フランセス・イエイツ 『世界劇場』 藤田実 訳 (晶文全書)

フランセス・イエイツ 
『世界劇場』 
藤田実 訳

晶文全書

晶文社 
1978年6月25日 初版
1988年7月10日 7刷
303p 索引vi 
A5判 丸背紙装上製本 カバー
定価2,890円(本体2,806円)



本書「序」より:

「私は前著『記憶術(アート・オブ・メモリ)』で、その一章を使って、ロバート・フラッドの記憶術の記述のなかにある舞台図版が、シェイクスピアの地球座を解明する光となりうることを論じておいた。」
「本書がまず第一に焦点をあてているのは、イギリスのルネッサンス哲学を代表するジョン・ディーとロバート・フラッドの二人である。わけてもこの両者の著作の中にルネッサンス期のヴィトルーヴィウス復活の影響が明瞭にあらわれていることに本書は論及する。イニゴー・ジョーンズ以前にも、イギリスにルネッサンス期のヴィトルーヴィウス復活の強力な影響があったことは、一般には知られていない事実である。本書で私は、当代の魔術者(メーガス)であり数学者であったジョン・ディーをチューダー朝のイギリスで、ヴィトルーヴィウスの影響を普及させた人物として認識するよう主張している。」
「地球座をふくめてロンドンの公衆劇場は、ヴィトルーヴィウスがその建築書で記述した古代劇場を改作したものであり、中産階級と職人階級をとくに魅きつけたディーの影響力の範囲の中でつくられたものといえる。ディーの関心はそのままフラッドの関心にひきつがれたからには、フラッドの著作はこの公衆劇場に関しての適切で自然な情報源であることが明らかになる。だから、フラッドの著作中の「記憶術(アルス・メモリアエ)」の章にある公衆劇場の舞台図版は、イギリスのエリザベス朝劇場建設運動の内部にいた人物から得られたものとして非常な有効性をもっている。」



Frances A. Yates: Theatre of the World, 1969
本文中図版(モノクロ)多数。


イエイツ 世界劇場 01


目次:


Ⅰ ジョン・ディーとエリザベス朝時代
Ⅱ ジョン・ディーとヴィトルーヴィウス
Ⅲ ロバート・フラッドとヴィトルーヴィウス
Ⅳ ロバート・フラッドとジェームズ朝時代
Ⅴ 新しい見方におけるイニゴー・ジョーンズ
Ⅵ ロンドンの劇場
Ⅶ 古代劇場を改作したものとしてのイギリス公衆劇場
Ⅷ イギリス公衆劇場の舞台――ロバート・フラッドの記憶術論中の舞台
Ⅸ 道徳的表徴としての劇場
Ⅹ 公衆劇場と仮面劇――イニゴー・ジョーンズの劇場神殿論
結論

付録 A ジョン・ディー ユークリッド『原論』英語版への数学的序文における建築論
付録 B 幸運座劇場建築契約書
付録 C L・B・アルベルティ『建築論十巻』より古代の劇場、円形闘技場、円形競技場論抜萃
付録 D ロバート・フラッド 記憶術における架空場所使用反対論
付録 E イニゴー・ジョーンズ(ジョン・ウェッブ)のローマ古代遺跡としてのストーンヘンジに関する見解

原注
訳注
訳者あとがき
索引



イエイツ 世界劇場 02



◆本書より◆


「貧乏ではあったが、ディーは自分がイギリス古代の王の子孫だと信じていて、エリザベス女王とは遠い親戚であると称していた。一五四二年に彼はケンブリッジ大学のセント・ジョーン学寮に入学し、そこで手に入るかぎりすべての知識を吸収した。ディーはこの学寮にいた数年間のことを記して、次のように言っている。
 「私はたいへん熱心に勉学に没頭していた。この時代の私は次のような規律をまもって、それを破らぬようにした。すなわち毎夜四時間の睡眠しかとらぬこと。毎日飲食(とそのあとの休息)には二時間だけみとめる。残りの十八時間は(礼拝式に出かけて礼拝する時間をのぞけば)、研究と学習に費したのであった。」」

