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『定本 西脇順三郎全集 IX 文学論 3』

「私の詩は閑人の詩だ。閑なとき読んでくれ。急いで読んではぼくの詩はわからない」
(滝口雅子 「西脇順三郎先生」 より)


『定本 西脇順三郎全集 IX 文学論 3』
居酒屋の文学論 未刊文学論 未刊美術論

筑摩書房 1994年8月20日初版第1刷発行
vii 701p 口絵i
A5判 丸背紙装上製本 貼函
定価8,800円(本体8,544円)

月報:
1972年6月初掲/1994年8月再録 8p
憂鬱な鶯と純粋な鶯(新倉俊一)/アマルテイアの角(倉橋由美子)/「秋の写真」(江森国友)/西脇順三郎先生(滝口雅子)
/図版1点



本書「後記」より:

「旧漢字表記はすべて新漢字表記に改めた。ただし仮名は旧表記に従った。」

本書の「未刊文学論」に、慶応大学における最終講義「ヨーロッパ現代文学の背景と日本」が収録されています。


西脇順三郎全集9-1


目次:

居酒屋の文学論 (昭和31年 南雲堂 不死鳥選書)
 アルバム (序文)
 批評と創作 (「新潮」 昭和12年8月)
 主知主義とイギリス文学 (「新英米文学」 昭和23年9月)
 文学の現実性 (「新潮」 昭和10年4月) (ジョン・コリアについて)
 文学の真理性 (「三田文学」 昭和10年6月)
 イギリス人と文学 (「新潮」 昭和14年11月)
 シェイクスピア文学 (「三田文学」 昭和8年7月)
 居酒屋の文学論 (「行動」 昭和9年1月)
 文学的風習 (「新潮」 昭和9年9月)
 文学的思考の美 (「新潮」 昭和14年4月)
 文学の人間記録 (「新潮」 昭和8年7月)
 文学批評の興味 (「新潮」 昭和8年12月)
 アメリカ文学の世界性と国民性 (「米書だより」 昭和30年9月)

