マルセル・シュウォッブ 『少年十字軍』 (多田智満子 訳)

「――そうやってお前はどこへ行く、と盲目の王が言った。
 ――帰るのよ、と彼女は答えた。みじめなる者の町へ。」

(マルセル・シュウォッブ 「黄金仮面の王」 より)


マルセル・シュウォッブ 
『少年十字軍』 多田智満子 訳


王国社 1990年9月20日初版発行
174p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー 
定価1,480円(本体1,437円)
装幀: 山本美智代
Marcel Schwob : La Croisade des Enfants



多田智満子訳「少年十字軍」の初版は1978年、森開社刊。本書は短篇を増補した新版です。

本書「訳者あとがき」より:

「本書に収めた諸篇は、むろんその撰択には訳者の好みが反映しているものの、いずれも多くの評家の推す粒ぞろいの名品である。」
「訳出した作品のうち、「黄金仮面の王」「大地炎上」「ペスト」「眠れる都市(まち)」の四篇は、短篇集『黄金仮面の王』(一八九二年)から、「〇八一号列車」「リリス」「阿片の扉」「卵物語」の四篇は、短篇集『二重の心』(一八九一年)から採った。
 『少年十字軍』はややおくれて一八九六年の刊行であるから、短命なこの作家としては中期の作品といえようが、それにしても三十歳に満たぬ青年の作であることに変りはない。」



マルセル シュウォッブ 少年十字軍 1


帯文:

「夜、ぼくらを呼んだのは白い声だ。
その声はすべての子供を呼んだのだ。
世紀末フランスの天才作家シュウォッブの心震える傑作短編。」



帯背:

「聖なる彼方へ」


帯裏:

「*多田智満子「訳者あとがき」から*
シャンピオンのことばを借りれば「マルセル・シュウォッブは幼年期をもたなかった。幼にしてすでに大人であり、青年ともなればもう決定的存在、完璧な芸術家である」ギリシア古文書学やヴィヨン研究に打ちこんだとはいえ、彼は決して単なる学究ではなかった。その作品群は驚くべき博識に裏づけられながら衒学臭がなく、絢爛たる幻想をくりひろげながら人間的なあたたかみを失わずまさしき天才の刻印をとどめている。」



目次:

黄金仮面の王
大地炎上
ペスト
眠れる都市(まち)
〇八一号列車
リリス
阿片の扉
卵物語

少年十字軍
 托鉢僧の語り
 癩者の語り
 法王インノケンティウス三世の語り
 三人の児の語り
 書記フランソワ・ロングジューの語り
 回教托鉢僧の語り
 幼ないアリスの語り
 法王グレゴリウス九世の語り

訳者あとがき



マルセル シュウォッブ 少年十字軍 2



◆本書より◆


「黄金仮面の王」より:

「王は黄金仮面を外した。すると見ていた人々の喉から叫び声が上った。火盤の薔薇色の炎が癩病やみの白いかさぶたを照らし出したからである。
 ――予を欺いたのは彼ら――すなわち歴代の王なのだ、と王は叫んだ。先祖たちは予と同じく癩を病み、王権とともに業病を遺してくれた。彼らは予をあざむき、其方たちに偽りを強いたのである。
 広間の、空に向かって開かれた窓から、沈みかけた月がその黄色い仮面を見せた。
 ――このようにして、と王は言った。いつも同じ黄金の面をわれらに向けるあの月も、おそらく暗く残忍な別の面をもつのであろう。同様に予の王権も予の癩病を蔽うことによって保たれてきたのだ。けれども予はもはやこの世の表面(うわべ)など見たくない。暗いものに眼を向けたいのだ。ここで、其方たちの眼の前で、予は自らの癩と嘘偽のゆえに自分を罰する、己れとともに己が民を。
 王は黄金の仮面をさし上げた。黒い玉座の上に立ちあがり、一同のざわめきと愁嘆のうちに、仮面の両側についている鉤を、苦痛の叫びとともにわれとわが眼に突き立てた。これを最後として一条の赤い光が眼前に輝き、血潮がどっと顔を流れ、両手を流れ、玉座の黒い壇を流れた。彼は衣服を引き裂いて、よろめきながら階(きざはし)を下りた。恐怖のあまりおし黙った衛兵を手さぐりでかきわけ、たったひとり夜の中に出ていった。」

「――そうやってお前はどこへ行く、と盲目の王が言った。
 ――帰るのよ、と彼女は答えた。みじめなる者の町へ。
 それをきくと王は、自分の王国の人里離れたところに、業病や犯罪のために世間から締め出された人々の逃げこむ隠れ場があることを思い出した。彼らは自分の手で建てた小屋や、地面に掘った洞穴にとじこもって暮している。孤独の極みというべき人々であった。
 王はその町へ行こうと決心した。」

「――おそらく眼からほとばしり出た心臓の血がこの人の病を癒したのであろう。みじめな相貌(マスク)をもっているものと思いこんで彼は亡くなった。しかし、今やすべての仮面(マスク)を、黄金の、癩病の、肉の仮面(マスク)を、この人はことごとく脱ぎすてたのだ。」



