フリードリヒ・グラウザー 『砂漠の千里眼』 種村季弘 訳

「アウトサイダーとしてまかり通っているこの男からは、まずあまり規則ずくめの仕事は期待できない。日常的なものは退屈すぎてこの男には縁がない――というよりいっそ、そんなものには近づけない。この男の使いみちは――この点にこそ彼の価値があるのだが――もっぱら何か尋常ならぬことが起こった場合にかぎられる。そういうときに必要とされ、そういうときにこそかけがえのない存在となるのだ。」
(フリードリヒ・グラウザー 『砂漠の千里眼』 より)


フリードリヒ・グラウザー 
『砂漠の千里眼』 
種村季弘 訳


作品社 
2000年2月20日 初版第1刷印刷
2000年2月25日 初版第1刷発行
269p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,300円+税
装丁・コラージュ: 間村俊一



本書「訳者解説」より:

「シュトゥーダー刑事はこの度(たび)はスイス国内にじっとしていない。(中略)二重殺人の犯人の足跡を追ってめまぐるしく動き回る。
 この小説のシュトゥーダーはヨーロッパとアフリカと二つの大陸にまたがってちょっとした国際スパイなみの活躍を演じながら、最後はモロッコ高地の砂漠の外人部隊哨所にまでたどりつく。場所がくるくる変わる。シュトゥーダー刑事シリーズとしては異例の物語である。」
「『砂漠の千里眼』とタイトルを訳したこの作品の原題は「体温曲線表」(Die Fieberkurve)。作者の死の前年一九三七年に「チューリヒ絵入り新聞」紙に発表されたが、単行本化は死の年の一九三八年。」



グラウザー 砂漠の千里眼 01


帯文:

「“千里眼”が予見する奇妙な二重殺人
追えば追うほどくるくる変わる犯人像
敵も味方もすべてが変装する
だまし絵小説。
……あのヒューヒューがつまり死を意味するのさ。
最初はバーゼルの妻だ! お次はベルンの妻!……
名刑事シュトゥーダー刑事シリーズ第3弾!」



帯背:

「名刑事シュトゥーダー
シリーズ第3弾!」



帯裏:

「敵も味方も、作中ですべてのものが変装している。それならいっそ小説そのものが変装していないかどうか。つまりミステリーとして読めて、同時にそれ以外の読み方もできる小説ではないのかどうか。ダリの絵に女の顔を描いたと見えて、角度を変えると砂漠の遊牧民がテントの前にすわっている構図のものがある。小説にも発端から終末に向かって読むのと、その逆に読むのと、二通りの読み方ができる趣向の小説があるのではないか。つまり、「だまし絵」としての小説。…………………「訳者あとがき」より」


グラウザー 砂漠の千里眼 02


目次:

砂漠の千里眼
 千里眼伍長の話
 ガス
 最初の夫人
 マティアス神父
 青いレインコートの小人ともう一人の男
 拇指の指紋第一号の話
 遺言状
 通過した部屋
 ベルンのギャングと賢い奥方
 マドラン警部が姿を消す
 外人部隊のシュトゥーダー
 千里眼伍長が姿をあらわす
 ラルティーグ大尉
 グーラマ哨所の朝
 逮捕
 審理

訳者解説



グラウザー 砂漠の千里眼 03



◆本書より◆


「どんな国家機関にも、当の機関のいわば塩であるような人間がすくなくとも一人はいるものだ。アウトサイダーとしてまかり通っているこの男からは、まずあまり規則ずくめの仕事は期待できない。日常的なものは退屈すぎてこの男には縁がない――というよりいっそ、そんなものには近づけない。この男の使いみちは――この点にこそ彼の価値があるのだが――もっぱら何か尋常ならぬことが起こった場合にかぎられる。そういうときに必要とされ、そういうときにこそかけがえのない存在となるのだ。そこらをぶらついたり散歩したりして漫然と時間をつぶしていても、上司たちは目をつむっている。いつかはこの男のかけがえのなさが知られるときがくる、とわかっているからだ。この男がもつれにもつれた状況を解く手段も方途も見つけてくれるだろう。この男なら、いたずらにあつかましく煩雑になりおおせた政府機関をドヤしつける術(すべ)を心得ている。この男なら――アウトサイダーとして――急を要する用件を、まっとうな事務官僚どもが二週間かかっても終わらないところを二時間できっと片づけられるだろう。」


「訳者解説」より:

「ある種の精神分裂病患者は、日がな一日鏡をながめて暮らしている。鏡のなかに彼が見ているのは自分の鏡像ではなくて、無数の無意味な断片と化した肉の堆積だ。それがいつしか一つの全体としてまとまって失われた自分の像になるのを、彼のつもりでは待っているのだという。
 錬金術師も同じようなイニシエーション体験を試みることがある。まず自分の肉体を無数の断片に切り刻み、一定期間容器のなかに納めて復活の時機を待つ。この死=再生のイニシエーションはしかし大抵は容器から断片を取り出す時期を誤って挫折し、断片化した肉は無意味な断片のままに死の手に引き渡されてしまう。」
「シュトゥーダーも無数のシュトゥーダーに分裂し、断片として増殖してあたかも砂のようなものの集合体になり、砂の容器たるにふさわしい場である砂漠をさまよい、その酷暑酷寒の煉金炉のなかでほとんど死に至るまでの試練を受けるが、(中略)さてイニシエーションを通過したあげくにこちら側に回帰するのか、どうであろうか。ベルンの役所の小役人の仮面をかぶった日常が欺瞞にほかならないことは、いやというほどわかった。彼は死ぬ前にやっと着られた、あこがれの外人部隊のマントの借着に満悦する……」
「外人部隊は――すくなくとも当時の――スイス人にとっては伝統的に重要な職業である。国土の大半がアルプスの山岳地帯からなるスイスには耕地がすくない。人びとは、酪農産業、刺繍、精密工業、都市部なら金融業に頼るほかない。それにもアブれた人口は国外に出稼ぎに出る。その出稼ぎの最たるものが(中略)傭兵だ。」
「そもそも「ハイムヴェー(ホームシック=郷愁)」という病気の造語の作り手というスイスの傭兵には、ローマ時代からの長い伝統があるが、フランスの外人部隊とスイス傭兵を決定的に結びつけたのは市民王ルイ・フィリップだった。(中略)最初のうちルイ・フィリップの外人部隊はもっぱらスイス傭兵によって構成されており、スイス出身以外の傭兵が採用されるようになったのは、ようやく一八七〇年以後のことだ。」
「ヨーロッパが没落の運命を共にした大戦後になってはじめて、ドイツならスパルタクス団の元革命家、ロシアなら旧体制の官僚や白色義勇兵と、イデオロギーや国家体制に関係なく、ありとあらゆる敗者、落伍者を引き取る受け皿となったのである。」

















































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ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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