岡谷公二 『郵便配達夫シュヴァルの理想宮』 (作品社)

「日がくれて夜になり
人間どもが寝静まると
私は宮殿の仕事をする
私の苦労は誰一人けして知るまい」

(フェルディナン・シュヴァル)

「彼もまた、ドストエフスキー的な意味でのもう一人の「地下生活者」だったに違いない。」
(岡谷公二 『郵便配達夫シュヴァルの理想宮』 より)


岡谷公二 『郵便配達夫シュヴァルの理想宮』

作品社 1992年9月5日第1刷印刷/同10日発行
246p A5判 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,300円(本体2,233円)
造本: 箕浦卓



土曜の朝からねそべってテレビをみていたら、リヨンの郷土料理やヴォルヴィックの名水やシュヴァルの理想宮を紹介していたので、本書を引っぱりだしてよんでみました。
紀行文+評伝+エッセイ+理想宮案内。
本文中図版多数。


シュヴァルの理想宮1


帯文:

「奇妙な情熱の、
奇妙な結実。」



帯背:

「しがない郵便配達夫に
巣くった、
とほうもない
夢想の物語」



帯裏:

「くる日もくる日も32キロもの道のりを歩く僻村のしがない郵便配達夫シュヴァル。この平凡な男の脳裏にとほうもない夢想が巣くっていたなどと、誰が想像しただろう。時は19世紀末、万国博覧会が人々に「世界」を夢見させたころ、シュヴァルの夢想は奇怪な宮殿として醗酵しはじめていた。そして43歳のある日、彼は配達の途中で一つの奇妙な石につまずく。石をみつめてシュヴァルは決心した。「自然がこれだけのものを与えてくれるのなら、私は建築家に石工になろう」。――そしてその日から、郵便配達をこなしながらの、33年間にも亘る営営とした石の宮殿づくりが始まった。」


シュヴァルの理想宮3


目次:

第1章 オートリーヴ
第2章 単独歩行者の夢
第3章 村の気違い
第4章 「終わりなき静寂と休息の墓」
第5章 理想宮案内
 東の正面
  生命の泉~知慧の泉~聖アメデの洞窟
  「自然の神殿」
  三人の巨人~バルバリーの塔
 西の正面
  ヒンズーの寺院、ホワイトハウス他
 南の正面
  「大洪水前の博物館」~オークの大木
 北の正面
  洞窟群~動物たちと怪物たち
 回廊
  北の迷宮、南の迷宮
 空中庭園
 シュヴァル動物園
第6章 死後の栄光
第7章 三人の大無意識家 シュヴァル~ルソー~ルーセル

あとがき
Bibliography



シュヴァルの理想宮4



◆本書より◆


「オートリーヴ――これは、フランスの南東部ドローム県にある人口千五百の小さな村だ。一介の郵便配達だったフェルディナン・シュヴァルが三十三年かけて建てた理想宮があるのはこの村である。
シュヴァルは、一八六七年から二十九年間、この地域の郵便配達を勤めた。まだ車も自転車もなかった時代で、彼は毎日、起伏の多い、葡萄畑や牧草地や森のひろがる、退屈な同じ田舎道をひたすら歩き続けた。
空想癖の強い人で、そうした配達の道々、頭の中で夢の宮殿を建てては崩していたらしい。郵便物の中にあった世界中から送られてくる絵はがき、当時広く読まれていた「マガザン・ピトレスク」などの絵入り雑誌に載っていた中近東、アフリカ、アジア、オセアニア、中南米の珍しい挿絵が、彼の想像力を強く刺激していたのである。」
「郵便配達をはじめてから十二年経ち、若き日の夢が忘却の淵に沈みはじめていた四十三歳の或る日、彼は配達の途中、石につまずいてころびそうになった。そのあと、土に半ば埋もれていた石を掘り出してみて、その不思議な形に魅せられてしまった。やがて彼は、同種の石が受け持ち区域の道のあちこちに落ちているのに気づく。オートリーヴの周辺は、太古は海底で、地層が古く、奇岩怪岩に富む地方だったのである。」
「やがて彼は、集めた石を使って、長いあいだ夢に描いてきた夢の宮殿を建てようと決心する。(中略)周囲からは気違い扱いされたけれども、彼は断じて夢の実現を諦めなかった。」
「この宮殿は、ブルトンはじめシュルレアリストたちの嘆賞の的となり、シュヴァルの死後半世紀近く経った一九六四年には、時の文化担当国務相アンドレ・マルローのはからいにより、国の重要建造物に指定され、全面的な修復が行われて、崩壊の危険から救われた。」