「女王は、一度ならずモートレイクにディーを訪問し、またレスター伯とその甥のフィリップ・シドニーも同様にそこを訪れた。(中略)エリザベス女王自身が敬意を表し、レスター伯が保護を与え、エリザベス朝ルネッサンスの指導者となったフィリップ・シドニーやその仲間に知識を授けたこの人物の蔵書について多少その知識を得ておくことは、たしかに大切なことである。
ディーとその蔵書について、F・R・ジョンソンは一九三七年に次のように記している。
 「十六世紀の第三・四半期に、ジョン・ディーとその友人や弟子たちはイギリスの化学アカデミーを構成していた。ディーは大陸の著名な科学者のすべての人たちと親しく知りあって書簡を交しており、そのことによってこのイギリスのグループは、外国で生まれた最新の考え方や発見にずっと触れることができた。修道院の解散とともに分散した古い書籍や写本を取りもどし、それによって大きい国立図書館を設立するようディーがメアリー女王に嘆願したが、顧みられなかったという話は有名である。このように提案しても何も生れてこないと知って、彼は科学の書籍と写本をあつめた自分自身の文庫をつくりはじめた。この文庫は一五八三年までに四千冊以上にも達した。これはまちがいなくイギリスで最大の科学書の文庫であって、たぶんヨーロッパ中でもこれを超えるものはなかった。というのは、ディーは科学関係の重要な中世の写本の膨大な量のものを蒐集していたからである(修道院で掠奪を働いた者たちはこれらの写本にほとんど値打ちをおいていなかったから、それだけたやすくディーはこれらを手に入れることができた)。それだけではなく、数学的諸科学の最新の印刷本も文庫の棚に並ぶようにと気を配っていたのであった。……ディーの友人や弟子たちの中の同学の科学者は、この大した蔵書を常に自由に利用できたのであった。」」
「ジョンソンのことばは、この蔵書がもっぱら数学的科学的方面の蔵書であるという印象を与えているが、その目録(引用者注: ディーの蔵書目録)をよく見れば、これはルネッサンス特有の博識万能型の人物の蔵書だということは明らかである。」
「科学史家たちは、大いに必要とされるディーの再評価に向って見事に一歩前進したのであるが、彼らの描いてみせた構図は、ほんの部分的なものにすぎない。彼らは自分に関心のある側面にだけ焦点をあてているので、ディーとその蔵書は、文学と美術の史家に語るものが何もないという印象を与えてしまっている。だが、ディーのもっていた知識は、個々ばらばらの学問分野へと分けていけるものではない。その知識は、それが生まれる土台となった宗教・哲学・魔術を統合する文脈の中において見なくてはならないのである。精霊日記に見られたカバラ的魔法使いは、科学史家が関心をよせている実践的科学者、航海者たちの助言者、数学研究を奨励する運動の中心の大黒柱となった人と別人なのではない。それはまったく同一の人物で、ただ違う次元での仕事をした、というより、いささかあわれなぐらいにそうしようと努めた人物なのであった。」
「思想史というものは、一人の人物の果した仕事のさまざまの要素の中から、後の時代になってさらに発展したために重要視されてくる要素を、それだけ単独にとり出してくることはすべきではない。思想史は、このやり方でいくと、損われ歪められたものになってしまう。一個人の思想は、現代人が賞賛しうる側面ばかりでなく、現代人が理解困難と思う側面も含めて、そっくりその全体を見なくてはならない。十九世紀には、ディーはその「魔法」のゆえに、真剣に考察すべき対象から外されてしまったが、これは科学史家がすでに気づいたように誤りであった。しかしディーを科学者としては受け入れるものの、彼の他の側面は除外するやり方もまた不完全である。われわれはディーを全体として見る必要があり、この点で彼の蔵書の目録は役に立つものではないかと申し上げたい。」

