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マルグリット・ユルスナール 『目を見開いて』 岩崎力 訳 (ユルスナール・セレクション)

「私はヒッピーに敬意を抱いています。彼らは、人が彼らに押しつけたものや、間違っているだけではなく有害でもある多くのものをはねつけようと努力しています。」
(マルグリット・ユルスナール)


マルグリット・ユルスナール 
聞き手: マチュー・ガレー 
『目を見開いて』 
岩崎力 訳

ユルスナール・セレクション 6

白水社 
2002年4月15日印刷
2002年4月30日発行
418p 口絵i 別丁図版12p 
四六判 丸背装上製本 カバー 
定価3,200円+税
装幀: 東幸央
口絵写真: Yves Dejardin



Marguerite Yourcenar, Matthieu Galey "Les yeux ouverts" (1980)。
マルグリット・ユルスナール長編インタヴュー。


ユルスナール 目を見開いて 01


帯文:

「自作解説はもとより、
環境、戦争、宗教、
フェミニズムなど……
気取りなく率直に
吐露された
心情と信条。」



マチュー・ガレーによる「序」より:

「このような作家の孤独、彼女には肝要なものと思え、自分の芸術の遂行には不可欠とさえ思えるこの孤独は、もちろん彼女の世界観に由来する。連帯に関していえば、彼女が連帯するのは、ある種の社会集団ないし民族集団よりも、むしろ人類一般となのである。アメリカに数多いさまざまな運動に彼女は進んで参加する。アザラシ、鯨、生物学的平衡、風景、海岸、海などの保護運動、あるいは予想される大災害と戦う運動など。しかし政治には顔をそむける。なぜなら彼女にとって政治運動は、歴史の流れのなかであまりにもはかないものに思えるからだ。それゆえ、ラテンの大理石から切り出された文体をもち、規則正しくきちょうめんな生活を送っているこの古典的小説家の共感は、むしろ、所有や偏見を無視し、社会の周辺で生きる人びとに向けられるといえる。シェイクスピアを読み、サン=シモンを読む合間に、ボブ・ディランを聞くこともある……」
「数年にわたってつづけられ、ここにとり集められ、整理され、編集されたこれらの対話は、私が久しい前から特別の賛嘆の念を抱いている作家の、能うかぎり正確な肖像であること以外になんの望みももっていない。(中略)私は意図的に自分の発言を、いわばボールを投げ返すこと、跳ね返すことにとどめた。私がたえず心がけたのは、マルグリット・ユルスナールの声が、そして彼女の声だけが聞えるようにこの会話をみちびくことだったからである。」



ユルスナール 目を見開いて 02


目次:

序 (マチュー・ガレー)

1 幼女時代
2 父のこと
3 教育について
4 影響について
5 詩と構想について
6 『アレクシス』
7 愛について
8 エウリュディケとマルチェッラ
9 お金について
10 文学から情熱へ
11 夢と麻薬について
12 オリエントから政治まで
13 会談
14 アメリカの島
15 トランクと皇帝――ある本の歴史
16 ある「黒の過程」……
17 ……およびその延長
18 小説の周辺
19 翻訳の技術
20 自己の源へ
21 職人仕事
22 役に立つための孤独
23 作家たちと賢人たち
24 神が死んだときに聖人であること
25 人種差別について
26 そしてフェミニズムは?
27 世紀のなかの作家
28 明日のための政策
29 知性による共感
30 目を見開いて

ユルスナールをめぐって 6 白の過程 (堀江敏幸)
解題=訳者あとがき (岩崎力)



ユルスナール 目を見開いて 03



◆本書より◆


「早くから孤独に慣れることは限りなく良いことだと思います。(中略)孤独は人びとの存在ぬきに生きるすべを教えてくれます。そして人びとをもっと愛するすべを教えてくれます。さらに言えば、子供のなかには根本的に無関心な部分があるのですが、その部分が描写されることはめったにありません。(中略)子供たちを見ていると、自分だけの世界で生きているのに驚きます。(中略)子供をとりまく大人たちは、素性や身元がかならずしもはっきりしておらず、ひとりは父親だといわれ、(中略)もうひとりは母親で、三人目は女中だったり料理人だったり、あるいは郵便配達夫だったりするのだけれど、そういった人たちが全部「大人たち」で、ある種の重要性をもってはいるけれども子供とあまり強い絆で結ばれているとはいえない。子供はそういう人たちが触れることのない、子供だけの生をもっているのです。」

