『谷崎潤一郎全集 第十八巻 亂菊物語』 (新書判)

「どうもかうもねえ、あの梵論字(ぼろんじ)め、生意氣な野郎だ」
(谷崎潤一郎 「亂菊物語」 より)


『谷崎潤一郎全集 第十八巻』 
亂菊物語


中央公論社 昭和33年3月1日印刷/同10日発行
287p 口絵i 新書判 布装 貼函 定価180円
装釘: 棟方志功
正字・正かな/ニ段組

附録 5: 4p
絢爛たるロマンチシズム(柴田錬三郎)/亂菊物語の挿繪について(北野以悦)/図版「朝日新聞連載第一回と〈燕〉その四の插畫」



鼠に変身する幻術師やアシカと馬の交雑種の「海鹿馬」が跳梁し、遊女かげろふ御前と海賊の「海龍王」が対決する長篇伝奇小説『亂菊物語』は、「朝日新聞」夕刊に昭和5年3月18日から連載開始され、同年9月6日の第148回をもって中断され、未完のまま残されました。


谷崎潤一郎全集18


目次:

亂菊物語
 發端
 二人侍
 海島記
 燕
 小五月
 室君
 むしの垂れ衣
 夢前川

解説 (伊藤整)




◆本書より◆


「亂菊物語」より:

「室町幕府の末、瀬戸内海の島々は海賊どもの策源地(さくげんち)となつてゐて、因島(いんのしま)、兒島、來島(くるしま)、沖島、大島、鹽飽(しあく)島、能美(のみ)島等には、それぞれ一方の首領株が多くの輩下を從へて巣窟を作り、通行の船舶を掠奪したので、殊にそのころ貿易のために明國福建省寧波(ニンポー)府と泉州堺の浦との間を往復する彼我の商船のうちには、彼等の襲ふところとなつて船員も財物も共に失はれてしまつたことが珍しくなかつた。海賊どもは内海を荒し廻つたばかりでなく、朝鮮、滿洲、直隷省(ちよくれいしやう)の沿岸から、遠くは南洋方面まで倭寇(わこう)の害を逞しうし、南支那の地方にも彼等と連絡を取つてゐる者があつたから、たまたま目ぼしい貨物を積んで彼(か)の地の港を發航した船などがあれば、彼等は豫(あらかじ)めその情報を手に入れて用意を整へ、それが自分たちの根據地へ近づいて來るのを待ち構へてゐる便宜を持つてゐた。
さういふ中でも、時は義稙(よしたね)將軍の永正年中、大明國(だいみんこく)の年號によれば武宗皇帝の正德年中の春のころ、日本へ渡航すべく寧波府を出帆した明の貿易商張惠卿(ちやうけいきやう)の商船ほど當時の海賊共に手ぐすねを引かしたものはなかつた。」
「こゝで、先づその寶物の性質が何であるかを明かにして置く必要がある。小さな函に入れてあるといつたら、氣の早い讀者は定めし寶石の類(たぐひ)でゞもあるやうに想像されたことであらう、が、それは精巧な織り物で出來た、十六疊の廣間へ吊れるうすい羅綾(らりよう)の蚊帳(かや)なのである。しかもそれほどの廣さを持ちながら、小さく幾つにも疊むときには、二寸二分四方の容れ物の中へ綺麗に収まつてしまふといふ、そんなにもうすい蚊帳なのである。」

「そもそも此の乘り物といふのは、今その男を背中に載せて海から浮き上つたところを見ると、一種えたいの分らない不思議な動物で、これを讀者に合點が行くやうに説明するのは困難である。(中略)馬のやうな四つ足を備へたもので、水の上をも、大地の上をも、自由自在に走れるのであるから、こんな珍獸は動物園に行つたつてあるべきはずがない。
しかし讀者は、膃肭臍(おつとせい)や海豹と同じ種屬の動物で海鹿(あしか)といふ海獸があるのを御存知であらう。「あしか」は一名「海驢(かいろ)」とも呼ばれるから、手つ取り早くいえば、海中に棲む驢馬である。顔は牛の如く、馬の如く、又猫の如くでもあつて、眼が大きく、毛の色は鹿に似て白い斑紋があり、腹部は眞つ白い。そして寝る時はその白い腹を仰向きに、四つの脚を上に向けてごうごうと鼾を掻きながら眠り、又その姿勢で沖を流れて行くこともある。」
「今、唐荷嶋の濱についた男の乘つてゐるえたいの知れない獸は、此の海鹿と馬との間に出來た合ひの子なのである。」

「最初それらの荷物は、海豚(いるか)か、鮪(まぐろ)か、何か大きな魚のやうに思へる。それが人間の屍體であると氣が付く迄には、あまりに事が意外なために餘つぽど傍へ行かなければさうと分つても、何の目的でそんなものを陸揚げするのかといふ疑問の念が起るばかりで割りに凄慘な感じはない。それほどその場の光景は平和に、のどかに、傾いて行く春の夕日を浴びつゝ、人足どもはその無氣味な物體を順々に手際よく、全く鮪を扱ふやうに綺麗に片附けて行くのである。實際こんなぽかぽかしたお天氣に、かげろふの萌える島かげに働いてゐたら、日は永いし、汐風は快いし、自然と仕事も捗れば、運ぶ荷物も手鞠のやうに輕々と、何だか口笛でも吹きたい氣持になるであらう。さう云へば運ばれてゐる屍體の方も、のんびりと足腰を伸ばして、放り出されても擔ぎ上げられても、却つていゝ心地さうに、氣樂に搖す振られてゐるやうに見える。」
「頭目の男が一々、
 「よし」
と合圖を與へると、(中略)順々に人喰ひ沼へ投げ込まれる。」

「「さあ、さあ、皆さん、此れは此のたび梵天國(ぼんてんこく)へ押し渡り羅刹山(らせつざん)の頂邊(てつぺん)に於いて迦陵(かりよう)尊者の下に修行をいたし、又唐土(もろこし)は蛾眉(がび)山の巫女(ふぢよ)に仕へて幻術の奧儀(あうぎ)を授かり、今度めでたく都へ歸參いたしたところが勿體なくも將軍家の御感にあづかりましたる幻阿彌(げんなみ)法師と申す者、古の役小角(えんのせうかく)、安倍晴明(あべのせいめい)はいざ知らず、當時につぽん廣しと云へども陰陽(おんみやう)、めくらましの術はもとより、放下(はうか)物眞似(ものまね)一切の藝當、品玉、手鞠、龍子(りゆうご)、緒小桶(をごけ)の小手先の業に至るまで、此の法師にまさる者はをりませんぞ。………」
京は三條の加茂の河原に、「三國無双幻術師」といふ小旗を立てゝ、ときどき客寄せに法螺の貝をぶうぶう吹きながら、しきりにこんなことをしやべつてゐる放下僧(はうかそう)がある。」
「法師は(中略)桶の上へ布をかぶせて、ちよつとの間眼をつぶりながら口の内で呪文を唱へるらしかつたが、忽ち布を取り除けたと見ると、桶の口から一朶(だ)の雲が白い煙のやうにもくもくと湧いて、見物人の頭の上をたゆたひつゝ空に登つた。と、後から一羽のほとゝぎすが、一と聲耳をつんざくやうに啼きながら、高く高く舞ひ上つて、姿はやがてその雲の中へ消えてしまつた。」










































































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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