フェルナン・ニール 『異端カタリ派』 渡邊昌美 訳 (文庫クセジュ)

「しかし、悪霊は人の肉体を造っただけではない。外界もまたその所産であって、いかなる形であれ、この世に対してなされる奉仕は、ことごとく「悪」の神に納める貢物である。」
(フェルナン・ニール 『異端カタリ派』 より)


フェルナン・ニール 
『異端カタリ派』
 
渡邊昌美 訳

文庫クセジュ 625

白水社 
1978年12月20日 印刷
1979年1月8日 発行
137p 地図(巻末折込)1葉
新書判 並装 カバー 
定価650円



本書「訳者あとがき」より:

「本書は Fernand Niel, Albigeois et Cathares. Paris, 1955 の全訳である。」
「カタリ派に関するニールの捉え方には、一つの特徴がある。(中略)郷土愛(レジオナリスム)から出発した一連の研究家によく見られることだが、古代のマニ教からカタリ派への連続に固執することがそれである。当然、カタリ派は究極的にはキリスト教と無縁な一個独特の宗教となる。フランスとは別の南部フランス、キリスト教とは別のカタリ派、というわけであろうか。(中略)訳者は必ずしもこれに同調しない。マニ教から間接の影響はあったにせよ、カタリ派はやはりキリスト教の一形態、要するに異端であったと思われる。」
「それにしても、モンセギュール遺構に関するかぎり彼の調査は完璧だし、(中略)彼の名は、カタリ派研究者としては忘れられることがあっても、モンセギュールの調査者としては長く残るに違いない。」
「このような特徴とともに本書は、カタリ派およびその結末たるアルビジョア十字軍の、簡にして要を得た概観である。」
「十年以上もの昔、(中略)ともにモンセギュールに登ったことのある(中略)有田忠郎氏から、多くの点で教示と援助を受けた。」



ニール 異端カタリ派


目次:


第一章 起源
 悪の問題
 マヅダ教
 ゾロアスターの影響
 ゼルヴァン教
第二章 マニ教
 グノーシス派
 マニ
 マニ教の二神論
 マニ教神話
 マニ教の戒律
 マニ教の祭儀
 マニ教の拡大
第三章 マニ教からカタリ派へ
 系譜の問題
 小パオロ派
 ボゴミリ派
 ボゴミリ派と西欧
第四章 カタリ派
 マニ教徒とカタリ派
 西欧におけるカタリ派の拡大
 カタリの内部諸分派
 教義
 忍耐の問題
 典礼、救慰礼
第五章 アルビジョア派
 カタリ派の異名
 ラングドックにおけるカタリ派展開の理由
 善信者
 政治的、社会的状況
 教会の最初の反応
 インノケンティウス三世
 聖ドミニコ
第六章 アルビジョア十字軍
 序幕
 ベジエの虐殺
 カルカッソンヌの包囲と陥落
 城攻め
 野戦
 ラングドックの再起
第七章 モーの協約と異端審問
 レモン七世の屈服とモーの協約
 トゥールーズ教会会議
 反抗
 レモン・トランカヴェル
 アヴィニョネ、およびレモン七世の謀反
第八章 モンセギュールと最後の抵抗
 モンセギュールの包囲と陥落
 アルビジョア派の神殿
 ケリビュス
 アルビジョア派の消滅

訳注
訳者あとがき

ラングドック地方の地図 (巻末)




◆本書より◆


「マニ教神話――二原理の相互関係を今見たように規定すれば、二つの原理がそれぞれ別の方位に、すなわち「善」は北方の高い所に、「悪」は南方の低い所に位置を占めることも理解できる。高い所には「偉大の父」、「光明の楽園の王」が君臨し、低きにあっては「暗黒の君」が支配する。両者のまわりを、あまたのエオンが、それぞれの威厳の序列に従って回転する。暗黒の国は悪霊たちの世界であって、彼らは常に無秩序に動きまわり、殺しあい、食いあい、そして絶えず生まれかわっている。時間が始まったとき、この騒がしい動きのなかで、暗黒の君はたまたま光明の世界を思い描き、この未知の美しい国を征服しようとの野望を抱いた。そこで、彼は悪霊たちの大軍を投入して光明の国を襲わせた。攻撃に驚いた偉大な父は、第一の形相たる「生命の母」を放射し、次いでこれが「原人」(ゾロアスターのオルムヅドに当たる)を放射した。原人の友軍には、空気、風、光、水、火の五元素がいた。彼は悪霊たちの襲撃を退けようとして敗れ、五元素ともども暗黒のなかに呑み込まれる。神話のこの局面は、なぜ神的自然の一部が物質のなかに捕えられているかを、説明するものである。
 そこで原人は七度嘆願を繰り返して、神に救出を訴えた。光明の楽園の王は、数多くの被造物を放射ないし呼びおこした。最後の被造物たる「生ける霊」が生命の母とともに暗黒のうちに捕われている原人のところへ降り、手を差し伸べて救い出そうとした。これが後のマニ教徒の、選ばれた者たちが行なう握手の起源である。原人はついに救出されて神のもとに帰ったものの、五元素および彼の甲冑は悪霊たちの国に残された。」
「光に満ちた実体が跡かたもなく奪い去られようとする危機に臨んで、悪霊たちはまだ残っている限りのものを二つの悪霊のなかに取り集める。二つの主だった悪霊が交合して、アダムとエヴァを生む。これが人間の起源であって、だからこそ人間は交合して増殖しようという欲望を受継いでいる。
 人間の霊魂はあまりにも強く物質に隷属したままなので、もはや自分の起源が神にあるという認識をもっていない。自然なままの状態では、人間は無知のままでいようとする。認識能力は失われている。しかし、原人が救われたと同じように、悪霊によって造り出された人間もまた救われるであろう。少なくとも、救済の可能性は与えられるであろう。マニの精神にあってはこの認識は救済そのものであったのであって、それは神から遣わされた者から彼に伝えられた。この使者は、オルムヅド、ないし「光輝くイエス」と呼ばれるマニ教徒たちの超越的なイエスのことだとされる。神話はこの後、世界の生成、人間の歴史、天体の運行、植物の繁殖、動物の種類、等々をめぐって展開する。その結末は、マヅダ教同様、物質界に対する光明の神の最終的勝利を告げる黙示録風の光景である。世界は、巨大な炎のなかに、滅び去る。(中略)マニ教神学はこのような神話の形を借りることによって、東方の人々の想像力に訴え驚異で心を捉えたに違いないのである。」