「前にも述べたように私にとって年齢は問題ではなかったのです。相手が六歳の子供でも六十歳の人でも、私の話し方は変わらないと思います。私自身、自分の年齢をまったく感じません。」

「――あなたを学校に入れないと決めたのは、お父上ですか?
 そんなことは誰も決めませんでした。いわば否定と消去の結果決まったのです。当時、家で育てられる子供たちは決して珍しくありませんでした。もちろん一連の住み込みの家庭教師はいました。しかしその存在はあまり重要ではありませんでした。いや、全然ものの数に入らなかったと言えます。(中略)自分で勉強しておぼえるほうがはるかによかったように思いますし、事実そのとおりでした。」

「過去への愛について話すときは気をつけなければなりません。問題は生命への愛なのです。生命は現在よりはるかに過去のものなのです。(中略)生を愛するとき、人は過去を愛するのです。なぜならそれは人間の記憶のなかで生きのびた現在なのですから」

「子供のころ私は宗教上の祝典や、天使たち聖人たちの造形表現にとても敏感でした。(中略)いわば放射能をもつ世界、目には見えないけれども非常に強い世界があることを、とても強く感じていたのです。私の宗教教育は非常に早い時期に中断されましたが、しかしとにかくその教育を受けたことを喜んでいます。なぜならそれは、目に見えぬもの、あるいはこう言うほうがよければ「内面」への通路だからです。」

「――つまりあなたはいまもカトリックの神秘思想に敏感だということですね?
 儀式が美しく、なんらかの理由でそれが損なわれていないとき、儀式から生まれてくる神秘思想が好きなのです。聖像も好きです。今日ブリュージュの教会で、侮辱を受けるキリスト、「苦悩の人」の彫像を見るとき、私は八歳のとき北フランスの村の教会で感じたのと正確に同じ感情をおぼえるのです。そのころすでに漠然とではありますが、私は彼のなかに、すべての侮辱された人を感じていたのです。」

「私は信仰というものを信じません。少なくとも信者たちが今日この言葉を使うときに込める意味では、言い換えれば、ほとんど攻撃的に話すときの意味では。自分たちは証明されていないなにかを信じている、あるいは信じることを自分に課している、だからそれを信じつづけることこそが自分たちの主要なメリットなのだ――彼らはそんなふうに言っているような感じです。そして私たちは、彼らの信仰のなかに意志の努力があり、独占への意志もあるのを感じ、見抜くのです。私たちはこういう信仰をもっている、それは私たちのものだ、こういう信仰をもたない連中は可哀相だ、あるいは逆に、そういう連中は不愉快なやつらだ、そういう連中の伝統だの個人的反応などは無視して、彼らを改宗させねばならぬ、というわけです。だとすれば、私はそんな気持ちを感じるどころではありません。
 かつて信仰はもっと本能的なものでした。ですからもっと受け入れやすかったのです。奇跡、亡霊、幽霊――そういうものがなぜあってはいけないんでしょう? 結局のところ、あの鳥はもしかしたら天使だったのでは? (中略)世界はとても広大です。ですからそういうものの実在も受け入れていけないわけがあるでしょうか? 事実、非常に素朴な人たちは、摩訶不思議なものと現実、目に見えるものと見えないものを混ぜ合わせていました。」

「十九世紀の偉大な作家たちは、しばしば反抗的、秩序破壊的であり、彼らの時代、彼らの周囲と対立し、人間の凡庸さと戦っていました。」

「私はいつも時事的なものを警戒してきました。文学においても、芸術においても、人生においてもです。少なくとも人びとが時事問題と考えているものには用心しました。それらはしばしば、事物のもっとも皮相な層にすぎないのです。」