未刊文学論
 I
 「馥郁タル火夫ヨ」序文 (昭和2年12月)
 中世英文学に就いて (「英語青年」 昭和7年2月15日)
 ルイスに於ける文学と哲学の交流 (「セルパン」 昭和8年11月)
 英文学に於ける象徴主義 (「英語青年」 昭和15年10月1日~16年3月15日)
 原始時代と文学 (「慶応高等部雑誌」 昭和15年)
 心理学的文芸論 (「英語青年」 昭和17年11月15日~18年3月15日)
 伊太利文化 (「日伊文化研究」 昭和17年3月)
 自然論と文学 (「英文学研究」 昭和18年7月)
 戦時の英文学雑話 (「英語青年」 昭和21年4月)
 二十世紀前半の回顧 (未詳)
 落葉の旅 (「芸林閒歩」 昭和21年12月)
 ルネサンスと自然主義 (「史学」 昭和23年1月)
 最近のエリオット (未詳)
 文学と世界観 (「英語青年」 昭和21年5月)
 英文学の人生観とその特質 (「英語青年」 昭和21年9月)
 サー・ウォルター・ローリ (「英語青年」 昭和21年10月)
 ワーヅワス論 (「英語青年」 昭和22年8月)
 英文学の思想 (「英語青年」 昭和23年4月)
 中世の叙事詩と物語 (『文学講座II』 筑摩書房 昭和26年6月)
 チョーサー (『世界文学全集古典編第七巻』 河出書房 昭和26年12月) (→ちくま文庫版『カンタベリ物語』解説)
 チョーサーとその周囲 (『英語・英米文学講座5 英米作家論』 河出書房 (昭和27年4月)
 バーナード・ショーの一生 (「学鐙」 昭和26年1月)
 ジョイスの文学序 (「英語青年」 昭和34年10月)
 ルネサンスの詩 (原題「詩歌」/『英米文学史講座2 ルネサンスI』 研究社 昭和35年10月)
 ジョイス (『英米文学史講座11 二十世紀II』 研究社 昭和36年4月)
 「荒地」と「金宝集」 (『The Golden Treasury』 大修館 月報 昭和37年3月)
 Cakes and Ale について (「Cap Ferrat」 昭和36年11月)
 ヨーロッパ現代文学の背景と日本 (「英語青年」 昭和37年4月) (最終講義)
  一 東洋への回帰
  二 ジョイスとエリオット
  三 文学の周辺
  四 東京にあったヨーロッパ
  五 中世文学と現代文学
 アーサー・シモンズ 「詩と散文の研究」 (「日本」 昭和38年5月)
 ジェイムズ崇拝 (『世界文学大系第四十五巻』 筑摩書房 月報 昭和38年7月)
 「フィネガンズ・ウェイク」の鑑賞 (「六人を乗せた馬車公演パンフレット」 昭和39年5月)
 ジェイムズ・ジョイスの芸術 (『世界文学全集II―13』 河出書房 昭和39年8月)
 近代人の地獄篇 (「展望」 昭和39年10月)
 イプセン劇 (『世界の文学史7』 明治書院 月報 昭和42年1月)
 ロレンスの思想と文学 (『世界文学全集2 D・H・ロレンス』 集英社 昭和40年3月)
 フローベールの世界 (『フローベール全集2』 筑摩書房 月報 昭和41年1月)
 モームの芸術 (『二十世紀英米文学案内19』 研究社 月報 昭和41年7月)
 人間の憂欝 (「英米文学研究」 昭和41年3月)
 モームの小説について (『月と六ペンス』 旺文社 昭和41年12月)
 『肖像』の位置 (『世界文学全集46』 月報 昭和42年6月)
 イギリスのロマン主義 (「英語研究」 昭和43年3月)
 「芸術と詩の研究」 (「高校英語研究」 昭和43年3月)
 イェイツとロレンス (『世界詩人全集15』 新潮社 付録 昭和44年3月)
 II
 シェイクスピアとベイコン (「明治学院論叢」 昭和24年11月)
 シェイクスピアの鑑賞について (「文学」(慶応義塾創立百年記念論文集) 昭和33年11月)
 シェイクスピアの笑い (『世界文学大系第十二巻』 筑摩書房 月報 昭和34年9月)
 シェイクスピアの芸術 (「本の手帖」 昭和39年4月)
 シェイクスピアの言語 (「英語青年」 昭和40年1月)
 シェイクスピアのソネット (「L&L」 昭和40年3月)
 シェイクスピアの芸術 (『世界古典文学全集41』 筑摩書房 月報 昭41年2月)
 シェイクスピア研究について (「明治学院大学英文学会会誌」 昭和39年6月)
 「ヴェニスの商人」所感 (「日本女子大学パンフレット」 昭和38年5月)
 シェイクスピアの喜劇 (「日本女子大学パンフレット」 昭和41年5月)
 シェイクスピアの演劇 (「日本女子大学パンフレット」 昭和42年5月)
 「テムペスト」について (「日本女子大学パンフレット」 昭和43年5月)
 「ヴェニスの商人」 (「日本女子大学パンフレット」 昭和45年5月)

未刊美術論
 ルソーの絵 (「津田文学」 昭和13年12月)
 絵画美 (「みづゑ」 昭和24年9月)
 ゴーガン「市場」について (『世界名画全集12』 河出書房 昭和31年11月)
 池大雅 (「三彩」 昭和32年3月)
 セザンヌとの再会 (「サンケイ新聞」 昭和36年12月11日)
 イギリス絵画と国民性 (『世界名画全集9』 平凡社 昭和34年12月)
 芸術の冒険 (「サンケイ新聞」 昭和33年9月4日)
 ロマンな夏の夢 (「読売新聞」 昭和37年10月8日)
 瀧口修造 「近代芸術」、「点」 (「朝日ジャーナル」 昭和38年2月24日)
 全身を化粧する (「読売新聞」 昭和39年2月20日)
 ヒッタイトのテラコッタ像 (「三彩」 昭和39年12月)
 藤島武二先生のこと (「みづゑ」 昭和42年6月)
 ニューヨークと近代美術 (「中央公論」 昭和43年1月)
 美の女神と私 (「三彩」 昭和43年12月)
 飯田善国とその彫刻 (「飯田善国展パンフレット」 昭和44年3月)
 「ルーベンスの世紀展」 (「読売新聞」 昭和44年5月7日)
 ドラクロワ (「国立博物館ニュース」 昭和44年7月)
 パブロ・ピカソの芸術 (「芸術新潮」 昭和45年3月)
 セザンヌの水彩 (「芸術新潮」 昭和46年7月)
 近代芸術のグロテスク (「都市」 昭和44年12月)
 エル・グレコ (『ファブリ世界名画全集11 エル・グレコ』 平凡社 昭和44年)
 堀柳女の芸術 (『堀柳女人形作品集』 講談社 昭和47年1月)
 「黒い太陽」 岡本太郎 (「読売新聞」 昭和25年1月21日)

