中野美代子 『孫悟空はサルかな?』

「こうして、孫悟空はみかけ上は疑いもなくサルでありますが、虎であり、龍であり、石であり、金属でもあります。ついでに申しますと、「雷公」というそのあだ名の一つが示すように、雷神でもあります。」
(中野美代子 「孫悟空はサルかな?」 より)


中野美代子 
『孫悟空はサルかな?』


日本文芸社 1992年7月3日第1刷発行/同年9月21日第2刷発行
450p 初出紙誌一覧3p 著者略歴1p 
A5判 丸背紙装上製本 カバー 
定価2,900円(本体2,816円)
装幀: 菊地信義

付録 (10p): 
bungei salon 黄昏時にお茶を飲みながら…
特別対談: 中野美代子・牧陽一「孫悟空からキング・コングまで」
写真(モノクロ)2点



本書「跋」より:

「一九八〇年に『孫悟空の誕生――サルの民話学と「西遊記」』(玉川大学出版部刊。一九八七年、福武文庫)を上梓して以来、『西遊記』をめぐって書くことが多くなった。本書は、こうして主として一九八〇年代にあちこちに書き散らしたものを一本にまとめたものである。掲載紙誌からのテーマについての注文やら紙数の制限ということもあって、相互にかなりの重複が見られるが、それでも最少限度の補訂を除いては、できるだけ原形をとどめることにつとめた。」


巻頭に図版119点(うちカラー5点)。


中野美代子 孫悟空はサルかな1


帯文:

「孫悟空と
謎また謎の
不思議宇宙を
読み解く思考の冒険!
変化(へんげ)の術と觔斗雲(きんとうん)の法を自在に操り天界で大暴れする痛快無比のスーパースターの見掛けがサルに似ているからといって、ゆめ油断することなかれ!――『西遊記』を己が思索の悦楽の園(ホルトゥス・デリキアルム)となせる著者が、孫悟空誕生の謎と妖怪跋扈する不思議な語りの宇宙の秘密を、時間と空間のひろがりの中で重層的にとらえ読み解かんとした壮大な試み、あるいは思考の果敢なる冒険の軌跡としての最新エッセイ集。」



中野美代子 孫悟空はサルかな2


目次 (初出):

I 孫悟空のイメージ
 孫悟空のしっぽ (「創文」 1979年4月号 創文社)
 サル雑学余聞 (「文化庁月報」 1981年5月号)
 造形のなかのサル (「本」 1981年7月号)
 孫悟空の生い立ち (中国京劇団訪日公演パンフレット 1982年)
 孫悟空と桃太郎 (「朝日新聞」 1982年8月13日)
 国家権力と孫悟空 (「北海道新聞」 1982年3月6日)
 石と龍の秘密 (「太陽」 1983年1月号、のち『裏読みヒーロー列伝』 1985年 平凡社)
 孫悟空と科挙 (「'86日本の人形劇」 1986年 日本ウニマ)
 魁星点斗図から (「書道研究」 1988年3月 美術新聞社)
 『西遊記』その魅力と謎 (北海道大学ラジオ講座「中国の古典を読む」 1987年8月)
 ひょうたん論の物語 (「国文学」 1989年12月号 学燈社)
 孫悟空はサルかな? (日中合作皮影戯『西遊記』特別公演パンフレット所収「孫悟空はサルかな?」(1988年)および梅田コマ 劇場公演『西遊記』パンフレット所収「孫悟空はサルだろうか?」(1991年)をもとに書きおろし)

II 孫悟空とハヌマーンを探す旅
 福建訪猴記 (「北海道新聞」 1983年8月29日、30日、31日)
 泉州の石刻 (「国語通信」 1983年10月号(特集「中国古典との出会い」) 筑摩書房)
 福建省泉州開元寺にて (「図書」 1983年12月号 岩波書店 原題「孫悟空の原像」)
 中国古塔めぐり (「図書館だより」 第21号 1985年6月 藤女子大学 原題「中国の塔めぐり」)
 福建ビル・ラッシュ (「旅」 1992年1月号 日本交通公社)
 ハヌマーンの旅 (「ユネスコ・アジア文化ニュース」 第203号 1989年7月15日)
 孫悟空との対話 (「「中央公論」 1989年11月)
 アンコール紀行余滴 (「朝日新聞」 1990年9月17日)
 アンコール遺跡浮彫雑感 (「美の回廊をゆく―東南アジア至宝の旅」1 1991年 日本放送出版協会 原題「周達観の見なかったもの」)