「細部とは全体あってこそのものであり、全体に従属すべきものなのに、ここでは細部は特権をほしいままにして、全体を支配しているかにさえ見える。細部は到るところで溢れ出し、それ自身の動きに従って壁面一杯に氾濫している。細部は次々と細部を生み出し、その細部がさらに別の細部を生み出してとめどがない。」

「真に偉大な達成には、その準備期間として、気が遠くなるほどの長い歳月を必要とする。この歳月が、なにものにもわずらわされず、無名の闇に沈んでいればいるほどいい。偉大なものは、このような時間の深みの中からしか決して生れない。」

「シュヴァルは、村では最初から異端者であった。(中略)そのうえ彼には、孤独癖、厭人癖があって、周囲の生活に決してなじむことができなかった。」

「以後彼は、周囲の人々にとって、「庭を石で一杯にしている哀れな狂人」となる。しかし村民が、彼の宮殿の建設を無害な道楽と笑って見逃していたとは思われない。彼自身言っているように、「人々は自分の理解できないものを迫害する」(ノート)からだ。彼は近隣から、陰に陽にこのような迫害を受けたに違いない。彼が、人々の寝静まる深夜に仕事をしたのは、「人々の嘲笑を避けるため」であったという彼自身の言葉をモーリス・ヴェリヨンは記録している。
宮殿を建設しているあいだに、彼がもっとも苦しまねばならなかったのは、このような周囲の冷眼と嘲弄であったろう。周囲のきびしさに背を向け、孤独な子供が部屋に閉じこもるように、彼は仕事に閉じこもる。周囲のきびしさは、彼を仕事へと向かわせた原動力だったとも言いうる。「やつらは俺を気違い扱いした。しかし復讐してやる。やつらを駄目にしてやる」――ボンコンパンは、シュヴァルの親戚の一人から、シュヴァルのこうした激語をきいている。周囲が耐えがたいものになればなるほど、宮殿の細部が豊かになり、息づいてくる。いや、そうならなければならない。彼には、宮殿以外に生きる場所がないのだから。(中略)彼は宮殿の回廊の壁に、「人生は戦いだ」と記しているが、この言葉には無量の感慨がこめられていたはずである。」

「シュヴァルの妻フィロメーヌは、夫の桁はずれの道楽を一体どのように考えていたのだろうか?(中略)シュヴァルは、妻について語ることが少ないが、宮殿に対する妻の反応についてただ一箇所、「ラ・ヴィ・イリュストレ」誌の一文の中で、妻は毎日石が庭に山積みになってゆくのを見てもさして気にしなかったが、石を一杯に詰めて帰るので、服のポケットが片はしから破れてしまうのには大不満だったと書いている。」
「彼女は、(中略)しっかり者で、些事に拘泥しない大らかな性格だったように見える。彼女は、神経質で、世間と折り合いの悪い夫をかばい、気違いじみるほど一人遊びに熱中している息子を見守る母親のような眼で、シュヴァルの宮殿建設を眺めていたように思われる。」

「シュヴァルの一生における最大の痛恨事は、一八九四年に最愛の娘アリスを脳膜炎で失ったことであろう。彼女はわずか十五歳だった。」
「このアリスについては感動的な話が伝えられている。
隣人の一人が、やってきた雀蜂を機械的な仕草で追払おうとすると、シュヴァルが「殺すなよ。戻ってきたアリスかもしれないじゃないか」と言ったというのである。
この話は、彼のアリスに対する深い愛情とともに、すべての生物、時には無機物にさえ魂を認めようとする、アニミズム的とも言うべき世界の感受の仕方をも示している。「死者とはいなくなった人たちではなく、眼に見えない人たちだ」「死ぬ人間は、別の半球の空に一層輝いてのぼる沈む太陽だ」――彼が宮殿の壁に自らの手で刻んだこうした銘文にも、同じ心性の匂いがする。彼が、三十年間行をともにした手押車を真実友人と考えていたのも、宮殿にみちみちている動物や植物の彫刻が、異様なまでの生気を帯びているのも、やはりこのような心性から出たことであろう。」

「ともかく三人の洗濯女といい、「聖アメデの洞窟」の三角小間に刻まれた三人の人物といい、三巨人といい、シュヴァルは、古代人が三という数に与えた象徴的な意味をどうやら信じていたらしい。」

「ここになぜオークの大木を作ったかについて、シュヴァルは何も語っていない。しかしギリシア人にとっても、ローマ人にとっても、ケルト人にとってもこの木は聖樹であった。シュヴァルは、ギリシア・ローマの神話にほとんどなんの関心も示していないので、彼にこの木を造形させた動機の中にケルトの記憶を認めていいかもしれない。」

