『埴谷雄高作品集 5 外国文学論文集』

「生を抑圧し、生を虐げるあらゆるものは、生を抑圧したというだけですでに認容されることはできない。」
(埴谷雄高 「ドストエフスキイに於ける生の意味」 より)


『埴谷雄高作品集 5 外国文学論文集』

河出書房新社 1972年5月10日印刷/同15日発行
315p 図版(モノクロ)i
A5判 角背紙装上製本 貼函 定価2,000円
装画: 駒井哲郎
装本: 杉浦康平

月報 2:
埴谷さんと存在感覚(椎名麟三)/埴谷雄高の永遠の女性(佐々木基一)/埴谷雄高的に(日野啓三)/瀕死の就床体験(遠丸立)



どうも、昼行灯です。リアルには屈しません。現実社会との交渉にも応じません。
「Boys be autistic !」


埴谷雄高作品集5


目次:

序詞――隕石 (「文芸」 昭和38年2月号)
ドストエフスキイと私 (筑摩書房 「ドストエフスキー全集」 月報 昭和37年10月~38年1月)
ポオについて (創元新社 「ポオ全集」 月報 昭和38年6、8、12月)
サドについて (現代思潮社 「白夜評論」 昭和37年6月号)
ドストエフスキイの方法 (『偉大なる憤怒の書』 後書 昭和18年6月)
ドストエフスキイの位置 (「文学」 昭和31年9月号)
ドストエフスキイに於ける生の意味 (『現代ヒューマニズム講座』 第4巻 昭和31年8月)
ドストエフスキイの二元性 (青木書店 「文学講座」 第8巻 昭和31年12月)
三冊の本と三人の人物 (ドストエフスキイ全集 月報 昭和28年3月)
一冊の本 『白痴』 (「朝日新聞」 昭和40年4月11日)
私の古典 (「東京新聞」 昭和40年7月7日)
読者と作中人物 (「世界文学全集」 月報 昭和31年11月)
若者の哲学――六月一五日の記憶 (「教養」 昭和37年3月号)
ラムボオ素描 (「コスモス」 3号 昭和21年8月)
ニヒリズムとデカダンス (筑摩書房 「文学講座」 第5巻 昭和26年4月)
メフィストフェレスの能動性 (中央公論社 「世界の文学」 月報 昭和39年7月)
モンテーニュとパスカル (筑摩書房 「世界人生論全集」 月報 昭和38年2月)
ルクレツィア・ボルジア――バルトロメオ・ダ・ヴェネツィアの絵 (「潮」 昭和44年8月号)
二十世紀文学 (「近代文学」 昭和30年1月号)
二十世紀文学の未来 (「東京新聞」 昭和33年2月4、5、6日)
証人エレンブルグ (「集英社世界文学全集 エレンブルグ」 解説 昭和40年8月)
権力の国境 (自立学校講義 「インデペンデント、レヴュ」 昭和38年6月)
悲劇の肖像画 (有斐閣 『人間と政治』 昭和35年2月)
転換期における人間理性 (筑摩書房 「講座現代倫理」 第7巻 昭和33年9月)
自由とは何か (筑摩書房 『理想の社会に至る道』 昭和35年10月)
自閉の季節 (「朝日ジャーナル」 昭和42年1月1日号)
宇宙のなかの人間 (「中央公論」 昭和36年6月号)
黒いランプ (「世界」 昭和42年1月号)

埴谷雄高の「場所」 (大江健三郎)
解題 (白川正芳)



埴谷雄高作品集5-2



◆本書より◆


「ドストエフスキイと私」より:

「私は、どちらかといえば、はっきりした夜型で、自分でもしかと解らぬような漠とした物思いに耽りながら昼中ぼんやりした顔つきをして黙つているのに、夕方、黄色い灯がともつてあたりが薄闇のヴェールにつつまれてくると、自分でも不思議なほど魂の奥底から活気づいてきて、何かを話しはじめるともはや停まらなくなるのであつた。ほら、こいつがとめどなくしやべりはじめたぞ、と、私の父はまだ少年である私を奇妙なやつだといつた、からかう眼つきで眺めながら、家族のものに知らせるのであつた。」
「私は、昼行燈(ひるあんどん)、と父から名づけられるほどそこにいるのかいないのか解らぬような無音なぼんやりした存在であつたが、やや長じるにしたがつて活字の魅力を覚えると、その無音の傾向はいよいよ増大したらしい。後年、私の少年時代を見知つている年長の知人は、私がよく茂つた高い樹の上にのぼつて枝に腰かけたまま読書している姿を記憶しているといつて、すでに輪郭がぼやけかけている遠い時代の記憶のさまざまな部分を私に思い出させるきつかけをつくつてくれたが、その薄暗い記憶のいくつかの断片を脳裡の奥から拾い出してみると、身体を悪くするから外で遊べ、としじゆう言われていた私は、ひそかに押入れの中に隠れ蝋燭の黄色い光の輪を書物にあてながら長い時間読み耽つていて、夕方がきたのも知らないでいたことが幾度もあつた遠い事態に気づいた。」