後記 (鍵谷幸信・新倉俊一)



西脇順三郎全集9-2

口絵 (1957年)。



◆本書より◆


「文学の現実性」より:

「一見、サタイアは残酷に人間を破壊するように思われるが、その効果は正反対であって、非常にその笑いの下には人間に対する同情と温味がある。よいサタイアの組織から出来ている小説の中の人物は悉く寧ろ愛すべき人間ばかりである。すべての人間を笑うということはすべての人間を愛することが出来るようになる。この意味でサタイアに於ける反人間主義ということは結局汎人間主義になるという一種の論理が出来る。サタイアにはモラルがないということはあらゆる人間を抱擁しているからである。厳格にいえば個々の人間は個々のモラルをもっているとみれるから、あらゆる人間を抱擁するということは、あらゆるモラルを抱擁するからである。」


「イギリス人と文学」より:

「彼等の生活は外部からみると、少くとも雑然とした一つの藪である。或る一つのことに就いて、多くの場合相反する正反対の現象が共存している。これがイギリス人の不合理的で矛盾があるといわれている原因であろう。人間の生活は勿論そう一筋に行くものではないが、併しイギリスの風習はそれが甚しい例であるから、そう特に考えられているのであろう。例えば、両極端が共存している現象を、あらゆることに観ることが出来る。或ることに関してはイギリスは何処の国よりも簡単で形式ばらないで行けるけれども、それと同時にまた他のことになると、それが何処の国よりも形式的で繁雑を極めている。
イギリス人は普通常識的で、実際的で、実利的であるが、併し個人的にみれば、実にそれと正反対な人が沢山いる。非常に変りもので、非常識で、殆んど狂人的に無鉄砲な人もいる。このことは文学をみてもわかるが、併し毎日の新聞の三面記事をみてもわかることである。三面記事には小説よりも面白い奇事奇談、変質的な行為が出ている。」
「両極端に相反する人間が一緒になって、混然としている状態はイギリス文学の特色であろう。イギリスは一般に常識の国と表面上は考えられているが、実は文学を通じてみれば実に変り者が多い国である。」



「文学的風習」より:

「小説中に出ている人間に興味を僕自身はあまりもっていない。しかしいつも作者の感覚とか思想とか、換言すれば頭の働き具合に興味をもって小説をよむ傾向がある。だから文学批評でも、詩でも、小説でも僕には同一のものであるようだ。作者という人間に興味がある。」


「文学的思考の美」より:

「善という観念があって、初めて悪という観念が出来る。ボオドレエルの悪魔主義は神を信ずればこそ存在するのである。彼の悪魔主義は人間に対するイロニイであり、美に対するイロニイである。彼はイロニイをもってロマン主義的なヒューマニズムに反対したのであった。」


「文学批評の興味」より:

「僕の癖であるが文学批評を読む目的は、その批評乃至解説によってその批評の対象となっている作品を知ろうとはしない。寧ろその批評家が如何なる人間性を主張することになるかを知るためである。簡単にいえば、批評を読むことは批評家を知るためであって、その批評家が批評している作品自身を知るためでない。」
「多くの場合、批評家はその批評している対象の作者の頭を露出させるよりも、批評家自身の頭を露出させているからである。作者はその作品の中で最も完全に彼の頭を露出させているし、批評家はその批評文の中で彼の頭を完全に、露出させることが普通であると思われる。少くとも人間性を知ろうとする場合は、僕には作家もその批評家も同一の価値があると思う。
よく批評はつまらないとか、批評は作品自身に比して価値がないものであるとか考えられることがあるが、それも一理あることであると思う。それは作品を中心として考えた場合である。(1)作品を知るには作品をよく読むことである。そしてそれがためには自分以外に批評家というものを必要としない。若し批評家があって、その作品のことを何かいっているとしても、批評家は自分と等しい立場に立っていないことが多い。批評家がいったことは自分には面白くなく、またつまらないと感ずることは自分と意見が違うからである。(2)作品があっての批評であるから、批評がなくても作品の存在には関係がない。それで批評が二次的のものであり、副産物みたいなものとなり、無用なものと考えられる。
以上のような理由で文学批評などはつまらないし、特に無用に思われることは一面実に本当である。しかし僕は作品ということを離れて、批評家というものに興味があり、批評家は批評家としてまた別の方面からみようとする。」
「今日T・S・エリオットの文学論に興味をもつ理由の正しい見方は、彼の頭を通して作家や作品を知るためではない。彼が如何なる方法や態度で批評するかということに興味をもつからである。作家や作品を知るには僕などは批評の方法などを考えずに直接それを読むことが一番よいことであると思う。」



