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ミルチャ・エリアーデ 『ムントゥリャサ通りで』 直野敦 訳

「しかしもっと後では、地下の生活を知りたいというこの願いが、一種の執念となって彼をとらえるにいたったことは疑う余地がありません。」
(ミルチャ・エリアーデ 『ムントゥリャサ通りで』 より)


ミルチャ・エリアーデ 
『ムントゥリャサ通りで』 
直野敦 訳


法政大学出版局 
1977年2月15日 初版1刷 
1988年5月30日 2刷
174p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価1,300円



本書「訳者あとがき」より:

「テキストはルーマニア語のオリジナル版(Pe strada Mântuleasa..., 1967)を使用し、またズーアカンプ社のドイツ語版(Auf der Mântuleasa-Strasse, 1972)をも参照した。」


エリアーデ ムントゥリャサ通りで


カバー絵はアルフレート・クービン『対極』挿絵より。



◆本書より◆


「理解して頂くには、すべてがあの先ほど話したタタール人の少年、アブドゥルに端を発していることをご承知願わねばなりません。あなたにお話しましたように、この子が仕事しているところを私も目にしたのです。部屋に入ると、床にトルコ式に膝を組んで、ふところから革製の袋のようなものをとり出すと、自分の言葉タタール語で、私には皆目わけもわからない文句をとなえはじめました。その時、私はそれまで見たこともない光景を目のあたりに見ました。部屋中の蠅が彼の頭の上あたりに黒い群れをなして集まり、そしてひと塊の糸巻のように固まったと思うと、その袋の中へすぽんと入ったのです。アブドゥルは袋の口をしめると、それをまたふところに入れ、微笑しながら立ち上がりました。私は彼に半レウ銀貨をやりました。そして丸一週間のあいだ、それも本当にかっきり一週間だけは、私の部屋にただ一匹の蠅も見かけませんでした。廊下でぶんぶんとんでいましたし、何匹かは窓ガラスにもとまっていました。しかし部屋に入ってくるのは一匹もいなかったのです。一週間後に、アブドゥルはあとの半レウ銀貨を貰いにやってきました。その翌日、すなわち少年が呪(まじな)いをして八日目に、蠅どもは、前よりも数が多いような感じでしたが、どっとまた部屋になだれこんできました。もちろん私は、またその蠅退治に少年を呼びよせました。(中略)……それが私の実際に見たことです。しかしアルデアは、もうその一年前にアブドゥルと親しくなっていたのでした。アブドゥルが彼になにを語ったのか、またどこまで語ったのかは知りませんが、ずっと後に私がリクサンドルから聞いたところでは、アルデアが秋にブクレシュティへ帰ってきた時には、アブドゥルからある秘密を教わってきていました。私の理解した限りでは、その秘密というのはどうやらこんな話です。すなわち、もしいつか、人の住んでいない、水の溜まった地下室があったならば、どんなものか知りませんがあるしるしを探せ、そしてそのしるしが全部揃っていたら、その地下室は魔力にしばられていて、そこからはあの世へ渡っていけると考えていいというものです。」

「彼の本当の名前が何だったのか、それを知っていたのは森番だけです。彼はドクトルを子どもの頃から知っていたからです。人々が彼をドクトルと呼んでいたのは、彼がいろんな薬草に詳しく、またしょっちゅう遠いよその国々に出かけていたからです。(中略)しかし、彼の最大のおはこは奇術でした。」
「私は、彼が仕事をしている、いやつまり手品をやっているところを幾度か見ました。(中略)ある日曜日の夕方で、私たちは帰りの馬車に馬がつながれるのを待っていました。(中略)《まあ、ちょっと待ってくれ、いまいいものを見せてやるから!》とドクトルが叫んで、みんな静まるようにポンポンと手を打ち鳴らしました。それから両手をポケットにつっこみ、眉をしかめて考えこんだ様子で、私たちの前を行ったり来たりしはじめました。急に片手を上に振りあげてなにかを掴みました。私たちが目をこらして見ると、それは一種の長い定規のようなものでしたが、ただしガラス製のものでした。それを地面において、引っ張り、長く延ばしはじめました。そしてあっというまに、それは厚くて高さが一メートル半くらいのガラス板になりました。それをしっかり地面に据えつけると、その一方の側を掴んでまた引っ張りはじめました。するとガラスは彼の後についてどんどん延びていくのです。そして二、三分のうちに数メートル四方のガラスの水槽、あの水族館にある水槽を巨大にしたようなものができ上りました。そして私たちは、地面から水がすごい勢いで噴出して水槽の縁まで水がいっぱいになるのを見ました。ドクトルがさらに幾つかの形を手で空中に描くと、大きい、色とりどりの、種々様々の魚が水槽の中で泳ぎはじめたのを私たちは見ました。私たちはまるでその場に凍りついたようになっていました。ドクトルは煙草に火をつけ、私たちの方を向いて言いました。《近づいてごらん、そして魚たちをよく見て、君たちにどれをあげたらいいか私に言いなさい》 私たちは近づきました。そして青色のひれをつけ、ばら色の目をした大きな魚に目をとめました。《ほう》とドクトルは言いました。《君たちはいいのを選んだね。これは Ichtys columbarius (イクティス・コルンバリウス)といって、熱帯地方の海にいる珍しい魚だ》 そう言うと、煙草を口にくわえたまま、まるで影のようにガラスの中を通り抜けて水槽の中へ入りました。そして、私たちみんなによく見えるように、しばらくの間、水槽の真中の水の中で魚たちに囲まれて立っていました。口に煙草をくわえて、それをふかしながら歩きまわっていました。それから片手を延ばしてコルンバリウスを掴みました。入って行った時とまったく同じように、口の端に煙草をくわえ、片手に魚をつかんだまま、ガラスを通り抜けて出てきました。そしてその魚を私たちに見せてくれました。私たちは、ドクトルの手の中でもがいている魚も眺めましたが、それよりも目を皿のようにして見つめていたのは、彼の姿でした。ドクトルの身体にも顔にも服にも一滴の水もついていませんでした。私たちのうちのひとりが魚を片手に受けとりましたが、すぐに草の上に落としてしまいました。そして、私たちはみんなそれを捕えようとしてとびかかりました。ドクトルは笑っていました。魚を掴みあげると、水槽に近づき、ガラス越しに片手を延ばして魚を水に放ちました。それから両手をうち鳴らすと、たくさんの魚もろとも水槽は忽然と消え去ってしまいました……」

