E・T・A・ホフマン 『ブランビラ王女』 (種村季弘 訳/ちくま文庫)

「私たちは人生のなかでしばしば突如として不思議な魔法の国の開け放された戸口の前に佇(たたず)んでいることがあり、その息吹きがまことに奇妙な予感となって私たちの身の回りに謎めいた気配を吹き掛けてくるかの巨大な霊のもっともひそやかな営みを垣間見ることがあるのである。」
(ホフマン 『ブランビラ王女』 より)


E・T・A・ホフマン 
『ブランビラ王女』 
種村季弘 訳

ちくま文庫 ほ-2-1

筑摩書房 
1987年5月27日 第1刷発行
256p 
文庫判 並装 カバー 
定価380円
装幀: 安野光雅
カバー装画: Jacques Callot

「この作品は一九七九年六月二五日、集英社より刊行された『世界文学全集』第18巻に収録された。」



本書「訳者あとがき」より:

「『ブランビラ王女』 Prinzessin Brambilla の翻訳は、E.T.A. Hoffmann : Gesammelte Werke in Einzelausgaben. Munchen, Winkler 1960-65 を底本とし、註作成に関しては、それぞれの Reclam 版の該当する箇所を参照した。本訳書の初出は集英社世界文学全集18 『ホフマン 砂男他』(一九七九年)中の旧訳であり、文庫版化に際していくつか旧稿の不備を匡した。カロの挿絵は、現在レクラム文庫などに用いられている模写に替えて、ガレリア・グラフィカ所蔵のカロ原画を掲載させて頂いた。」


本文中図版(モノクロ)8点。


ホフマン ブランビラ王女 01


カバー裏文:

「「ブランビラ王女は素敵な美人だ。その驚異のせいで彼女によって頭にめまいが起らないような人には、頭というものがまるでないのだ」(ハイネ)
場所はローマ、時はまさに謝肉祭(カーニバル)。仮面の道化たちが跳梁する街中で、恋人同志の二枚目役者とお針子が、大道香具師の魔術によって、それぞれアッシリアの王子やエチオピアの王女に恋をした……。奇想天外なストーリー展開とリズミカルな文体で、現実と幻想のあわいを往き来する、ホフマン後期の代表的ファンタジー。」



目次:

前口上

第1章
一着の豪奢(ごうしゃ)なドレスが若いお針娘(はりこ)を魔法のように魅惑する――二枚目役が披露(ひろう)する俳優の定義――イタリア娘たちのお澄まし顔(スモルフィア)――いかめしそうな小男がチューリップの花のなかに坐って勉学に没頭し、優美な貴婦人たちは騾馬(らば)の耳の間でレースを編む――大道香具師(やし)チェリオナティとアッシリアの王子の歯――空の青と薔薇(ばら)色――パンタローネと奇妙なものが入っている酒壜(さかびん)。

第2章
尖った石につまずいて足に怪我をするやら、貴人に挨拶するのをないがしろにするやら、閉っている門に走っていって頭ごとぶつけるやら、何ともかとも奇妙な状態に陥ってしまったことについて。――恋と狂熱に及ぼすマカロニ料理の影響。――俳優地獄のおそろしい苦悩とアルレッキーノ。――ジーリオが意中の少女が見つからず、仕立屋たちに取り押えられて、刺絡(しらく)を処されてしまった事の顛末(てんまつ)。――お菓子の箱のなかの王子と行方不明の恋人。――背中から旗が生えてしまったので、ジーリオがブランビラ王女の騎士になろうと思った次第。

第3章
勇ましくもプルチネラなどは退屈かつ悪趣味なりと思う金髪(ブロンド)頭の諸君のこと――ドイツ式冗談とイタリア式冗談――いかにしてチェリオナティは《カフェ・グレコ》の店先に坐って、しかも自分は《カフェ・グレコ》にいるのではなくてガンジス河のほとりでパリ風嗅(か)ぎ煙草を製造しているのだと言い張ったか――かのウルダルの園をしろしめすオフィオッホ王とリリス女王の奇妙な物語――コフェトゥア王が乞食娘と結婚し、やんごとない王女さまが大根役者の後を追い、ジーリオが木剣を着帯するが、やがてコルソ広場に夥(おびただ)しい仮面の人物が走り回り、ジーリオの自我が踊り出したために、ついにジーリオがその場に立ちつくしてしまった事の顛末。