「少年十字軍――癩者の語り」より:

「「他の人々の御主(おんあるじ)よ、われをも救いたまえ!」御救い主(ぬし)はわたくしの蒼白い罪業を贖うてはくだされなんだ。この身は復活のその日まで忘れられてあるのだ。(中略)わたくしはこの地上で蒼ざめた苦患(くげん)にかこまれてある。わたくしは主に属する子らの頸から無垢の血を吸いとろうとて、機をうかがっていた。」

「そこでわたくしはまた笑って問いかけた。
 ――主なる神とは何なのだ?
 かれはこたえた。
 ――知りません。白いおかたです。
 このことばにわたくしはかっといきり立ち、頭巾のかげに口をひらいて歯を剥き、みずみずしいうなじのうえに身をかがめたが、かれはすこしもひるまない。そこでわたくしは言った。
 ――なぜこわがらぬ?
 その子は言った。
 ――どうしてこわいことがあるの、あなたは白いひとなのに。
 このとき大粒の涙がはらはらとこぼれおち、わたくしは地にひれ伏した。(中略)
 ――だって、わしは癩病やみなんだぞ。
 テュートンの子はこの身をみつめていたが、冴え冴えとした口調で言った。
 ――この子はわたくしをこわがらぬ! こわがらぬ! この身のおぞましい白さが、この子には主(しゅ)の白さと同じに見えるのだ。わたくしはひとつかみの草をむしりとって、かれの唇を拭いてやった。そして言った。
 ――おまえの白き主のもとへやすらかにお行き。そして、主がわたくしを忘れておられると申し上げておくれ。」



「少年十字軍――三人の児の語り」より:

「ぼくらの十字架はいつもみずみずしい。こうしてぼくらは大きな希望を抱いている。やがて青い海が見られるだろう。青の海の彼方にはイエルサレムがある。主(しゅ)はすべての幼児(おさなご)を御墓へみちびいてくださるだろう。白い声は夜の闇にひびいてよろこばしいことだろう。」


「少年十字軍――幼ないアリスの語り」より:

「この国では何もかも白いわ、家も着物も何もかも。(中略)かわいそうなユスタースはこの白さが見えないけれど、わたしが話してあげるとよろこんでいるの。なぜかというと、白は終りのしるしだってあの子は言うの。」



◆感想◆

この世に適応している大人たちの目にはなんとも不可解な信念にかられて、ふいにいなくなってしまう子供たち。バルジェット(『黄金仮面の王』所収「バルジェット」)が行こうとした「太陽のあるところ」も、マイとミシェル(『黄金仮面の王』所収「青い国」)が行ってしまった「青い国」も、モネル(『モネルの書』)がいる「白い国」も、少年十字軍がめざした「白い果て」のイエルサレムも、大人の「嘘」が作り出した架空のユートピアにすぎないですが、しかしかれらはたしかに目的地にたどり着いたにちがいないです。「嘘から出たまこと」とはよくぞいったものです。



最後になりましたが、ついでなので、多田智満子訳「少年十字軍」と大濱甫訳「小児十字軍」の訳文を比較のために並べて引用しておきたいとおもいます。


「少年十字軍」(多田智満子訳)より:

「「他の人々の御主よ、われをも救いたまえ、われは癩者なり。」わたくしは孤独で、恐れを抱いておる。わたくしの歯だけが天然の白さを保っている。けものらもこの身を恐れる、逃げ出したいのはわたくしの魂のほうであるのに。天道(てんとう)様もわたくしを避ける。救い主(ぬし)がかれらをお救いなされてから千二百十二年経つが、主(しゅ)はわたくしをあわれんではくだされなんだ。主をつき刺した血染めの槍がこの身には触れなかったのだ。おそらく他の人々の御主(おんあるじ)の御血がこの身を癒やしたであろうに。わたくしはよく血を想う。この歯でなら咬みつけよう、この真白い歯でなら。主はわたくしに与えようとはなされなんだので、わたくしは主に属する血がむやみにほしくなる。そういうわけでわたくしは、ヴァンドームの地からロワールの森へとやってくる子どもらを待伏せていたのだ。」


「小児十字軍」(大濱甫訳)より:

「他ノ人々ノ主ヨ、我ヲ罪ナキ者トナシタマエ。我ハ癩ヲ病ム者。私は孤独で、怖れている。生まれながらの白さを保っているのは歯だけだ。動物たちも私に怯え、私の魂も逃げ出そうとしている。陽の光も私には近づかぬ。千と二百十二年の間、救世主は他の人々を救ってこられたのに、この私をあわれんでは下さらなかった。主(しゅ)を刺し貫いた血染めの槍が私に触れてはくれなかった。他の人たちが持っている主の御血が私を癒してくれるかもしれぬ。私はたびたび血のことを想う。この歯でなら噛みつくこともできよう、歯は白いのだから。主が私に血を与えて下さらなかったから、私は神の御血を奪い取りたい欲望に駆られるのだ。だから、ヴァンドーム地方からロワールの森へ下って来たあの子供たちを待ち伏せたのだ。」



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