III 三蔵法師
 『西遊記』と『三蔵法師伝』 (「中国の八大小説」 1965年 平凡社)
 聖者の転落 (「遊学大全」 1980年 工作舎)
 『大唐西域記』と玄奘の旅 (「別冊 歴史読本」 1982年春 新人物往来社 原題「三蔵法師玄奘」)
 『五天竺』における三蔵法師出生譚 (国立文楽劇場第十回文楽公演パンフレット 1985年10月 原題「『西遊記』と『五天竺』との距離」)
 三蔵法師はなぜサルを連れているのか (「歴史地理教育」 1987年3月号 歴史教育者協議会)
 玄奘と「唐三蔵」 (週刊朝日百科「世界の歴史」33 1989年7月9日 原題「『西遊記』の誕生」)
 玄奘三蔵の旅から『西遊記』まで (「薬師寺」 第88号(玄奘三蔵院伽藍落慶記念号) 1991年3月)
 玄奘とスタイン (「大英博物館」5 1991年 日本放送出版協会)

IV 『西遊記』研究の周辺
 『西遊記』研究近景 (「東方」 1981年5月号 東方書店)
 太田辰夫氏『西遊記の研究』書評1 (「週刊読書人」 1984年9月3日)
 太田辰夫氏『西遊記の研究』書評2 (「東方」 1984年10月号 東方書店)
 アンコール・ワット「乳海攪拌」浮彫考 (「ぶっくれっと」 1990年11月号 三省堂 原題「ハヌマーンの綱引き」)
 孫悟空実在説について (「朝日新聞」 1991年1月24日)
 楡林窟の玄奘取経図 (「月刊百科」 1991年4月号 平凡社)
 泉州開元寺東西塔浮彫考 (「日中文化研究」創刊号 1991年4月 勉誠社 原題「十八羅漢・梁武帝・目連戯と初期『西遊記』――泉州開元寺東西塔浮彫考」)

V 孫悟空をめぐる妖怪・動物たち
 東西妖怪ばなし (「西遊記の旅」 1981年 講談社)
 幻想の動物誌 (「北海道新聞」「東京新聞」 1982年1月4日、5日、6日)
 妖怪のリアリティ (「日本民俗文化資料集成」 第8巻月報 1988年11月 三一書房)
 金糸猴と「野人」 (「学燈」 1985年2月号 丸善)
 中国の妖怪 (「創造の世界」 1985年11月(梅原猛・河合雅雄・小松和彦・作田啓一の諸氏とのシンポジウムにおける報告)
 鼻行類と金糸猴 (「学燈」 1988年2月号 丸善 原題「鼻の冗談」)
 沙悟浄と中島敦 (「蝉」 1982年4月号 文治堂書店)
 猪八戒雑談 (「北方林業」 1983年1月号)
 ナタ太子 (「マンスリーアプローチ高2講座・国語」 1987年5月号 福武書店)
 虎の図像史 (「アニマ」 1985年12月号 平凡社 原題「虎」)
 虎五題 (「読売新聞」 1986年1月6日、7日、8日、9日、10日)
 龍の聖と俗 (「F・ハックスリー、中野訳「龍とドラゴン――幻獣の図像学」 1982年 平凡社)
 龍の旅 (「水墨画」 1987年7月号 日貿出版)
 龍とハマグリ (「どうぶつと動物園」 1988年1月号 東京動物園協会)
 龍とドラゴン (「夢万年 聖獣伝説」 1988年 講談社)
 亀の図像学 (「チャイム銀座」 1992年3月号 K&D 原題「装飾の博物誌――亀」)


初出紙誌一覧



中野美代子 孫悟空はサルかな3



◆本書より◆


「『西遊記』その魅力と謎」より:

「こうしてみますと、孫悟空を中心として考える限り、『西遊記』には、かれの「大閙天宮」のモチーフと、「西天取経」のモチーフの、二つの相反するモチーフが併存しているということになりましょう。「大閙天宮」のモチーフにおける孫悟空は、天界諸神つまり絶対者への反逆児であり、「西天取経」のモチーフにおける孫悟空は、絶対者への命令に従うまじめな行者であるからです。反逆児であばれ者であった孫悟空がまじめな行者に変身するためには、五行山の岩のすきまに五百年も閉じこめられていなければなりませんでしたが、花果山のてっぺんの石卵から生まれたとされる孫悟空は、生まれ変わるために、母胎としての岩山に投胎し、再生を待ったというわけであります。
 そういえば、猪八戒も沙悟浄も、天界でそれほどわるさをしたために下界に落とされた、つまり降生(こうせい)させられたという設定になっております。あの三蔵法師でさえ、前生では釈迦の弟子である金蝉(こんぜん)であったのが、釈迦のいいつけに背いたために「東土」に生まれ変わらせられた、つまり転生(てんしょう)させられたことになっているのです。」
「ところで、人間の一生、だれしも厳格に一回的であるという認識は、それほど古いものではありません。死んでもまた再生できる、あるいはだれかに転生できるという期待は、死に対する恐怖へのエクスキューズとして人類が古代から抱きつづけてきたものでありますが、『西遊記』の登場人物のほとんどすべては、永遠の死をまぬがれているのであります。いい換えるならば、永遠の生を保証されているのであります。」
「変身もまた、生の一回性からのがれるための古代からの便法でした。『西遊記』の登場人物たちは、これまたほとんど変身の名手です。三蔵たち一行の旅を妨げる妖怪たちも、天界の動物が地上に降生させられたものであり、同時に孫悟空に対抗するための変身術を心得ているのです。
 こうしてみますと、『西遊記』のどこを探しても、死の悲劇はないということになりましょう。死んだと思っても、いつかは生きかえる、あるいは再生したり転生したりすることが保証されている世界には、そもそも悲劇はおこりえないのです。『水滸伝』の結末も、主人公たちがばたばたと死んでしまうのですが、かれらは天界の星が降生したものだと示唆されていることによって、本質的な悲劇性はまぬがれてしまいました。同様の例は、中国の通俗小説に山ほど見ることができます。」