「それはひとつの特権です。しかし巨万の富などもっていなくても、そういう特権を手に入れることはできるのです。いわゆる庶民のなかで、そういう例を非常に頻繁に見かけます。未来の安全を確保しようとするのはブルジョワの考え方です。」
「私が隷属状態のひとつと考えるのは、不幸な人のことです。部長あるいは所長として年俸が十五万ドルであろうが、サラリーマンとして一万ドルであろうが関係なしに、自分の工場が公害で汚染されているというのに、馘になりはしまいかと思って震えているとか、危険な製品あるいは愚かにも全く無益なものを作っているというのに、自分の利益やら退職金を失うことばかり恐れているのです。それこそまさに奴隷状態です。なぜならそういう人間は、なにが起こっても抗議する勇気をもてないからです。彼はまた政治や社会に関する非個人的な理由で抗議することもできません。「状況」の奴隷なのです。
 私についていえば、安全か自由か、どちらかを選ばなければならないときは、つねに自由を選んできました。それに、とにかく私の場合、所有への嫌悪、獲得への嫌悪、貪欲さへの嫌悪、あるいは、成功とはお金の蓄積にあるという考えへの嫌悪が、ことのほか強いのです。アメリカ滞在の最初のころは(中略)「やはり必要なときに備えてお金を蓄えておかなければ」と考えていました。それで私は当面使わずにすむわずかばかりのお金で、あまり選びもせずに株を買いました。ある日新聞で、黒い煙をもくもくと吐き出している工場の写真を見たのです。私はそれを自分の小さな株の綴りに貼りつけました。その後はもう株を買うなどということは問題になりませんでした。」
「――それにしても、ことお金に関するかぎり、あなたの立場は貴族的ですね。
 もしそれを貴族的と呼ぶのなら、貴族階級バンザイと言うしかありませんね。でも私はあなたが正しいかどうか確信はもてません。なぜなら、お金が必要で借金をしていた貴族たちも、今日の資本家としてお金をかき集めた場合と同じく、「金」に牛耳られていることに変わりはないのですから。そう、貴族的といえるのは、「けっこうだ、それなら他のことをしよう、新聞の売り子になろう」と考えながら、古ぼけたマントをまとい、スーツケースを抱えて、どこかへ立ち去ることができる場合の話です。」

「キャリアを築かなければならないと感じたことは一度もありません。よくこう考えたものです、もし文学をやっていなかったら、他のことがやれたろう、あるいは全然なにもしなかったかもしれない、と。」

「この国(引用者注: アメリカ)の若者たちが若者として、あるがままの若者のために、大人としての最初の開花というか、最初の選択をほんとうに見せはじめたのは、ベトナム戦争の惨憺たる結果、黒人の平等を支持する六〇年代の大飛躍、正誤を問わずサブカルチャーと呼ばれたさまざまな運動、そしてエコロジー、つまり地球上の生命をおびやかすさまざまな危険を解消するための手段を自覚するようになってからでした。(中略)以前の若者たちは、体制と繁栄を信じすぎており、結局生涯そういう考えに腰を据えていたのです。」

「これまでいつも私は島が好きでした。(中略)島はひとつひとつそれ自体が小世界であり、宇宙のミニアチュールなのです。」

「私は偶然をたいへん重要視しています。与えられた事物、与えられた人生の受容を信じます。立ち現われるがままに受け入れなければならないのです。多くの人が哲学者という資格を否認するにちがいない作家、というのもそれはカサノヴァのことだからですが、その彼がしばしば運命への服従を語り、〈amor fati〉について語っています。のちにニーチェが重々しい感じにしたあの言い方を、彼は使っていません。はるかに巧みに〈sequere deum〉つまり神に従うことと言っています。」

