カルロ・ギンズブルグ 『ベナンダンティ ― 16-17世紀における悪魔崇拝と農耕儀礼』 (竹山博英 訳)

「ベナンダンティ信仰は、神学的にも教義的にも悪魔学的にも、支配階級の文化の図式には収まらなかった。それは非理性的な突出物だったから、既成の図式に収まるか、さもなくば消え去るしかなかったのである。」
(カルロ・ギンズブルグ 『ベナンダンティ』 より)


カルロ・ギンズブルグ 
『ベナンダンティ
― 16-17世紀における悪魔崇拝と農耕儀礼』 
竹山博英 訳


せりか書房 1986年2月20日第1版発行
398p 序文xix 目次・地図(イタリア全図)ほか3p
四六判 丸背紙装上製本 カバー 定価3,000円
装幀: 工藤強勝
Carlo Ginzburg : I Benandanti: Stregoneria e culti agrari tra Cinquecento e Seicento



「訳者あとがき」より:

「本書は一九六六年にイタリアで初版が出版され、一九七二年にその後の研究成果をふまえて増補、改訂がなされた改訂版が発行された。本書(中略)はこの改訂版をもとにしているが、(中略)著者のギンズブルグよりさらに改正の指示があったため、改訂版に新たに改訂が施されることになった。」

本文中図版(モノクロ)4点。


ベナンダンティ1


カバーそで文:

「16-17世紀、北イタリアのフリウーリ地方に《ベナンダンティ》とよばれる魔術師たちがいた。彼らは農作物の豊饒を願い、兎、猫にまたがり悪の魔術師と夢の中で戦いをくり広げたという。農民の恐れと不安、欲望、希望を一身に体現するベナンダンティと異端審問官との息づまる対決を通して、キリスト教化以前の真の民衆文化の姿を斬新な手法で浮彫りにしたギンズブルグの処女作。ギンズブルグへのインタヴューを収録する。」


カバー裏文:

「「ある時はある野原に、また別の機会には別の野原に行く、グラディスカのこともあるし、ヴェローナまで足をのばすこともある、そしてみなで一緒になって戦い、気晴らしをする……悪をなす男女たちは畑に生えるもろこしの茎を使い、ベナンダンティの男女たちはういきょうの茎を使う……適当な日を選んで出かけるのだが、特に大きな集まりを催す木曜日には広い野原に行く、その日は前もって決められている……そして魔術師や魔女たちは立ち去る途中で悪さをするから、それをはばむためベナンダンティは後を追わなければならない。ベナンダンティは家に入って手おけにきれいな飲み水が入っていないと、地下室に降り、樽の栓から汚いものを入れてぶどう酒をだめにしてしまう……」。」


目次:

序文 (1965年3月)
改訂版への序文 (1972年10月)
外国語版への序文 (1980年)

第一章 夜の戦い
第二章 死者の行進
第三章 異端審問官と魔女の狭間のベナンダンティ
第四章 サバトのベナンダンティ

原注
付録: モドゥーコとガスパルットの審問記録

ギンズブルグへのインタヴュー: 『ベナンダンティ』はいかにして書かれたか (竹山博英/1985年9月17日)
訳者あとがき (竹山博英)



ベナンダンティ3



◆本書より◆


「序文」より:

「私が本書で試みたのは、一六世紀の末から一七世紀半ばにかけて、フリウーリ地方の農村社会で、その宗教的行動や広い意味での民衆の心性が、いかなる状態にあったか研究することである。だがこの研究はある極度に限定された視点からなされている。つまりある民間信仰が外部からの圧力により、徐々に悪魔崇拝(ストレゴネリーア)に同化される過程を扱っているのである。」

「そこではベナンダンティを中核にした純粋に民衆的な性格をもつ一つの信仰が、異端審問官たちの圧力のため、少しずつ変化してゆき、結局は伝統的な悪魔崇拝の外観を呈するに至るまでの過程が示される。しかし本書で例示されたように、判事が尋問中に示した図式と、被告が語る像との間には食い違いや落差がある。それだからこそそこから純粋に民衆的な基層を取り出すのが可能になるのだ。その基層は徐々に変質をこうむり、やがて支配階級の文化の枠組みに呑みこまれ、姿を消すことになった。」

「本書はゲルマン的伝承とスラブ的伝承が流入しているフリウーリ地方で、さほど時をさかのぼった時期ではないが(一五七〇年以降)、まぎれもなく一つの豊饒信仰が存在した事実を明確に提示しようとしている。」