「夜と昼が逆さまになつたその生活の中で、闇は絶えず顔をつきあわせているところの私の親密な時間になつた。闇という伴侶がいなければまた私もないというぐらいの不思議な緊密な相補関係が私たちのあいだにできあがつてしまつたごとくであつた。そうなると、私はまだ夜の暗黒がやつてこない白昼においても、なんらかの闇を傍らにひきつれていなければ私自身でないような不安定な空虚を覚えざるをえないのであつて、まだ明るい午後に目覚めると、私は一冊の書物の中に閉じこめられた深い闇であるところの悪魔学の本を、さて、机の上に展くことになつたのである。」

「おそらく、わが国の歴史を通じて《ルンペン時代》と総括できるところのその不景気時代ほど多くの非就業者の大群を社会がかかえていた時代はなかつただろう。私はなんらの仕事にもつく見込みがないままにぼんやり過ごしたその長い期間に、昼まで寝ている怠惰な習慣をついに身につけ、一生是正されることもない永遠の怠け者となつてしまつた感がある。」



「ポオについて」より:

「私達の裡の誰もが、自分自身だけに属するところの孤独な、しかも果て知れぬ壮大な無限感に裏打ちされた一つの宇宙をもとうとしていることは、部屋の隅に何時までも遊んでいる子供が、たつたひとりで、倦きもせずに積木細工のバベルの塔を懸命に積み上げようとしていたり、足許に波が寄せてくるのを小さな堤防でふせぎながら砂の城を無心に築きつづけているさまを想い浮べただけで、明らかである。けれども、この子供のなかのひとには説明できないほど充実した果て知れぬ無限感をもつた宇宙も、バベルの塔が数段の高さで倒れたり、砂の城が寄せる波のなかで崩れたりするさまを幾度か繰り返して眺めている裡に、次第に積み重ねられてゆく微かな徒労感とともに、何処かの隅に置き忘れられた玩具のごとくに、暗い頭蓋の何処かにしまいこまれてしまいがちである。そして絶えず押し寄せてくる日常性の事物の波のなかで、それは、ついに、しまいこまれた場所も解らぬままに埋められてしまうのである。
ところで、そのとき、もしその子供に《闇への偏奇》といつた性質があれば、事態の推移はまつたく異なり、絶えず押し寄せてくる日常性の事物の波は、いつてみれば、小人国の海のさざ波といつた具合に、その小指の先を洗うくらいで、《闇への偏奇》をもつた彼の本質をいささかも覆いつくすことができぬばかりか、却つて逆に、日常性の事物の波に埋められようとすればするほど、闇への志向はひと筋に強まり、自分自身だけに属するところのその孤独な宇宙のかたちは、益々、自己増殖ふうにふくらんでゆくのである。」
「日常の生活は彼から灰色に断絶してしまい、不思議な生成の法則をもつたところの暗い、果てしもない拡がりをもつた彼の宇宙のみが彼の生活の本質となつてしまう。彼は自己のみが読む書物を書くところの詩人にして哲学者、即ち、飽くことのない妄想家になつてしまうのである。
恐らく、ポオの『ユリイカ』は、日常の生活から見捨てられた、このような暗い種属に支えられている。自己独自の宇宙のかたちを、いわば創造主になつたごとくに、妄想してみないものには、『ユリイカ』は、絶対に、無縁なのである。」

