フランセス・A・イエイツ 『記憶術』 玉泉八州男 監訳

「ルネサンスの隠秘哲学には、相違は無視して類似だけに注目するという偉大な才能がある。フィチーノには、トマス・アクィナスの『大全』と彼流のプラトン神学とを結びつけて憚らないところがある。」
(フランセス・イエイツ 『記憶術』 より)


フランセス・A・イエイツ 
『記憶術』
監訳: 玉泉八州男

翻訳: 青木信義・井出新・篠崎実・野崎睦美

水声社 
1993年6月10日 第1版第1刷印刷
1993年6月20日 発行
519p 著者・訳者について1p 
図版(モノクロ)24p
A5判 丸背紙装上製本 カバー 
定価6,180円(本体6,000円)
装幀: 中山銀士



本書「凡例」より:

「本書は、Frances A. Yates, The Art of Memory (Routledge & Kegan Paul, 1966) の全訳である。」


別丁図版22点、本文中図11点。


イエイツ 記憶術 01


カバー裏文:

「十六世紀末、隠秘主義の伝統は急進的な方向へと傾いていた。
ある者たちは、ゾロアスターやトリスメギストス、その他の太古の賢人たちが記している秘教を
フィチーノやピコが臆病さの故に実践していない、と考えていた。
ジャック・ゴオリーの持論では、彼らが奇跡を行なう〈魔術師〉になることができなかったからであった。
ジョルダーノ・ブルーノの記憶術体系は、
悪名高き魔術的イメージや記号を用いることにかけて、はるかに大胆である。
『影』においてブルーノは、黄道十二宮の十分角のイメージを何のためらいもなく導入しているし、
『キルケ』では記憶術を、女妖術師によって唱えられる極端に魔術的な呪文から始めている。
――本書より」



目次:


第一章 古典的記憶術に関するラテン語三大文献
第二章 ギリシアにおける記憶術……記憶と霊魂
第三章 中世における記憶術
第四章 中世における記憶術とイメージの形成
第五章 記憶術論考
第六章 ルネサンスの記憶術……ジュリオ・カミッロの〈記憶の劇場〉
第七章 カミッロの〈劇場〉とヴェネツィア・ルネサンス
第八章 記憶術としてのルルの思想
第九章 ジョルダーノ・ブルーノ……『影』の秘術
第十章 記憶術としてのラムス主義
第十一章 ジョルダーノ・ブルーノ……『秘印』の秘術
第十二章 ブルーノ記憶術とラムス記憶術の衝突
第十三章 ジョルダーノ・ブルーノ……記憶術に関する後期の諸作
第十四章 記憶術とブルーノのイタリア語対話篇
第十五章 ロバート・フラッドの〈劇場〉記憶術体系
第十六章 フラッドの〈記憶の劇場〉とグローブ座
第十七章 記憶術と科学的方法の成長

原注
索引

訳者解説



イエイツ 記憶術 02



◆本書より◆


「テッサリアの貴族スコパスが催した祝宴の席上、ケオス出身の詩人シモニデスは、主人役に敬意を表して叙情詩を吟じたが、そこにはカストルとポリュデウケスの双子二神を讃える詩行も含まれていた。スコパスは、狭量にも、この称讃詩(パネジリック)の謝礼は約束の半分しか支払わぬ、差額は詩の半分が捧げられている双子神から受けとるがよい、と詩人に告げた。暫くして、シモニデスの許に、面会を求める若者が二人外で待っているとの伝言が届けられた。祝宴の席を抜け出し外に出てみたが、誰も見当らない。だが、彼が座を外していたわずかの間に、大広間の屋根が崩れ落ち、スコパスはじめ客人は一人残らず瓦礫の下敷となって果てた。いずれの死体も損傷がひどく、埋葬すべく引き取りに現われた身内の者にさえ見分けがつかない。しかし、シモニデスは、人々が座っていた場所を覚えていたので、どの遺体が誰のものか親族に教えてやることができたのである。」
「この経験は詩人に、彼が創案者と目される記憶術の諸原理を、思いつかせる契機ともなる。死体を識別できたのは、列席者が占めていた場所を記憶していたからに他ならない点に着目した彼は、秩序だった配置こそ確実な記憶にとって不可欠のものであると思い至ったからである。」

