『定本 西脇順三郎全集 VI 詩論 2』

「青年は食うために何か職業を選ばなければならない。この問題ほど私の一生涯で不愉快な憂欝な気持を起したことがなかった。食うために職業をもたなければならないと考えた時、私は初めて人生を呪った。」
「でも私は詩が好きだった。」
「私が自分で詩をつくることを好んだのはなぜだろうか。自分の脳髄の中にしか生きる道がなかった。脳髄の中につくられる詩の世界にだけ生きる他に方法がなかった。」
「私の詩の世界は藪の中の鶯の巣のように少年が撃つ空気銃の一発で破滅するかも知れない。それも神の命令だ。神は自ら助くるものを助く、という村のことわざを私は信じている。」

(西脇順三郎 「脳髄の日記」 より)

「私の詩の効用は気の毒な人々や寂しい人々の心をよろこばすことである。」
「詩は貧者のもつ唯一の宝である。」

(西脇順三郎 「詩の効用」 より)


『定本 西脇順三郎全集 VI 詩論 2』
詩学 剃刀と林檎

筑摩書房 1994年5月20日初版第1刷発行
viii 707p 口絵i
A5判 丸背紙装上製本 貼函
定価8,800円(本体8,544円)

月報: 
1971年12月初掲/1994年5月再録 8p
ことばの野原(鍵谷幸信)/pipe and pipe (中桐雅夫)/西脇順三郎の詩(天沢退二郎)/西脇順三郎先生のこと(萩原葉子)/図版2点(小千谷の生家/1930年)



本書「後記」より:

「本巻に収めた『詩学』は、初版本を底本とした。」
「詩学 昭和四三年 筑摩書房
なお本書は「筑摩叢書一三六」として、昭和四四年に筑摩書房から再刊された。その際、巻末に人名索引が付されたが、本書では割愛した。」
「本巻に収めた『剃刀と林檎』は、著者の既刊単行本に一部登載されているものを除いて、すべて未収録のものである。『剃刀と林檎』の表題は、本巻収録に当って、著者が新たに付したものである。」
「旧漢字表記はすべて新漢字表記に改めた。ただし仮名は旧表記に従った。」



西脇順三郎全集6-1


目次 (初出):

詩学
 I 詩学 (16以外は未発表)
  序
  1 課題
  2 新しい関係
  3 偶然
  4 想像
  5 象徴
  6 思考の自由
  7 純粋
  8 美と夢
  9 宗教
  10 原始主義
  11 音の世界
  12 不調和の調和
  13 曖昧
  14 詩作の材料と目的
  15 「イロニイ」
  16 私の詩論 (原題「わが詩学序説」/『詩の本I』 筑摩書房 昭和42年10月)
 II ボードレールと私――「わが妖術の建築家」 (「無限」 昭和41年12月)

