川村二郎 『白山の水 鏡花をめぐる』

「しかし海は水によって連続している。海といわず、水はどこでも結ばれている。」
(川村二郎 『白山の水 鏡花をめぐる』 より)


川村二郎 
『白山の水 
鏡花をめぐる』


講談社 
2000年12月18日 第1刷発行
310p 
20×15cm 並装 カバー 
定価2,800円+税
装幀: ミルキィ・イソベ



『白山の水』は講談社文芸文庫版で愛読していたのですが、濡れ手で触ってページがヨレてしまい、残念に思っていたところ、アマゾンマケプレで天牛書店さんが「良い」の単行本を800円で出品していたので注文してみました。
「新品」よりキレイな本が届きました。
しかしまた汚してしまいました。
A5変形のソフトカバーで、天の部分は不揃い裁断になっています。


川村二郎 白山の水 01


帯文より:

「泉鏡花の華麗を極めた文学の内奥を通じ、物語の広野を渉猟する長編エッセイ!」


帯背:

「文学と物語の
本質に迫る
長編エッセイ!」



帯裏:

「鏡花を巡るセンチメンタル・ジャーニー。」


目次:

一 金沢
二 川
三 橋
四 水死
五 水神
六 蛇
七 白
八 メルヘン
九 化物
十 盲人
十一 隅田川
十二 深川
十三 カロン
十四 小人
十五 変化
十六 峠
十七 鳥
十八 杜
十九 遊行
二十 白神
二十一 金沢

後書



川村二郎 白山の水 02




◆本書より◆


「一 金沢」より:

「家から西へ進み、左手に、土地の旧藩主の家老職を勤めていた大家の菩提寺だという、それこそ古色蒼然とした寺のある、おそろしく急な坂を登ると、大きな公園に突き当った。巨大だがどこか不細工な日本武尊の銅像が建つあたりから、北に向ってゆるやかに下り勾配となり、その傾斜のあちこちのほの暗い物蔭や凹みに、水と一緒に奇態な造型物が見られるのが面白かった。朝鮮渡来というあばた面のような石で出来た塔があり、金沢の名の元という「霊沢」、陰鬱な囲いの中の湧井があり、何代目かの藩主の寂しげな銅像があった。北に下りきって公園を出ると、向いには城の門。毎朝父親が、従卒の牽いて来た馬に乗ってこの門の中に入ることは知っていたけれども、自分が門内に入りこんだことはない。門の前の道をそのまま西へ、そして城址の周縁に沿ってぐるりと北へ回り、しばらく行けば、これが神社とはとても思えない異風の高層建築が右手に現れる。こちらの道を取るか、あるいは城址からさらに西に向い、映画館などの集っている繁華街まで歩くか、それが毎日の日課だった。
 毎日の日課と書いたのは、むろん客観的にはウソである。学校があったのだし、実際にこのように歩いたのは、休みの日に限られていたはずである。だが主観的には、日々の楽しみはそちらにしかないといってよかった。つまり学校は無にひとしかった。
 別に落ちこぼれたとかいじめに会ったとかいうことではない。いわんや登校拒否などするわけもない。表向きはごくおとなしい児童の一人だったろう。落ちこぼれというより、はみ出しのような状態ではあったかもしれない。学校の授業で分らぬこと、新しく教わることは何もなかった。だからただ黙って坐っていて、先生にしろといわれたことだけをして、その間、全く何も考えていなかった。
 同級生にとっては、異星人のようなものだったのだろうと思う。こちらにとって金沢が遠かったように、彼らにとっても東京は、今では想像もつかぬほど遠かったにちがいない。その東京から来て、そこそこに勉強はできて、しかしまるで口をきかぬ変なチビ。こちらはこちらで、彼らが初めは遠巻きにしながら、やがてその輪を縮めて、好奇心むきだしで近寄ってくるのを、異類の星に不時着した飛行士のような気分で待ち受けねばならなかった。
 大人だったら、何がしか意思疎通の道を模索しもしただろう。そうした世間知には今に到るまで不案内なたちである。何より言葉の抵抗が大きかった。一人称をずっと「ぼく」で通して来た子供が、いきなり「わし」と口にできるものではなかった。
 それにしても異類の住む街そのものには、興味がつきなかった。坂を登って公園へ行き、それからまた、「尻垂坂」というすごい名のついた公園東側の坂を下って城の門に行き当り、天守閣がない城は物足りないなと思いながら右へ折れ、天守閣の威容を代行しているかと見える雄大な、灯明台の化物とも摩天楼と龍宮の合成ともいえそうな神門を、首が痛くなるまでのけぞって仰ぎ見、最上層の窓を装う赤、青、緑、色とりどりのステンドグラスが、夕陽を受けて輝くのを眺めていると、まだその言葉を知らなかったが、恍惚、というのに近い心地にひたされた。」