「夜の戦い」より:

「自分自身に関して、モドゥーコは少しのためらいも見せずに、「わしはベナンダンティの一員です。一年に四回、つまり四季の斎日に、仲間と戦いに行くからです。夜になって、魂に変じて、体は残し、目に見えない姿で出て行きます。わしらはキリストの側に立ち、魔術師たちは悪魔の側について互いに戦うのです。わしらはういきょうの束を持ち、やつらはもろこしの茎を使います」と述べた。」
「 「もしわしらが勝ったら、その年は豊作で、負けたら、飢饉になる」(中略)ベナンダンティの夜の集会の中心には、豊饒儀礼が姿を現わしている。それは一年間の農耕サイクルにあわせて作られている。
モドゥーコはもう八年間、ベナンダンティの仲間には加わっていない、と述べた。「二十歳で仲間に入り、もしやめたければ四十歳でやめられます」。この「一団」に加わるものはすべて「シャツを着て〔羊膜に包まれて〕生まれてきたものたちです……二十歳になって、兵士を召集する時のように太鼓の音で呼び出され、呼びかけには必ず応じなければならなくなります」。」

「ベナンダンティの成員は、饒舌や子供っぽい自慢癖から絶えず秘密をもらしている。この結社の構成員は何よりもまずある共通の要素で結ばれている。シャツを着て生まれてくること、つまり羊膜に包まれて誕生することである。」
「羊膜に包まれて生まれてきた子供は魔術師になる運命にある、という信仰は、フリウーリ地方やイストリア地方も含めて、イタリア各地の民間伝承にいまだに見られる。」

「ここまではベナンダンティを結社として扱ってきた。だがひどく奇妙な結社であり、その儀式は、ベナンダンティの証言から判断すると、夢の中で起きた出来事としか思えない。だが実際には、ベナンダンティ自身の意見は違っていて、彼らは「魂に変じて」参加する集会は、現実のものだ、と固く信じている。」

「「ベナンダンティの言うことには、魂が体の外に出ると子ねずみのような姿になり、その姿のまま戻ってくる、もし魂のない体がひっくり返されたりすると、魂は帰れなくなり、体は死んでしまう」。」

「ベナンダンティとシャーマンとの、単なる類似ではなく、実際上のつながりを想定しても、間違いはないと思える。恍惚状態、動物にまたがったり、変身して行なうはるか彼方への旅(狼、あるいはフリウーリの例に見られるように蝶やねずみ)、それも小麦の苗を取り返したり、農作物の豊作を確保するためである。こうした要素にまた、(中略)死者の行進への参加という要素が加わって、ベナンダンティは予言や夢想の能力を得るのだが、こうしたものはすべて一つにあわさり、ある像を形成する。それはシャーマニズムを連想させる。」



「死者の行進」より:

「ここでベナンダンティ全員を結びつけていた物質的条件の意味が明らかになる。つまりシャツを着て生まれることだ。「シャツ」とはヨーロッパや世界の各地の民間信仰では、「外部の魂」が宿る場所と考えられている。そこでシャツは放浪の魂、夭折した死者の世界に結びつけられる。それは死者の世界と生者の世界を結ぶ媒介、かけ橋である。それゆえたとえばデンマークのような国では、シャツを着て生まれてきた子供は、幽霊を見る能力があるとされるのだ。」
「一六世紀のフリウーリ地方の農民で、シャツに包まれて生まれる幸運を得たものは、かなり早くから、家族、友人、村全体の人々に、特別な「星」の下に生まれたと教えられたのだ。首に下げた「シャツ」は、(中略)その持ち主を逃れられない運命に結びつけていた。つまり成年に達すると、四季の斎日の木曜日に、不思議な昏迷状態に陥り、ベナンダンティの「仕事」を始めるのである。」



「異端審問官と魔女の狭間のベナンダンティ」より:

「ロダーロはこう語るだけだった。「わしは自分がシャツを着て生まれたこと以外は何も知らない、シャツを着て生まれたものはベナンダンティになるとみなが言ってるが、わしは母親に聞いて、シャツを着て生まれてきたことは知っています」。異端審問官はその重い口を開かせようとして、「シャツを着て生まれたものはベナンダンティになる」と言ったのはだれか、「ベナンダンティとは何を意味するのか?」、問いただしたが、徒労に終った。「わしはだれが言ったか分らない、というのもシャツを着て生まれるとベナンダンティになると、みなが口をそろえて言ってるからです。でもベナンダンティだってみなと同じキリスト教徒だと思う」。」

