『吉田健一著作集 XXV 詩と近代/旅の時間』

『吉田健一著作集 XXV 
詩と近代/旅の時間』


監修: 石川淳・河上徹太郎・中村光夫
編輯委員: 篠田一士・清水徹・丸谷才一

集英社 昭和55年9月20日第1刷印刷/同年10月4日発行
373p 四六判 丸背布装上製本 貼函 定価2,000円
装幀: 栃折久美子
本文正字・正かな

月報 8p
文明について――吉田健一氏をめぐって――(粟津則雄)/イギリスの雑木林(小野二郎)



評論集『詩と近代』初版は昭和50年7月小澤書店刊。
短篇小説集『旅の時間』初版は昭和50年9月河出書房新社刊。
底本は単行本初版。ただし『旅の時間』は底本の新字・新仮名を正字・旧仮名に改めてある。


吉田健一著作集25


目次:

詩と近代
 詩と近代 (書き下ろし)
     *
 ポオ I (原題「解説」/『デュエット版 世界文学全集』 第18巻 集英社 昭和45年7月)
 ポオ II (初出未詳)
 ボオドレエル (原題「ボードレールの詩」/『ボードレール全集』 第3巻 月報 人文書院 昭和50年6月)
 ランボオ
  I ランボオの詩 (「ユリイカ」 臨時増刊 「特集ランボオ」 昭和46年4月)
  II 「地獄の季節」百年に寄せて (原題「ランボウの詩」/「朝日新聞」 昭和48年10月27日号)
 ヴァレリイ
  I ヴァレリイ頌 (『世界文学大系』 第51巻 月報 筑摩書房 昭和35年11月)
  II ヴァレリイのこと (『ヴァレリー全集』 第11巻 月報 筑摩書房 昭和49年2月)
 エリオツト
  I (原題「T・S・エリオット」/「あるびよん」 昭和29年1月号)
  II (原題「解説」/『T・S・エリオット全集』 第3巻 中央公論社 昭和35年6月)
  III 思ひ出 (原題「エリオットの思い出」/「読売新聞」 昭和40年6月16日号)
     *
 シャアロツト・ブロンテ (原題「解説」/『デュエット版 世界文学全集』 第22巻 集英社 昭和43年10月)
 ロレンス 「息子と戀人」 (原題「解説」/新潮文庫版 『息子と恋人』 昭和27年9月)
 P・G・ウツドハウス (「學鐙」 昭和50年4月号)
     *
 小林秀雄――圖書目録 (初出未詳)
 中原中也 (「ユリイカ」 昭和49年9月号)
 日本の近代詩 (初出未詳)
     *
 世紀末の精神と今日 (「朝日新聞」 昭和49年9月5日号)

旅の時間
 飛行機の中 (「文藝」 昭和49年1月号)
 昔のパリ (「文藝」 昭和49年3月号)
 大阪の夜 (「文藝」 昭和49年5月号) 
 英國の田舎 (「文藝」 昭和49年7月号)
 東北本線 (「文藝」 昭和49年9月号)
 ニュー・ヨークの町 (「文藝」 昭和49年10月号)
 ロンドン (「文藝」 昭和50年1月号)
 神戸 (「文藝」 昭和50年3月号)
 京都 (「文藝」 昭和50年5月号)
 航海 (「太陽」 昭和46年5月号/『吉田健一全短編集』初収)

解題 (清水徹)




◆本書より◆


「詩と近代」より:

「何よりもここでは定家、或は後鳥羽院、或は芭蕉その他をヴェルレエヌとかリルケとかのヨオロツパの詩人達と詩人である點で同じと見做すことをしないことから生じる無理が言ひたいのである。」


「ヴァレリイ」より:

「ヴァレリイを最初に讀む氣になつたのは、非常に難しいと聞いたからだつた。今ならば差し當り、ヴィツトゲンシュタインといふ所で、もう新たにヴィツトゲンシュタインが書いたものなど讀む野心はないが、もう三十年も前になるその頃は、難しいのならば讀まなければならないといふただそれだけのことで、「ヴァリエテI」を買つて來て讀み始めた。」


「P・G・ウツドハウス」より:

「ウォオがウツドハウスが書いたものに就て擧げてゐた特徴の一つに罪がないといふことがあつたのを思ひ出す。併しこれはウォオがキリスト教徒で又その面では熱心な信者だつたことを考慮に入れて受け取らなければならないことでただ無邪氣だといふことを越えてエデンの園とか無垢の心とかいふこともウォオが言はうとしてゐるのが感じられる。」


「英國の田舎」より:

「田坂が思つた通り友達の家も町の中になくて車は町を離れて竝木といふのか粗末な木柵で家畜が迷ひ出るのを防いだ道の兩側に大木が生えてゐる間を走つて行つた。それが街燈があるやうな道でなくて車の前燈だけが道を照してゐるのだつたが却つてその爲にその邊一帶の地が黄昏から夜になつて行く有樣が眼に見えて解つた。それは西の方の地平線に近い空にまだ明るい部分が殘つてゐるのが段々に光を失つて行くことでその上に黑とも灰色とも紫とも付かない色をした雲が棚引いてゐるのを田坂は夜の前觸れだと思つた。それを田坂は子供の頃に日本で見て知つてゐてただそれがその季節の同じ時刻に子供の頃にゐたその場所に行つても既に見られなくなつてゐた。田坂は子供で眺めた景色が大人になり、中年になつて死ぬ間際まで眺められるものならば人生は長くて平穏な感じがするだらうとそのことに思ひ當つたことに不意を衝かれた氣がした。その黄昏のやうなものが心にあれば冒險も仕甲斐があることになる。」