第4章
睡眠と夢の有用な発明のこと、並びにサンチョ・パンザがこの問題について考えること。――ヴェルテンベルクのさる役人が階段を転げ落ち、ジーリオが自分の自我を透視することができなかったことの次第。修辞学的な暖炉衝立(ついたて)、二重の大法螺(おおぼら)、並びに白い黒ン坊。――老侯爵バスティアネッロ・ディ・ピストーヤがコルソにオレンジの実をまき、仮面道化どもを庇護したこと。醜い娘の好日(ボー・ジュール)。――リボンを結ぶ高名なる黒魔術師キルケー、並びに花咲けるアルカディアに生える可愛らしい蛇草に関する報告。――ジーリオが純潔なる絶望のあまり短刀自殺を遂げ、そのすぐ後に食卓について遠慮なく手を伸ばすが、やがて王女におやすみなさいを言ったこと。

第5章
人間精神のすっかり干上ってしまう時刻にジーリオがさる聡明なる決断に達し、幸運の女神(フォルトゥナトゥス)の財布をまんまとわれとわが物にして、世の仕立屋中もっともへり下った男に傲慢不遜(ごうまんふそん)な目差しを投げかけること。――ピストーヤ宮殿とその奇蹟。――チューリップの賢者の講義。――精霊の王者たるソロモン王とミュースティリス王女。――老魔術師が部屋着を羽織り、黒貂の毛皮帽を被って、髯ぼうぼうのまま、支離滅裂たる韻文で予言を語って聞かせたこと。――黄色い嘴(くちばし)をした鳥の不吉な運命。――ジーリオが見知らぬ美女と踊りながらそれからどういうことに相成ったか、その事の顛末は親愛なる読者にこの章では打ち明けられないこと。

第6章
一人の男が踊りながら王子になり、失神して大道香具師(やし)の腕のなかに崩れ落ち、それから夕食の席でお抱え料理人の腕前に首をかしげたこと。――鎮痛薬(リクォ-ル・アノディヌス)、並びに原因不明の大音響。――愛と憂愁に沈める二人の友の、騎士道に則った決闘、並びにその悲劇的結末。――嗅ぎ煙草の害と見苦しさのこと。――ある女性のフリーメーソン、並びに新発明の飛行機。――ベアトリーチェ婆さんが眼鏡を掛け、それからまた鼻の上から外したこと。

第7章
若い身なりのいい一人の男が《カフェ・グレコ》で気に染まぬ話を持ちかけられ、座元は悔悛の情を感じ、キアーリ修道院長の悲劇がもとでさる役者の張りぼて人形が死んでしまったこと。――慢性二元論、並びにたがい違いにものを考える二重の王子。――眼が悪いためにあべこべにものが見えると、自分の国を失くして散歩ができないこと。――いさかいと喧嘩と訣別。

第8章
コルネリオ・キアッペリ王子は怏々(おうおう)として心慰むすべを知らず、ブランビラ王女の繻子(しゅす)の靴にキスをするけれども、やがて二人とも網細工のなかに囚われてしまったこと。――ピストーヤ宮殿の新しい奇蹟。――駝鳥に乗った二人の魔術師がウルダルの湖のなかを通りすぎ、蓮の花のなかに腰を掛けたこと。――ミュースティリス女王。――おなじみの人物たちの再登場、『ブランビラ王女』と申すカプリッチョは目出度く大団円のこと。

注解
訳者あとがき (種村季弘)



ホフマン ブランビラ王女 02



◆本書より◆


「私たちは人生のなかでしばしば突如として不思議な魔法の国の開け放された戸口の前に佇(たたず)んでいることがあり、その息吹きがまことに奇妙な予感となって私たちの身の回りに謎めいた気配を吹き掛けてくるかの巨大な霊のもっともひそやかな営みを垣間見ることがあるのである。」

