渡邊昌美 『巡礼の道 ― 西南ヨーロッパの歴史景観』 (中公新書)

渡邊昌美 
『巡礼の道
― 西南ヨーロッパの歴史景観』
 
中公新書 566

中央公論社 
昭和55年2月15日 印刷
昭和55年2月25日 発行
257p 目次3p
新書判 並装 カバー 
定価490円(本体476円)
装幀: 白井晟一



本書「あとがき」より:

「サンチャゴ巡礼は中世美術の観点から説かれるのがふつうで、研究も進んでいる。本書はこの面には、ほとんど触れなかった。中世の人々の心象の風景をほんのわずかでも覗いて見たい、とりわけなぜ人々はあのように歩きつづけたのかを知りたい、という点に著者の主たる関心があったからである。マークしたのは十一世紀から十三世紀、中世のなかでもいちばん中世らしい時代だが、材料の関係で叙述はその前後にかなりはみ出している。」


図版(モノクロ)多数。


渡辺昌美 巡礼の道


カバーそで文:

「一千年にわたって西欧各地から、夥しい巡礼を集め続けた路がある。スペインはサンチャゴへ至る道である。最盛期、路上には奇蹟が生じ、聖遺物が氾濫し、数多の信仰譚と民間説話が結晶した。当時の『巡礼の案内』を手引きに参詣路を行けば、中世における技術・情報伝播や武勲詩と吟遊詩人の正体が明され、公式信仰と民衆信仰の接点に生きる庶民の思いとともに、南欧世界の土俗性と変り始めるヨーロッパの心の風景が映し出される。」


目次:

一 大帝の星
 天と地の二つの銀河
 聖ヤコブの書
 カール大帝事績録
 我が骸はガリシアにあり
 偽テュルパン問題
 作意とその基盤
 伝説の結合と西欧の成立
 聖ヤコブ像の三類型
 プロヴァンスの星屑

二 巡礼の案内
 四つの道
 パリのサン・ジャック
 オルレアンからトゥールへ
 聖マルタンとフランス
 中世初期の巡礼
 ポアティエへ
 マーク・トゥエインと遣欧使節
 死骸の霊力への信仰
 大衆信仰と教理との接線
 アンジェリーとサント
 ブライユからボルドーまで
 シーズの峠へ

三 ピレネーまで
 ル・ピュイの道
 ヴェズレーとマリア・マグダレナ
 タラスコ伝説
 聖者伝説の淵叢ブルゴーニュ
 いま一つのマリア
 さらにいま一つのマリア
 聖遺物の争い
 死者の都
 サン・ジル
 サン・ギエム
 トゥールーズを経て

四 聖ヤコブの謎
 西の果てガリシア
 ヤコブ伝説の諸要素
 使徒と地域配当
 ヤコブ、スペインに現わる
 七司教伝説
 縁起
 レオの手紙
 遺骸の謎
 伝説の底にあるもの
 孤立した前線の象徴として
 聖ヤコブと揺がぬスペイン

五 旅の心
 巡礼の諸相
 罪滅ぼしの旅
 旅に駆り立てる内心の衝迫
 変りはじめる心の風景
 聖性の浸透
 聖遺物の売買
 敬虔な盗み
 現代とは異なる論理
 聖遺物開帳の日
 奇蹟を招く
 マリア信仰
 民衆信仰の成熟
 旅の心

六 サンチャゴまで、天国まで
 ピレネー越え
 ナバラの国
 フランス人の道
 路上の奇蹟
 道を維持する人々
 サンチャゴ講
 一日五十キロの行程
 宿と路銀
 身分としての巡礼
 歓びの丘

あとがき




◆本書より◆


「いまでもヨーロッパの寺院を訪れるなら、ガラス越しに見えるように工夫した遺物匣に、聖者の遺髪や乾からびた腕、ときには正装の法衣に包まれた骸骨の安置してあるのに行きあうことがある。(中略)『巡礼の案内』が私たちに指示するのはいずれも聖者の遺骸の在る所である。この種の遺骸、またはその破片、それがなければゆかりの品を一口に聖遺物(レリキア)という。中世、聖遺物への帰依が民衆の信仰のもっとも標準的な形態であった。聖遺物のある所に奇蹟が生じ、巡礼が集まる。多くの巡礼地点を連ねた長大な旅路の果てには、サンチャゴが、つまり聖ヤコブの遺骸がある。」
「聖遺物崇拝を抜きにしては、巡礼も、サンチャゴの成立そのものも、理解できないであろう。」

