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『定本 西脇順三郎全集 XII 随筆集 2』 

「夏の最中はもちろんであるが初秋にも繁栄している路傍のいろいろのつる草はいろいろの小さい玉の実を結んでいる。その色はいろいろの宝石の夢である。」
(西脇順三郎 「晩秋の偶感」 より)


『定本 西脇順三郎全集 XII 随筆集 2』 
未刊エッセイI・II 日記抄 全集収録作品初出一覧 年譜

筑摩書房 1994年11月20日初版第1刷発行
x 586p 口絵i
A5判 丸背紙装上製本 貼函
定価8,200円(本体7,961円)

月報: 
1983年4月初掲/1994年11月再録 8p
西脇順三郎と現実(辻井喬)/〈手紙〉(会田綱雄)/遠いものの連結(新川和江)/回顧展の前後(海藤日出男)



本書「後記」より:

「旧漢字表記は原則として新漢字表記に改め、仮名は旧表記に従った。」


西脇順三郎全集12-1


目次:

未刊エッセイ I 
 『牧神の午後』 (「椎の木」 昭和12年3月)
 A. E. HOUSMAN の一生 (「英語青年」 昭和11年7月15日)
 戸川秋骨先生 (「三田評論」 昭和14年8月)
 戸川先生 (「英語青年」 昭和14年9月)
 石川林四郎先生 (「英語青年」 昭和14年11月15日)
 No Traveller Returns (「津田文学」 昭和15年2月)
 神について (「三田文学」 昭和24年2月)
 ヴァージニア・ウルフ (「雄鶏通信」 昭和24年8月)
 イギリス文学の笑い (「雄鶏通信」 昭和26年2月)
 ほんとうの随筆 (「文学界」 昭和26年2月)
 福原麟太郎著 『猫」 『われ愚人を愛す』 (「英語青年」 昭和28年7月)
 『大戦回顧録』 (未詳) (チャーチル)
 『シェイクスピア全集』 (「読売新聞」 昭和27年7月10日) (坪内逍遥訳一巻本『シェイクスピア全集』書評)
 『英吉利文学と詩的想像』 (「東京新聞」 昭和29年1月29日) (尾島庄太郎著)
 『英文学の特質』 (「図書新聞」 昭和29年) (福原麟太郎著)
 融け合う詩と絵 (「読売新聞」 昭和30年2月26日) (エリュアール『ピカソへ』書評)
 ゲルマンの古詩について (「英語教育」 昭和32年1月)
 上田保著 『現代ヨーロッパ文学の系譜』 (「図書新聞」 昭和32年6月8日)
 スペンダーに会う (「サンケイ新聞」 昭和32年9月4日)
 古本 (「英語青年」 昭和32年9月)
 「ナショナル・リーダー」とアメリカ (「英語青年」 昭和33年5月)
 ジョン・モリス氏 (「英語青年」 昭和34年3月)
 E・マイナー著 『西洋文学の日本発見』 (「北海道新聞」 昭和34年11月11日)
 この日このとき (「週刊サンケイ」 昭和35年4月4日)
 日本のヨーロッパ文化教育 (「読売新聞」 昭和37年2月19日)
 柳田先生の思い出 (『柳田国男全集第十六巻』 筑摩書房 月報 昭和37年10月)
 外人の日本批判に対する感想 (『外国人の見た日本第一巻』 筑摩書房 付録 昭和37年10月)
 吉川幸次郎著 『漢文の話』 (「サンケイ新聞」 昭和38年8月12日)
 素朴なたべもの (「朝日新聞」 昭和38年10月13日)