「ブルトンがシュヴァルに抱いた関心は、アンリ・ルソーに抱いた関心と、本質は同じものである。すべての公認の権威と規範とを否定し、理性と意識を激しく断罪した彼が、一切の学校とアカデミズムから遠く離れ、どのような知的議論にも惑わされることなく、自らの深い欲求の井戸からしか決して水を汲まなかったこの二人の無垢の大無意識家に心を動かされたのは、私にはごく自然のことのように思われる。」

「私の眼には、シュヴァルとルソーは、精神上の双生児と映る。」
「シュヴァル、ルソー、ルーセルの三人が、ブルトンをはじめとするシュルレアリストたちから、先駆者として熱烈な讃辞を送られたことは、注目すべき事実である。それはこの三人が、意識せずして、既成の建築、絵画、文学とは全く異なった世界を現出させたことを語っている。」
「ルーセルとルソーの相似に一番最初に気付いたのはジャン・コクトーである。」
「二人(引用者注: ルーセルとルソー)の行動を支配しているのは、強烈な幼児本能である。彼らは終生幼児の無垢とエゴイズムを失わなかった。」
「シュヴァル、ルソー、ルーセルは、批評意識の欠如と無知から、はからずも生の欲求の無垢を守り通すことができたとも言い得る。しかし私はむしろ、彼らの生の欲求の有無を言わさぬ激しさがすべてを成し遂げたのだと考えたい。そしてこの激しさの持続の中に、私は彼らの天才のしるしを認めるものである。
彼ら三人は共通して、日常の現実を、借金ばかりから成る相続財産のごときものと感じていた。ルソーは、学校でも、軍隊でも、パリ入市税関においても、皆から馬鹿にされる無能者だったし、シュヴァルだとて同然で、ボンコンパンは彼について「実際的な能力の完全な欠如」を云々し、「あらゆるものに不向き」であったと言っている。ルーセルとて、長いあいだ精神科医の診察を受けた鬱病を患う同性愛者であり、大金持だったにもかかわらず、レリスの言によると、幼少年時代をのぞいて幸福だったことはひとときもなく、その苦しさを「息切れ乃至息苦しさのようなものだ」と言っていたという。ともかく三人は、現実になにひとつ期待を抱いていなかった。」
「これを現実嫌悪と言っても、現実否定と言っても、現実への反抗と言ってもそぐわない気がする。いずれの言葉も、現実との関わりになんらかの意味を置いているように思われるからである。彼(引用者注: ルーセルのこと)は、幼児が嫌いな食物を受けつけないように、過度の潔癖症の人間が、人の触れた吊革やノブに絶対に触れないように、ひたすら現実を拒み続けるのだ。
彼が地口、語呂合わせを中心とした、言葉から言葉を生み出す方法によってその小説と劇を書いたのは、作品が決して現実と関わらないようにするためであった。だからこの方法は、新しい文学上の実験というには、あまりにも彼の生のありようと結びついた方法だったのである。」
「シュヴァルもルーセル同様、ありのままの現実を決して認めようとはしなかった。理想宮全体が、この拒否のとった決然とした形である。」
「シュヴァルも、ルソーも、ルーセルもこのような拒否に決して甘んじることができなかった。(中略)彼らは、この日常の現実が生きるに価しないならば、敢然として、もうひとつの現実――その中でなら彼らが真に生きることのできる、この現実以上の密度と強度と鮮やかな色彩と輝きとを持つもうひとつの現実を、わが手で作り出そうとする。」
「ルソーも、ルーセルも、シュヴァルも、それぞれ美術史、文学史、建築史の中に系譜を持たない。それは、彼らが系譜から出発しなかったからである。」
「シュヴァルの建築は、どこにも結びつかず、全く孤立しているかに見える。しかしこれはあくまで建築史の枠内でのことだ。もしそのような枠をはずすならば、彼は、専門の大工や石工を雇わずに自らの手で家を建てた村の人々の伝統、レヴィ=ストロースの言う何でも屋(ブリコルール)の伝統へ(中略)とつながってゆくだろう。」



シュヴァルの理想宮6

第5章「理想宮案内」のセクションは本文用紙が薄紅色になっています。


シュヴァルの理想宮5

「村の気違い」。石をひろったり石をなげられたり。


シュヴァルの理想宮2

カバーを外してみました。


Facteur Cheval - Pierre d achoppement
(ウィキペディア画像: シュヴァルが最初に拾った石)



































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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