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ミシェル・レリス 『幻のアフリカ』 岡谷公二/田中淳一/高橋達明 訳

「今人生の曲り角にあって(中略)僕は呪っている、子供時代のすべてを、僕の受けてきた教育のすべてを、僕がその中で育てられた愚かな慣習を、この子のためだ、この子を立派にするためだと信じこんで、よしと判断され、僕に叩きこまれた道徳を、僕を縛りつけ、僕を健全に性の交わりをし、健全に生活することができない、感情上の非民(パリア)たる今の僕にするしか能がなかったすべての規則を。もし僕が、今後も自分を苦しめ、絶えず新しい惨劇と責苦を作り出しては、僕を愛してくれる人たちを苦しめるなら、どうか、過ちの責任を僕のせいにも、僕を教育した人たちのせいにもせず(中略)、昔ながらの価値に死に物狂いでかじりついている、この腐りきった社会のせいにしてほしい。」
(ミシェル・レリス 『幻のアフリカ』 より)


ミシェル・レリス 
『幻のアフリカ』

岡谷公二/田中淳一/高橋達明 訳


河出書房新社 
1995年4月10日 初版印刷
1995年4月20日 初版発行
570p 口絵(モノクロ)8p
A5判 丸背紙装上製本 カバー 
定価7,800円(本体7,573円)
装幀: 鈴木成一



本書「解題」より:

「本書は、ミシェル・レリスがダカール=ジブチ、アフリカ横断調査団に加わって旅をしているあいだ、一九三一年五月十九日から一九三三年二月十六日までほぼ一年八ヵ月にわたって一日も欠かさずつけ続けた日記『幻のアフリカ』の全訳である。本書は、一九三四年にガリマール書店から初版が出た。しかし(中略)一九四一年十月十七日、つまりナチス・ドイツによるフランスの占領下、(中略)発禁処分にあい、残部を押収された。理由は植民地政策に対する批判にあったと思われる。戦後、すなわち一九五一年に序文と註と写真を加えて再版が、一九八一年にはさらにまえがきを加えて新装版が出た。本訳書が底本としたのは、一九五一年版である。
 この三つの版は、本文に関しては、若干の誤謬や誤植の訂正以外にまったく異同はない。初版には、再版とは異なる序文が付いているが、内容そのものはほとんど同じで、しかもはるかに短い。」
「レリス自身の言に従うなら、初版の評判は、(中略)概して芳しくなかたっという。とりわけ民族学者たちのあいだでそうだった。いや、芳しくないどころではなく、スキャンダルでさえあった。なにしろ厳密な客観性にもとづく科学的民族学を押し進めようとしていた彼らの前に、民族誌学上の記述のあいまあいまに、夢や、エロティックな妄想や、個人的すぎる悩みの赤裸な告白の入りまじった途方もない日記があらわれたのだから。
 とりわけ激怒したのは団長のグリオールだった。(中略)グリオールは、この本は将来、植民地における民族学者の調査を危うくするものだと言って、きびしく非難した。
 レリスは、「秘書兼文書係」として調査団に参加したのであり、一日も欠かさず日記をつけることは、旅行中、彼に課せられた義務であり、この日記は調査団の公的な日記であり、報告書であるはずだった。ある意味でグリオールの怒りは当然である。」
「本書の先駆性が明かになり、その内容が真に理解されて、広い読者層を得るに至るのは、再版以後のことである。本書は今や古典であり、本書を抜きにしてフランス民族学を語ることはできない。」
「本書は二部にわかれており、その第一部の部分がある出版社から『幻のアフリカ 1』として出版された。その後、訳稿はできていたにもかかわらず、出版社側の都合で出版は一日のばしになり、ついに二十余年が経ってしまった。」
「この機会に、(中略)全巻を新たに訳し直した。訳注もできるかぎりふやし、地図も詳細なものにして読者の便に供した。」



Michel Leiris : L'Afrique fantôme
本文二段組。口絵図版17点。



レリス 幻のアフリカ 01



帯文:

「《聖なるもの》の
探求者レリスの
名著、待望の完訳!!

詩人にして民族学者、バタイユの盟友
レリスの未知なるアフリカへの旅。
夢の断片、仮面の祭祀、供犠、異邦の女…。
民族誌であり、詩であり、
告白である空前絶後の書物!!」



帯背:

「記念碑的な大作
待望の完全版!!」



帯裏:

「『幻のアフリカ』は、多面性を持った、分類しにくい、不思議な書物である。
それは旅日記であり、アフリカについての民族誌であると同時に、
省察録、赤裸な告白、夢の記録でもあって、
しかも時には序文の草稿だの、小説の下書きまでが挿入されている有様だ。
単なる文学でも、単なる民族誌でもない、
未分化の、混沌としたところに本書の大きな魅力がある。
――『幻のアフリカ』について より」



内容:

口絵
地図

解題 (岡谷公二)
 1 本書の成立について
 2 ダカール=ジブチ、アフリカ横断調査団について
 3 調査団の団員について
 4 ミシェル・レリスについて
 5 翻訳について

はじめに

第1部
第2部

原注
訳注

『幻のアフリカ』について (岡谷公二)




◆本書より◆


「第1部」より:

「豊富な掻き画のあるいくつもの岩庇。しかし、やはり説明は得られない。ただ、それらの岩庇の一つの近くで、毎年羊が一頭生贄にされることだけがわかる。しかしこの供犠と岩に記された画とのあいだにはなんの関係もないらしい。人々はすべて、これらの線画はフランス人の到来以前にさかのぼるもので、大昔の人間の作品、あるいは悪魔のしわざだと断言する。要するに、彼らは、線画の意味をまったく知らず、その起源を解く鍵さえ持っていないということだ。」
「キタの住民は僕たちの山での行動に不安を感じているらしい。(中略)山には危険で不吉な悪魔が住んでいる。(中略)そして悪魔の一人は真っ白で、僕たちの列車の車輌一台と同じくらいの大きさらしい。」
「僕は、グリオールが写真をとっているあいだとりとめもなくしゃべっていて、ワニの洞窟――この断層の近くで、僕たちは先日羊の綱を拾ったのだ――に、ミノタウロスの物語のような話が結びついていることを知る。雨期のあいだ水が溢れると、ワニは時として村まで出て来て、子供たちを食べるのだ。」

「うっとうしい、だらだらとした一日。小さなスーダンの町であっても、とにかく町というものにはいらいらする。昨日の老婆と調査の続き。陰核切除の手術に使う剃刀を見せてもらう。ムサ・トラヴェレは自分の割礼の話をする。割礼はウォロフ族の風習にしたがって行なわれた。性器を樽の上に置き、しかるべき場所にたがねを当て、ハンマーで一撃するのだ。」

「また、夢精。その上、アンドレ・ブルトンと仲直りをする夢を見た。精神分析などくたばってしまえ。」

「僕はある村を散歩する。例によって住民のかなりの部分がついてくる。一人の娘が突然放屁し、みな大笑いする。ある片隅では、赤く化粧して獣皮にくるまった一人の末期症状の嗜眠性脳炎患者が筵によこたわって、かすかに身体を動かしている。人々は病人を癒してほしいという意向を僕に伝える。だがどうしたらよいというのだ!」

「ここに公刊する覚え書(中略)は、もっぱら個人的な性格のものである。とはいえ、ある人々が《わが個性》と呼ぶものに僕はさほど重きを置いてはいないし、また(中略)僕の印象を大きく育てようと努めたわけでもない。
 旅行中の出来事については僕自身がかかわりをもったことだけに切りつめ(中略)、あえて主観的に自分の考えを述べることで、僕はこれらの覚え書に最大限の真実を賦与しようと試みた。
 なぜなら具体的なもの以外には真実なものはないからだ。特殊なものに徹底することで人は普遍に到達し、最大限の主観性を通じて人は客観性に達する。」
「アフリカについて語ろうというときに、僕がかくかくの日に上機嫌であったか否か、さらにどんなふうに排泄をしたかを述べる必要はないと言う人もあろう。(中略)しかしそうした出来事があった場合に伏せておく理由も見当らない。それ自体としてみても、かくかくの樹木、かくかくの服装の原住民、またはかくかくの動物が、かくかくの瞬間に路傍にいた、といった事実に劣らず重要であるばかりでなく、記述の真正さという点でもそれなりの価値があるのだから、こうした排泄現象は記載されて当然なのである。
 記述を完全なものにするためにではない(中略)――そうではなく、個人的係数を白日のもとにさらけだすことによって誤差の計測を可能にするためである。」



「第2部」より:

「僕にとって《名誉》という言葉はごくあやふやな意味しかないので、《名誉にかかわる》問題でかっとなるのも、あるいは単にやり返すのも、誰よりも反応が鈍いのだ……。」

「大きな花が生えてきた。白と赤の百合のような花が一本の茎にいくつも集まって咲いている様子は、モダンスタイルの燭台に似ている。やがては草が僕たちを侵食してゆくのだろうか……。」

「現在の僕の生活とのかかわりから、旅という大きい伝説的テーマと、それに結びつくものについて考える。

 天空の横断と地獄落ち。
 遠方へ赴く旅の途中で父を殺したオイディプス。
 秘儀を伝授される者は常に遠方で啓示を受ける(中略)。
 眠れる美女の探索と青髭の不在。
 一流選手となるための初心者たちのツール・ド・フランス、さまよえる騎士たちの遍歴。旅をする錬金術士たち(中略)。
 今日においては、ある点まで試練の役割を果す長距離耐久スポーツなど。