「「ああ――私たちはさみしいよそよそしい異国(とっくに)で重苦しい夢を見ていたのに、いまはめざめて故郷(ふるさと)にいる――いまは自分自身のなかに自分を見つけているのだから、もう見捨てられた孤児(みなしご)ではないのだ!」」

「太陽圏といえども私たちの内面をくまなく囲い込むことはできず、その見えざる宝庫は眼に見える創造物の無尽蔵の富をはるかに上回るのだ! かりに世界霊が私たちにあの内面の不滅のダイヤモンド鉱を授けてくれていなかったならば、私たちの生は死も同然、乞食のように貧しく、土竜(もぐら)のように盲目であることだろう。まことに内面のダイヤモンド鉱からこそ、あの私たちのものとなった驚くべき富は金色燦然と輝き出るのだ!」

「全員一斉に物珍しげにその外国人の方を見た。そして、たしかにその人の顔の、その他の点では才気溢れる面差しのなかには、危険な病気を思わせる、何か曖昧糢糊(あいまいもこ)とした、錯乱の影のようなものがあり、病気は結局潜伏性の狂気に原因があるようだ、と異口同音に評議一決したのである。「どうやら」とラインホルトが言った、「思うに、チェリオナティ師、あなたのご意見では、仰言るところの慢性二元論病とは、固有の自我が自分自身と真二つに分裂し、そのために自己の人格がもはやつなぎとめられなくなる、あの痴愚の謂(いい)に外ならぬようですね」
 「当らずといえども遠からず」と山師は答えて、「まあそんなとこかな、ラインホルト君、もっとも、どんぴしゃりではない。(中略)ある王女が、その国におられた、というよりは只ならぬ状態になられた。つまり子種を身籠ったのじゃ。民衆は王子が生れることをひた望んだ。ところが王女は民衆の希望を凌(しの)いで二倍にして叶えた。世にも可愛らしい王子を二人も生んでしまわれたからじゃ。双生児、それも単生児と言った方がよさそうな双生児だった。というのも二人は腰のところが癒着(ゆちゃく)して合生していたからだ。宮廷詩人の主張するところによれば、未来の王位継承者が担うべき徳目のすべてを容れるには一つの人体では物足りない、と自然が見た結果がこれであるということだし、大臣たちは二重の祝福にいささか当惑した皇族たちを慰めて、手が四本あれば王笏も王剣も日本よりずっと力強く握れるし、政権のソナタは四手弾奏(ア・カトル・マン)でこそ常ならず完璧な華麗な音色を奏でましょう、とは取りなしたものの――いやはや――、とはいうものの、事態はいろいろと無理からぬ遅疑逡巡(しゅんじゅん)を惹き起すのに充分であった。(中略)しかし何よりも困ったのは感覚が完全にちぐはぐなことで、日を追うにつれてこれがますます顕著(けんちょ)になってきた。一方の王子がふさいでいると、もう一人ははしゃいでいる。一人が坐ろうとすると、もう一人は走ろうとした。まあそんなわけで――二人の欲望はいっかな一つにまとまらなかったのだ。それでいて、片方はこんな、もう一方はあんな、という風に気質が特定しているとは断じて申せなかった。永遠にあべこべに交替しながら、これからあれへと性質が移ろうのだ。どうやらこれは、もとはといえば、肉体が癒着しているのと軌を一にして精神の合生が出現し、それがこの大分裂を惹き起しているために相違なかった。――つまり二人の王子はたがい違いに物を考えているのであり、だから自分の考えていることが本当に自分が考えているのか、それとも双生児の片割れの方が考えているのか、どちらの方にも皆目分らぬという始末だった。こんな風にたがい違いに考える二重王子が一人の人間の肉体のなかに《腐敗物質(マテリア・ペッカンス)》として巣食ってしまったとご想像あれ。さすれば、拙者の弁じておる病気の正体はお分りになろう。つまりこの病気の結果は、主として患者が自分自身が何者なのかさっぱりわけが分らなくなってしまうという点に現われるのだ」」






































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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