渡邊昌美 『異端カタリ派の研究 ― 中世南フランスの歴史と信仰』

「持戒の要諦は悪神の所産たる物質界と能う限り没交渉に生きるにあり、信者個人の次元ではまず肉欲と肉食を徹底的に憎悪した。(中略)社会次元では、権力、家族、所有、生産等一切に価値を認めない。現世そのものが悪の世界だからである。」
(渡邊昌美 『異端カタリ派の研究』 より)


渡邊昌美 
『異端カタリ派の研究
― 中世南フランスの歴史と信仰』


岩波書店 
1989年5月25日 第1刷発行
ix 464p 地図2p 略年表・略語表7p
A5判 丸背バクラム装上製本 機械函
定価9,900円(本体9,612円)



本書「あとがき」より:

「本稿第一部ではイタリア・カタリを軸として扱った。南フランス史への接近を意図しながらイタリアから始めるのは錯誤に似るが、これはもっぱら史料状況による。諸時期にわたってカタリ派教義と組織の断面を観察した、それも精度の高い報告が残っているという恵まれた状況は、南フランスには到底望めない。」
「第二部で南フランスを考えた。この苛烈で悲観的な教説があれほど濃密な展開を見せたのには、もちろん第一部で考えた外来信仰継受に際しての西欧側の宗教的関心が土台ではあっても、それにとどまらない何か南フランス固有の事情があって、それに教団側の条件が対応したはずである。南フランスの場合、(中略)審問関係の記録が豊富で、異端の具体的な言動を見ることができる。」
「今までに発表した二、三の論文の使用できる部分は、手直しした上本稿の中に取入れた。」



渡辺昌美 異端カタリ派の研究


目次:

序論
  1 オルレアンの火刑台からアルビジョア十字軍まで
  2 二元論異端とその名称
  3 系譜をめぐる諸説
  4 史料状況

第一部 カタリ派の輪郭
 第一章 諸教団の分布
  1 一二五〇年の状況
  2 諸教団の分類
  3 二大分派
 第二章 分裂と展開
  1 伝来の第一および第二段階
  2 第三段階
  3 分裂の決定化
 第三章 穏和派と絶対派
  1 教団と教説の連続
  2 穏和派二教団の教説、および相違点
  3 絶対派の輪廻転生説と終末観
 第四章 絶対派の内部分派
  1 ヨハネス・デ・ルギオと『両原理論』
  2 二元論神学の発達――デュラン・ド・ユエスカの周辺
 第五章 穏和派の内部分派――ナザリウス派の形成と「秘伝書」の伝来
 第六章 救済の構造
 第七章 源流と継受
  1 東欧の史料状況
  2 ボゴミリ派の教説と慣習
  3 カタリ絶対派の淵源と小パオロ派
  4 継受の諸階梯
 第八章 「山の彼方の司教」と謎の教団

第二部 南フランスのカタリ派
 第九章 禁欲の戒律
  1 人間観と倫理規範
  2 日常の禁忌
  3 慣行の拒否
 第一〇章 行動の様態
  1 耐忍(自発殉教)の問題
  2 宣教と司牧
 第一一章 南フランス教団の出現
  1 異端気運の醸成
  2 サン・フェリクス異端会議
  3 『宗会要録』論争の現状
  4 南フランス諸教団の確立
 第一二章 展開と受容の範囲
  1 濃密地帯と地理的限界
  2 実勢力推計の試み
  3 階層分布
  4 中小領主の異端傾斜
 第一三章 教団の構造
  1 社会的適合の問題
  2 救慰礼の構造
  3 救慰礼の性格
  4 教団の均質性と参進礼
 第一四章 カタリ派と社会の接線
  1 帰依者の儀礼――致善礼と結縁礼
  2 禁欲と乱倫
  3 帰依者の本質
  4 ラングドック的諸条件
  5 展望

あとがき

略語表
略年表




◆本書より◆


「序論」より:

「一〇二二年、オルレアンで異端が発覚した。騎士アレファストなる者の密告によったのである。異端らは密かに集会している所を急襲され捕縛されたが、高位の聖職者も含まれていたために問題が重大化する。」
「司教座サント・クロワ聖堂の会議場に引出された異端たちは、ほぼ終日にわたる「鉄よりも厳しい」訊問に曝されたが自説を、つまり異端の信仰を堅持して譲らなかった。(中略)死刑囚一四名のうち助命を乞うたのはわずか一名、他は全員進んで火中に入り、中にはまことの信仰のゆえに焔の中にあっても火熱を感じないと呼号する者すらあったという。
 オルレアンの一〇二二年は、中世異端史上一つの劃期である。もとより、ここで異端発生が始まるという意味ではない。異端は、ある意味では、キリスト教とともに古いのである。ただ、中世に入って以来それまでは異端出現件数の比較的少い時期が続き、発生してもほとんどが神学次元のものであったこともあって教会内部で処理され、「世俗の腕」 bras seculier を借りて処刑する例は見られなかった。オルレアンの事件は、異端特有の刑罰として火刑を用いる先例を開いた点で、まず注目に値する。それも、その苛酷さよりも、世俗権力の強力な介入、つまり異端の社会化ないし政治問題化という点で注目に値する。第二に、これは一連の異端続発の開始を告げる事件であった。」

