ピーター・J・フレンチ 『ジョン・ディー エリザベス朝の魔術師』 高橋誠 訳 (クリテリオン叢書)

「彼の中では魔術、科学、宗教が一体となり、ヘルメス主義的な普遍的宇宙観が形成された。彼はいかにもルネサンスに相応しい精神を有していた。(中略)彼の天使魔術は、当初の望みどおりの実際的成果を収めなかったのは確かだが、アルキメデスについて述べた次の言葉は、ディー自身にもあてはまるだろう――「偉大な事柄については、意志しただけで十分である」。」
(ピーター・J・フレンチ 『ジョン・ディー エリザベス朝の魔術師』 より)


ピーター・J・フレンチ 
『ジョン・ディー 
エリザベス朝の魔術師』 
高橋誠 訳

クリテリオン叢書

平凡社 
1989年8月25日 初版第1刷発行
345p 20.8×15cm 
丸背紙装上製本 カバー
定価3,980円(本体3,864円)
装丁: 杉浦康平+谷村彰彦



本書「凡例」より:

「本書は、Peter J. French, John Dee: The World of an Elizabethan Magus, Routledge& Kegan Paul, 1972 の全訳である。ただし原本所載の人名・事項索引は、これを簡略化して人名索引のみとした。」


本文中モノクロ図版モノクロ18点。


フレンチ ジョンディー 01


カバー文:

「魔術的ルネサンスの体現者
ディーを解読するということは、エリザベス朝自体ばかりか、思想史に占めるこの時代の位置を解くことにもなるであろう。エリザベス朝の「世界像」は中世的ではなく、ルネサンス的なものであった。それはジョン・ディーの世界像であり、この半ば魔術的な世界は中世に逆行するものではなく、十七世紀へと進歩していくものだった。
……フランシス・イェイツ」



カバー裏文:

「名声並ぶ者なき数学者、天文学者、地理学者、当代随一の大蔵書家にして科学啓蒙運動のプロパガンディスト……多様きわまるルネサンス的知の体現者の思想の全領域を踏査し、誤解と悪評の歴史に終止符を打つ古典的評伝。」


カバーそで文:

「新しい歴史の遠近法のなかにたち顕(あら)われる「科学」と「技術」の多様な相貌(かお)。
「科学(サイエンス)」を「知(スキエンティア)」として、「技術(テクノロジー)」を「技(テクネー)のロゴス」として捉え直す試み。
狭義の科学や技術の歴史という枠を超え、
人間の知的営為とその技術的達成が、歴史・社会・文化の全体と
どのように相渉り、変容してきたのかをみる。
現代にまで生き永らえた科学や技術のみが
人類の科学的・技術的な営みのすべてだったのではない。
歴史の袋小路に迷いこんだもの、深層に隠れてしまったものを
非科学、非技術として断罪するのは、現在を基準に
過去を眺める結果生じる錯視にすぎない。
人間の知識と技は、いかにして育まれ、継承されてきたか。
両者はどのように影響しあい、人々に受容されたか。
それを歴史の文脈のなかで具体的に検証することによってはじめて、
科学と技術の発展のダイナミズムを明らかにし、
ひいては人間にとってのその意味を問い直すことが可能になる。
それは、歴史のなかに新しい基準=クリテリオンを見い出すことにほかならない。」



目次:

謝辞
文献略号

序文
第一章 ジョン・ディーの名声
第二章 魔術師への途
第三章 エリザベス朝最大の蔵書家
第四章 ジョン・ディーとヘルメス哲学
第五章 魔術・科学・宗教
第六章 ジョン・ディーとシドニー・サークル
第七章 ジョン・ディーと技術者
第八章 尚古家ジョン・ディー
結語