 ローマの賢人道徳 (『世界人生論全集2』 筑摩書房 月報 昭和38年10月)
 私の留学の頃 (「英語青年」 昭和39年2月)
 雅楽 (「雅楽」 昭和39年10月)
 福原麟太郎著 『書斎の無い家』 (「週刊読書人」 昭和39年11月2日)
 答える――「野原の夢」批評に (「詩学」 昭和40年3月)
 ヨーロッパ古典文学と英文学研究 (「英語青年」 昭和40年9月)
 福原麟太郎著 『文学と文明』 (「週刊読書人」 昭和40年11月29日)
 古本集め (「日本女子大学図書館だより」 昭和40年12月~昭和41年6月)
 日本の民俗学 (『折口信夫全集第二巻』 中央公論社 月報 昭和40年12月)
 小泉信三 (「東京新聞」 昭和41年5月13日)
 『無意識の世界――創造と批評』 (「英語青年」 昭和41年10月) (土居光知・工藤好美共著)
 自然と詩 (「日本女子大学図書館だより」 昭和42年2月)
 『小泉八雲作品集』 (「週刊読書人」 昭和42年5月15日)
 並河亮・並河万里共著 『地中海歴史の旅』 (「潮流ジャーナル」 昭和42年7月23日)
 禅学 (『講座禅第一巻』 筑摩書房 月報 昭和42年8月)
 世界の詩人たち――モントリオール会議に出席して (「読売新聞」 昭和42年10月12日)
 野ばらの実 (「日本女子大学図書館だより」 昭和42年11月)
 古代人 (「日本女子大学図書館だより」 昭和43年3月)
 小泉先生の著作について (『小泉信三全集第一巻』 文芸春秋社 月報 昭和43年8月)
 自然の風情 (「日本女子大学図書館だより」 昭和43年11月)
 私と英語 (「言語生活」 昭和44年2月)
 文学 (「日本女子大学図書館だより」 昭和44年2月)
 丸善の思出 (「学鐙」 昭和44年1月)
 学問と憂欝 (「現代の眼」 昭和44年5月)
 アンリ・ミショー著 『みじめな奇蹟』 (「日本読書新聞」 昭和44年8月4日)
 日記文学 (「日本女子大学図書館だより」 昭和44年11月)
 ふるさと (「新刊ニュース」 昭和45年1月15日)
 書斎のシメナワ (「三田評論」 昭和45年1月)
 漢詩 (「日本女子大学図書館だより」 昭和45年1月)
 文学と病理 (「日本女子大学図書館だより」 昭和45年9月)
 晩秋の偶感 (「英語と英文学」 昭和45年11月)
 美の黙想 (「日本女子大学図書館だより」 昭和45年12月)
 冬の風情 (「潮」 昭和46年2月)
 古代人と近代人 (「日本女子大学図書館だより」 昭和46年2月)
 優雅な生活 (「日本経済新聞」 昭和46年6月18日)
 座右の書 (「日本経済新聞」 昭和46年7月18日)
 『球体感覚』 献詩(パラうた) (加藤郁乎著 『球体感覚』 冥草舎 昭和46年8月)
 美を求めて (「潮」 昭和46年11月)
 永遠への帰郷 (「読売新聞」 昭和47年1月4日)
 詩と典拠 (「英米文学研究」 昭和47年3月)
 シェリの自然愛と宗教 (「日本女子大学紀要」 昭和47年3月)
 萩原朔太郎の魂 (「ユリイカ」 昭和47年4月増刊)
 近代美術の機械性 (「朝日新聞」 昭和47年6月19日)
 芭蕉の精神 (『日本の古典18・松尾芭蕉』 河出書房新社 昭和47年8月)
 高橋新吉の詩 (『定本高橋新吉全詩集』 立風書房 カタログ 昭和47年9月)

