種村季弘 『薔薇十字の魔法』 (薔薇十字社)

「薔薇十字団員も古来人為的な長時間睡眠や冬眠を自在に駆使し、且つ人為的に覚醒するすべを心得ていて、これによって思うがままに「生命の貯蔵」をはかり、長命を保っていたと信じられている。」
(種村季弘 『薔薇十字の魔法』 より)


種村季弘 
『薔薇十字の魔法』
 

薔薇十字社 
1972年6月22日初版発行
286p 図版6p 
A5判 角背紙装上製本 貼函 
定価1,600円
装釘: 堀内誠一



本書「あとがき」より:

「薔薇の木に薔薇の花が咲くのは何の不思議もないけれども、薔薇十字社から『薔薇十字の魔法』という本を出すのは、いささか同意語反覆復(トートロジー)めいてわれながら照れくさい。」
「図形、機械、積木、紋章、トランプ、仮面、星図、時計、Perpetum mobile、ゲーム器械、回転木馬、殻、昆虫、人形、模型、玩具、船、地図、暦、コンパスなどが好きである。電源は隠されていて、これらの装置の硬い外見の上からは見えない。どろどろしたもの、電源がけが露わになったようなもの、むき出しの情念、表現主義的絶叫は嫌いなものの部類。というよりは、そういうものを見るとつかまえてきて剥製にしてしまいたくなる。
 戦争で焼け出されたとき、どういうわけか幾何学の問題集が一冊だけポケットに残った。私は焼跡のなかで、毎日コンパスと三角定規を操りながら、そればかりに熱中していた。この本を書いた意図はその時分の馬鹿げた情熱の延長にあるかもしれない。」
「この本に収めた多くのエッセイは別表の通り既発表のものであるが、冒頭の「薔薇十字の沿革」は新たに書き下し、また既発表のものも収録に際して大幅に手を入れた。」



モノクロ別丁図版(タロット)および本文中図版多数。


種村季弘 薔薇十字の魔法 01


帯文:

「「薔薇十字団員こそはあなたが近づきにならなければならない種族です!」(A・ポープ)
15~18世紀ヨーロッパ知識人たちを席捲し、文豪ゲーテ、シェイクスピアから稀代の山師サン-ジェルマン伯爵、カリオストロまでをも擁した「愛」と「知」の秘密結社=薔薇十字団。死の十字を越えて花咲く愛の薔薇――をみづからの象徴におく蠱惑の結社を現代のエンサイクロペディストと呼ばれる著者が縦横に述した興味つきない傑作エッセイ。」



種村季弘 薔薇十字の魔法 02


帯背:

「現代のエンサイクロペディスト
種村季弘
最新エッセイ」



種村季弘 薔薇十字の魔法 03


目次 (初出):

Ⅰ 薔薇十字の沿革 (新稿)
 秘密結社
 ベーメ主義者
 フリーメーソン
 山師と神秘家
 女性の道士
 十九世紀パリ
Ⅱ 薔薇十字の魔法
 黄金造成 (新稿)
 四大精霊 (「ユリイカ」 1972年1月)
 続・四大精霊 (「ユリイカ」 1972年2月)
 超空気の謎 (「ユリイカ」 1972年3月)
 不死の人 (「ユリイカ」 1972年4月)
 光学魔術 (「ユリイカ」 1972年5月)
 テレパシー (「黒の手帖」 1972年2月)
Ⅲ 愚者の旅 (ルドルフ・ベルヌーリ 『錬金術』 青土社 1972年)
Ⅳ 化学の結婚 (「パイデイア」 1971年春)
     †
薔薇の秘蹟 (「銀花」 1969年11月)

あとがき



種村季弘 薔薇十字の魔法 05



◆本書より◆


「薔薇十字の沿革」より:

「薔薇十字団員たちがどこからやってきて、どこへ行ったか、その足跡を正確に辿ることはかなり難題である。こんな説がある。薔薇十字団員たちは、三十年戦争のなかで絶望的な分裂と悲惨に陥っていたドイツをはじめとするヨーロッパ諸国を救済するためにはるばるオリエントからやってきた魔法の道士たちで、魔法の数々を操って戦乱を終熄に導いてからふたたび忽然と姿を消してしまったが、それは、任務を果した彼らが遠い故郷へ帰ってしまったからだ、というのである。」

「『コンフェッシオ』は主として団の目的といかにして究極の秘密を知ることができるかを述べた一種の綱領書であった。それによれば、薔薇十字思想は形而下的通俗的な錬金術のかわりに精神の開眼という高次の目的に奉仕する純化された錬金術であり、その目的は内的啓示と自己沈潜を通じて世界とその秘密に深く推参し、真の認識を獲得しておのずと世界の普遍的改革を招来せしめることにあった。」