剃刀と林檎
 I
 異神を求めて (「文芸」 昭和9年6月)
 文学の Heiterkeit (「行動」 昭和8年10月)
 「荒地」について (『荒地』 創元社 昭和27年11月)
 ポイエテス (「無限」 昭和34年4月)
 英国の詩 (「学鐙」 昭和38年4月)
 沼地の残り (「無限」 昭和35年1月)
 モダニズムの文芸――一九二〇―四〇年のころ (「英語青年」 昭和35年2月)
 To Ezra Pound (「詩学」 昭和35年6月)
 エリオットの発展 (『エリオット全集第一巻』 中央公論社 月報 昭和35年7月)
 文人エリオット (「英語青年」 昭和36年6月)
 ニイチェ (「本の手帖」 昭和37年6月)
 非個性的芸術 (「英語青年」 昭和38年2月)
 脳髄の日記 (『西脇順三郎全詩集』 筑摩書房 昭和38年3月)
 ポオと近代詩 (『ポオ全集第三巻』 東京創元社 月報 昭和38年12月)
 近代芸術とコクトー (「本の手帖」 昭和38年11月)
 T・S・エリオットの功績 (「毎日新聞」 昭和40年1月6日)
 ジョイスとエリオットの時代の終り (「図書新聞」 昭和40年1月16日)
 エリオットの影響 (「英語青年」 昭和40年5月)
 二人の男 (「本の手帖」 昭和40年7月)
 サルトルの芸術 (「本の手帖」 昭和40年11月)
 アンドレ・ブルトン (「中央公論」 昭和41年12月)
 アンドレ・ブルトンの超現実主義 (「本の手帖」 昭和41年11月)
 詩人と人間の世界 (「展望」 昭和42年12月)
 象徴主義の最後 (「英米文学研究」 昭和43年3月)
 エリオットの詩 (『大原恭子先生記念英米文学論集』 昭和44年3月)
 ヴァレリーの文学 (『ヴァレリー全集第一巻』 筑摩書房 月報 昭和42年3月)
 エリオット (『世界詩人全集第十六巻 エリオット詩集』 新潮社 昭和43年11月)
 マラルメ (『世界詩人全集第十巻 マラルメ詩集』 新潮社 昭和44年8月)
 剃刀と林檎 (『現代詩鑑賞講座第一巻 詩とは何か』 角川書店 昭和44年4月)
 日光菩薩ランボー (「ユリイカ」 昭和46年4月増刊)
 II
 『時の流に』を読む (「三田文学」 大正9年12月) (竹友藻風詩集)
 「Ambarvalia」について (原題「詩集について」/「椎の木」 昭和8年10月)
 「文芸時評」 (「朝日新聞」 昭和8年2月28日~3月4日)
 透谷の芸術 (『透谷全集第二巻』 岩波書店 付録 昭和25年9月)
 「Spectrum」の思い出 (「中村書店パンフレット」 昭和25年)
 嵯峨信之君へ (原題「Saga San へ」/「詩学」 昭和28年4月)
 詩の効用 (「読売新聞」 昭和32年2月14日)
 わからない存在 (「群像」 昭和32年4月)
 鈴鹿俊子さんへの手紙 (原題「詩の中の現実世界」/「短歌研究」 昭和33年1月)
 「詩経」とゲルマンの古詩 (『中国詩人選集第二巻』 岩波書店 付録 昭和33年12月)
 村野四郎著 「亡羊記」 (「東京新聞」 昭和35年1月12日)
 日本文学ざっくばらん
  一つの原則 (「解釈と鑑賞 昭和35年10月)
  ひなのたび (同 昭和35年11月)
  譬喩と洒落と (同 昭和35年12月)
  詩精神の源泉 (同 昭和36年1月)
  俗謡―離俗の解 (同 昭和36年2月)
  春のさびしみ (同 昭和36年3月)
  有心と無心と (同 昭和36年4月)
  芭蕉のイマジズム (同 昭和36年6月)
  地蔵に思う (同 昭和36年7月)
  茶化しと風情と (同 昭和36年9月)
  愁人の君子の詩 (同 昭和36年10月)
  反抗する心 (同 昭和36年12月)
  無題 (同 昭和37年1月)
 シュルレアリスムと私 (「本の手帖」 昭和36年6月)
 故園情 (「無限」 昭和36年9月)
 Spectrum と『アムバルワリア』 (「本の手帖」 昭和36年10月)
 室生犀星の思い出 (「サンケイ新聞」 昭和37年3月27日)
 萩原朔太郎 (「現代詩手帖」 昭和38年9月)
 「アムバルワリア」 (「読売新聞」 昭和38年12月15日)
 佐藤春夫氏を悼む (「サンケイ新聞」 昭和39年5月7日)
 偉大な詩人の足跡――佐藤春夫先生の死をいたむ (「東京新聞」 昭和39年5月7日)
 佐藤春夫 (「群像」 昭和39年7月)
 「田園の憂欝」 (「本の手帖」 昭和39年8月)
 三好達治君の詩について (原題「三好君の詩について」/『三好達治全集第五巻』 筑摩書房 月報 昭和39年11月)
 室生犀星の世界 (『室生犀星全集第二巻』 新潮社 月報 昭和40年4月)
 先史俳諧 (「俳句」 昭和40年4月)
 グロテスク・アート――朔太郎の場合 (『現代文学大系第三十四巻』 筑摩書房 月報 昭和40年7月)
 川路柳虹 (「現代詩手帖」 昭和40年7月)
 詩人神保光太郎 (『神保光太郎全詩集』 審美社 しおり 昭和40年9月)
 藤原定詩集 「僕はいる 僕はいない」 (「オルフェ」 昭和39年9月)
 窪田空穂の歌道 (原題「歌道」/『窪田空穂全集第二巻』 角川書店 月報 昭和40年7月)
 笑いの文学 (「俳句」 昭和40年10月)
 機智文学としての俳諧 (「春秋」 昭和40年10月)
 近代人の憂欝 (『Ambarvalia』復刻版 恒文社 付録 昭和41年5月)
 佐藤朔訳 「ボードレール詩集」 (「三田評論」 昭和42年1月)
 文人佐藤春夫 (『日本詩人全集第十七巻』 新潮社 付録 昭和42年10月)
 私の一冊――「アムバルワリア」 (「毎日新聞」 昭和43年2月25日)
 佐藤春夫の芸術 (『佐藤春夫全集第八巻』 講談社 月報 昭和43年7月)
 私と古典 (「国語通信」 昭和44年5月)
 永田耕衣君のこと (「永田耕衣展パンフレット」 昭和44年7月)
 笑いを求める心 (「朝日新聞」 昭和44年10月29日)
 五詩人の肖像 (『日本の詩歌25』 中央公論社 昭和44年11月)
  北川冬彦
  安西冬衛
  北園克衛
  春山行夫
  竹中郁
 芭蕉の一句 (「ちくま」 昭和45年2月)
 はせをの芸術 (『芭蕉の本4 発想と表現』 角川書店 昭和45年6月)
 加藤郁乎著 「遊牧空間」 (「読売新聞」 昭和45年12月15日)
 田園詩の世界 (「潮」 昭和46年4月)
 わが詩作五十年 (「読売新聞」 昭和46年4月27日)
 