「彼は本なしに生きることのできない人物であった。それゆえに、いっそうあわれをさそうのは、老後に極度の貧窮におちいったとき、食事を購うために彼は蔵書を一冊また一冊と売却せねばならなかったとアントニー・ア・ウッドが伝えていることである。一六〇八年に、八十一歳でディーはモートレイクの邸で死を迎える。彼は、見たところ完全な失敗者として死んだのではあるが、彼の名前をめぐってひとつの伝統が集積し、その影響は消えることなく生き続けたのである。
ディーはルネッサンスのヘルメス主義の中心的流れを直接に汲むものだが、この流れがディーのもとにとどくのは、ルネッサンスでもいささか時期が遅れてからであった。」
「エリザベス朝では神秘―魔術―科学とつながる運動は、公式なおもてむきの学問、つまり正規に教育されるプロテスタント的人文学(ヒューマニズム)に反するものであった。こういうエリザベス朝のイギリスにいたのでなければ、ディーもさほど風変りにみえなかったかもしれない。ルネッサンス・イタリアのヴェニスでならば、ある深遠な秘義を伝えるアカデミーの一員として、ディーはもっとあたりまえに見えたことであろう。」
「ディーは、しっかりとした安全な背景がなくて、きっとどこにも所属していないという感じを抱いたにちがいないし、まただれからも公に認められることがなかった――というのは、レスター伯およびエリザベス女王の支持は内密のもので、公式のものではなかったのである――が、他方でこういう事情そのものが、他のところで得られるよりはるかに大きい自由をディーに与える役に立った。つまり、天使をよびよせる術のようなとほうもない魔術と、高度な「数学的魔術」つまり応用科学や科学技術の、この双方の魔術に没頭しうる自由をディーにあたえる手助けをした。」
「無数の正方形の中に細かい数字を書きこんで天使をよび出す魔術に、ディーはとても真面目にとりかかっている。大英博物館に所蔵の天使をよび出す魔術を書いたディーの原稿を見た人は、だれでも、そこに込められたこまかな骨の折れる努力に感銘をうけるであろう。超天界に存在する数を正しく用いて天使をつかまえることなら、彼は少しも労を惜しみはしなかったであろう。というのは、ディーにとって天使以上に、自然の秘密をよりよく教えてくれるものは誰もなかったからである。」

「ヨーロッパ諸国ではルネッサンスが進展するにともなって、あらたな新古典主義的建築様式の建築物が熱心に建てられた。この建築様式は、いちばんもとをたどれば、アウグストス帝と同時代の人であるローマの著述家ヴィトルーヴィウスの著わした建築に関する著作を復活研究するところから生まれてきたものである。ユークリッド『原論』によせたディーの「序文」が刊行された年である一五七〇年までに、ヴィトルーヴィウス復興運動は、レオーネ・バティスタ・アルベルティの『建築論』、あるいはダニエレ・バルバロのヴィトルーヴィウス建築書注解のような古典主義建築理論についての著作を、数多くイタリアで生んでいたのであった。一五七〇年という年は、実はパラーディオの偉大な著書である『建築四書』が刊行された年であって、この著書こそ、ヨーロッパ全体にわたって、こののち幾世代ものあいだ新古典主義的建築のバイブルとなるのである。(中略)この建築様式こそ他の何にもましてルネッサンスの特色をあらわし、中世との訣別を際だたせるものであった。」
「「イギリスのヴィトルーヴィウス」であるイニゴー・ジョーンズが、イギリスでおくればせながら新古典主義的建築をはじめて行なった時より五十年ちかくも前に、ジョン・ディーは一般向きに書いた「序文」を通してエリザベス朝の中産階級の人たちに比例(プロポーション)と構図(デザイン)の基本原理を教え、あらゆる数学的技術は「建築」というものを自らの女王として仰ぎ、それに奉仕するものであることを明らかにしたのであった。」