「「馬と車の違ひはね、醉つてゐても馬ならば大したことはないことなんだ、」と友達がそこで注文したビールが來ると言つた。「馬の方で氣を付けてくれるから。どこかの家に食事に呼ばれたものが歸りにどうして馬が後に向つて進むんだらうと思つてゐるうちに自分の家に着いて見たら後向きに馬に乘つてゐたつていふ話がある。」」



「東北本線」より:

「「ロンドンの霧といふことを聞きますがね、」と男が言つた。「あれは餘り氣持がいいものぢやない。例へば夕闇ならば何でもがただ晝間と違つた具合に見えるだけでそれが朧げになのが眼を休めてくれる。或はそれが夜の暗闇ならば明りに照された所が繪になつて浮き出る。それがロンドンの霧ぢや明りも何も、ぢやありませんね、何も見えないんぢやなくてどこを見ても黄色つぽい煙幕のやうなものが眼を塞ぐといふ感じで擴つてゐるんです。それが黄色つぽいのが汚れてゐるからだといふことも解つてゐる。尤も人目を晦ますのにはあんなにいいものはないかも知れません、こつちを探して廻つてゐる刑事でも何でもこつちからぶつかつて行きでもしない限り。」
「それで逃げ遂せたものもゐるんでせうね、」と坂本は言つた。
「ゐるでせうね、」と男が言つた。」

「暫くすると又そのことに男が戻つて、
「アフリカつていふのは世界で一番古い大陸なんですよ、」と言つた。「もと通りの状態を今まで保つて來たといふ意味ではね。あの猛獸は皆まだ地中海といふものがなかつた頃にヨーロツパの氣候の變化でアフリカに渡つて來たものなんです。そしてあのブツシュマン族といふのは初めからアフリカにゐたものらしい。ブツシュマン族が岩に書いた繪で二萬年前のものと推定されてゐるのがあるんです。ブツシュマン、――」その先を男が言はなかつたのは色々なことが頭に浮んで來てその整理が付かないからであるやうだつた。併し又暫くして、
「土地を所有してゐなくて又その必要も認めないから野蠻人、或は人間以下のものだといふことがありますかね、」と男が言つた。「所が十九世紀の後半に南アフリカにオランダ人が渡つて來た時にズル族やカフィア族とは協定を結んでこれはさういふ種族は土地を持つてゐてその土地にオランダ人が入つて行くか或はそこと隣合せに土地を持つことになつたからなんですがブツシュマンは浮浪人、或は寧ろ鳥獸竝の扱ひを受けることになつてこれは誰にでも勝手に打ち殺せた。それはブツシュマンが土地を持つてゐなくてさういふ生活をしてゐなかつたからなんですよ。ただそれだけの理由だつた。」實は坂本はそれまでブツシュマンといふ名前を聞いたことがなくて殆ど機械的に、
「その岩に繪を殘したのがですか、」と言つた。
「そのブツシュマンです、」と男が言つた。「併しその繪のことなんぢやない。その何でしたつけ、藝術なんていふことならばブツシュマンがアフリカに現れた頃にヨーロツパにゐてその後消えちまつた原始人もやつてゐた。併しブツシュマンはそれから二萬年もアフリカに住み着いて世界に類がない文明を築いたんです。自然を飼ひ馴らすことで。」
「自然を飼ひ馴らす、」と坂本は言つた。
「さう、それにはアフリカの惠まれた自然といふこともあつた譯ですよ、」と男が言つた。「併しこの民族はそれを荒す代りにだから手馴付けたんですよ。例へば野生の蜂の蜜があるでせう、その巣がある所を知つてゐる鳥の一種があつてこれがそこまで案内する。その鳥は今でもゐるんですがね、さうするとブツシュマンは或る種の草を焚いて蜂を眠らせて蜜を取るとその一部を必ず鳥に分けてやるんです。それからもしそれをしないとその人間が必ずひどい目に會ふといふ言ひ傳へがあつて、そしてこれは言ひ傳へだけなんぢやない。」そこで男は言葉を切つて暫くして、「そんなことはどうでもいいことですよ、」と言つた。「併し二萬年、或は一萬年でもいい、それだけの年月といふものを考へると初めからさういふ鳥がゐたんぢやなくてブツシュマンがその鳥の一種にさういふことを教へたんだとしか思へなくなる。その鳥と蜂と人間の關係、例へばブツシュマンは草を焚いて蜂を眠らせるといふことから他のことも大體が想像は付くでせう。さういふ關係を人間と人間のものに移して御覧なさい、そこに文明がある。」」
































































関連記事
スポンサーサイト
プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

最近の記事
カテゴリー
ブログ内検索
リンク
フリーエリア
netakiri nekotaroの最近読んだ本