「秘密結社は、宣伝や教化伝導によって同時代とたえずコミュニケーションを交している公的結社とは反対に、同時代との接触を意識的に禁遏しているために、概して遠方に知己をもとめるべく宿命づけられている。それは、ときには時間の遠方である古代やいつとはない世界終末の後に立ちあらわれる未来であることもあれば、遠い異国や星辰の世界である場合もある。薔薇十字団の「歴史」を詮索したミハエル・マイエルのつぎの言葉などは、さしずめ右の傾向の典型的な実例であろう。
 「蒼古たる古代にも、私たち以外の国民や民族の間に、自然の秘密や自然医療術をすこぶる熱心に探究し、何百年というもの口から口へ、他の哲学者たちから選び抜いたそれらの秘密を、後の世代に伝え残してきた、哲学の結社や学派(コレギア)や団体が存在していた。」
 その遠い誘導の下に薔薇十字団が成立したというのである。」

「ローゼンクロイツの志向そのものが、これらのさまざまの時代にさまざまの国で生まれた知を単一の一致(コンコルディア)にもたらすことにあった。時間的にも空間的にもかけ離れた個別的存在を一致せしめる「多様の統一」は薔薇十字思想の基本的要請である。(中略)いうまでもないことだが、この結社の秘匿性は同時代の現実にたいする無関心の表明ではなく、同時代を時間的空間的に局限された狭少な現実としてではなく、さまざまの他の場所、他の時代がこれを通じて錬金術的に統一されるべき交点として見做す精神的態度の必然的な結果である。」

「ベーメ主義者たちの運命は概して悲劇的であった。」
「レーゲンスブルクでは同地の弁護士のベーメ主義者ヨーハン・ゲオルク・ギヒテルが禁錮刑に処せられた。(中略)彼自身の思想は正統ベーメ思想よりも、またアンドレーエ流の薔薇十字思想よりも、さらに過激な接神論の傾向を帯びている。ギヒテルはおのれの自我のうちなる神の声のみにしたがうべきであるとし、生活とその諸要請をことごとく神への沈潜から処理するように説いた。ギヒテルの思想は一種の極端に純潔な天使主義であったために狂信家の嫌疑を蒙り、(中略)処罪されるにいたった。(中略)迫害を逃れてギヒテルはオランダに亡命した。ギヒテルの同調者たちは「天使の兄弟」を自称していた。もっとも過激な分子は天使の純潔に到達することを至上の目的と見做し、結婚も職も忌避して、乞食同様喜捨に頼って辛うじて生命をつなぐ有様だった。それほど現実離れのしたギヒテル派が長続きするはずはないと思うのは素人考えであるらしく、「天使の兄弟」はオランダと北ドイツでは十九世紀にいたるまで活溌な結社活動をおこなっていたという。」

「薔薇十字団員のこの童貞性は何に起因するのであろうか? 薔薇十字思想の系譜を中世に遡ってアルビ派(カタリ派)にもとめる説がある。(中略)中世の南仏に栄えてその後十字軍によって潰滅せしめられた、このグノーシス-マニ教的二元論を唱える異端宗派は、純潔な女性崇拝を教義の中心に奉じ、女性との肉体的接触を禁じていた。すなわちカタリ派の女性禁忌は、女性蔑視からではなく、悪しき肉体に閉じ込められた女性の光明的本質を極度に崇拝するがゆえに肉体的存在として女性を応待する冒涜を許さないのである。錬金術師や薔薇十字思想家の女性観は、これをそのまま踏襲しているのではないとしても、一脈相通ずる点がある。彼らは教会における女性の位置を男子の下に貶めた正統キリスト教の対女性態度(パオロ)とは逆に、女性を崇拝の対象と考えるために奉仕活動から閉め出したのであった。男子は女性を崇拝しなくてはならず、女性は男子とともに何物かにかしづくのではなく、もっぱら崇拝されるのでなくてはならない。薔薇十字団の大多数が女性結社員を原則として認めないのは、古代母性支配社会の遺制をとどめるこの女性崇拝の思想に起因している。」



「薔薇十字の魔法」より:

「それでは薔薇十字団の主要事とは何か? まず何よりも主要事は団員の団結にあり、ついで無料で病気を治療すること、隣人と神に奉仕することにある。薔薇十字団の理想の最大関心事は、先にも述べたように原一者であるアントロポス――「すべての人間である一人の人間」、「一人である万人」の再発見にあった。それはノヴァーリスやブルトンが夢みた一人のグローバルな巨人、あらゆる人間がその感官の一部をなしている全人類大のいまだ見えざる巨人にひとしい存在である。したがって右に言う「団結」は近代の組織論の「団結」とはやや異なるニュアンスをこめて考えられている万有の宇宙論的統一である。薔薇十字の徒にとってはこの統一がもはやないか、あるいはまだない個が全一性から切断された分離状態を病と考えているので、病を無料で治療することと団結とは同義である。(中略)すなわち三項は唯一つのおこないにつきるのである。」