後記 (鍵谷幸信・新倉俊一)



西脇順三郎全集6-2

口絵 「1971年、撮影久我雅紹」。



◆本書より◆


「詩学」より:

「ポエジイは「矛盾」である。ポエジイは自然の世界であり、現実の世界であるがその表現された思考は超自然で超現実である。だから
ポエジイは「イロニイ」である。二つの相反する自然と超自然の緊張である。」

「新しい関係を発見することが詩作の目的である。ポエジイということは新しい関係を発見するよろこびの感情である。」
「詩作の目的はポエジイという感情を創作することである。詩作はポエジイをつくり出す手段にすぎない。
そうした詩的よろこびというのは「機智のよろこび」ともいわれている。というのは機智(ウィット)は新しい関係を発見する想像力であるからである。」
そうした発見のよろこびは何とも言えない淡い笑いをかもすのである。そうなるとポエジイのよろこびは諧謔のよろこびに類するものである。」

「要点は、「新しい関係」を発見するということは自然や現実を超越して想像することである。想像するということは自然や現実の関係を破壊することである。自然や現実の世界における通常の関係を断ち切って、二つのかけはなれたものを連結することである。しかし自然や現実そのものを破壊するのではない。」

「しかしそうしたかけはなれた二つのものの連結が何か他のものを象徴している場合は、もう私にはその神秘もなくなり諧謔もなくなってくる。」
「ボードレールの「コレスポンダンス」の説は象徴主義の重要な原理であるから、私のようにシムボルを必要としない者には無用の長物であると思う。ものそのものに純粋に神秘性を感じるためには象徴はむしろ妨げとなることが多い。」