原註
図版
訳者あとがき
参考文献
人名索引



フレンチ ジョンディー 02



◆本書より◆


「ジョン・ディー(一五二七~一六〇八年)は、エリザベス朝のイギリスにおいて最も著名で傑出した学者の一人だった。哲学者、数学者、技術者、尚古家、教師、王侯貴族の友人という具合に、八面六臂の活躍をしたディーは、イギリス・ルネサンスに発展した主要な学問の中心的に位置していた。(中略)しかし、彼は最も極端な形の隠秘学(オカルティズム)に深く沈潜した魔術師でもあった。」

「イギリスの学者、技術者の間では、ディーは主に数学者として知られていた(これは、彼と同僚の考えでは哲学者と同じ意味であった)。しかし、当時数学は依然として黒魔術の一つという疑いを受けており、普通の人間にとっては、ひどく危険な学問だったのである。」

「トリテミウスの『秘文字』は一六〇六年まで出版されなかったが、それ以前にも写本の形で回覧されていたのは明らかである。(中略)第一巻は地上の各部署を統轄する天使を招喚する手順を述べており、第二巻は時間を統御する天使を扱い、最後の部門は惑星、特に土星を支配する高位の天使を招喚する手順を主に扱っている。」
「このトリテミウスの書物の目指すものは、人間の霊魂を伝えようとする一種のテレバシーのようなものだが、その際、テレパシーの送信者の思念が刻印された霊が空中をとおって受信者に伝えられる。この時、送信者は受信者の像を瞑想していなければいけない。この魔術は世界中で生起しているすべてのことを知る手段であると、暗黙のうちに認められているが、『秘文字』の根底にある天使魔術は、この論攷の表向きのテーマである暗号学よりも、ディーにとってはるかに大きな意義を持っていたであろう。現代人はそのような魔術の試みを前近代的なものとして真面目に考えようとしない。しかし、トリテミウスとディーが天使魔術を使って獲得しようと望んだ実際的効果のほどを知ると、驚嘆してしまう。ディーとトリテミウスの天使魔術の代わりに、現代の宇宙的規模にまで張りめぐらされた通信ネットワークを置き換えてみると、現代のエレクトロニクスのもたらす驚異が彷彿としてくるだろう。」

「蔵書からもわかるように、ディーは言葉の最も根源的な意味で普遍的(カトリック)な人間だった。一つの論理に対する反論をも考慮に入れ、可能な限り統合させようとし、頭ごなしに一つの見方を切り捨てるようなことはしなかった。」

「ルネサンスのヘルメス主義的魔術は、啓蒙され、洗練された学問の一種であり、中世の幽暗で素朴な黒魔術とは似ても似つかないものだった。」
「しかし、中世の魔術とルネサンスの魔術は完全に断絶していたわけではなかった。いずれも類似した前提に基づいていたからだ。宇宙は依然として地球中心に秩序立てられていると考えられており、本質的に占星術的な宇宙観だった。星は生き物であり、必ずしも決定論的ではないにせよ、下界のあらゆる現象に影響を与えるとみられていた。中世の魔術師もルネサンスの魔術師も世界霊魂(スピリトゥス・ムンディ)を信じていた。これは魔術の実践に根本的な意義を持つものだ。あらゆるものの間に働く共感と反感がルネサンス魔術の本質的原理だった。(中略)事実上、ルネサンスは中世の魔術を吸収したが、古典古代の源泉を発見してからは、中世的魔術を変容させていったといえるだろう。」