未刊エッセイ II
 民族史と言語史 (「民族」 昭和3年7月)
 郡虎彦さんのこと (『郡虎彦全集』 創元社 付録 昭和11年6月)
 サボテン島風光 (「新領土」 昭和13年5月)
 イエイツを回想する (「東京朝日新聞」 昭和14年2月1日)
 英語 (「世界の言葉」 慶応義塾大学語学研究所 昭和18年10月)
 ウィンザー公自叙伝 (「新潮」 昭和25年10月)
 英国文学とヒュームア (「ユース・コムパニオン」 昭和32年6月)
 石丸重治君と私 (『回想の石丸重治』 三田文学ライブラリ 昭和40年11月)
 光輪をつけた天使 (『瀧口修造の詩的実験1927~1937』 思潮社 付録 昭和42年11月
 ザクロ (「高校クラスルーム」 昭和47年7月)
 佐藤春夫 (「佐藤春夫――この人、この道」 日本クラウン 解説 昭和47年11月)
 安藤一郎詩伯 (「英語青年」 昭和48年3月)
 吉田一穂氏を悼む (「朝日新聞」 昭和48年3月2日)
 吉田一穂を憶う (「現代詩手帖」 昭和48年4月)
 田村隆一の詩境 (「ユリイカ」 昭和48年5月)
 釈迢空 (「現代詩手帖」 昭和48年6月増刊)
 鷲尾雨工 (『大衆文学大系26』 講談社 月報 昭和48年6月)
 近代ヨーロッパ文化の源流 (『プラトン全集』 角川書店 推薦文 昭和48年6月)
 鮎川信夫 (『鮎川信夫著作集』 思潮社 推薦文 昭和48年7月)
 五つの質問に答える (「現代詩手帖」 昭和48年8月)
 蕪村のとぼけ心 (「文芸春秋」 昭和48年9月増刊)
 池田満寿夫著 『私自身のアメリカ』 (「波」 昭和49年1月)
 人間の生命生殖を語る文学 (『世界文学全集34 ローレンス』 集英社 月報16 昭和49年1月)
 人間究明の文学 (『丹羽文雄文学全集』 講談社 推薦文 昭和49年4月)
 木内克のテラコッタの女 (「六月の風会レポート」 昭和49年6月
 セザンヌの芸術 (「いけ花龍生」 昭和49年6月)
 マラルメの曖昧性 (「理想」 昭和49年7月)
 象牙の塔のよろこび (「英語青年」 昭和49年8月)
 瀧口修造の芸術 (「現代詩手帖」 昭和49年10月増刊)
 「パスカル-ナポレオン」 (池田満寿夫『思考する魚』 番町書房 パンフレット 昭和49年11月)
 戦後最俊英の新しい批評家 (『安東次男著作集』 青土社 推薦文 昭和49年12月)
 田園 (「寒雷」 昭和50年1月)
 宋元の山水画 (『水墨美術大系2』 講談社 付録10 昭和50年2月)
 『西脇順三郎 詩と詩論』 著者後記 (『西脇順三郎詩と詩論』 I~VI 筑摩書房 昭和50年5~10月)
 村野四郎の詩魂 (「無限」 昭和50年10月)
 シェイクスピア劇と思想 (『上代たの先生米寿記念英米文学論集』 別冊 日本女子大学紀要 昭和50年10月)
 加藤郁乎の俳句 (『加藤郁乎句集』 人文書院 栞 昭和50年10月)
 オスカー・ワイルド (『オスカー・ワイルド全集』 出帆社 推薦文 昭和50年10月)
 壺井繁治君の思い出 (「詩人会議」 昭和50年11月)
 芭蕉の俳 (「琴座」 昭和50年11月)
 眼つきの神秘 (「芸術新潮」 昭和50年12月) (「英国の肖像画」展)
 ボードレール (「現代詩手帖」 昭和51年1月)
 優秀のサイレン (「現代詩手帖」 昭和51年5月増刊) (富岡多恵子特集)
 俳句の世界 (「寒雷」 昭和51年11月)
 版画家・池田満寿夫 (「芸術新潮」 昭和52年3月)
 飯田善国の『見えない彫刻』 (飯田善国 『見えない彫刻』 小沢書店 別冊付録 昭和52年3月)
 日本の詩歌の伝統 (「わかたけ」 日本女子大付属中学校PTA文化部 昭和52年3月)
 ヴォルスの象徴絵画 (「芸術新潮」 昭和52年5月)
 私の画歴 (「版画芸術」 昭和52年7月)
 ジョン・コリア 『モンキー・ワイフ』 序 (海野厚志訳 『モンキー・ワイフ』 講談社 昭和52年7月)
 シェイクスピアの芸術(序説) (日本女子大学紀要 『英米文学論集』 昭和52年11月)
 安西冬衛の単詩 (『安西冬衛全集』 宝文館出版 推薦文 昭和52年12月)
 宇宙的な心細さ (「中央公論」 昭和53年1月)
 家持と芭蕉 (「ちくま」 昭和53年1月)
 草野心平氏について (『草野心平全集』 筑摩書房 推薦文 昭和53年4月)
 那珂太郎氏の詩業 (『定本那珂太郎詩集』 小沢書店 栞 昭和53年7月)
 天恵的な存在 (『原民喜全集』 青土社 推薦文 昭和53年8月)
 詩人和田徹三氏のこと (『和田徹三全詩集』 沖積舎 栞 昭和53年10月)
 レアリズムの傑出 (『室生犀星詩全集』 冬樹社 推薦文 昭和53年10月)
 『海潮音』から『月下の一群』へ (「翻訳の世界」 昭和54年1月)
 「月に吠える」 (「現代詩手帖」 昭和54年1月)
 ウエイリの能の英訳 (「能と狂言の夕べ」 上野学園 パンフレット 昭和54年5月)
 瀧口修造の詩業 (誄) (「海」 昭和54年9月)
 卓絶した詩人 (『井上靖全詩集』 新潮社 栞 昭和54年12月)
 天才的な民俗学的興味 (『ラフカディオ・ハーン著作集第一巻』 恒文社 月報 昭和55年7月)
 芭蕉の世界 (『加藤楸邨全集第十巻』 講談社 解説 昭和55年11月)
 回顧展のための挨拶 (「西脇順三郎の絵画」 草月美術館 パンフレット 昭和56年11月)
 『薔薇園伝説』 序文 (『薔薇園伝説』 デカドクラブ 昭和61年3月)
 文化と商品 (「学鐙」 昭和14年5月)
 現代英詩 (「学鐙」 昭和34年10月)
 「ハムレット」のステレオ版 (「学鐙」 昭和36年11月)
 最近のシユルレアリスム (「若草」 昭和6年3月)