「ジョン・ディーは、一六〇八年に死を迎える。(中略)ヘルメス的哲学の伝統には、科学の上で、また芸術の上で、すぐれた仕事を達成していく推進力が結びついていたが、この伝統は、イギリスではロバート・フラッドがひきつぐ。フラッドは、一五七四年、すなわちディーの「序文」が出てから四年後に生まれ、一六三七年、チャールズ一世が即位して十三年になる年に死んだ。だから、フラッドの方がずっと年少になるが、若い頃はディーと同時代の人間であったことになる。彼が円熟した年齢になって多くの著作を出した時期は、ジェームズ一世の治世に属していた。ディーとフラッドがイギリスでのルネッサンス哲学者の代表としてみとめられるようになったあかつきには、ディーがエリザベス朝時代の哲学者であり、フラッドがジェームズ朝の哲学者であることがわかるであろう。
この両者の哲学は似かよっている。ヘルメス=カバラを中核にして、純粋科学から神秘主義や魔術までのさまざまな色合いをなかに含んだルネッサンス・ネオプラトニズムから双方ともに生まれ出たものである。」
「フラッドの途方もなく長い著作である『両宇宙誌(ユトリウスクエ・コスミ・ヒストリア)』は、ディーの数学的「序文」に基づいたものであって、同一の「ヴィトルーヴィウス的主題群」をとりあつかい、しばしばディーと同じ典拠から引用をしている。フラッドは決してディーの名前を出してはいないが、彼は明らかにディーの弟子であり、その有名な「序文」の感化からそれぞれ自分の仕事を企てていった多くの者たちの一人であった。」
「フラッドが彼の著書の『両宇宙誌』のなかで記述している「二つの世界」とは、大宇宙の世界すなわちいわゆる宇宙と、小宇宙の世界すなわち人間のことである。フラッドによる整然とした配列の森羅万象の組織方法によれば、この二つの世界は双方とも「技術誌」を持っている。すなわち、前者の場合は、宇宙という外的世界に関係をもつ技術と科学であり、後者の場合は、人間という内的世界に関係をもつ技術と科学である。フラッドによれば、大宇宙と関係ある技術(テクニック)ないし科学技術(テクノロジー)は、基本的にヴィトルーヴィウス的技術であると認められる。」
「言いうることは、イギリスにはヴィトルーヴィウスの影響の伝統がとだえることなくつづいて、ジョン・ディーとロバート・フラッドの二人に作用したということ、またこの伝統は科学技術(テクノロジー)の発達、とくに発達しつつあった劇場芸術において必要とされた科学技術とつながりがあったということである。」

「図版において自分の論旨に正確な視覚表現を与えることは、フラッドが明らかにとても重要視していたことである。このことは、象徴として、また記憶を助ける手段として、これらの図版が意義をもっていたことを示している。フラッドは象徴的にも記憶術的にも論旨と完全に一体に結びつくものとしての絵文字(ヒエログリフ)の考え方に取り付かれていた。」

「ここでふたたび深い意義をもつ二つの歴史上の年代を強調したい。ディーの「序文」が出版されたのは一五七〇年であった。ジェームズ・バーベッジが劇場座を建てたのは一五七六年であった。この六年の間にユークリッド『原論』とその「序文」は、「一般の職人たち」の間に新たな熱意を押しひろめ、彼らが実際的経験から知っていた幾何学と数学を新たに応用する仕方とその新しい意義とを彼らに示し、すべての科学に君臨する女王としての古代建築の新しい見方を切り開いてみせたのであった。このように沸き立つように高揚した運動のなかにこそ、指物師兼俳優で、新しい劇場を建てたいと望んだジェームズ・ベーベッジを置いてみるべきだと私は信じている。彼がこの新しい劇場を古代劇場にいささか似たものにしたいと願ったのは当然のことであったし、事実この当時のイギリスの劇場が同時代の人たちに古代劇場に似たものであるとの印象を与えたことは、われわれがすでに見た通りである。」