「マニ教の戒律――何よりも先に、人は自分に二つの性格があることを認識し、徐々に、そしてできるかぎり、おのれの「古着」(肉体のこと)に訣別しようとこころがけ、地上にいるうちから両者の分離が実現するよう努めねばならない。言いかえれば、マニ教徒たる者の第一の義務は、最大限の禁欲生活を実行することにある。無論できるだけ早く肉体という外被をなくしてしまうのが理想だが、われわれの知る限り、マニはマルキオン派のように、自殺を奨励してはいない。こうして信者が外界の誘惑から離れて戒律を守ることができるまでになれば、死後その霊魂は喜び勇んで昇天し、光明の国、ニルヴァーナに到達する。救済は主として、われわれの二重の性格を悟らせる一種の内部的な覚醒によって実現されるが、これこそマニの教えから汲み取られるグノーシス(智慧)にほかならない。
 しかし、悪霊は人の肉体を造っただけではない。外界もまたその所産であって、いかなる形であれ、この世に対してなされる奉仕は、ことごとく「悪」の神に納める貢物である。したがって、物質界に手を加えて改良しようとする一切のわざを慎まねばならない。わけても、生殖、建造、播種、収穫、家畜飼育などに携わってはならない。マニ教戒律には、極端に走る危険があったと言ってよい。極限まで行けば、人類の滅亡に至るであろう。それがマニ教徒の秘めたる願いだったことに間違いはないが、彼らには現実を考慮するだけの分別があった。(中略)マルキオン派の場合と同じく、信者は二種類に区分され、一方は「清浄者」、「選ばれた者」、他方は「聴聞者」、つまり平信徒とされた。前者のみが、厳格な禁欲に服するのである。平信徒は世間一般と同じ生活を送るので、結婚し、耕作し、建築して、すべて選ばれた者たちの生活に不可欠なものを補助する義務を負うた。(中略)選ばれた教徒たちの弁護のために言っておくが、彼らのほうからこの種の喜捨を勧説したり、いわんや信者に強制したりした形跡はないので、このやや特殊な戒律は信者のほうで喜んで引き受けた模様である。
 言うまでもなく、死後に霊魂が光明の国へ復帰すると期待できるのは、清浄者だけである。マニは輪廻転生説を受け入れているから、これ以外の者は罪の度合に応じて人間、あるいは動物の体に生まれ変わる定めであった。一番恵まれた者、つまりマニ教の掟にかなった一生を送った者は、選ばれた者の肉体に生まれ変わる。というのも、信徒にとって、現世での生存は懲罰と見なされていたからである。地上は地獄にほかならない。ピタゴラス学派の思想の、新しい形態である。」

「ピュエック氏(訳注: フランスの宗教史学者)は書いている。「……あらゆる時代、あらゆる国において、開祖の一生を模倣したかのように、束の間の勝利があれば次には必ず迫害と殺戮に呑み込まれて行くことの繰り返しを措いて、ほかにマニ教の歴史はない。光明と暗黒。その神話のなかで宇宙の生成と崩壊を支配する様態と律動さながらの運命を、マニとその宗教もたどったかに見える。光明の敗退、善と悪の粘りつくような混交、遠くかすかな一瞬の光芒と真理。」不思議な一致だが、マニ教から派生したすべての宗派に、この言葉が当てはまるのである。誰しも、信ずるに違いない。生あるものの習いとして、生まれ、悩み、そして死すべく定められた運命という遺産を子孫に伝えるだけの力が、マニの教えにはあったのだ、と。」












































































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Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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