日記抄
 自然と生命 (未発表)

西脇順三郎全集収録作品初出一覧 (鍵谷幸信・新倉俊一)
西脇順三郎年譜 (鍵谷幸信)
 年譜補遺 (新倉俊一)

後記 (鍵谷幸信・新倉俊一)



西脇順三郎全集12-2

口絵 1975年 (撮影: 田沼武能)。



◆本書より◆


「『牧神の午後』」より:

「普通世間では人工的であるといふことは純粋でないといふことを意味するが、併し僕は純粋であるといふことは人工的で非人間的で非人生的であるといふことを意味して来た。マラルメは人生的でないといふ点で僕は純粋であると思ふ。」


「「ナショナル・リーダー」とアメリカ」より:

「俗に「ナショナル」といわれている、今日では電気屋の名として有名になっているが、昔は英語読本として明治の終り頃までに最も広く流布された外国製の英語読本であった。正確なタイトルは Barnes' New National Readers (第一巻は New National First Reader)となっている。出版社は A. S. Barnes & Company, New York and Chicago であった。」
「この読本の copyright は前述のように一八八三年とある。T・S・エリオットの生れる五年前のアメリカであった。」
「そこに出ている立派なさし絵をみると当時のアメリカの田園の風情も出ているのではないかと思う。またそこに出ている大人の男女の風俗も少年少女の風俗もよくわかる。
私は中学のときはこの読本は学校では用いなかったが、家で自習したのであった。それでそれは私にとっては唯一のアメリカの世界であった。第一巻を今見てみると非常になつかしいもので、そのさし絵などはモナリーザをよく覚えているように覚えている。コマをまわしている少年の絵(The boy has a big top. Spin! Spin! Spin!)やまたヤマメをガラスの鉢に入れて母親と少年がその山の川魚の話をしている絵や、老人の前で一人の少年がフリュートを吹いている絵もよく覚えている。
この読本に出ているアメリカは田園のアメリカであって少しも今日のアメリカの機械文明都会文化を暗示するところがない。そして雪が降り、氷がはる田園である。」
「第一巻の第二部には“Short Stories”がついている。その最後の話はフランクとヂォンが或る日学校へ行く途中笛をもつ老人に会った。「おれたちに一つ吹いて下さい」――「吹いてあげよう。君達は音楽がすきかい。」……など田園の哀調さえ感じられる。」



new national first reader 1

New National First Reader より。


new national first reader 2

同上。


new national first reader 3

同上。


「日本のヨーロッパ文化教育」より:

「わたしがまだ外国文学をあこがれていた文学青年時代、十八の時から二十五のころまで(一九一一―一九一八年)の日本における外国文学流行のことについて思い出してみたい。その時代の言葉でいうと「西洋かぶれ」であり、そうした汚名をあまんじて受けた。言語は英語はもちろん、独、仏、ギリシャ、ラテンなどをいっしょけんめいに覚えようと努力した。もちろんその成績はでたらめで、なにも身につかなかった。それがために病気になった。でも毎日のように丸善とか教文館とか三才社とか上田屋などをへんれきして、帰りにはカフエ・パウリスターでふんだんに砂糖をいれてコーヒーを飲んで買ってきた本をみることがわたしの「西洋かぶれ」のたのしみであった。」
「そうした西洋こじき的な文学青年が外国文学を講義する三田の教師になり、四十二年になった。去る一月の末に最終講義というものをやらされたとき「ヨーロッパ近代文学の背景と日本」という題で学生や友人の前で話をした。胸に本当の黄色い菊を一輪ささせられ、なんだかひまわりの花をつけたオスカ・ワイルドをおもい、相当はずかしく思った。」



