『吉田健一著作集 XXVII 時間/昔話』

「人間は誠実でなければ何程のこともなし得ない。」
(吉田健一 『昔話』 より)


『吉田健一著作集 XXVII 
時間/昔話』


監修: 石川淳・河上徹太郎・中村光夫
編輯委員: 篠田一士・清水徹・丸谷才一

集英社 昭和55年11月20日第1刷印刷/同年12月4日発行
399p 四六判 丸背布装上製本 貼函 定価2,000円
装幀: 栃折久美子
本文正字・正かな

月報 8p
うたげと孤心の人(大岡信)



長篇評論『時間』は「新潮」昭和50年1月号~12月号に連載、初版は昭和51年4月新潮社刊。
長篇評論『昔話』は「ユリイカ」昭和50年9月号~51年8月号に連載、初版は昭和51年12月青土社刊。
底本は単行本初版。ただし『昔話』は底本の新字を正字に改める。


吉田健一著作集27


目次:

時間
 I~XII

昔話
 I~XII

解題 (清水徹)




◆本書より◆


「時間」より:

「冬の朝が晴れてゐれば起きて木の枝の枯れ葉が朝日といふ水のやうに流れるものに洗はれてゐるのを見てゐるうちに時間がたつて行く。どの位の時間がたつかといふのでなくてただ確實にたつて行くので長いのでも短いのでもなくてそれが時間といふものなのである。」
「まだ時計のやうなものがなかつた頃の方が時間の觀念は正確だつたかも知れない。」
「時計の時間は機械的に時計の針の進行を我々に告げるだけで朝の十時は時間の流れでの我々の状態によつてどういふことにでもなり得る。
それを思へばなほ更のこと時計がなかつた頃の時間がそれだけ現實のものに感じられて來る。我々が時計を見て朝の十時であるのを知るのは用向きの上での意味しか持たないが光線の具合で朝であると感じるのは我々が朝の世界にゐるのを認めることで朝の十時であるのはそれを知るもの次第であつても朝であるのは世界が朝なのである。(中略)それは時間の、それもその刻々の流れが世界に招來するさうした状態で時計の針だけでなくて鳥獸、草木、氣壓その他この世にあるものの凡ての動き、經過、推移がその流れをなしてゐる。又朝といふやうなのは總稱であつて朝になれば山川草木がその状態にあるのであり、それが人間であつても生物である限りその變化を受けることは免れない。」
「この時間が我々とともにあるもの、或はそれとともにあることを我々が願ふものである。又人間が時間の觀念を得るに至つたのもこの時間を通してその觀念だつたので時間に追はれたり時間が不足したりするのは時間の流れを無視して自分の力を驗すことを覺えてからのことだつた。」

「それで再び過去はといふことに戻る。我々にとつて過去は存在するかしないかの何れかであつて我々が過去にゐない時に我々に過去はない。それは現在に、或は現にたつて行く時間に我々がゐないならば我々に現在はないのと同じことで嚴密には過去といふものも現在といふものもなくてただ時間がたつて行くだけである。或はその時間とともにあつてその經過を意識するのが現在であつて時計の時間は我々が過去と現在を區別する尺度にならない。その時間では過去であるものに我々が戻るならばそれが現在であつてそこでも時間が刻々にたつて行つて自分がそこにゐることを確認するのが有效な記憶、有效に思ひ出すといふことである。」

「どの時代の人間も我々と同樣にその日その日を暮して一生を終つたことをかうして我々が時間とともにあることで教へられる。」

「そこにあるものはあつて我々に語り掛けるがかういふことが曾てあつたと語るものはなくてそこにも流れる時間といふのは常に現在である。」



「昔話」より:

「死んだ人間とまだ死なない人間の違ひはそれ程大きなものでない。少くともかういふ意味ではでもし我々が聞かされる話に出て來る人間、或は我々が讀む本や愛好する音樂の作者も我々の世界をなすものの中に入れるならばその世界は多分に死んだ人間で出來てゐてその僅かな一部が我々とともに現に生きてゐる人間である。又實際には我々はこの生死の違ひを無視してゐて家康もサツフォもタレイランも我々にとつては現に生きてゐて我々の世界の一部をなす程の死者は凡て生きてゐると言へる。その死といふのが意味を持つのは我々自身が死ぬ時だけだらうか。これはハムレツトでなくても全く望ましい終了に思へる。併しこの死による完結が人間の生きた姿を決定的なものにもするので人間が死んで我々が流す涙はその生きた姿に打たれてであるかも知れない。それが過ぎれば人間は皆死ぬものであつてその束の間とも言へる命で生きて死がさうして生きたこと、從つて生きてゐることを保證する。」









































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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