「彼の推論によると、この能力を育みたい者は、一連の場を選定し、頭の中で、記憶したい事柄を意味するイメージを形づくり、これらのイメージをそれぞれの場に貯えておかねばならない。その結果、場の秩序が事柄の秩序を維持し、事柄のイメージが事柄そのものを表わすこととなる。かくして、われわれは場とイメージを、それぞれ蝋引書板とそこに記された文字として、用いることとなる。」
(キケロ 『弁論家について』)

「シモニデスの記憶術発明を巡る話は、キケロがその書『弁論家について』(De oratore)の中で記憶を雄弁(レトリック)の五段階の一つとして論じているくだりに、生き生きと語られている。そこには、古代ローマの雄弁家が活用した「場」(loci)と「イメージ」(imagines)による記憶術の概略が紹介されているのだが、古典的記憶法(mnemonic)の概説は、このキケロによるものの他、さらに二篇あり、(中略)一つは作者不明の『ヘレンニウスへ 第四書』(Ad C. Herennium libri IV)に収められたもの、いま一つは、クインティリアヌスの『弁論術教程』(Institutio oratoria)に収められたものである。」
「記憶法の一般原則を理解するのは難しいことではない。第一段階は、一連の loci すなわち場を記憶に刻み込むことである。(中略)もっとも頻繁に用いられた記憶のための場システムの型は、建築物の類であった。」

「プラトンの観点に立つと、ソフィストに利用された人為的記憶は明らかに、呪われたもの、記憶を冒涜するものとなろう。(中略)プラトン的記憶は、記憶技術を姑息に操ることではなく、実在と関連づけて一切を組織づけようとする試みなのである。
 そしてこのことを記憶術の枠組みの中で行なおうとする壮大な試みが、まさにルネサンスの新プラトン主義者たちによってなされたのだった。」

「カミッロの〈記憶の劇場〉は、(中略)ウィトルウィウスの劇場の平面図を歪曲したものにすぎない。」
「カミッロの〈劇場〉においては、劇場の正規の機能が逆転しているのだ。客席に坐って舞台で演じられる劇を眺める観客はいない。この〈劇場〉の唯一人の「見物客」は舞台のある場所に立ち、客席の方を見る。七段をなして高くなっていく客席の七の七倍の門の上に描かれた像を、つくづくと見やるのである。」
「カミッロは記憶術をルネサンスに流布し始めた新しい思想と調和させようとする。彼の〈記憶の劇場〉は、ルネサンスのいわゆる新プラトン主義の中に含まれるフィチーノとピコ、魔術(マギア)とカバラ、ヘルメス主義とカバラの教えといったものすべてをとり入れたものなのだ。彼は古典的記憶術を隠秘術にかえたのである。」
「フィチーノ同様、カミッロもキリスト教的ヘルメス主義者であって、ヘルメスの教えをキリスト教と関連づけようと腐心している。」
「中世の記憶体系と結びついていた強い宗教性は、新しく大胆な方向をとった。人間の精神と記憶は今や「聖なる」ものとなり、魔術的に活性化された想像力により最高位の現実を把握する力をもったのである。また、ヘルメス主義的記憶術は、魔術師を形成する手段ともなった。聖なる小宇宙が聖なる大宇宙を反映し、天、即ち彼の「精神」が属している聖なる段階の意味を把握する創造的手段となったのである。記憶術は隠秘術に、ヘルメス主義的な奥儀になったのである。」

「ブルーノにとって最も高次元の形相とは〈一者〉、すなわち神的統一体であった。記憶術体系は高次元の〈統一体〉に近づく準備として、星のレヴェルにおける統合を目的とするものだったのであり、したがってブルーノにとって魔術とは、それ自体が目的ではなく、現象界の背後に存在する〈一者〉に近づく手段だったのである。」

「ルネサンスも最後期に入って、その哲学が十七世紀に台頭して来た様々の動向に抗しきれなくなってきた時期に、フラッドはルネサンス的記憶術の最後の大記念塔ともいえるものを築くのである。(中略)カミッロの〈劇場〉が一連のルネサンス的記憶術体系の出発点であり、フラッドの〈劇場〉がその終点となるわけなのである。」
「彼は魔術=宗教的ヘルメス主義にカバラ主義を結びつけ、かくして、ずっと以前にカミッロの〈劇場〉で見られたものとほぼ同様の、ルネサンス的〈魔術師(マグス)〉による世界観を完成させたのである。」





こちらもご参照下さい:

パオロ・ロッシ 『普遍の鍵』 清瀬卓 訳 (世界幻想文学大系)













































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