「ドストエフスキイが『カラマーゾフの兄弟』のなかの「大審問官」の章を書いたとき、中世のスペインに現われるキリストを前に置いた大審問官のとどまるところなき弁証の方向は私達の歴史の枠を越えようと懸命に試みているのであつて、私はこのような方向へ敢えてむかうところの文学を《不可能性の文学》と呼んでいるが、ポオの『ユリイカ』もまた《不可能性の文学》の一種に数えることができるだろう。一方、「大審問官」が歴史のなかの人間性を扱つて歴史そのものを越えてしまおうとしているのに対して、他方、『ユリイカ』は時空のなかの存在を扱つて、(中略)時空をも越えた何かに敢えて触れようという不思議な不可能性へ向かつているのである。このような方向へむかう文学は甚だ稀であるけれども、ポオやドストエフスキイの現存は、或る境界でもなお立ちどまらぬ人間性の不屈な駆使のたゆみなきかたちを私達に示すものとして、私達をなお彼等の先に駆りたてる力である。それは、私達に、いつてみれば、苦悩に充ちた暗い喜びと、悲痛な不屈の勇気を与える。」



「ドストエフスキイの位置」より:

「『白痴』についてストラーホフへ宛てた手紙のなかでよく知られている次のような言葉、「私は現実(芸術における)というものについて、独特の見解をもつています。大多数の人が殆んど幻想的なもの、例外的なものと見なしているものが、私にとつては時として現実の真の本質をなしているのです。現象の日常性や、それに対する公式的な見方は、私にいわせると、まだリアリズムではありません。」は、ただに確信ばかりでなく、実際だつたのである。」

「ドストエフスキイの弁証法は、恐らく原理的には未出発の弁証法と言い得る。一つのテーゼが言表し終らない裡にすでにアンチ・テーゼが出現してきて、さらにまたそれが出現し終らない裡に、もはや第三のテーゼが頭を擡げてくるのであつて、従つて、出発点の一点の上に立つてまさに足を挙げて走り出さんとして走り出し得ざるその「かくて無限に……」の系列のなかに閉じこもることの勇気は、絶えず同一の問題の出発点へ立ち戻つてくる極度の苦悩に耐えることと同義語である。」



「二十世紀文学」より:

「一流の作品がもつ陰翳と深みにまでサルトルが達しないのは、一口にいえば、デーモンが彼に憑いていないからであると思われる。払つても払つても彼につきまとつて解決を強要しつづける重し石のような問題が、窮極には、彼にないのである。」


「自閉の季節」より:

「狂おしい怒りがラムボオをパリの戦争へかり立てながら、しかも彼を引きとめていた思想というのは、「あらゆる感覚の、久しい、際限のない、合理的な錯乱によつて見者となる」見者論のことである。
このようなかたちの古典的自閉は、さて、いまもなお価値を失つていない。なぜなら、組織から戦争におよぶ現代のすべてにわたつて顛倒し、硬化している体系をさらに全面的に顛覆させるためには、一つの強烈な思想――いわば、久しい、際限のない、合理的な思考の錯乱によつてようやくその端緒がつかめるほどの思想の強烈さが必要だからである。」
「おそらく、秩序の側から非難と抑圧の措置をうけない種類の衝撃は、なんらの衝撃力にならないのである。そして、たとえわずか一歩の衝撃力にしても、ありきたりの軌道にのらないその発想には、まず、彼を呼んでいるパリ・コンミュンに対して敢然とストライキをおこなつたラムボオの自閉症に似た「合理的な錯乱」の長い考究と討論の期間が先行したに違いない。
しかし、これもまだわずか一歩を踏みだした衝撃力にすぎないのであつて、より苦痛な核心に進みゆくため、私たちはまだまだこの巨大な解体の時代のなかで「久しく、際限もなく」長くなお自閉しつづけなければなるまい。それが徒労になるか、あるいはパリ・コンミュンに匹敵する一つの思想に達するか判定できぬけれども、「達せねばならぬ」長い、長い自閉症の時期はまだつづいている。そして、それをやりとげないかぎり、現在、何においても、堕落せる知識人たらざるをえない私たちの心情の奥には、武田泰淳が『風媒花』において衝撃的に示したところのテーゼ、私たちが生きていること自体が他の何者かを殺すことになつているのではないか、という暗い情念が潜んでいなければならぬはずである。」
「現在は大量の戦闘方式より少数分散のゲリラ方式のほうが有効な時期である。けれども、大量方式にせよ、ゲリラ方式にせよ、殺人効果をもつ技術の優秀性によつて判定される殺人法にすぎぬのであるから、ゲリラの一兵士がなすべきことの第一は、森のなかの広い休閑地に横たわつて昼寝しながら、夕ぐれのうす暗い西の高い空間を国境を無視してかすめすぎる人工衛星の輝きをながめて、国家廃絶の何らかの思念の仄かな微光をまず追いもとめてみることからはじまるといえよう。」





















































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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