佐竹昭広 『下剋上の文学』 (新装版)

「世のなかには、怠惰と見られることを恐れることなく、どこまでもおのれの内心の要求を貫徹しようとする態度を、勇気があると名づけなければならないばあいも、またたしかにあるのだ。かれはふてぶてしいまでに勇気のある人間であった。」
(佐竹昭広 「下剋上の文学」 より)


佐竹昭広 
『下剋上の文学』


筑摩書房 
1967年9月30日 初版第1刷発行
1982年12月10日 新装版第1刷発行
264p 口絵(モノクロ)i
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価1,400円



本書「あとがき」より:

「本書は、けっして「下剋上の文学」全般にわたる通時的な研究でも共時的な研究でもない。たんに、わたくしの室町文学ノートを、要約的に「下剋上の文学」ということばで表現してみただけのものである。」


中世の「反抗的人間」としての「ものぐさ太郎」。


佐竹昭広 下剋上の文学 01



目次 (初出):

怠惰と抵抗――物くさ太郎 (「国語と国文学」 1965年3月号、「物くさ太郎」)
成りあがり――一寸法師と物くさ太郎 (「文学」 1965年7月号、「成りあがり――『小おとこのそうし』から」)
無知と愚鈍――物くさ太郎のゆくえ (「文学」 1967年2月号)
   *
弱者の運命――御伽草子と狂言 (「文学」 1966年6月号、「鏡男――御伽草子と狂言」)
勝利の歌――狂言の主従 (「国語国文」 1963年9月号、「狂言の主従――『武悪』のばあい」)
嘲笑の呪文――狂言の山伏 (「国語国文」 1960年12月号、「狂言の山伏」)
有世の面影――狂言の陰陽師 (「国語国文」 1962年5月号、「狂言の陰陽師」)
喜劇への道――狂言の「をかし」 (「国語国文学」 1965年1月号、「釣狐――『をかし』の性格」)
転落の序章――天正狂言本「こけ松」のばあい (「国語国文」 1966年4月号、「転落――天正狂言本『こけ松』のばあい」)
   *
下剋上の文学――民話のクッチャネたち (「展望」 1967年10月号、「日本の怠けもの――民話のクッチャネたち」)

あとがき (1967年9月)
新装版あとがき (1982年12月)



佐竹昭広 下剋上の文学 02



◆本書より◆


「怠惰と抵抗」より:

「田舎での太郎は言語道断の「ものくさ」であった。都での太郎は、反対に類のないほど「まめ」であった。極限から極限へ、かれの性格はどうしてかくも急激に、あたかも別人のごとく転換しえたのだろう。」
「「ものくさ」の核心には「のさ」なる心がある。ではその「のさ」とはいったいなにか。」
「太郎の「ものくさ」を、「のさ」という一語で掌握しさえすれば、後半、都へでてからのかれの行動も、けっして不可解でなくなってくる。後半のやまばは、なんといっても、(中略)清水門前での「辻取り」とそれにつづく女のあくなき追求である。人目もはばからず、暴力で女をわが物にしようとするかれの行動は、その臆面もない横柄さにおいて、「のさ」の極致ですらある。前半部の「ものくさ」が「長々と寝る」意の「のさばり」なら、後半部の鉄面皮なまでにずうずうしく女を追いまわす行動は、「横柄にふるまう」意の「のさばり」である。
 このように、前半の太郎と後半の太郎は、「のさ」もしくは「のさばり」という原理によって、完全に統括することができる。かれは終始一貫「のさ」なる精神の持ち主であった。ただ、静かな田舎にあっては「のさ」の消極面が、活気みなぎる都へのぼっては「のさ」の積極面が、現象として表面にでただけのことである。」
「太郎の全行動を支配した「のさ」の本質は、そのふてぶてしさにあったと結論すべきであろう。太郎は「のさ」を硬質のエネルギーとして所有していた。」
「物くさ太郎は、名こそ「ものくさ」といったが、ほんとうは「もののさ」太郎とでも呼んだ方がふさわしいような「のさ者」であった。「のさ者」は中世的人間の一つのタイプであった。」
「物くさ太郎には、ごろりと横になったまま、地頭をも恐れはばからない、抵抗的人間のつらがまえさえうかがわれた。世のなかには、怠惰と見られることを恐れることなく、どこまでもおのれの内心の要求を貫徹しようとする態度を、勇気があると名づけなければならないばあいも、またたしかにあるのだ。かれはふてぶてしいまでに勇気のある人間であった。(中略)徹底した「のさ者」であるかれは、静にあってはどこかふてぶてしく、動にあってはあつかましい不羈奔放な人物であった。」



「成りあがり」より:

「「反抗の源には、横溢する活動性とエネルギーの原則がある。(中略)反抗者はあるがままの自分を擁護する。それは、彼が持っていない、あるいは奪われたのかも知れない善を、要求することではない。彼が現に持っているものを、みとめさせようとするのだ。(中略)シェラーによれば、反感は(中略)現にあるもの以外のものになろうとする。反抗者は、逆に、最初の行動では、現にあるものが動かされることを拒否する。(中略)かちとることを要求するのでなくて、自分を押しつけようとするのだ。」(カミュ 『反抗的人間』)」
「物くさ太郎には、反抗の源として、「まめ」という活動性および「のさ」というエネルギーの原則があった。かれはあるがままの自分を擁護し、最初の行動では、げんにあるものが動かされること、具体的には、長々とのさばっている自己の存在が動かされることを拒否した。女に対しては、かれがげんに持っているもの、物くさ太郎以外のなにものでもないものをそのままみとめさせようとした。典型的反抗の姿勢である。」



「無知と愚鈍」より:

「「ものくさ」は、エネルギーの欠乏からくる逃避だったのではなく、エネルギーの過剰からくる現実放棄であった。かれは、勇気ある男の一人だった。もろもろの勇気があり、人によってそれがことなることを、ただ、人びとが見ぬけないでいただけのことである。」
「現実をのがれることが目的ではなく、現実をのりこえるためにしごとを放棄していたような、(中略)ふてぶてしい「のさ者」」



「下剋上の文学」より:

「「笑話」は徹底した実力の世界である。主人公は、どんなに狡猾でも、不正直でもさしつかえない。というより、かれは、その邪悪な能力を武器に、権力者や富者に挑戦し、相手を翻弄して勝者の地位につく。神仏の庇護などいささかも期待しないし、神罰・仏罰などもとより恐れるところではない。」
「御伽草子の物くさ太郎が、(中略)ごろりと寝ころんでいる姿、それは、勤勉にはたらくことの無意味さを自覚した「のさ者」の、断乎たる拒否のポーズにほかならなかった。」
「狡智とうそで身を守り、敵を翻弄しなければ、ささやかな自由さえ獲得できない環境に身を置く人びとは、時代を超越して、必然的に三年寝太郎的思想の選択を余儀なくさせられている。かれらが存続するかぎり、放棄と反権力の確信にみちた乱世のエネルギーは、絶対にその有効性を失いはしない。」
「どだい、問題はかれの怠惰とか狡智とかそういうところにあるのではない。かれらを主人公とする笑話のなかに燃えさかっている炎のような反権力的精神こそが、こんにちのわれわれの問題なのだ。見せかけの太平のムードのなかで、乱世の反権力的精神がいまほど切実に要求されているときはないはずである。なによりも警戒を要することは、この太平ムードのぬるま湯に首までつかり、自己主張の権利を忘れさってしまうことだ。体制に順応して、おのれの分際を守り、知らず知らず、その安逸のなかに陥没してゆくことだ。およそ、無抵抗の勤勉ほど不毛の努力はなく、無批判の従順ほど利敵行為となるものはない。われわれの前には、われわれ自身のために、われわれ自身の判断と意志にもとづいて行動し、解決しなければならない問題が山積している。その難問に、おめず臆せず対決する主体的な意志と知恵を、乱世の笑話のエネルギーに学びたいとおもう。
 自分の置かれた状況のなかで、熱心であることはやさしいが、ほんとうの意味でまじめであることは、じつにむつかしいことである。われわれは、とかく、このまじめと熱心、真剣と勤勉とを混同しがちな傾向がある。まじめであることと熱心であることとは根本的にちがう。わたくしはそれを二葉亭四迷から教えられた。
 「今の文学者が文学に対する態度は真面目になつたと云ふが、真面目ぢやなくて熱心になつただけだらう。(中略)自分の存在は九分九厘は遊んでゐるのさ。真面目と云ふならば、今迄の文学を破壊する心が、一度はどうしても出て来なくちやならん。」(「私は懐疑派だ」)
 自己の全存在をかけて既成の権威を「破壊する心」、すなわち、ここに、わたくしは、真の「まじめ」さのもつはげしいエネルギーを発見したのである。」



こちらもご参照下さい:

ジョルジュ・バタイユ 『呪われた部分』 生田耕作 訳
井筒俊彦 『ロシア的人間』 (中公文庫)
エドワード・ゴーリー 『うろんな客』 柴田元幸 訳
E・M・シオラン 『歴史とユートピア』 出口裕弘 訳
フィリップ・K・ディック 『スキャナー・ダークリー』 浅倉久志 訳 (ハヤカワ文庫)
アンドレ・ブルトン 『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』 巖谷國士 訳 (岩波文庫)

































































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難破した人々の為に。

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尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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