「私はヒッピーに敬意を抱いています。彼らは、人が彼らに押しつけたものや、間違っているだけではなく有害でもある多くのものをはねつけようと努力しています。たとえば、人の存在には所有が絶対に必要だと、なにがなんでも信じようとすること。買う、買う、買う……それは間違いなのです。
 大仰な言葉を使わせてもらえば、私は自分の哲学を作りました。それなしにすませることはできないかどうか自問せずには、絶対になにも買わないという哲学です。すでに溢れんばかりの世界に、どうして付け加えるのでしょう? そもそも私は、なんの苦もなくドアの下に鍵を置いてここを去ることができます。鳥たちやリスのジョゼフを懐かしく思うでしょうが、それだけです。どこで死のうと、ある惑星の上であることに変わりはないのです。」

「この土地で私が好きなのは、風景の美しさと、気楽に話しあえる住民たちです。家そのものは、あまり重要なものとは考えておりません。それは避難所であり、聖カテリーナ・ダ・シエナが言ったように、自分を知るための小部屋なのです。道教の老道士のような賢人なら、自分の個室から一度も出ることなく、自分の家のなかで、世界周遊を何度でもできるのだろうと私は想像しています。
 ――夢のなかで部屋から出るのでしょうね。
 もっとすばらしいのです。彼は思考によって外に出るのです。」

「私自身についていえば、結局のところ、個々人の生命は必ずしも「幸運」(=良いチャンス)とは限らないと考えるほうに心を引かれます。人生が私たちになにかを教えるという意味では、それがひとつの恩恵(=特権)であるのは確かです。しかし私は私にこう言った聡明な友人を思い出します――「生まれるというのは歯車装置に巻き込まれることで、抜け出るときには擦り切れ、打ちのめされているしかない」。しかも、なお悪いことに、自分のまわりで、擦り切れ打ちのめされた他の人びとを見たあとなのです。幸福の瞬間があることを否定はしません。しかし、漠然としていて一般的な言葉で「人生は美しい」と断言する人たちはすべて、心の底に無分別とエゴイズムを秘めていると思うのです。」

「書物というものは、おのずから形作られるのを待たなくてはならないのです。」

「悲観主義も楽観主義も、私が拒否する言葉です。目を見開いていることが大事なのです。病人の血液と便を分析し、熱を計り、血圧を測定する医師は、楽観主義者でも悲観主義者でもありえません。あるがままの状態から出発して最善を尽くす、それだけです。」

「――アッシジの聖フランチェスコの教えはいまでも理解されうるとお考えですか?
 かつてないほど理解されています。そして多くの若い人たちがそのことを知っています。フランチェスコは私たち皆の師です。『被創造者讃歌』の聖フランチェスコ、あらゆる異議申立者よりも激しい異議を唱えたひと、裕福な織物商だった父親の顔に、着ていた服を投げつけた人、私たちのなかの何人かがふたたび習得に努めているように、貧しさを貧しさ自体のゆえに愛した人。やはり思い出しておきたいのは、フランチェスコが肉欲の興奮に打ち勝つために、裸のまま刺(とげ)の上をころげまわったことです。私たちの大部分は同じことをやれといわれても受け入れないでしょう。しかし私には理解できます。彼は自分の肉欲からも自由でありたかったのです。」

「私たちをおびやかす危険は差し迫っており、肉体を襲うものなので、必然的に、イデオロギーの葛藤などはほとんど無に等しいものにしてしまいます。もし人間が生きのびるなら――それは確かではないのですが――、脱工業社会を夢みることができるかもしれません。(中略)しかし世界じゅういたるところを揺り動かす、ほとんど地震のような動きは、黄金時代の夢にはあまりそぐいません。一世代後になにが起こるか、どうして予見できましょう。」