 僕自身に関しては、まだ啓示を待っているところだということを認めざるをえない……。僕の心を一番打つ旅の話とは、家から出て行って戻ってきてみると、百歳を越えているので、誰一人見覚えがないという男の話である。」

「エマワイシュは昨日たまたま、ラヒエロに病気にされるのが心配で、一番下の息子の身体を洗わないのだと漏らす。ところで、ラヒエロとは、彼女の母親にとり憑いているザールの一人だ……。ということは、母親の頭の中に住む精霊の一人が彼女の子を殺すかもしれないと考えていることだ。しかし彼女は、それについて母親には責任がないと思っており、二人がやり合うとき、母親に対し、家庭の問題とか金の問題についてしか苦情を言わない。こういう次第で、各人、エマワイシュもその母親も、狩人のカサフンも(殺した動物のアッビガムが憑いている)、アッバ・ジェロームも僕自身も、要するに全員が、頭の中に僕たちのすべての行為(各分野にわたる)を支配するらしい沢山の小さな精霊を持っていて、僕たちはそれらの行為に少しも責任がないのである。これは、僕の友人たちのすべての行動、すべての言葉からの帰結だ。」
「すばらしいと同時に息もつけない風土だ。少なくとも、すべての事柄を、えてして呪術ではなく、モラルがらみにしてしまう文明からどうあがいても抜け出せない僕にとっては。」

「午後、近所の二人の女と一緒に悔みにやってきたエマワイシュが、奇妙な夢の話をする。
 一匹の黒犬が追いかけてきて、彼女が腕に抱いている子供を食べようとする。子供を救うため、彼女はシャンマの中に彼を隠す。しかし犬は、裾の方からシャンマの中に入ってきて、子供を八つ裂きにする。エマワイシュは、赤い服を着た人々から成る、とても密集した陰気な群衆のところに来る。しかし彼女はこの群衆には立ち交らない。犬がひどくこわかったので、彼女はもっと遠くへゆこうと思う。」

「僕は人嫌いなので、集団生活をしていても、皆から離れていたいとつい思ってしまう。こんな距離を手に入れるのには、男としての自分を否定するのがもっとも確実な手段の一つではないだろうか。
 僕は今、精神分析家たちが僕の《去勢コンプレックス》と呼んでいるものの局面の一つに触れている……。男たちへの憎悪、父への憎悪。彼らに似まいとする固い意志。優雅は人間離れしているから、優雅な服装をしたいという欲望。清潔は人間離れしているから、清潔でありたいという欲望。しかも、たちまち、このわざわざこしらえあげてしまった深い孤独に嫌悪を覚え、他の道を通って、ごく一般的な人間らしさに立ち戻りたいと激しく望むのだ……。そこから抜け出す手段はおそらく見つからないまま。」

「愛は僕たちを結びあわせ、僕たちを離れさせる。愛は僕たちをただ一つのものに凝縮させ、僕たちと残りの者とのあいだに深い淵をえぐる。愛は僕たちに他者を憎悪させる。愛はまさに僕たちが一人であることと僕たちの孤独との輝かしい確認なのだから。愛は人道主義とキリスト教の泣き言との生れながらの敵だ。
 今人生の曲り角にあって――僕は三十二歳になろうとしており(もう青二才とはいえない)、ここ二年近くのあいだ《まじめ》と言われる人々が正しく妥当だと評価している仕事に参加してきて、自分でも契約を厳しく守ってきたと評価できる(おそらく、初めて)――僕は呪っている、子供時代のすべてを、僕の受けてきた教育のすべてを、僕がその中で育てられた愚かな慣習を、この子のためだ、この子を立派にするためだと信じこんで、よしと判断され、僕に叩きこまれた道徳を、僕を縛りつけ、僕を健全に性の交わりをし、健全に生活することができない、感情上の非民(パリア)たる今の僕にするしか能がなかったすべての規則を。もし僕が、今後も自分を苦しめ、絶えず新しい惨劇と責苦を作り出しては、僕を愛してくれる人たちを苦しめるなら、どうか、過ちの責任を僕のせいにも、僕を教育した人たちのせいにもせず(彼らにはわかっていなかったのだし、彼らの唯一の誤りは、結局のところ僕をこの世に生み出したことなのだ)、昔ながらの価値に死に物狂いでかじりついている、この腐りきった社会のせいにしてほしい。」




岡谷公二「『幻のアフリカ』について」より:

「しかしレリスもまたラディカルであった。この世界の変革を求める人間が、ラディカルでないわけがあろうか? 中途半端な変更や一部修正では世界を変えたことにはならないのであり、彼が望むのは、言葉の真の意味での革命なのだ。彼が中国革命やキューバ革命にかけた期待を進歩的文化人の甘さと嘲る人々に対して彼は言う。「ああいうことにだまされなかったと言って自慢する人たちの心のありようを私は嫌悪します。だまされるべきだったんですよ」。」



レリス 幻のアフリカ 02
































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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

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