「カタリ派の基本教義は二元論である。善悪二神の対立を想定し、それぞれの属性と創造の系列を考える。善神の属性は不変不朽、不可視の霊性でその領域は霊界である。悪神(悪魔)のそれは変転常なき物質、形而下の世界、つまりは現実世界である。現世の創造者たる旧約の神、モーセの神は悪神にほかならず、もちろん旧約聖書は排撃せねばならない。善神の創造にかかる霊(天使)が肉体の獄舎に捕えられ、現世に繋がれているのが、とりもなおさず人間である。キリストは人間の聖なる起源と救済を啓示すべく来臨した天使であって、降誕、奇蹟、受難等の事件はいずれもそのように見えたにすぎない(仮現論)。完全な天使が物質にかかわることはあり得ぬからである。ここでは贖罪の教理、まして三位一体論は成立たない。救済に到達するには、キリストの樹てた教会(カタリ教団)に参入してその戒律を保たねばならぬ。持戒の要諦は悪神の所産たる物質界と能う限り没交渉に生きるにあり、信者個人の次元ではまず肉欲と肉食を徹底的に憎悪した。教会次元では、カトリック教会とその秘蹟、職階、諸制度をはじめ、十字聖号、会堂、聖遺物、墓地等々、当時一般の信仰生活を全面的に否定した。ローマ教会は悪神の教会だからである。社会次元では、権力、家族、所有、生産等一切に価値を認めない。現世そのものが悪の世界だからである。欣求浄土、現世厭離の極、彼らはただちに肉体の呪縛を脱せんとして自殺を儀典化し、耐忍(エンドゥラ)と称したとの説がある。その事実関係は検証が必要だが、論理的には教義の帰着するところで、矛盾はない。戒律や慣行は全カタリを通じて変らないが、教義の基本部分の理解には同派内部でも若干の出入りがある。一方には善悪二神をともに永遠と見て、いわば対等に置く者たちがあり、絶対派と呼ばれる。現在の歴史的時間は両世界が部分的一時的に混合した状態にあり、究極的には原初の分離併立に帰ると見るのである。他方には、悪は善より派生したもので終局においては滅亡すべきもの、つまり善に対して劣位に立つと考える者たちがあり、穏和派ないし究極一元派と呼ばれる。ただし、歴史的時間における二神の相関の捉え方は絶対派に変らない。さらに教義の細部に至ると、両派内部にも見解の分れる場合があった。
 このような教説のゆえにカタリ派は、同時代にあっては特別に危険視されたし、後世にはまず「悲観主義(ペシミズム)」、「虚無思想(ニヒリズム)」として興味を引いたのである。そして西欧的、つまりキリスト教とは無縁の教説であるとか、ひいては、全カタリ派共通の信念であったと誤解された輪廻転生説を手掛りに、仏教思想の影響があるなど、特異性に着目した解釈が行われた。
 この種のある程度猟奇的な関心が先行する理解は別にしても、それでも、特異な点がないわけではない。このような教説がどこで成立したか。南フランスに十字軍導入という非常手段を必要とするまでに展開し得たのは何故か。アルビジョア十字軍前後における、現地、フランス、ひいては西欧の状況変化にはかなり大きなものがある。むろん、それらすべてが異端問題の結果であるわけではないにしても、異端が契機となっている部分はある。とすれば、この教説はその過程でどのような機能を果したのか。そもそも、このような教説がなぜ社会に受容されたのか。」

「カタリ派の語源は一般に、ギリシア語のカタロイ(清浄者)で、彼らが極端な禁欲主義だったところから清浄派の意味で用いられたとされる。厳密に言えば、この解釈を証明するような材料はどこにもない。十二世紀末、神学者、というより文人であったアラン・ド・リールが語源説を三つ並べている。(中略)言うところは道聴塗説に依拠して混乱しているが、要するに同時代人にとっても語義はすでに不明だったのである。」
「いずれにせよ、カタリ派とは外部からの命名で、異端自身がカタリと称した例の見当らないことは留意しておかねばならない。」







































































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