ヴィルヘルム・ハウフ 『魔法物語』 (種村季弘 訳)

「人は私を砂漠の王者とよぶ。私は、盗賊オルバサンだ。」
(ヴィルヘルム・ハウフ 『魔法物語』 より)


ヴィルヘルム・ハウフ 
『魔法物語』 
種村季弘 訳


河出書房新社 
1993年8月16日 初版印刷
1993年8月25日 初版発行
233p 
四六判 丸背紙装上製本 カバー
定価1,600円(本体1,553円)
装丁: 中島かほる

Wilhelm Hauff : Mährchen-Almanach auf das Jahr 1826 für Söhne und Töchter gebildeter Stände



本書「解説」より:

「ここに訳したメルヘン集は、(中略)「教養階級の令息令嬢のための一八二六年のメルヘン年鑑」で、ふつう『隊商』の名で知られています。(中略)訳者の一存で、内容にふさわしいと思われる『魔法物語』という訳名にさせてもらいました。」


ハウフ 魔法物語 01


帯文:

「子供たちと大きくなったすべての子供たちにおくる
メルヘンの傑作
エキゾチシズムあふれる不思議な物語
よみがえる「アラビアン・ナイト」の世界」



帯背:

「メルヘンの贈り物」


目次:

隊商
こうのとりのカリフの物語
幽霊船の物語
切り離された手の物語
隊商
ファトメを救え
チビのムックの物語
偽王子のメルヘン
隊商

解説 (種村季弘)




◆本書より◆


「隊商」より:

「むかし、一団の大きな隊商の列が砂漠をわたっていた。
 見はるかすかぎり目に見えるものとては砂と空しかないとほうもない平原では、はるか遠くからもうらくだの首につけた鈴や馬の銀のすね当てのなる音が聞こえてくるし、それに、先ぶれになるもうもうたる砂煙が一団のやってくるのをつげ知らせる。風のながれが砂塵を分かつと、きらめく武具やまばゆくかがやく衣裳が目をくらませた。そこで、いましも横合いのほうからこちらをさしてやってくる一人の男にも、この隊商一行が、目にとまったのである。男は、真っ赤な縁飾りのはしに銀の鈴をつけた虎の皮を鞍下(あんか)に打ちしいた、みごとなアラビア馬にのり、馬の頭には美しい鷺(さぎ)の羽根飾りが風になびいていた。」



「チビのムックの物語」より:

「それ以来、チビはここでとても裕福に、でもたったひとりで人をよせつけずにくらしている。なにしろ、あの人は人間を軽蔑しているのだからな。あの人は、体験を通してかしこい人間になった。みかけがいくらか風変わりだからといって、おまえなどのあざけりの的になるよりは、賛嘆の的となっていいお人なのだよ。」


「偽王子のメルヘン」より:

「むかし、ラバカンという名のりっぱな仕立屋がおりました。アレキサンドリアの腕のよい親方のもとで修業をつんだ職人でした。
 ラバカンの針仕事がへたくそだったとは申せません。反対に、じつにみごとな腕前をみせたのです。またラバカンをなまけ者とそしったりすることも、これまたまちがいです。この職人に関するかぎり、そんなことはありませんでした。と申しますのも、ラバカンは、ときには何時間もぶっつづけに、針が手のなかで熱くなり、糸がしまいには煙をあげるほど、針をはこぶことができたのでした。ですから、ほかの者にまねのできないような作品が仕上がりました。
 けれども、そうかと思うと、いやはや! それがまためずらしいことではなかったのですが、ふかい物思いにしずんだり、じっと目をこらして宙をながめやったりしながら、顔つきも人柄も、じつに妙ちきりんなものになってしまうことがあって、親方も仲間の職人も、この状態をいいあらわすのに、「ラバカンがまた、例のつんとしたおすまし顔をしているわい」、というしかありませんでした。」
「そこで親方が冗談に、「王子さまのできそこないだな、ラバカン」、というと、ラバカンはすっかりうれしがって、「あなたにもそう見えるんですね?」とか、「私もずっと前からそう思ってたんですよ!」とか、こたえるのでした。
 こんなふうにしてかなりの時間を、りっぱな仕立職人ラバカンはうかうかすごしておりましたが、親方はしかし、ふだんはわるい男ではなし、腕のたつ職人ではあるしで、そんな馬鹿さかげんも大目にみておりました。」



「隊商」より:

「人間という人間に対する憎悪が、私の胸内にあれくるっていた。わけても、文明人と称されている国民どもに対するにえくり返るような憎悪。うそじゃない、イスラム教徒の仲間たちといるほうがずっと気分がいい。」
「だから気心の知れた若い同志を何人かあつめて、あれほどしばしばフランス軍の恐怖の的となった、あの勇猛果敢なマムルークの戦列にくわわった。」



「解説」より:

「砂漠をあるいている人はよく蜃気楼(しんきろう)を見るといいます。回教寺院の円屋根がにょきにょき伸びている古都、商人たちの呼び声もかまびすしい広場や町々、こんもりとした緑の森やせせらぐ小川、きらびやかに飾りつけた馬に荷をのせて砂漠を行く長い長い隊商の列、はては見はるかすかぎり砂漠しかないというのに、満々たる水をたたえた海やそのうえを走る帆船までもが見えてくるではありませんか。蜃気楼のなかに、ありもしないそんな幻が次々に浮かんでは消えてゆくのです。
 この物語をお読みになった皆さんも、そんな砂漠のなかの蜃気楼を見たような思いを抱かれたのではありませんか。はじめは砂埃のもうもうと立ちこめる、見渡すかぎり砂、砂、砂の砂漠しかありません。そこに遠くから馬具の音がかすかにひびくと、忽然と隊商があらわれ、ふしぎなよそ者が登場します。と見るまに砂漠の単調さとはまるで正反対の、蜃気楼の世界の出来事のような、世にもふしぎな冒険物語が、アラジンの魔法のランプをこすったようにむくむくと沸き上がってきます。」
「グリム兄弟は、村々や町にまだ生きているおばあさんたちが憶えていた昔話を、おばあさんたちからじかに聞きとり、書きとったのでした。
 けれどもハウフのメルヘンはこれとはちがいます。根からその地方だけに伝えられている昔話を語るのではなく、たくさんの本を読んで世界中の物語文学のなかから拾いあつめてきたいくつものお話を組み合わせて、それを拾ってきた地方の昔話とはまるでちがったものに作り変えてしまうのです。」
「多読濫読のハウフは、こんなふうに、先行する文学作品の影響を意識的にも無意識的にも受けながら、それを彼独自の物語に組み立てたのでした。そのため、ときには盗作や剽窃(ひょうせつ)の嫌疑を掛けられることもありました。」
「文学にはさまざまな形式があって、その一つにパロディーとか諷刺とかいう形式があります。(中略)つまり、いたずら小僧のあそびですね。ハウフはそんないたずら小僧がそのまま大人になったような人だったわけです。」




こちらもご参照下さい:

ヴィルヘルム・ハウフ 作/池田香代子 訳 『メルヒェン集 盗賊の森の一夜』 (岩波文庫)
































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
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趣味: 図書館ごっこ。

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将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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