「ベナンダンティ信仰は、神学的にも教義的にも悪魔学的にも、支配階級の文化の図式には収まらなかった。それは非理性的な突出物だったから、既成の図式に収まるか、さもなくば消え去るしかなかったのである。」



「サバトのベナンダンティ」より:

「一六四八年一月三十日、異端審問官のジュリオ・ミッシーニ修道士のもとに、貧しい身なりの娘が出頭した。彼女はカミッロ・ディ・ミノンスの娘のメネガだった。彼女の懺悔を聞いた修道士たちが、異端審問官に、彼女は七歳の時から悪魔憑きになっている魔女だと前もって報告していた。彼女は次のように語った。
 「私の母は私を家に置きたがったのですが、義父はそう望みませんでした。そこで私は乞食をして歩き、施しで生きています。一度ある家で働いたことがあるのですが……とりついた悪魔が悪さをするので、主人は私を追い出し、こうして働くこともできずに、乞食をして歩いています」。かつてメネガはフェアディスの二人の女、ジャコマ、サッバタと知りあいになっていた(中略)。「ドンナ・ジャコマとドンナ・サッバタは私に魔術を教え、しこみ、父と母に従わぬよう、私を生み育てたものを呪うように言いました。自分の娘のようにできるだけよくしてあげるから、一緒にいるようにとも言いました。そしてイエス・キリストの信仰を呪うように、もしそうしなければ殺してしまう、神の尊厳など絶対に体験させない、と脅しました。(中略)さらにサッバタは母と義父との間にできた、まだ乳飲み子の妹を私にさらわせ、足で踏んで息を詰まらせました。(中略)結局その子を私に殺させたのですが、母が帰ってくると、私は本当のことを話しました。母は私が義父に殺されないようにととりつくろい、ほかの小さな子供たちが揺りかごをひっくり返し、そのため赤ん坊が死んだことにしました。すると義父は私を追い出したので、こうして施しを求めてさ迷い歩いているのです」。
メネガは義父にうとまれるか、あるいは無視されており、母は小さな子供たちの世話に忙殺されていた。だから彼女は自分の家で得られなかった母の慰安と保護を、二人の魔女に投影し、見出していたのである。二人の魔女は彼女の心の中で家庭の代替物となり、本当の家庭への彼女の不満と反抗を正当化したのだった。メネガはこの表現不可能な自分の感情を、ドンナ・ジャコマとドンナ・サッバタという名の虚構に作り変え、便利に利用した。かくも不幸な自分が存在する世界への冒涜的なまでの反感、他人には美しく居心地が良くても、自分にはそうでない世界を作った神への反発、こうした感情をメネガは二人の魔女に投影した。そのため彼女らは、メネガの意志に反して、神や聖水や火を呪うようにしむけたのだ。こうして魔女の一人が、母の愛を独占していた小さな妹への、抑圧されていた憎しみを吐き出すようにしむけた。この憎しみは無邪気にも彼女自身の言葉に一瞬だが顔を出す。「私がひどく憎んでいたのを利用して、口に灰を詰めさせました」。これほどはっきりした事例はまれにしか見られないことだろう。しかし悪魔崇拝が、メネガが味わったような心の傷と苦しみを軽減するのに、どれだけ貢献したか分らないのだ。」



ギンズブルグへのインタヴュー「『ベナンダンティ』はいかにして書かれたか」より:

「私はオカルト的なものへの興味はまったくと言っていいほどもっていません。おそらく文化的抗争という要素に引かれたのでしょうが、裁判記録に残された農民たちの話や彼らの生きざまに魅せられたのは事実です。ただもうずっと後になってからなのですが、ある友人に指摘され、魔女に無意識のうちに一種の思い入れをしていたことに気づきました。(中略)おそらくこうした思い入れはあったでしょうし、また意識していなかったからこそより重要なのかもしれませんが、いずれにせよその他にもいろいろな要素が集まって、魔女の問題に取り組むようになったのだと思います。」

「真に偉大であることとは、すべてのものごとに開かれた態度で臨むことではないのです。すべてに開かれていると、独創性を失うおそれがあります。」



ベナンダンティ2



こちらもご参照下さい:
カルロ・ギンズブルグ 『闇の歴史 ― サバトの解読』 (竹山博英 訳)
ミルチア・エリアーデ 『シャーマニズム』 全二巻 (ちくま学芸文庫)
谷川健一 『神に追われて』





































































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Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

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