佐竹昭広 『酒呑童子異聞』 (平凡社選書)

「世に受け入れられない鬼子の運命は、結局、殺されるか、山へ捨てられるか、寺へやられるか、以上三つくらいしかなかった。」
「しかし、寺に送られたところで鬼子の「不調」な心はいつか必ず事を起さずにはすまない。戎を破って寺から追放されれば、「心の不調」は一段と燃えさかり、荒れ狂う。」

(佐竹昭弘 「酒呑童子異聞」 より)


佐竹昭広 
『酒呑童子異聞』
 
平凡社選書 55

平凡社 
1977年10月11日 初版第1刷発行
254p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価950円



「子どもの館」(福音館)昭和50年7月号から51年10月号まで「お伽草子の人びと」として連載(ただし「諸本点描(四)」は「文学」昭和52年6月号に掲載)。
「文明開化と民間伝承」は「文学」昭和50年10月号、11月号に掲載。

本文中図版16点。


佐竹昭広 酒呑童子異聞 01


カバー文:

「シュテン童子の前身を〈捨て童子〉だったとするお伽草子《伊吹童子》は、シュテン童子なる者の原像をはからずも露呈しているかのようだ。室町時代末、シュテン童子が一般には〈酒呑〉童子の意で理解されていたことは事実であっても、これはむしろ原義を忘れた二次的三次的意味づけだったのではなかろうか。」


カバー裏文:

「大江山の酒呑童子は、江戸時代
渋川板お伽草子の一篇に加えられて流布し、
明治以後も、巌谷小波の〈日本昔噺〉以下
数々の絵本や童謡によって一層普及した。
だが、この話も室町時代に遡れば
決して単純ではなく、実に錯雑した諸相を持つ。
本書は、渋川板以前の酒呑童子を、
資料を縦横に駆使し
さまざまな角度から検討を行って、
お伽草子の世界に新鮮な展望をもたらす。
あるいは江州伊吹山を舞台とする酒呑童子説話の発生、
あるいは中世における山中〈捨て童子型〉人物像の復原、
あるいは絵巻物・絵草子の絵の側から照し出す
酒呑童子説話変貌の姿など、
興味深い問題が展開される。
別章の〈文明開化と民間伝承〉は、
明治初年の変革期に頻発した
戸籍法・徴兵令などをめぐる
一揆や騒動の心理的基底を、
民間伝承の共通基盤に見出そうとする
独自の試論。」



目次:

酒呑童子異聞
 弥三郎風 伊吹童子と酒呑童子(一)
 捨て童子譚 伊吹童子と酒呑童子(二)
 童形垂髪 伊吹童子と酒呑童子(三)
 川柳礼記 大江山酒呑童子(一)
 渋川板まで 大江山酒呑童子(二)
 二代目と似せ者 伊吹山酒呑童子
 古法眼本について 諸本点描(一)
 曼殊院本について 諸本点描(二)
 香取本について 諸本点描(三)
 糸井文庫本・龍門文庫本について 諸本点描(四)
 鬼隠しの里 酒呑童子没後
 明治の酒呑童子 赤本と「日本昔話」

文明開化と民間伝承
  Ⅰ
 開化期の民心
 武一騒動
 膏取騒動
 血税一揆
 墨江処士
  Ⅱ
 民話の「油取り」
 「人は知れぬ国の土仏」
 纐纈城
 西鶴の手法
 再び墨江処士

あとがき



佐竹昭広 酒呑童子異聞 02



◆本書より◆


「捨て童子譚」より:

「霊山には、遠い古代から山の神の産育に関する信仰が伝わっていた。霊山のあるところ、厚く山の女神が尊崇され、神子誕生の伝承が信じられていた。中世にはこうした山中誕生のモチーフがいろいろな形をとって現われている。
 いまわしい鬼子を山奥に捨てたところが、山の動物に守られて、いよいよ強く育ったというモチーフは、山中異常誕生譚の一類型としてとらえるべきである。捨てられた鬼子がただひとり山中で生育するという筋立ては、並はずれた威力を発揮する英雄の生い立ちを説明するのに、たいへん似つかわしい。」

「不思議な誕生をした子どもが深山に捨てられ、山の動物に守護されつつたくましく成人し、威力を世に振るうというモチーフは、中世口承文芸の典型的な一類型であった。この類型を、山中異常誕生譚「捨て童子」型と命名することができよう。伊吹童子、役行者、武蔵坊弁慶、平井保昌、かれらはおしなべて山中の「捨て童子」だったと言える。
 伊吹山中の「捨て童子」は、後の酒呑(しゅてん)童子である。シュテン童子の前身を「捨て童子」だったとするお伽草子『伊吹童子』は、シュテン童子なる者の原像をはからずも露呈しているかのようだ。」



「童形垂髪」より:

「鬼子の誕生を鬼神の誕生と畏怖した古人の心理は、「鬼子(おにご)」ということば自体に体現されている。」
「鬼子はあくまで鬼の子であり、長じては鬼になるものと確信されていたのである。
 柳田国男の『山の人生』に「鬼の子の里にも生れし事」という題の一章がある。そのなかで紹介された『徒然慰草』と『東山往来』は、近世以前の鬼子の処置を知る最適の資料と言える。」
「「日本はおろかなる風俗ありて、歯の生えたる子を生みて、鬼の子と謂ひて殺しぬ」
と、徒然慰草の巻三には記してある。江戸時代初め頃の人の著述である」(『定本柳田国男集』 第四巻)」
「世に受け入れられない鬼子の運命は、結局、殺されるか、山へ捨てられるか、寺へやられるか、以上三つくらいしかなかった。」
「しかし、寺に送られたところで鬼子の「不調」な心はいつか必ず事を起さずにはすまない。戎を破って寺から追放されれば、「心の不調」は一段と燃えさかり、荒れ狂う。寺に送られて稚児となっても、なおかつ「心の不調」を持てあました二人の鬼子のうち、一人はみずから「かぶろ」頭を剃り落し、鬼をもひしぐ悪僧となった。一人は「童子のかたち」のままで、生きながらこの世の悪鬼となった。」



「文明開化と民間伝承」より:

「徴兵令にしても戸籍法にしても、それに応ずれば血を絞られるの、膏を取られるのといった恐怖は、現代ならばマスコミの威力でその日のうちに日本中に通報され、全国民に伝達されます。しかし強力な伝達手段がまだほとんど発達していなかった明治の初年に、どうして各地の人々がかくも同一の恐怖心を抱いて騒ぎ出したのでしょう。たとえ口づてにいちはやく伝わって来た事だとしても、ただちにその風説に共感し、同じ形の恐怖におののき得た人々の心理の同質性をいったいどう理解すればいいのでしょう。実はその前に、想像力の共通基盤とも言い得るような何ものかが民衆の間に存在していたのではなかったでしょうか。私の答を先に申し上げますと、想像力の共通基盤はたしかにあった、今の場合、それは民話という伝承によってつちかわれて来た共通の真理的基盤であったと思います。
 民話の世界には、主人公が恐しい所で恐しい奴(やつ)から膏や血を絞り取られるという見聞を語った昔話が、現在もなお日本の全土に分布しています。」























































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難破した人々の為に。

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