「十歳の自分にとって、金沢の風土はきびしく、住人は言語も挙措もあらあらしくけわしく、近寄るのがためらわれた。しかしこちらから近寄っても安心な、動くことのない古い造型物は、どれも魅力的だった。くすんでいて、底に光をたたえている。総じて黒っぽく暗色を基調としているが、ただ黒く暗いのではなく、光線の具合で微妙な色合が混り合っていると感じられてくる。逆に一見きらきらしいものにも、奥行がある。子供に陶磁器の品定めなど所詮無理なことだが、父親が新しく手に入れた九谷焼の徳利や盃は、金色を多く使って随分派手に見えながら、じっと見ていると、その金色が次第に暗くよどんでくるような気がした。明は暗に、暗は明に染められていて、その生の領域の上に、ぼんやりと死の影が貼りついている。そんな世界として金沢を表象した時、小学生は、鏡花を読みもしないうちに、鏡花の世界を呼吸していたのである。」



「十四 小人」より:

「恐ろしい蛇を、つい先日見た。昨年(九九年)暮に「役行者神変大菩薩一三〇〇年遠忌記念」として大阪市立美術館で催された、「役行者と修験道の世界」という展覧会でのことである。
 全国の社寺から集めた、前鬼後鬼を随えた例の役行者像や、型通りの蔵王権現像、孔雀明王像、不動明王像などが、広い館内に所狭しと陳列されていて、壮観といえば壮観だったが、図像学的にはおおよそ儀軌に定められている通りなのだから、千篇一律の感は拭えず、巡り歩きながら少々退屈していた。その倦んだ目の前の壁に、まことに唐突に、かつて対面した覚えのない、奇怪きわまる趣向の画像が出現したのだった。
 大体縱一メートル、横五十センチばかりの同じ図柄の絵が、三幅並んでかかっている。いずれも中央には、極彩色の唐衣に領巾(ひれ)や裙(も)をまとった、貴女風の装いをした立像がある。それを囲んで十五人ないし十六人の唐子が、狐に乗ったり馬にまたがったりして遊んでいる。十六童子は弁天の眷属である。当然中央は弁天のはずである。
 しかしこの弁天像は、通常あるべき美女の顔を欠いている。首から上にはその代りに、三つの蛇の頭がある。左右はそれぞれ外を向いて鎌首をもたげ、正面を向いた中央の頭は、両眼を怒らせ、口を開いて牙を剥きだしている。図の四方にはさらに多くの蛇が、衣を着て直立したり裸のままとぐろを巻いたりしている。
 美女の頭の上に小さな蛇がとぐろを巻いているのは、弁天の図像学上の定型である。要するに、弁天の蛇との親和が、その形でほのめかされているのだ。しかし蛇と弁天がそのまま同体であることを、これらの絵ほどあからさまに示している例を、ほかに知らない。
 「天川弁才天曼荼羅図」とこれらの絵は名づけられている。」
「この蛇=弁天の図像に並んで、武蔵高幡不動金剛寺所蔵の「弁才天十五童子像」が掲げられている。こちらはごく尋常な美しい神女の坐像、相伴する童子たちも行儀よく整列している。弁天の下には袋をかついだ大黒天がにこやかに佇み、全体として福神のめでたい恩恵がほのぼのと感じ取られる。対照的にそれだけ一層、天川マンダラの異相が際立つ。
 どちらかが実像でどちらかが虚像ということはあり得ない。どちらも人間の想像力が生みだした理想像にほかならない。ただ金剛寺の弁天像が理想を一義的に純粋に表現しているとすれば、天川マンダラは、理想の中に混濁した幻想や、禁忌への畏怖や、畏怖に反して忌まわしいものに惹かれて行く情動やが雑然と混りこんでいて、曰くいいがたいアナーキックな夢の形象を現出しているのである。」




こちらもご参照下さい:

川村二郎 『白山の水 鏡花をめぐる』 (講談社文芸文庫)































関連記事
スポンサーサイト
プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本