「古本集め」より:

「本を集めるということは単に金の問題ばかりでなく継続的な努力が必要である。しかしこうした努力にともなって喜びがあるから本集めの努力というのは一つの快感でもあり、一つの好奇心を満足させる楽しみとなるだろう。また本集めは神の配剤とも思われるようなチャンスというものが大切である。」
「神田神保町の周辺は昔から新本の楽園であり、古本屋の巣窟であり、私は英文学のライブラリーをつくるために過去一年間週二回はブラリと歩くことにしていた。古本の世界ではこのあたりは驚くべきものを、いまさらのように感じさせられた。どうしてこんなに沢山日本人が外国書を日本へもち帰って来たのか、全く奇異な現象である。明治以来、日本人が英米人やヨーロッパ人の文化をとり入れようとして努力してきたことを証明しているのであろう。それにしても驚くべきことである。外国語の古本をこんな多くもっている国はおそらく世界どこにもないだろう。」



「日本の民俗学」より:

「折口信夫博士の「古代研究」というのは私には非常に興味あり日本研究史上忘れることが出来ない記録であると思って尊敬している。」
「私は幸にこの学者とは学校の周辺で長い間よく知り合って先生の夢想的直観的「まじない」的神がかりの世界にひたることが出来た。先生はいつも無意識に古代人になっていた。少なくともいつも先生の中から古代人が神がかりのように何か言っていた。あれほど古代人ということを憧憬した人はなかった。」



「野ばらの実」より:

「英詩人の中で私が好きな詩人の一人にウィリアム・クーパーがいる。この詩人は時々気が狂ったのであるが、その時は田園にひっこもって静かに脳髄を休ませて、なおってもしばらく静養をつづけた。何か熱心にやらせることはそうした病人の療養法であった。そうしたある静養期に彼を世話したおばさんがブランク・ヴァースという詩型で詩をクーパーにかかせた。その詩の宿題に「ソーファー」(長椅子)を出した。この静養している詩人はこの宿題を一所懸命でやった。この詩を私は大好きだ。この詩は「宿題」ともいわれている。」
「私は九月の二十日すぎに、オックスフォードからストラトフォード・オン・エイヴォンに行く途中、チャーチルが生れたブレナム・パレスという大邸宅をかこむ広大な野原を散歩したが、その時英国の野原をなつかしむ記念として小川のふちで野薔薇の実とサンザシの実をポケットに入れて日本へもって来た。私は日本の野原でもそうした光沢のある赤や紫の野ばらやサンザシなどの実や、つる草の実が美しいと思う。英国人は食べられない実にも昔から名をつけている。野ばらの実をヒップ(hip)と言い、サンザシの実をホー(haw)という。この英語は古代英語から残っている。前者は「ヒオペ」で後者は「ハウア」。
話が長くなったが、クーパーの「宿題、長椅子」の詩にこんなところがある。
「私のわずかな小使銭も使いはたし、家も遠く一文なしになり、なおもひもじいとき、幾度か真紅のヒップや石のように固いホーをたべた……」これはクーパーが少年時代の追憶をかいたのだ。私はまだ野ばらの実はたべたことはないが、サンザシの実はかんでみた。」」



「優雅な生活」より:

「人が自然の風情を愛するという心理は、おそらく人間の物欲の世界に対抗しようとする精神生活の一つの現われではないかと思う。」
「結局こうした風情論は商人の利益にはならない。商人は田園をほろぼす。」



「座右の書」より:

「自分の中にひそんでいる物欲的人間が本能的に名利の世界にのしあがろうとする。それをくいとめてくれるのは聖賢の書であるべきである。私にとっては聖賢の書は仏教の本やキリスト教の本であった。それから私の一生の間、わかい時から今日まで座右にころがっていた書物はウォールター・ペイターというおっさんの書いた本であった。かれは美の宗教に生きぬいた。美の世界は物欲の名利の世界から超越してはじめて存在が可能になる。美は最高の善である。それから芭蕉の文学も私にとって聖賢の書となる。それは純粋に美の世界であるからであろう。それは人間の物欲の世界をもっともよく超脱している世界であるからである。」


