本書「跋」より:

「この本は、定義上、同じ著者による『他者と(しての)忘却』に先(プレ)立つはずのものである。さまざまな情況の重なりから、今日ようやく日の目を見ることになったが、その間、『他者…』とのあいだに行なわれた部分的組み換えにより、この本の一貫性はかえって強固になり得たと思う。」


豊崎光一 ファミリーロマンス 01


帯文:

「ボードレールとメリヨン、ヴァレリーとブランショ、ロートレアモン(=)イジドール・デュカス、そしてデリダとフロイトをめぐる尖鋭かつ精確な読みから、テクスト、コンテクスト、プレ(-)テクスト、三項の相互関係、互換性を家族という場において検証する。――」


帯裏:

「テクストもまた、他のテクストにとってのコンテクストまたはプレ(-)テクストとして――ばかりではない、時として一個の生体として、生きられ得るはずである。
 この三項の相互関係、互換性を、とりわけ、家族という場――私が私であることの支えであると同時に軛、そして私の最初の諸分身=変身の場でもある家族において検証すること。それが、本書に集められた諸テクストの最も強いコンテクストであり、プレ(-)テクストであろうか。
(本書より抜粋)」



豊崎光一 ファミリーロマンス 02


目次 (初出):

もう一つの海 雙兒の海 (「ユリイカ」 臨時増刊 「ボードレール」、1973年5月)
ヒステリーと創造 (集英社 『世紀末の美と夢』 1、1986年6月)
天使から怪物へ (「海」 1981年12月号)
ナルシスとは何か (「現代詩手帖」 臨時増刊 「ブランショ」、1978年10月)
ファミリー・ロマンス (「海」 1981年3月号)
これ (「現代思想」 臨時増刊 「デリダ読本」、1982年2月)
Pré(-)textes (「エピステーメー」 臨時増刊、1979年7月)

 追補
アナグラムと散種 (「エピステーメー」 1978年1月号)
自然・ダンディ・詩人 (「無限」 1966年冬季号、特集「ボードレール」)

 跋
 初出一覧



豊崎光一 ファミリーロマンス 03



◆本書より◆


「もう一つの海 雙兒の海」より:

「晩年に近いボードレールが、銅版画家シャルル・メリヨンを熱情的に愛していたことは知られている。」
「メリヨンの精神は当時(五六年ごろから)最初の重大な変調をきたしており、五八年五月以来彼はシャラントンの精神病院に収容されていたが、同年八月末退院を許される。二人がはじめて実際に出会ったのはこの年の末ごろと思われる。その顚末を語った、プーレ-マラシ宛の長い書簡(一八六〇年一月八日付)――」
「彼は私がエドガー・ポーという人物の短篇を読んだことがあるかと訊ねました。(中略)彼は、語気を強めて、私がそのエドガー・ポーなる人物の実在を信じているかどうかと訊ねました。私としては、もちろん、彼がああした短篇をいったい誰のものだと思っているのかと訊ねたわけです。彼は答えて、非常に器用で、非常に力があり、万事に通暁した文学者たちの集団のものだと言うのです。彼の挙げるその理由の一つというのはこうです――「モルグ街。私は屍体公示所(モルグ)の絵を描いたことがあります。オラン・ウータン――私はよく猿に似ていると言われました。あの猿は二人の女性、母親とその娘を殺す。ところが私もまた、精神的に二人の女性、母親とその娘を殺したことがあるのです。私はいつもあの小説を私自身の不幸への仄めかしだと思ってきました。」」
「シャルル・ボードレールとシャルル・メリヨン、二人のシャルルのそれぞれの生いたちの間には、いくつかの奇妙な暗合があり、そのいくつかはボードレール自身知っていたに違いないことである。二人ながら一八二一年に生まれ、ボードレールが失語症から回復できぬまま六七年に死ぬと、そのわずか半年後、メリヨンはシャラントンの精神病院で自殺同然の死をとげる。ボードレールの母親はロンドンで生まれ、シャルルがまだ六歳にならぬ時に夫を失って、二年足らず後に再婚しているが、メリヨンは英国人とスペイン人の母との間に生まれた私生兒、「父なし子」である(母は一八三七年狂死している――書簡中で言及されている「母親とその娘」の「精神的」殺害というのは、メリヨンが寄寓先で二度まで、酷似した状況下にくりかえした、母親と娘の双方への一方的恋慕から来ているのだが、そこには、死んだ母親の姿が二重写しになっているのは疑いない)。二人ながら、動機こそ異なれ、父の愛を奪われていたのだ。二人とも、アシーシュ吸飲の経験がある。自殺未遂も二人に共通している。ボードレールがインド洋に向けて航海に出たころ、メリヨンは海軍士官見習として洋上を走っていた。海のイマージュは二人それぞれの青春と分かちがたく結びつき、生涯彼らの心を離れることがない。
 先ほどの書簡はつぎのように終っている――
 「彼が帰ったあと、私はいぶかったものです、いったいどうやって私が、いつだって精神にも神経にも、気狂いになるために必要なものはみなそなえていたこの私が、そうはならずにすんだのか、と。」
 この「気狂い」(中略)は、ボードレールにとって決して遠い存在ではなかったあのもう一人の「気狂い」のことを私たちに思い起させずにはいないだろう。カテュル・マンデスの有名な証言によれば、一八六五年七月の或る日(と思われる)、ボードレールはネルヴァルの自殺(五五年一月)についてこう語る――「彼は気狂いじゃなかった。アスリノーにその話をしてみたまえ。アスリノーはジェラールが気狂いじゃなかったことを説明してくれるでしょう。それなのに彼は自殺した。首をくくった。(……)首をくくった、彼は首をくくったんだ! いったいなんだって彼は死ぬ決心をして、あんなひどい場所を、それも首にぼろを巻きつけるのを選んだりしたんだろう?……」そのあと、一段と声を高めて、ほとんど叫ぶように、「いや、いや、そんなことはない、ほんとじゃない、彼は自殺したんじゃない、自殺なんかじゃない、何かのまちがいだ、嘘をついてるんだ。そうでしょう? 言ってくれますね、みんなに言ってくれますね、彼は気狂いじゃなかった、自殺したんじゃないと――彼が自殺したんじゃないと言うって約束してください!」
「メリヨンを「狂人」と呼ぶのと「ジェラールは気狂いじゃなかった」という言葉とのあいだには、まったく字面の上での対立しかない。「ジェラールは気狂いじゃなかった」というのが、ネルヴァルの文学的天才に対するボードレールの「洞察」であるとする読み方に、べつだん異議を唱えようとは思わないが、このコンテクストにおけるこの言葉の意味はあまりにも明らかであり、それは、もしジェラールが気狂いだったなら、世間が気狂いと呼ぶところのものだったなら(中略)、自分もまた気狂いだ、間もなく気狂いになるのだ、どうかそうでないと認めてくれ、という以外のものではないだろう。
 メリヨンについてかつて書かれた、最も美しく、かつ間然するところのない文章の一つ、「メリヨンの街(カルチエ)」において、ピエール・ジャン・ジューヴはこう書いている――
  人もしメリヨンの作品のうちでも道理にかなったものだけを、或る種のパリの客観的な描写として好むと称するならば、メリヨンの版画を読みとるにはいたるまい。人もしそこにおける実物の形体を被害妄想によって解釈するならば、これまたそれを捉えることはできまい。驚嘆すべきレシ群である『オーレリア』はそのような性格をそなえている――錯乱のさなかにありながら、それらのレシは生の人間的普遍性を所有しているのだ。」



豊崎光一 ファミリーロマンス 04








































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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