「幻想の動物誌」より:

「蜃気楼、または海市(かいし)。トルファン盆地の熱砂の地平線上にゆらめく蜃気楼を見たとき、とっさにカメラをむけたが、砂漠に棲むまぼろしの蜃(しん)は、狡猾にも気を吐くのをやめてしまった。
 蜃とはなにか。明代の李時珍の著『本草綱目(ほんぞうこうもく)』によると、この自然界には、同じ名でありながら、まったく別種の蜃が二つあるという。一つは、龍の仲間の蛟龍(こうりゅう)すなわち みずち のこと。一つは、大きな蛤(はまぐり)のこと。みずち と蛤とでは、またひどくちがうものだが、共通した特性をそなえていて、つまり、ハァーッと気を吐けば、空中に楼台や城郭の姿をつくりあげる。蜃気楼という名のおこりである。
 蜃と呼ばれる みずち は、蛇と雉(きじ)が交わって生まれたものだそうだが、大蛤のほうは、雉が海中に入って化したものだという。ちなみに、ふつうの蛤は、雀が河中に入って化したものである。どちらも、雉を親としている点が注目される。
 蛟龍の下半身をもち、上半身は人間というのが蛟人(鮫人とも)すなわち人魚である。古代の地理書『山海経』には、しばしば「人魚」という名の、四足をもち赤ン坊のように鳴く奇妙な魚のことが出てくるが、これはもちろん、いわゆる人魚ではない。また、いまの中国で「人魚(レンユイ)」という異名をもつ実在の動物あり、それは海牛(かいぎゅう)目に属するジュゴンである。
 ジュゴンは、中国では広東や広西などの南部沿岸の浅瀬にひろく分布し、とくに現トンキン湾沿いの合浦から東興にかけて多い。ところで、合浦のあたりは真珠の産地としてむかしから名高い。漢のころ、この合浦に太守として赴任してくるものはみな、私腹をこやすために真珠を乱獲し、ために一時はとれなくなった。そこへ清廉な孟嘗(もうしょう)が太守となったので、真珠はふたたび名産物となったという、いわゆる合浦珠還の故事がある。
 合浦のあたりの海中には、どことなく人間を思わせるジュゴンという動物がいること、そして、そこはまた真珠の産地として知られること、この二つの事実から、人は、蛟人すなわち人魚が海底で泣けばその涙は真珠になるという、世にも美しい伝説を生みだした。蛟人はまた、海底でひねもす機織(はたおり)をしているのだそうだ。
 唐代の詩人岑参(しんじん)の詩句に、「楼台に蜃気を重ね、邑里(ゆうり)に鮫人を雑(まじ)う」というのがある。気を吐いて蜃気楼を現前せしめる蛟龍と、その蛟龍の化身としての蛟人すなわち人魚と、魅惑的な二つの伝説をふまえた岑参のこの詩句は、いつのころからか、私にとってはそれこそ蜃気楼のような杳(はる)かな存在となった。
 十世紀アラビアの『インドの不思議の書』に、人間と海獣とのあいだに生まれた人魚らしき姿の陽気な奴隷たちのことが見える。その海獣は、ジュゴンよりもむしろオットセイかアザラシに似ているようだが、いずれにしても、半人半魚の美しい女体をつくり出す源泉は、われわれ人間の好奇心と、想像力と、そしてアナロジーの力なのだというほかはない。」
「それにしても、下半身が魚体という人魚の姿ほど、エロティシズムとの幻想的な距離を感じさせるものはあるまい。その距離は、時あって無限に遠く、また無限に近い。もしかすると、蜃気楼とは、エロティシズムの別名だったのではなかろうか。」





































































































































































































































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ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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