「永遠への帰郷」より:

「私は大人になって人間の物欲の生存競争の中へはいって、浮世のなさけなさを感じてから、毎年一度除夜のボン鐘をしずかにきくことをたのしみにしているが、文明の近代人は笑うことであろう。でもこの古めかしいことによって、私はやっとふるさとへもどる意識を年に一度復活させることができるのである。
私の「ふるさと」というのは放浪の心のふるさとであって、それは野原であり、またそれは永遠ということである。だからあのボン鐘の音に一種の果てしない哀愁さえ感じられる。
私のふるさとは野原であってススキも枯れて、ケヤキの枯れ枝にからすがたまに鳴くばかり、さびしい世界だ。でもこんな世界へもどってゆけるのもあの鐘の神秘的な力である。
こんな風景は私が理想とする心のふるさとの野原をよく象徴してくれる。また幸いに十二月の暮れから正月にかけて四季を通じてもっとも美しい夕やけが野原を訪れてくれる。その色彩や色調はどんな偉大な画家の想像力をも感性をも超越している。またどんな花や草木の果実や石や火などの色彩にも見られない自然の創作であろう。この種の夕やけは人間が感じうる窮極の哀愁の色であるとさえ思われる。そして人間のふるさとはこの夕やけの哀愁かもしれないと思いたいほどである。
人間がふるさとへもどるということは、地球が太陽のまわりをまわる運行の円周の上で出発点へもどることにたとえられる。ふるさとへもどるということは、はてしない円をえがいてまわることである。こんなことは近代人がとっくにすててしまった影像であるが、正月がくるとこの偶像が青ざめたひょうたんのようにあらわれてくる。
またそれは永遠へもどるということにもなる。」



「詩と典拠」より:

「私の考えでは、典拠引用は伝統を守るということと関係がない。芸術の発展は伝統を破壊することにあると思う。典拠引用はそれ自身詩の発展にむしろ必要であって、伝統をまもることと何にも関係がないことであると思う。エリオットは個人の才能などは伝統のためにすてるべきであるという論はエリオットの論理にすぎない。私は個人の才能こそ大切であると思う。詩は昔から天才のみ詩を発展させるものであるといわれている。天才こそ個人の才能の最高なものである。最高の伝統はみな天才の仕事であった。ショーペンハウアーの言葉をかりるなら、天才は永遠への孤独の放浪者である。」


「芭蕉の精神」より:

「次に芭蕉はいたるところで「静けさ」という表現があるが、それも荘子の説であってわれわれのいう感覚的な静けさではなかった。それはもちろん心の静けさであった。」
「また芭蕉が世俗の世界からはなれて放浪の旅人として遠く野原を逍遙したことは、荘子の「逍遙遊」の影響がその重大な心情であったと思う。」



「釈迢空」より:

「迢空の芸術はヨーロッパの芸術論からみても正にロマン主義のすぐれた芸術であって、その美の要素としては「ぶきみさ」と「恐怖」と「奇異なるもの」と「グロテスク」とが重大なものであった。」


「セザンヌの芸術」より:

「セザンヌの存在が大切である理由の根本について考えてみよう。彼が自分が好むままに絵を一生描きつづけたのは、名声や金のために描いたのでなかった。みな自分自身のために描いたのであった。みな自分の霊魂の救済のためであった。そうでなければ本当に偉大な芸術が生まれないのである。「霊魂の救済」という表現はあまりに宗教的であるから「精神のよろこび」という方が私などにはピンとくる。」


「『西脇順三郎 詩と詩論』 著者後記」より:

「人間の自我の世界などは、要するに人間の物欲の世界にすぎない。それで私は自我の世界などを追求することをやめて、自我でない世界を追求するようになった。要するに人間でない世界を追求するようになった。しかし物欲のある世界は人界の現実の世界だ。鉛筆でもマサカリでも人間ではないが、金のために鉛筆やマサカリを人間が製造したのだから、鉛筆にもマサカリにもその中に人間がひそんでいるのだ。人間もナスも自然の法則として自然が作ったものだ。農夫は生活のためにナスを培養するだけだ。いずれにしても詩作を構成するためには人間の現実を素材としなければならない。けれどもそれは詩の世界それ自身ではない。現実の素材にすぎない。
詩の世界は現実の上に立って、相反するエネルギーの運動の連結によって成立する。
詩集『えてるにたす』(昭森社発行)は私の詩作にとって大切な思念である。「永遠」の世界は有限の世界と相反する世界であるから、この二つの相反する世界を連結すれば詩の世界が成立すると思う。「永遠」という思念も人間が作ったことである。詩の世界も人間の精神が創作したものにすぎない。しかしそれは人間の精神作用の中で最高の知性の産物であると言われている。そしてまた、それは、人間の最高の精神の悦であると思う。この悦は人類が生存する限り、人間の悦であって、それは永遠の悦であるとも考えられる。詩の悦は永遠を象徴することさえ出来る。詩は人間の世界を超越して永遠を象徴することが出来る唯一のものであるとも思われる。もっともそうした最高の詩が書ける詩人は天才でなければならない。
ここまで言ってしまうと何も言うことがなくなる。後記もなにもあったものでない。」



「日記抄 自然と生命」より:

「〔昭和二十年〕
五月二十九日 朝知人来り、うつぎの花枝をもつて来てくれた。この花は方言で「ろーっぱ」或は「どーっぱ」といふ。本年は大雪のためまだ近所の崖には花が咲いてゐない。この人は用事のため川口から歩いて来たのでその途中で山から取り来りしならん。」
「六月九日 午後八時四十分頃便所にゐると、しぽしぽ雨の夜、ほととぎすの鳴声を二たこと聞いた。」
「七月七日 中子染物屋の下に泉がある。その上にあまり見馴れぬ樹が一本繁茂してゐるので、その名をその家のおばあさんに聞いてみると「けんぽう」の樹といふ。それは「けんぽなし、けんぽのなし、玄圃梨(シゲンポ)、(中略)」のことらしい。この家の老主人は母の子守りの甥であつた。
七月八日 梅雨の候、きりさめ、ねんどの裏路を歩く。柿のみどりの芽が沢山落ちてゐる。
けんぽなしの話をすると多くの百姓たちはその実のうまいことを知つてゐる。東山の農家に大きな樹があることを話してゐた。乳母も子供の時にひろひに出たことを話した。馬蔵氏のいふところではけんぽうの樹があるとむぢなが沢山出てくる。」
七月二十日 菖蒲の花は殆んど自然の風情で田圃の間に咲きみだれてゐる。
また普通のクルミと異なるものが柳吉の野菜畑の中に三本あり、葉の具合は、一寸楠に似てゐる。柳吉生前に植えしものといふ。実は柔かく歯でもかみ割ることが出来るといふ珍らしいクルミであるといふ。
八月二十九日 朝散歩した。夕べの雨で自然の情緒新鮮となった。二三日非常の熱度であつた。ツユクサは相変らず露の中に光つてゐる。すゝきは穂を出し始めた。
八月三十一日 三十日の晩から夕立となり相当の雨となり、風もあり、型通りの小さいタイフーンが来た。これで今日は昨日の暑さとかはり、さむがりは寧ろさむさを感じた。これで一夜にして秋が来た。
九月一日 今朝も冷しく、正に秋のにほひのかつた晩夏の風情。
九月七日 ミーンミーンせみ、つくつくぼうしは出てゐる。二の宮にタモギの枝をとりに行く。
九月十五日 夕方安食駅に到着、迎へられて興津の里につく。さつまいも、栗、あづきもち等早速たべた。九月十六日は日曜日なのでその日は休み、都へ翌朝出発するところ突然ひらめ二ひき来り、その翌朝(十七日)は出発をみあはせた。
九月十八日 二百十日のタイフーンらしく、風の中を初めて都にのぼり、そのかはりはてた有様をよくみることが出来た。」



「西脇順三郎年譜」より:

「昭和二十年(一九四五) 五十二歳
三月、慶應義塾外国語学校校長を辞す。七月、小千谷市中子佐藤方へ移る。
八月、終戦。
九月、単身上京、(中略)再び慶應義塾の教壇に立つ。」




Project Gutenberg's New National First Reader, by Charles J. Barnes, et al.
http://www.gutenberg.org/files/13853/13853-h/13853-h.htm











































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
 
うまれたときからひとでなし
なぜならわたしはねこだから
 
◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

Koro-pok-Guru
Away with the Fairies

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル、尾形亀之助、森田童子。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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