「そういえば、ハノーヴァーのスピリチュアリスト、シュトラウス博士が死霊の物質化に成功したという話がある。博士は、十八世紀にトゥーリンで嫉妬に狂ったさる士官に刺殺されたヴァニナという名の少女の霊を物質化し、死ぬまで(一九四七年)ヴァニナと関係していた。妻が不審に思って訊ねると、自分が愛している少女は人間ではなく、いわゆるサラマンデルなのだと説明していたという。」

「こうして最終的には「自然-言語」の理解力の問題になる。自然-言語とは何か? それは自然や事物のなかに(文字化されずに)書き込まれている観相学的記号である。神は二冊の書物を書かれた。一冊は聖書で、そこには神の知が整然と文字化されて書き込まれている。(中略)ルネッサンス初頭のフィレンツェにおいてマルシーリオ・フィツィーノが東方伝来の『ヘルメス全書』を翻訳して以来、もうひとつの、自然のなかに文字化されぬままに書き込まれている事物の秘密記号を解読する方法の探究が熱狂的に迎えられたのだった。(中略)当時の道士たちはこの神秘な学を自然魔術ともカバラとも呼んでいる。しかし経験的水準では記号学の内面的理解は特に高度の知識を必要とするものではなく、かえって自然に無心に接触している文盲の民衆や子供には自明の理(ことわり)である形象言語だったのである。パラケルズスは錬金術的作業の出発点にある第一原質(プリマ・マテリア)について「横丁のいたるところにころがっていて、子供たちがそれで遊んでいる」と不思議な言葉を呈しているが、体験としてはこのように万人に共通のもので、それを瞑想と実践を通じて意識的に構造化することが錬金術師の特殊な課題だった。パラケルズスが広く諸国を遍歴して、アカデミーの書庫よりは民衆の迷信や民間説話のなかに知の源泉を索めた態度はこのことと無縁ではなかった。
 錬金術師だけではない。芸術家たちも自然の観照を通じてこの自然-言語に習熟しようとした。それは文字化されていないがゆえに疎外と汚染を知らない天上的に無垢な「アダムの言語」であり、語られている沈黙であったからだ。レオナルドやデューラーが弟子たちに壁の汚点や雲の流れを観察することをくり返し推賞したことは、あまりにも有名である。自然-言語の探究者たちの系譜は現代にまで及んでいる。デュビュッフェは壁や岩石のなかを横切る矮人たちの姿を見た。」

「鉱石や草木から抽出したエキスのみが病いの治療に役立つばかりでなく、空気中のある成分が肉体に好影響をもたらすとする考え方は非常に古い時代から存在していた。(中略)通常の空気のなかには「原空気」もしくは「空気の母」が隠されていて、これを選別して呼吸する術を学べば、永生はむろん、たちまち頭脳明晰になって、常人の及ばぬ聴覚や視覚が発達してくるのである。
 それゆえこの恩寵あらたかな空気が音楽や透視力に密接に関係づけられていたのも当然であろう。面白いのは楽人オルフェウスの名がこの「飲める光」からきているという語源説である。(中略)すなわち彼は、光(アオル)または飲む光(アウルム・ポタビーレ)によって病いを医す者なのだ。古代の楽人は比喩としてではなく、きわめて具体的な光(アオル)によって「心を医(いや)し」、「生命の糧を授ける」呪医であった。」

「ヘンリー八世治下の一五三三年頃のさる英国の修道院でも四世紀以来千二百年間に亘って燃えつづけていたランプが発見され、オランダのライデン博物館に保管された。アグリッパ・フォン・ネッテスハイムも永遠に燃えるランプについて語っている。
 「最後に、消えない火、燃えつきることない灯油、風によっても、水によっても、その他いかなる手段によっても消えることのない永遠のランプが存在する。これがかつてヴィーナスの寺院に輝き、一度火を点けたなら二度と消えることのないアスベストの燃える、あの世にも高名なランプでなかったとしたら、まったく信じ難いと思われることであろう。」(『隠秘哲学』)」