「おそらく、こういった西ヨーロッパから来た職人たちのひとりから、ヨルグ・カロンフィルは、あの伝説や迷信をはじめて聞いたのでしょう。地中に魔法をかけられて埋められている水晶や宝石、それを見つけ出すのは大変に困難で、ある種の人間にだけそれができるのだという例の言い伝えと迷信です。」
「しかしもっと後では、地下の生活を知りたいというこの願いが、一種の執念となって彼をとらえるにいたったことは疑う余地がありません。(中略)西ヨーロッパから来た職人たちが彼に話してきかせたあらゆる伝説や迷信のたぐい、太陽と月の作用によって鉱石や宝石がどんなふうにできていくかという話、山中でどういうふうに鉱脈が大きくなり、そして仙女に守られているかという話、その他これに似たような話を聞いてからヨルグは、ルーマニアの百姓たちが、復活祭に赤く染めた卵の殻を小川に流して、川の流れがそれをプラジン――地底のどこかに住んでいる、魔法にかけられた生物ですが――そのプラジンたちの国へ運んで行き、復活祭の来たことを告げ知らせるのだ、と話していたことを思い出しました。
 そこでヨルグは、もうヨーロッパの職人たちや山師たちのことは忘れてしまって、田舎に出かけて自分の領地やその周辺を歩きまわり、古老や老婆を探し出しては、彼らがプラジンと地下のその国について知っていることをすべて語らせるということをはじめたのです。けれどもこの老人たちにしても、世間のだれもが知っていること、すなわちこのプラジンたちがとても温和な、情深い生物たちで、そこ、すなわち地中で、人間たちの捨てた残りものを食べて生きていて、たえず祈りを捧げているということ以上には知りませんでした。ただプラジンたちについては、大昔には地面の上に住んでいて、ある事件が起きてから地下に移り住んだということが知られていました。ところでヨルグは、この言い伝えがなにか衝撃的な真理を秘めており、人はその意味を理解することさえできれば、プラジンの国へ降りて行く道を見出せるばかりでなく、同時に、教会が洩らしてはならないとされているその他のすべての秘密にも通じることになるのだ、という考えを持つにいたったのです。」

「その夜、すなわち結婚式の前の土曜日の夜に、オアナはこの夢を見て、それを日曜日の晩の結婚式の祝宴で私たちに話したのです。(中略)《私がドナウ川で泳いでいたの。それもずっと上流の方で泳いでいて、そのうちどれほど時間が経ったか分らないけれども、源に、ドナウ川の水源にまで来ていたの。そしていつのまにか私は水底から地中へもぐって行き、果てもなく深い洞窟へ入りこんでいたの。その洞窟の壁は宝石でできていて、何千というろうそくで照らされ、まぶしいほど光り輝いていたわ。
 すると、そこで私のすぐそばにいた一人の神父様が囁き声で言ったの。“復活祭だよ。だからあんなにたくさんのろうそくをともしたのだ”と。でも私にはその時どこか見えないところから、別の声がこう言うのが聞こえたの。“ここには復活祭などない。この土地では私たちはまだ旧約聖書の世界にいるのだから!”そこで私は、そのたくさんのろうそくや光、その宝石などを眺めて、深い喜びを感じたの。そして心のうちでこう思ったの。“私もとうとう旧約聖書がどんなに神聖なものであるか、旧約聖書の時代に生きていた人々を神様がどんなに愛していたかを理解できる幸せを得たんだわ”って。そして、そこで私は目がさめたの……》 これが、オアナが私たちに話してくれた夢でした」














































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◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

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Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

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