「アメリカ文学の世界性と国民性」より:

「僕はいろいろの事情でイギリスの文学ばかり数十年来読むことになってしまったが、実際は西洋人の生活や文学(一口にいえば文化)に初めて接したのはアメリカの文化である。またアメリカの地を非常に子供心にロマンティクに考え、夢みたものだ。
それは中学時代の頃で、英語は学校では教科書としては用いなかったが、自分が好んで読んだのは有名な“National Readers”というものだ。これは一巻から五巻まで自分で参考書を見たり人に聞いたりしてひそかに愛読した。アメリカ人の生活や気風はこれから子供だった私の心に深く印象づけられた。これに出ているアメリカ人の生活は今日とはまるで異なるもので、十八世紀か十九世紀の初めの家庭生活を中心とするアメリカ人の生活のことであるが、一つの修身書であった。また、あの石版ずりの挿絵は今日みるとなつかしいものだ。風俗は明治の初めのニシキエにある西洋人のものだ。
また、へんな話だが、アメリカにも「ミミズ」や「野牛」や「ヤマメ」や「アメリカン・インディアン」がいることも非常に詩的に思われた。第五巻になるとアメリカ文学が出ている。ポウもウィティアの詩もあり、大いに外国の風土にあこがれる源泉になった。子供心にアメリカは wilderness で朝は牛とニワトリの鳴声に明けるものと思った。一九〇五年の頃からこの読本を読み始めたのだが、この読本はその時代のアメリカを知るためにはすこし古めかしいものであった。しかしそれがアメリカを知る手ほどきになったのは皮肉ともいえる。けれども、私は田舎にいたから、いかにもこの読本がいきいきとして見えた。結局このアメリカ読本が私の接した西洋文化の古典となってしまった。」



「フローベールの世界」

「私の貧しい文学教育に最大な光明を与えてくれた二人のフランス人は一八二一年に生まれた。それはフローベールとボオドレールであった。これは勿論偶然の出来事にすぎないのであった。私が文学というものに興味をもちだしたのはフローベールを偶然に読んだことからであった。それまで私は小説にあまり興味がなかったのであったが、これから以後小説というものを尊敬するようになった。そればかりでなく、不思議なことに、フローベールの中に私がたどるべき詩の精神さえ初めて発見したのであった。私が抒情詩を好まなくなったのはフローベールのレアリスムというすばらしい牧場の中にねそべることが出来たからだと思う。
詩をかくときでもフローベール的外面描写を少しいれないと詩のスタイルとしての重要な要素がなくなるとさえ思うようになった。
フローベールが初め私の青二才の頭をよろこばしたか、思いでをたどって考えてみよう。ロマンティックな世界を情感によらないで、物的にまたは肉体的に描いたのはフローベールであった。それはボオドレールのいう文学の重要な要素である「グロテスク」と「イロニイ」の美的感性の文学である。またそれに加うるにすばらしい諧謔の精神がともなっているからであった。極つまらない点についての例かも知れないが、フローベールが牧場の緑をたとえるのに球突き台の緑のラシャをもってしたことは私のおさない頭をおどろかした。普通の詩などでは球突き台を緑の牧場にたとえるのが常道だと思っていた私には異常なおどろきであったのだろう。また『ボヴァリー夫人』の最後の場面(ボヴァリーの死をかたるところ)などは肉体的物体的社会性的描写があり、残酷でイロニイにより、一つの諧謔の妙を感じさせたのでこれもロマン主義的なものになれている頭をたたきつけるに充分なものであったのだろう。
そうしたすぐれた諧謔の精神はフローベールの全作品の美となっている。」



「ゴーガン「市場」について」より:

「ゴーガンが妻子をすててタヒチに行ったのはジードがアフリカへ行ってみたのと違う。もう少し神秘的な憧れであった。人間の中に何か原始的な霊があってそれが神秘的な幻影を与えてくれるのであると信じて、そういうものを探しにポリネシアの土人の世界へさまよったのである。自然の神秘への一つの探究であった。」



こちらもご試聴下さい:
『西脇順三郎 最終講義』 CD
















































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