「――社会全体がまちがった道を突き進んでいるとき、個人の行動はほとんど取るに足りないように思えるのですが。
 すべては人間から出発するのです。すべてをなし、すべてを始めるのは、つねにひとりの人間です。(中略)神について語るゼノン(引用者注: 小説『黒の過程』の主人公)に、私はこう言わせました――「もしかしたら存在するかもしれぬものが、生命全体の大きさに合わせて人間の心をふくらましてくだされるように」。私にとってこれは本質的な言葉であり、あらかじめ自分の墓石に彫らせたほどです。人間が他のすべての人間の運命を、共感をもって分かち合う必要があります。いやそれ以上に、他のあらゆる生物の運命をと言わなければなりません。
 作家にとって重要なのは、自分特有の個性を消し去り(なにも恐れることはありません。個性はつねに充分に残りますから!)、すべてを他の人びとに捧げることだと思います。とどのつまりそれは、真実の愛とさほどちがいません。というのも真の愛は、ある人や人びとに良いことがありますようにと願うことにほかならないのですから。」

「おそらく、人びとの不信を解き、彼らの孤独感を打ち破るほど愛さなければならないのだと思います。アメリカ合衆国には、かつてアナーキストであり、いまなおアナーキーなカトリック信者であるドロシー・デイの運営する協会(The Catholic Worker)があります。その人たちはニューヨークのもっとも汚れた地域にいくつかの家を持っており、街で拾った人びとを迎え入れます(ニューヨークのマザー・テレサといえるでしょう)。彼らはまた農場を持っており、アルコールや麻薬の中毒患者をそこに住まわせています(患者たちを信頼しているのです)。彼らはいっしょにパンを焼き、庭仕事をします。年会費として二十五ドル送金するとき(基本額は二十五セントです)、私は謙虚な気持ちと同時に光栄だと思う気持ちをおぼえます。なぜならその人たちは、私のできないことをやってくれるのだからです。」

「銀行家や裕福な実業家は、暇がないことを自慢します。愚かにも彼らはそれを得意がっているのです。人類に暇がないのは、大部分、人間と社会全体が、無益あるいは危険な生産を基準として時間と人間の力を量っているからなのです。冬のあいだは火のそばに腰を下ろし、ときどき灰の上に唾を吐きながら、ナイフで木の匙を作っていた農夫には暇がありました。テレビで流されるスローガンに抵抗する力もない現代の人間より、彼のほうがもっと自由だったのです。」

「奇妙なことに私は子供のころから肉を食べるのを拒んできました。周囲の人びとが無理に食べさせようとしなかったのは、非常に賢明なことだったと思います。もっとあと、十五歳ごろでしたが、「皆と同じようでありたい」と思う年ごろになって私は意見を変えました。その後四十歳近くになって、六歳のときの考え方にもどりました。」

「私はしばしば考えるのですが、まったく非人間的な状況で屠殺場に送り込まれる動物たちが、動物輸送車のなかで窒息したり、何頭もの牛や馬が脚を折ったりする、そんな状態を私たちが何世代も前から容認しているのでなかったら、一九四〇年から四五年にかけて走りつづけた、あの封印された貨車(訳注: ナチスがユダヤ人を強制収容所に送り込むのに用いた貨車)には、誰も耐えられなかったでしょう。輸送を命じられた兵士たちさえ我慢できなかったはずです。」