「自然や現実をよく知らない人には超自然や超現実の意味がわからない。逆に超自然や超現実の妙味を知らない人には自然や現実の深い意識もわからないことになる。超自然詩論や超現実詩論は多くの場合、自然や現実を排斥したりその価値を認めない詩論であると思われているが、それは正反対に自然や現実をより深く認識させるためであると思う。」

「芸術としての詩作の世界は完全に想像の世界であり、創作の世界であるから、詩作に現われている思考の世界はその詩人が想像力によってみなつくりあげたものである。だから詩作の世界は詩人という人間の現実と別なものであり、客観的な世界である。詩作の世界は、この意味で、その作者の個人的な生活とは関係がない。そういうような客観的な世界を創作する方法を「非個性的」とか、またはイロニイという。」

「マラルメもボードレールも人間の罪の意識、キリスト教の原罪意識をもっていた。マラルメはその人間の没落(chute)を常に意識していた。「地獄に落ちた女たち」のことをボードレールは「無限を求める女たち」と言った。これは皮肉で言ったのであろうが、ボードレールは地獄におちて絶対や無限を求めようとした自分の立場からアナロジイとしてそう言ったことは確かであろう。批評家はボードレールのそうした悪魔主義のことを、絶対への道は地獄に終ったと言っている。しかしボードレールの心理としては天国へ通じる唯一の道は地獄を通らなければならないと思った。「絶対を求める男」の悲劇であった。」

「マラルメの場合は隠すための隠喩であり、象徴である。高弟のヴァレリーはいう「他の人にとっては形式であるものは私の場合はそれは内容である」。そうなるとマラルメの隠喩や象徴はそれ自体の世界として鑑賞しなければならない。それらの隠喩と象徴が何を表現しているのかわからなくてもよい。われわれが「むずかしい詩」だとか、「わからない詩」だというのは、それが何のことをいっているのかその表現の対象が不明であるからである。作品それ自体の複雑な世界だけを一つの音楽の世界としてみたり、近代絵画の世界として鑑賞すればよいのである。ここにマラルメの偉大さがあるのだと思う。」

「ポエジイはすべての価値批判を超脱しているから人間の脳髄をよろこばせる。それというのは人間の苦悩の最大な原因は価値批判があるからである。栄誉と富、恥辱と貧乏とか、美と醜、善と悪、真と虚といったものはみな価値批判の結果としての心理である。
ポエジイはこの事実によって人間の精神的な救済であろう。」
「ポエジイは人間の感じ得る最大な哀愁の美である。ただこの淋しい感性によってのみ一般の生物は「永遠」を幾分感じる可能性がある。しかしこれらはポエジイの目的ではなく単なる幸福な結果である。
ポエジイの目的はポエジイである。
またポエジイの目的ではないがその結果として考えられる有力な効果は「思考の自由」(想像の自由)を拡大することである。詩作によっていつも新しい思考の発見をすることが出来る。」

「「思考の自由」などと言っても、そんな詩作は何の役に立つのかと怪しむであろう。おそらく何の役にも立たないだろう。しかし私は文化の進展には合理的な思考ばかりでなく不合理な思考(想像力)をも発展させなければならないと思う。」

「脳髄は存在するという自意識に悩まされるらしく、自殺したがる。
ポエジイは存在を否定して無を欲求する。否定するということは存在を肯定することがあまりに切なるためであろう。
ポエジイはすべて脳髄の哀愁から来ている。
ポエジイは脳髄の欲望にすぎない。」

「私は詩作には人間でないもの、自然の風物や四季のことや雑草や野菜や果物など、また人間の作ったものでも下等のものがすきだ。コップとかソバダンゴなどから神秘的な原始的な感じを受ける。(中略)私はポエジイを感じさせる趣味として原始主義がいつのうちにか好きになっていた。「ガンモドキ」などは私にとっては原始主義のシムボルとなっている。」



「ボードレールと私」より:

「私は個人の趣味からいうと、ボードレールの詩で一番嫌いなところはその象徴的スタイルであって、またあまりに寓意的であるところである。芸術家の読むイソップ物語である。これは彼が偉大なモラリストであったから、当然の現象だと思う。」
「私がボードレールを鑑賞するのは彼のロマン主義でなく彼の脳髄の働きのすばらしさである。(中略)彼が教えてくれる美はもう沢山であるが、彼の知性の運動こそすばらしい美だと思う。」
「もう「苦悩の錬金術」は沢山だ。地獄の話も売春の話も沢山だ。だが「哲学で魔除けの力を証明すること、穴のあいた一文銭も、お守札も、どんなお土産品も」という彼の『日記』にある言葉はなつかしいものだ。」



『詩学』「あとがき」より:

「詩学というのは一般には詩の書き方を論じるものと思われているが、しかし書く前にどういう詩を書くかそれを先ずきめなければならない。それがために詩人は最初どういう詩が一番すぐれた詩であるか自分の意見を考え出さなければならない。この本は私の考えるすぐれた詩というのはどういう詩であるか、いろいろ考えたことを集めたものである。詩的思考は合理的な思考でなく、イマジネーションとしての思考である。だからこの本は私にとっては一つの詩作であり、それ自身詩の世界である。」
「これらの想像の世界はみな夏の産物であった。ちょうどダンテの煉獄の季節であったが、私の霊魂ははたして罪を浄めてくれたかどうかわからない。どうせランボーの地獄の一季節にすぎない。ウィスキーをのんでも硫黄くさいものであった。
「「詩学」を書いてからまもなく英国の野原へ行ってサンザシの実と野いばらの実をとって来た。これが私の詩学の終りである。
詩学は「無の壮麗」を学ぶことである。すぐれた詩は「無の栄華」であると思う。」



「沼地の残り」より:

「私は極端にいえば創作をしなくとも詩人の存在をみとめたい。芸術に対する感受性としての鑑賞力が詩人を決定する。よく詩人でなければ詩がわからないとか、画家でなければ絵はわからないといわれているけれども、必ずしもその人が詩や絵をかかなくともよいと思う。」


「脳髄の日記」より:

「中学を出ると青年は食うために何か職業を選ばなければならない。この問題ほど私の一生涯で不愉快な憂欝な気持を起したことがなかった。食うために職業をもたなければならないと考えた時、私は初めて人生を呪った。その当時の中学の先生は自分の才能に適した職業を選ぶべきだ、という。その時考えた。私の絵はほめられたから私に才能があるとすれば画家になるのが一番適していると思った。私はおやじにフランスへ行かしてくれと頼んだ。その時は(中略)この計画はだめになり、将来実業家になるためにどこか経済学を教える学校へはいることをすすめられた。英語は好きでいろいろ研究したが、他の学科の勉強は決してやらなかった。入学試験日が来ても受験しないでその辺をぶらついて、シェイクスピアの「真夏の夜の夢」を買って家へ帰ったことを記憶している。」
「適当な仕事を発見するために慶応義塾に入れてもらった。この間職業にならない名誉をもつ詩人を偉いものと思って暮した。本当に詩人になりたいと努力したのは英国へ行ってからだ。それもヨーロッパで詩人になれば食えると思ったからだ。日本へ帰ってきてからは詩人になろうとしたことはないし、むしろそういう職業意識のある詩人にはなりたくなかった。」
「でも私は詩が好きだった。」
「私が自分で詩をつくることを好んだのはなぜだろうか。自分の脳髄の中にしか生きる道がなかった。脳髄の中につくられる詩の世界にだけ生きる他に方法がなかった。」
「私は三十歳から五十歳位まですぐれた詩や詩論をあさって読みつづけた。自分のつくる詩の世界が他の人のつくった詩の世界や詩論とどういう関係にあるか考えて、自分の詩の世界を堅牢なものにしたかった。私の詩の世界は藪の中の鶯の巣のように少年が撃つ空気銃の一発で破滅するかも知れない。それも神の命令だ。神は自ら助くるものを助く、という村のことわざを私は信じている。」