「聖遺物崇拝は、それだけ見れば庶物崇拝である。具体的な対象に固着するものだけに、これが際限もなく繁茂し始めた場合、キリスト教の教義そのものが分断され崩壊しかねないのだが、結果から言えばそのようなことはまったく生じていない。統一は見事に保たれ、大衆信仰が独走して教義の大枠から逸脱することはついになかった。あれだけ流行し、ほとんど着想のおもむくままに発見あるいは創出された、大量の聖遺物にも明確な限界がある。早い話、イエスや聖母についてはゆかりの遺品はあっても、遺骸はおろかその断片すら崇拝された例がない。イエスは昇天しマリアは天に挙げられたので、肉体が地上に残るわけがないのである。ここに、教理による厳しい限界設定の跡を見てもまちがいはないであろう。ただ福音書に、イエスは割礼を受けたとある。とすれば、その時切り取られたはずの微小な組織は地上に残っていてもよい。十三世紀の末、ジェノア大司教ジャック・ド・ヴォラジーヌが多くの聖者伝を集めて編んだ『黄金伝説(レゲンダ・アウレア)』は、大衆の宗教感情をよく汲み上げて広く世におこなわれた本だが、そのなかにこの残片が論じられている。「天使は、それをカール大帝のところにはこんでいった。大帝は、それをアーヘンの聖母教会にうやうやしく葬らせた。しかし、その後、彼は、それをアーヘンからさらにシャルトルに移した。いまは、ローマの至聖所小聖堂(サンクタ・サンクトリウム)にあるということである。だから、この小聖堂には、ここにキリストのご割礼の聖肉片、聖へその緒および聖靴を安置すと書かれている」(前田・今村訳『黄金伝説』人文書院)。ここにはおそらく、押しひろがろうとする大衆信仰とこれを鼓舞しながらも統制しなければならない教理との、ぎりぎりの接線がある。
 個々の聖者とその遺骸がどんなに崇拝されていても、それを奨励する教会側の文書は、これをより高次のイエスに、あるいは使徒を通じてイエスに結合することを忘れなかった。」

「十一世紀の末頃から目につく一つの動きは、隠遁者、苦行者の発生である。僧院を出て遁世する者もあったから、あきらかに旧来の修道制度の枠を超えている。教会の許可を受けたり、特定の誓願を立てるわけではない。全くの内的衝迫に従って、家財を棄て生業を離れて森に入るのである。聖徳の名がひろがれば追随者が集まり、集団の形成される場合もあった。発心の動機はさまざまだが、追い求めた理想はだいたい共通している。すなわち、所有の否定と一所不在つまり放浪である。むろん、労働もしない。日々の糧は喜捨を仰ぐか、草の根を噛むかで、一切の日常生活を放棄する。ひたすら福音書に見るイエスと弟子たちの生活に範を取り、それに密着しようとしているのである。この種の理想ないし運動は、ふつう、福音的貧困(パウペリタス・エヴァンゲリカ)ないし使徒的生活(ヴィタ・アポストリカ)と呼ばれた。要するに、福音に回帰しようがための清貧運動である。
 星雲にも似た運動のなかから、新しい修道会が誕生することもあった。教会側の誘導と組織化が成功した場合である。大修道会シトーがその典型だが、十二世紀に成立する新修道会は、ほとんどが清貧運動に起源をもっている。逆に統制を逸脱して異端に傾く者もあった。所有の否定と放浪、つまり日常生活を遮断しようという衝動のなかには、もともと過激な要因がふくまれている。異端化する場合には、教会の蓄財、それに幼児洗礼を攻撃する例が多い。安易な救済、便宜主義化に反撥するのである。」
「この種の実践はだれにでもできはしない。特別な宗教的資質に恵まれ、しかも強靭な意志を持つ少数者の特権であった。そこで、思うのである。巡礼は、この使徒的生活の理想実践の大衆版だったのではないか。一時的な日常の放棄、遁世だったのではないか。当人が意識していたかどうかは別として、名もない人々を危険な長途の旅に駆り立てる衝動めいたものが働いていたとすれば、それはすでに与えられた救済を挺(ぬきん)でたところに真の救済が感じられたからではないか。」
「巡礼は、ただ一つを除いて、宗教的にはなんの義務も課せられてはいなかった。そして、その義務とは、ひたすら歩きつづけてとどまらないことだけであった。巡礼(ペレグリヌス)とは、語源的には通過者、異邦人を意味した。もと、キリスト教徒そのものが、この世を拒否し、またこの世に容れられぬ漂泊の異邦人だったのである。」


























































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分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

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尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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