『吉田健一著作集 XIX 私の食物誌/本當のやうな話』

『吉田健一著作集 XIX 
私の食物誌/本當のやうな話』


監修: 石川淳・河上徹太郎・中村光夫
編輯委員: 篠田一士・清水徹・丸谷才一

集英社 昭和55年3月20日第1刷印刷/同年4月4日発行
401p 四六判 丸背布装上製本 貼函 定価2,000円
装幀: 栃折久美子
本文正字・正かな

月報 8p
吉田さんの食物随筆(中村稔)/幻のイギリス小説概観(小池滋)



随筆集『私の食物誌』初版は昭和47年11月中央公論社刊。
小説『本當のやうな話』初版は昭和48年1月集英社刊(『本当のような話』)。
両者とも単行本を底本とし、仮名遣いを著者慣用の正字・旧仮名に戻し、送り仮名、外国語表記についても著者の慣用例に統一してある。

『私の食物誌』はちゃんとよんだことがありません。これからもよまないとおもいます。よみたい人がよめばよいです。


吉田健一著作集19


目次:

私の食物誌
 私の食物誌 (「読売新聞」 昭和46年2月4日号~12月26日号/「東京のおせち」以下八篇は書き下し)
  長濱の鴨
  神戸のパンとバタ
  飛鳥の貝
  近江の鮒鮨
  瀬戸内海のままかり
  廣島の牡蠣
  新潟の筋子
  金澤の蟹
  關西のうどん
  東京の握り鮨
  明石の鯛
  富山の鱒鮨
  長崎の豚の角煮
  大阪の雀鮨
  大阪のかやく飯
  大阪の小料理屋
  日本の西洋料理
  京都の漬けもの
  金澤の蕪鮨
  京都の蓴菜
  東北の味噌漬け
  關西の眞名鰹の味噌漬け
  金山寺味噌
  横濱中華街の點心
  金澤の胡桃餅
  日本海の烏賊の黑づくり
  瀬戸内海のめばる
  石川縣の鰌の蒲燒き
  北海道の牛乳
  淺間山麓の淺間葡萄
  信越線長岡驛の辨當
  群馬縣の豚
  京都のすつぽん
  瀬戸内海の鯛の濱燒き
  京都の筍
  關西のおでん
  長崎の唐墨
  東京の佃煮
  關東の鮪
  鎌倉の海老
  龍野の素麺
  新潟の餅
  東京のこはだ
  佐久の鯉
  東京の慈姑
  北海道のじやが芋
  石川縣の棒鰤
  金澤のごり
  廣島縣の奈良漬け
  プリマス・ロツクといふ種類の雞
  大阪のいひだこの煮もの
  大阪の鰻の佃煮
  廣島菜
  新潟の身缺き鯡の昆布巻き
  大磯のはんぺん
  蒲鉾
  能登の岩海苔
  京都の小鯛の酢漬け
  神戸の穴子
  關西の鱧
  日本のワンタン
  大阪の鯖鮨
  岡山の七面鳥の鹽燒き
  甲府の鮑の煮貝
  數の子の麹漬け
  群馬縣の雞
  近畿の松茸
  氷見の乾しうどん
  神戸のイタリイ料理
  靜岡の山葵漬け
  粕汁
  すだち
  北國の蕨の粕漬け
  關西の鹽昆布
  江戸前の卵燒き
  關東の葱
  九十九里の鰯
  下關の雲丹
  薩摩のかるかん
  岩魚のこつ酒
  關西の牛肉
  茶漬け
  豐橋の燒き竹輪
  日本の支那料理
  長崎のカステラ
  千葉の蛤
  榮螺の壺燒き
  中津川の栗
  東京のべつたら漬け
  鹿兒島の薩摩汁
  高崎のベエコン
  東京の雜煮
  東京のおせち
  高崎のハム
  東京の店屋もの
  みる貝
  東京の食堂
  五月の鰹
  豆餅
  日本の米
 食物の美 (初出未詳)
 酒の味その他 (「別冊文藝春秋」 昭和43年12月号)
 酒と風土 (初出未詳)
 飲む場所 (「甘辛春秋」 昭和45年3月、6月、9月、12月号)
 立食式 (「小説新潮」 昭和45年8月号)
 旨いもの (「別冊文藝春秋」 昭和45年9月号)

本當のやうな話 (「すばる」 第9号 昭和47年9月)

解題 (清水徹)




◆本書より◆


『本當のやうな話』より:

「朝になつて女が目を覺して床を出る。その邊から話を始めてもいい譯である。」

「この頃の時勢といふやうなものがどうだらうと眞面目に生きることを望む人間は若いうちは年取ることばかり考へてゐる。凡てが將來にある状態は問題になるものでなくてエピクテトスを讀んだ後でピアノを彈き、自分の考へが未熟であることの苦さを噛み締めるといふ風なことで時が過ぎて行く。これは未來のことは一切解らなくて過去とは自分から縁を切つてゐることでさうなれば現在も單に努力の形でしか存在せず、さういふ幾何學の點も同樣の生き方はただ若さがあつてこそ挫折を免れてゐるのである。併しそれが若さであるかどうか。それは生理の上では若さであつても精神がこの時代のやうにそれ自體を締め付ける方向にばかり働いてゐることはなくてこれをもし一種の萎縮と見るならば精神の上ではその精神が老年の生理的な兆候を呈してゐることになる。誰がさういふ經驗が二度と繰り返したいか。
併しもしその苦い經驗が十年、二十年と續いた後で精神が漸く融通が利くやうになり、もう後を振り返ることを恐れず未來にも或る搖がない自信を持つて眼を向けることが出來ることになればそあれが若さであつて體の多少の衰へを補つて餘りあり、さう見るならば自分も若くなつてゐることを民子はその朝その庭に立つて感じた。それで子供の頃にもそれに似た氣持になつたことがあるのを思ひ出した。まだかうしてはゐられないといふ考へに取り憑かれたりする前で人間はさういふ考へに惱まされる邊りから大人になる方向に歩き出すものらしい。そして人に強いられもしない苦勞を散々した後で今度は人に揉まれて苦勞をしてそれでもとの子供の状態に戻るのならばその間のことにどれだけの意味があるのだらうか。併しもし今の自分が子供であるならばそれは子供が知らないことを知つて子供がしないことをして一人立ちして行けるやうになつた子供で(中略)子供よりも完全な子供であり、それで漸く若くなつた民子は若い頃に考へなかつた形で大人になつたのでもあつた。
だからどうしたといふことはないことを示して民子は家の中に戻つた。」

「その日は女の客が少かつたせゐかその眼に特殊な輝きがあるバレーの名手と民子は食事が始るまで話をしてゐる具合になつた。(中略)その女は背も餘り高くなくて民子と顔が向き合ふ位だつた。民子はその妙技を知つてゐて觀客席にゐて受けた殆ど嘘だと思ふ印象とその女を結び付けることが出來なかつたが、その代りにその眼なのか話なのかにただそれだけのものとして引き入れられて行くのを感じた。これはその藝術家といふやうなものでなくて、それでは何なのだらうか。どうも人間とも言ひ切れない氣がして天才といふことが頭に浮んだが天才が人間でなければ情ない話である。それで妖精といふことを思ひ付いた。その西洋の妖精といふのがなかなか人間味があるものでそれで人間と交渉出來るのだつたからその女を妖精と見ても少しも想像力の上で突き當るものはなかつた。
「コルシカにお出でになつたことがありますか、」とその女が聞いてゐた。その用語はフランス語でさういふラテン系の國の大使館ではフランス語を使ふのが普通でスペイン語やイタリー語を知つてゐる必要がないのは有難かつた。
「貴方の眼のやうな海、」と民子はその方は見ずに思はず言つた。
「それならばいらしたことがあるんですね。」その女の笑ひ聲も曾て聞いたことがない音がした。
「いいえ、讀んだことがあるだけ。」
「いらつしやらなければいけません。さうすれば貴方の頬ももつと血の氣を増す。今は幽霊のやうぢやありませんか、」とその女が言つた。
「私は貴方が妖精のやうだと思つてゐたんです、」と民子は言つた。
「いいのですか、惡いのですか、」と女が言つた。「貴方のやうな方ならば守つて上げる。」
ここはその原語のままを書いて置かうか。その女は、mais je veillerai sur une personne come vous と言つたのである。
Et je vous hanterai と民子が答へたのは貴方に幽霊として付き纏ふといふことになるかも知れない。併し幽霊が何となくその邊に現れたり消えたりすることを指す特定の動詞は日本語にないやうである。或はその陰翳が違ふ。
民子とその女が顔を見合せて笑つた時に食堂の境の戸が兩側に開かれてそこに現れた給仕長が食事の支度が出來たと言つた。その日はその女が主賓だつたから民子の席はずつと離れてゐて女との話は途切れた。」

















































関連記事
スポンサーサイト
プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本