「剃刀と林檎」より:

「私は実業的職業を子供の時からどうしても好きになれなかった。(中略)もう少し正直にいうと「職業」というようなものが嫌いであった。それというのは小学校や中学校から私は腕力のある人間にいじめられ、負けることがひどく嫌いであった自分はいわゆる生存競争にはどうしても自分は敗北者だとしてあきらめ自分は自分の世界と社会とを対立させた。私の生まれた社会は栄誉と金をあがめる人間の世界であった。(中略)自分は社会ということに対してきわめて冷淡になっていた。それから物質主義に反対なキリスト教も仏教もプラトーン哲学も私の人生観として尊重してきた。人間の物質的生存の価値の世界を蹂躙しようとした。
でもこれらの感じ方は私のうすぐらい脳髄の一角にひそむ現象にすぎない。それ自体の価値も認めていない。いずれにしても私は人と競争することを避けて孤立を守った。」

「私は詩を書く時はすべてを忘れて、無我の境地にはいり、自分のペンは「おふでさき」のようにインスピレーションの迷信みたいに、思考の世界を進んで行く。仏教的にいえば私の詩作は念仏にすぎない。狐つきの寝言にきわめて接近している。悪質な坐禅坊主の瞑想にすぎない。これではあまり絶望的だから、もう少し理知的にいえば詩作をする時は無我の状態の中で、自分の中にある人間の存在を抹消するような一つの超然的な永遠的な美の光の出現を念願しながら暗黒の中を夢遊病者のように徘徊するだけである。「偶然」という女神の力だけにすがるほかない。他力本願だ。」



「詩の効用」より:

「私は詩の効用を貧者の夢として考えたい。」
「詩は人間の原始性を満足させて人間をほほえましてくれるのである。私のすきな詩は私にそうした原始的なほほえみをよび起してくれる詩である。私のすきな詩はいつも論理上の錯覚をもって、いつも二重、三重に写したぼけた写真のようなところがあり、いつも性的な、原始的な暗示があり、いつも叙情性があり、いつも自然の風物に対する愛があり、いつも現実に対するやるせなさがあるような詩である。
私のすきな詩の世界には特定の宗教、哲学、イデオロギーとしての社会思想があらわに出ていないことを望む。けれども詩人は永遠と人間との関係について、しとやかな謙譲な精神としての一つの宗教心をもつことを望む。」
「私の詩はわからない詩ということになっているが、しかしわからないと思う読者はあまりに既成観念がありすぎる人達である。私の詩の効用は気の毒な人々や寂しい人々の心をよろこばすことである。二、三年前ある雑誌にわからない詩を出したところ、向島あたりにいる工場の青年から葉書をもらった。それは非常な激励の文であった。それは恐らくその詩が彼の心をおもしろがらせたのだろう。その詩のおかしさがすぐ彼の頭をへんにかすったのであったと思う。私の詩はそういう純粋な読者にとってそうした効用があるものと信じたい。
私は詩の効用というものについては、エリオットのようにアカデミックに考えたくない。詩は一つのつくられた夢の世界であって、世の論理学者よ、これはイエーツがいったように詩は貧者の宝であるから静かに渡って下さい。詩は貧者の効用かも知れない。詩は貧者のもつ唯一の宝である。」



「シュルレアリスムと私」より:

「早くいって置かなければならないことは、古今を通じて最大なシュルレアリストはその『フィネガンズ・ウェイク』におけるジェイムズ・ジョイスである。『フィネガンズ・ウェイク』は最大な記憶すべきシュルレアリスムの作品である。私がジョイスに対する尊敬はこの最大なシュルレアリスムの作品『フィネガンズ・ウェイク』に対する尊敬である。この小説(これは小説だか詩だかわからない一つの新しいジャンルである)が出た一九三九年という年は世界中の詩人が記憶すべき年である。この作品はジョイスが一生貧困にたえて行きついた天国である。これは地獄の一つの季節でなく地獄の永遠の季節であるともいえるだろう。
この作品は英語で一応書いてあるが、英語のよく出来る英米人でもよくわからないというしろものであるからうれしいことである。日本のシュルレアリスト芭蕉でも、アイルランドのシュルレアリストも一生それに捧げなければならなかった。私のようなものはそうした生活態度からみても本当のシュルレアリストにはなれない。なさけないことである。」



「萩原朔太郎」より:

「萩原朔太郎という詩人は私にとって一つの光明であった。その内容(主としてその詩的情緒)もその言葉のスタイルも全面的に私をよろこばせた。忽然とこのすばらしい存在によって私は初めて日本の詩に対して関心をもつことが出来た。これが本当に私の好む日本の詩だと思いつづけた。」


「先史俳諧」より:

「いうまでもないことだが、飲んだくれてどんちゃん騒ぎをやり卑猥な言葉をおおっぴらにいえるのは、社会秩序の外にいる人間のみに許された特権であったであろう。しかし、これはバッコホスの神の祭の儀式であった。すなわち、俳諧という行為は、社会機構からはみだした非人のみが出来たのであろう。近世以後、非人という特殊階級の人々の綽名として用いられたが、これは、「俳」という漢字を分解して「非人」に当てたばかりのことで、本来あるすがたは、やはり、放浪者=旅芸人であったろう。むしろ、外来神の運搬者もしくは外来神そのものとして、尊崇の対象とさるべき集団であったと思われる。ちなみに、ギリシヤのバッコホスの神の綽名である「フォイタリオーテス」の「フォイ」は「俳」にあたる。(中略)ようするに、放浪者=旅芸人の親方はバッコホスだった。そして、漂泊芸人は、たいてい、神様を携えていたものだ。(中略)現代人は定着しようしようとして努力する傾向にあるが、いっぽう、年中旅して回らなくてはいられぬ人もげんに存在している。」

「だいたい、人間は、定着する人と旅する人と、この二た通りしかなかった。定着した人からいえば、旅する人は外国人と同じことである。しかし、旅あるきする人でも、運搬していった信仰がひろまり芸が受けいれられれば、定着することもありうる。定着する場所がなければ、つぎつぎに放浪して行く。そして、放浪しながら、絶えず故郷のことを思っている。けっきょく、放浪と故郷は相反するもので、この両者のあいだに、詩がつくられていくのである。」

「さすらいと故郷との中間に、人間というものの本体がある。有と無との中間に存在というものの本体がある。それを掴ええた詩こそ「絶対の詩」とよびうる。そういう詩を書きたいと思うが、なかなかできない。」



「笑いの文学」より:

「すぐれた芸術には人間の根本的な憂欝と笑いが適当に混入されている。憂欝だけでも笑いだけでもその芸術は完成されない。例えば、ハムレットという憂欝な悲劇的人物を表現するのにシェイクスピアは喜劇的な表現法を用いたので、相反する二つの要素が連結したので、そのハムレットという劇が立派な芸術になって鑑賞されるのである。」


「はせをの芸術」より:

「芭蕉の冗談はどうして構成されるか。多くの場合、栄達利得の世界から見て笑うべき冗談としか思われないようおなものを素材にする。
 枯枝に烏のとまりたるや秋の暮
この句の俳は、秋の夕暮れ、枯枝に烏がとまった、ということを、いかにも重大事件が起こったように述べることである。栄達利得の世界に生きている世俗の人から見れば、こんなつまらないことに興奮して喜んだり悲しんだりすることは、実に笑うべき冗談だとしか思われない。(中略)芭蕉としては俗人によって笑われることは逆に俗人を笑うことである。芭蕉の俳の目的は栄達利得の世界に生きる人間を笑うためである。」
































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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