「ルネサンスの魔術師が、その哲学を展開したのは〈ヘルメス文書〉からだった。ルネサンスの代表的ヘルメス主義者フィチーノ自身の魔術観は、『アスクレピオス』に大きな影響を受けたが、ヘルメス主義本来の宗教的、魔術的核心部分は、フィチーノの手でルネサンス世界に導入されて以後、多くの変容を蒙った。その結果、ヘルメス主義固有の中核は、ピコ、アグリッパ、ブルーノ、ディーといった魔術師の手で、豊かにかつ大胆なものになった。最終的に、ピュタゴラス流の数秘学(数の神秘学)、神秘的幾何学、音楽、占星術、カバラ、四大元素の理論、小宇宙(ミクロコスモス)と大宇宙(マクロコスモス)の照応理論、ルルスの記憶術が、ヘルメス主義本来の啓示と渾然となった哲学が生まれたのである。宇宙は相互に作用し合う力が複雑に絡み合う網の目のように考えられており、人間はその力を理解できるばかりか、操作し、神の使いを自らの発展のために利用することすらできるところにまで達した。人間が宇宙の力を操作できるという信念は、実に重要なことである。こうして、ヘルメス主義の復活は科学時代の曙光となった。というのも、ヘルメス主義が科学の推進力を解き放ったおかげで、人間はかつて思いもよらなかったほど自然の力を利用できるようになったからだ。
 ピコが『人間の尊厳について』で思い描き、ジョン・ディーに具体化された魔術師は魔術(マギア)とカバラを結びつけ、フィチーノが紹介したヘルメス主義的自然魔術と、ピコが確立した瞑想的カバラ(実践的側面も持つ)を結合させていた。魔術師は宇宙の下位世界を操作するには精霊(ダイモン)魔術を使う必要がないと思っていたが、超天空界およびカバラでいう宇宙の第三世界である天使界を操作できるのは、カバラによる天使魔術をおいてないと考えていた。ディーのようなキリスト教的魔術師は、カバラによる精霊魔術に偽ディオニュシウスの天上階序論を結びつけた。こうしてキリスト教のお墨付きのもとに、異端の精霊魔術を秘匿していたのである。ルネサンス魔術師にとって変化したのは宇宙ではなかった。再認識されたのは宇宙で人間が果たす役割だったのだ。」

「神に仕える天使の助言に従い、原初の古代神学と矛盾しないキリスト教的な普遍的博愛の宗教に戻ろうとしたディーは、プロテスタントとカトリックは再統合できると固く信じていた。」
「彼はカトリック教会が自らを改革し、古代の源泉に戻り、再び普遍的な愛の教会に変貌を遂げることを望んでいたが、これは重要なことである。彼は古代神学(プリスカ・テオロギア)を受け容れ、カバラを研究し、キリスト教化された魔術的ヘルメス主義に戻れば、このことが可能だと信じた。このキリスト教化されたヘルメス主義によれば、すべてが一者であり、共通の神が万物を支配するという。ディーの構想する壮大な普遍的宗教には、あらゆるところで蔑視されてきたユダヤ教徒すら含まれていた。彼は自著『象形文字の単子』を読んで、「ヘブライのカバラ学者」にも以下のことを納得してほしいと考えた――「誰であろうと、あらゆる者に慈悲を垂れる恵み深き神は、ユダヤ人のみならずすべての民族、国家、言語に共通した神でもあるのだ」と。」
「彼は十六世紀に普及したヘルメス主義運動の圏内に完全に留まっていたが、その運動の最も尖鋭な信奉者の一人だった。彼はあまりに多くの宗教的非寛容を見過ぎていたため、神学的魔術を使えば狂気じみた世界に何とか正常さらしきものを取り戻せるのではないか、と必死の思いで望んでいた。彼は驚くほどキリスト教精神に取り憑かれていたが、同時にほとんど異教的ともいえるほど魔術の効能にも期待をつないでいた。この魔術の効能に寄せる信頼は、宇宙にあるすべてのものの存在と意義に寄せる奥深い感情であり、人間に内在する聖なる力に向けた揺るぎない信仰でもあった。彼の中では魔術、科学、宗教が一体となり、ヘルメス主義的な普遍的宇宙観が形成された。彼はいかにもルネサンスに相応しい精神を有していた。魔術の実験はすべて、人類にとって測り知れないほどの意義を持つと思っていた。(中略)彼の天使魔術は、当初の望みどおりの実際的成果を収めなかったのは確かだが、アルキメデスについて述べた次の言葉は、ディー自身にもあてはまるだろう――「偉大な事柄については、意志しただけで十分である」。」





















































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