「――そんなふうに動物たちに興味を抱くのはなぜでしょう?
 私にとって大事に思えるのは(人間とは)異なる形のなかに閉じこめられた生命への感覚をもつことなのです。生命というものは、私たちがふだん生きるのに慣れている形だけにふくまれるものではないこと、腕のかわりに翼をもち、私たちのそれよりはるかに高性能な目をもち、肺ではなく鰓(えら)をもつこともありうること、そういったことに気づくのがすでにたいへんな勝利なのです。」
「それに、(中略)私たちがあまりにもしばしば奪い取ってしまう生命そのものを除けば、他にはなにも持っていない動物たちという側面には驚嘆せずにはいられません。なによりもまず動物たちの、あの限りない自由があります。(中略)「生きている」という、ただそれだけの現実を、私たちが存在感に付け加えるあの偽りなしに生きているのです。動物の苦悩がこれほど私の心を打つのはそのためです。子供たちの苦しみについても同じことが言えます。私がそこに見てとるのは、全くなんのとがもない人びとを、私たちの過失ないし狂気の沙汰に巻き込むという、ほんとうに独特のおぞましさです。なにか手痛い打撃を受けるようなことがあっても、私たちはいつでも、自分には知性があるから窮地を脱することができると考えることができます。そしてそれはある程度本当です。しかしまた、悲しいことにやはり本当なのですが、私たちはつねにこうも考えるのです。つまり、事実上私たちは巻き込まれている、ある程度まで私たち皆が罪を犯している、あるいはなお悪いことにそういう状態を放置していた、と。他方、自分の身になにが起こっているか理解できない子供や動物の完全な無垢に、暴力で応えるのはおぞましい犯罪なのです。
 ――それは動物の心理を、人間心理ときわめて同形に近いものとみる考え方ですね。
 人間と同形(アントロポモルフィック)という言葉を使うのはやめておきましょう。ひとつには、動物の知能とお互いのコミュニケーションに関してきわめて興味深い研究がなされた結果、動物生理学はたいへんな進歩をとげているのですが、この言葉はそういう進歩以前のものに思われますし、他方、「動物を人間と同形」と考えるよりも、むしろ人間は自分を動物化することによって神聖化するほうを選んだことを示した人類学上の研究以前のものでもあるからです。未開人は豹を人間の列まで「引き上げる」のではありません。みずから豹になるのです。犬のまねをして遊ぶ子供は、自分を犬だと思い込んでいるのです。生理学上の細部にいくつか異なる点があるにせよ、同じ生命、同じ内臓、同じ消化過程、同じ生殖方法が、この限りない形の多様さを通して、ときには私たちにはない能力をもって機能している――それこそが奇跡であり、子供と未開人はそれを感じとっているのです。」

「――敬意というのはどんな意味でしょうか。
 他者の自由と尊厳を尊重する感情、あるがままの存在を、いっさいの幻想なしに、しかしまたどんな敵意も軽蔑もなしに受け入れること。それに、ある程度の相互性も必要です(中略)。そのほうがよければ、動物や植物や石を友達にすることもできます。」

「――ご自分が仲立ちというか、媒体のようなもの、なにかが自分のなかを通って伝わっていく存在だと感じることはありませんか?
 まったくそのとおりです。私が私自身について限られた関心しかもっていないのは、結局そのためなのです。自分は電流を通し振動を伝えるための道具だという印象があるのです。(中略)もしかしたらあらゆる人の人生がそうなのかもしれません。そして私たちのなかの最良の人びとも、もしかしたら通過された結晶にすぎないのかもしれません。(中略)すべては私たちより遠くから来て遠くへ行くのです。言い換えれば、すべてが私たちを超越するのです。そしてそんなふうに貫流され超越されたことを知って、人は自分を取るに足らぬものと感じると同時に驚嘆の念もおぼえるのです。
 ――そんなふうに考えていると、人生にたいして受身の姿勢をとるようなことになりませんか?
 いいえ、全然。最後まで苦しみ、最後まで戦わなければならないのです。川に支えられると同時に運び去られながら川のなかを泳ぎ、沖に運ばれて沈むという結末を、あらかじめ受け入れなくてはなりません。しかし誰が沈むのでしょう? 他の人びとの苦痛、心配ごと、病気、私たち自身のそれ、他の人びとの死、自分の死を受け入れさえすれば、それらを生の自然な部分にすることができます。たとえば私たちのモンテーニュのように、西欧にあって道教の哲学者にもっとも似ていたかもしれない人もそう考えたはずです。(中略)死、それは生の最後の形……
 その点についていえば、私の考えはユリウス・カエサルの考えと正反対です。彼はできるだけ時間をかけずに死にたいと願っていたのですから(中略)。私としては、意識を完全に保ったまま死にたいと考えています。病気の進行が充分に緩慢で、いわば私の死が私のなかに入り込み、全体に広がる時間を与えたいのです。
 ――なぜですか?
 生から死への移行という最後の体験をしくじらないためです。ハドリアヌスは目を見開いたまま死ぬことについて語っています。私がゼノンに彼の死を生きさせたのも、そう考えてのことです。」



























































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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