「現代の科学では低温処理による長時間睡眠はもはや常識である。アメリカでは億万長者が数世紀数十世紀に亘る生体低温保存をすでに予約しているらしいから、人工冬眠はもはや夢ではなくなったわけだ。しかし人工冬眠はそれ以前から経験的水準ではすでに知られていて、意識的な長命法として実践されていたらしい。アメリカのウィスコンシン州に住むゲールケ夫妻は毎年十月十五日から四月十五日までの半年間はベッドから一歩も離れず、娘の世話でわずかな食事しか摂らずに冬眠に入るという。(中略)帝政ロシアでは晩秋が近づいて貯蔵食糧が乏しくなると見てとると、一家の家長が一切の近所交際を断ち、家族全員が四箇月から五箇月の間、水に浸したパンしか食べずにじっと横になったまま、煖房の世話のためにしか起き上らないという徹底した冬眠的耐乏生活を営む習慣があった。」
「薔薇十字団員も古来人為的な長時間睡眠や冬眠を自在に駆使し、且つ人為的に覚醒するすべを心得ていて、これによって思うがままに「生命の貯蔵」をはかり、長命を保っていたと信じられている。」

「月面投射通信法は実際に軍事目的にも使用されたらしい。すくなくとも『地獄辞典』のコラン・ド・プランシィはその一例を伝えている。
 「フランソワ一世(一五一五―四七年9がカルル五世(一五一九―五六年)と干戈を交えたとき、一人の魔術師がミラノで起っている事件について、この都のニュースを凹面鏡の鏡面に書きとめ、これを月にさらすことによってパリ市民に報知した。かくてパリ市民たちは、この天体(月)のなかに、鏡が遠方に運んだところの文字を読んだのであった。」」
「むしろここで問題なのは古代人的思考が形成した宇宙論である。十七世紀人にとっては今日の人間より星と太陽の世界ははるかに親しかった。衛生思想も人間の肉体という小宇宙のみに範疇的に他から孤立して関係しているのではなく、たえず同時に大宇宙にも関係していた。天の七つの惑星は体内の七つの臓器と対応しているので、一方が乱れれば他方にも支障が生ずるのは当然であった。ミラノの戦争にたいするパリ市民の不安な関心は当然月面という天上にある無意識のスクリーンに投影され、無意識の水面に立つ波紋の読み方を心得てさえいれば、離れた異郷の戦いの帰趨すらも掌中にあるがごとく読みとることができたのにちがいない。(中略)そもそもネッテスハイムの隠秘哲学では神は無から、元素よりなる地上界と、天体の天上界と、天使の英知界の三界を創り給うた。この三界は密接に結びついていて、より高次の界はより下級の界によって模写され、下級界は全界に共通の遍在する世界霊、すなわちスピリトゥス・ムンディの力を通じて上級界に支配されるのである。したがって地上の万物は天上にその原型を持っている。隠秘哲学の万物照応(コレスポンダンス)はなによりもまず地上の個別的存在の天上の原型との対応を意味した。地上の個別的範疇(動物、鉱物、植物)同士の対応は後に観相学や分類学のような科学の基礎をなすことになる自然魔術を生み出したが、当時にあっては、それすら近代科学のように宇宙的関連から分離されておらず、天上的原型の光源にあまねく照らされていたのであった。地上の万物はその気なら(今日よりも容易に)天上の故郷へ帰ることができた。望遠鏡、カメラ・オブスクラ、幻燈、月面投射器のような光学器械も、したがってたんに遠方のものを近隣に、近隣のものを遠方に置き換えるという転位の術でもなければ、いわんや遠方や極微のものを地上中心的に捕捉して体系化する悪しき科学的思考の所産ですらなくて、なによりも精霊たちに守護されながら天上的故郷に帰って行く帰路測定の計器であった。」

「こうしてカント以降、認識論が認識能力の限界を厳然と設けたために、テレパシーや透視や予知予言にたいするナイーヴな驚異は失われてしまった。ショーペンハウエルやベルグソンが見霊現象に深甚な興味を示して重要な論文を書いたけれども、いかんせん、大勢としては異常心理学(パラプシコロギー)という範疇のなかに押し込まれて、一個の病状として観察され、見霊者やテレパシー能力者は往年の超人的な栄耀のかわりに病人の汚名を着せられて賤視されつづけることになる。スウェーデンボルクは、科学と魔術の思考としての優位決定戦がおこなわれた、最後の天覧試合の巨人的立役であり、彼の逸話は魔術時代の最後の耀(かがよい)だったのである。
 十八世紀も後半にさしかかったこの時代以前には、テレパシーは説明の必要のない自律明証的な驚異である。電波技術の発明よりはるか以前に、すでに選ばれた人びとは西欧と東方のような遠隔の地の間で思うように交信することができたと思われる節がある(電波技術が発明されたためにむしろそれらの能力は盲腸のように急速に退化してしまったのであろう。逆にいえば、近代以前にあっては、電波技術の発明を必要としないほど強烈に、それらの能力が維持されていたのだ)。」



種村季弘 薔薇十字の魔法 04



こちらもご参照下さい:

アンドレーエ 『化学の結婚 付・薔薇十字基本文献』 種村季弘 訳・解説
フランセス・イエイツ 『薔薇十字の覚醒 ― 隠されたヨーロッパ精神史』 山下知夫 訳



























































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Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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