「本書のひとつの主題は、イギリスにおけるルネッサンスのある流れを代表するものとして、ジョン・ディーとロバート・フラッドを示すことであった。この両者は、マルシリオ・フィチーノやピコ・デラ・ミランドラからの系統をひいた、いわゆるルネッサンスのネオプラトニズムがヘルメス的要素やヘブライの秘儀(カバラ)的要素をつよく吸収している強力な影響力の流れから生まれ出たのであった。ディーやフラッドは、ルネッサンス期としては大へん遅い時期に現われたのであった。しかし、この両者は時期的に遅れはしたものの、とくに強力な形でイギリスに浸透してきたヘルメス的伝統を代表するルネッサンス哲学者とよばれる資格がある。
これまでディーとフラッドを隠秘学(オカルト)的な著作家とする偏見があったため、歴史の上で彼らが非常に重要な意味をもっていたのを認識するのがおくれているのである。この偏見は、ルネッサンス哲学全体が、オカルティズムを吸収していた事実を無視しているのである。」
「ディーとフラッドの著作のうちで本書が比較的詳細に研究した面は、両者の著作にたいするヴィトルーヴィウス自身からの影響と、ルネッサンス期のヴィトルーヴィウス解説者たちからの影響である。」
「非常に広範囲に各方面の研究の分野を網羅するこの新しい文脈の中で、私はこの時代の劇場史を示そうと試みたのであった。この劇場というのは、イギリス・ルネッサンスで最高度の芸術がつくりあげられた領域なのである。だから、ディーとフラッドを貫く線が劇場史への新しい筋道であることが判明しても少しも意外ではない。この劇場史の新しい筋道によって、エリザベス朝時代とジェームズ朝時代のロンドンの公衆劇場が、古代劇場を改作してこの時代に適合させた劇場であり、これがディーを中心とする活動から生じた民衆規模のヴィトルーヴィウス復興運動の中でつくり出された劇場であると理解できるのである。
本書がもたらすひとつの結果は、イギリスの公衆劇場、とくにそのもっとも著しい例である地球座にたいする見方の変化であるべきだし、またそれであってほしいと思う。地球座の「理念」はいまや当然変るべきである。(中略)新しい時代に適合し、かつルネッサンス・キリスト教の精神(エトス)に影響されたあり方で古代劇場の最も重要な側面をこの上なく精妙に表現した民衆劇場という考え方になるべきである。」
「本書に集めたさまざまな種類の証拠は、ことごとく地球座の「理念」として「世界劇場」を指し示している。円形の黄道帯(ゾディアック)内部の三角形分割(トライアンギュレーション)を基礎とする平面図形をもった古代劇場の宇宙構造的意味に、さらに神殿としての劇場という宗教的意味とまたそれに関連したルネッサンス教会の宗教的・宇宙的意味がつけ加わった。地球座は魔術的劇場であり、宇宙的劇場であり、宗教的劇場であり、「世界劇場」の内部で人間の生のドラマを演じる役者たちの声と身振りを最大限に支援するように設計された俳優のための劇場である。」
「シェイクスピアにとって彼の劇場は、宇宙のパターンであり、大宇宙の観念であり、小宇宙たる人間が与えられた役柄を演じる世界〔宇宙〕舞台であっただろう。「世界全体はひとつの舞台である」。このことばは真の意味で地球座の本質をとく鍵である。」
「地球座の建物は、細部にわたって復原されることは決してないであろう。が、長い間姿を消していたこの木造の劇場建築物は、いまやヨーロッパの伝統の中で、他に置きかええないそれ自身の独自の位置を占めることができる。この劇場は、ルネッサンス期のヴィトルーヴィウス復興運動の伝統の中でなされた大胆で独創的な古代劇場の改作であった。」



























































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Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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