柴田宵曲 『妖異博物館』 (ちくま文庫)

「英雄の武力、権謀術数が何の威力も発揮し得ぬのが、左慈とか、果心居士とかいう人達の住む世界なのである。」
(柴田宵曲 「果心居士」 より)


柴田宵曲 
『妖異博物館』
 
ちくま文庫 し 25-1

筑摩書房 
2005年8月10日 第1刷発行
338p+1p 
文庫判 並装 カバー 
定価1,000円+税
装幀: 安野光雅
カバーデザイン: 神田昇和


「『妖異博物館』(昭和三十八年一月、青蛙房刊)を底本とし、仮名遣いは現代仮名遣いに、常用漢字は原則として新字体に改め、適宜ルビを補った。但し、引用等の文語文については歴史的仮名遣いのままとした。」



柴田宵曲 妖異博物館


カバー裏文:

「『甲子夜話』『耳嚢』など、江戸時代の随筆から不思議な話を蒐集・分類した怪異大百科。舟幽霊、轆轤首、人魂、化け猫、河童、怪石など、様々な怪異を取り上げながら、その筆はあくまで軽く、ある時は『今昔物語』の昔へ遡り、あるいは明治へと下って綺堂や八雲、鏡花作品の典拠を指摘する。簡潔にして含蓄ある語り口が味わい深い、奇譚アンソロジーの決定版!」


目次:

はしがき


化物振舞
大入道
一つ目小僧
轆轤首
舟幽霊
人身御供
再度の怪
夢中の遊魂
人魂
異形の顔
深夜の訪問
ものいう人形
ものいう猫
怪火
狸の火


地上の竜
大猫
猫と鼠
化け猫
狐の嫁入り
狐と魚
狸の心中
狸囃子
狸の書
猿の刀・狸の刀
鼠妖
大鳥
白鴉
うわばみと犬
河童の力
河童の薬
河童の執念
海の河童
百足と蛇
古蝦蟇
蜘蛛の網
守宮の釘
大鯰
妖花
茸の毒


果心居士
飯綱の法
命数
外法
鼠遁
山中の異女
乾鮭大明神
人の溶ける薬
煙草の効用
適薬
秋葉山三尺坊
天狗と杣
天狗の姿
天狗になった人
天狗(慢心)
天狗の誘拐
天狗の夜宴
天狗の爪
手を貸す


光明世界
生霊
小さな妖精
執念の転化
気の病
形なき妖
道連れ
大山伏
そら礫
消える灯
夜光珠
異玉
化物の寄る笛
持ち去られた鐘
行厨喪失
銭降る
猫の小判
雁の財布
夜著の声
古兜
古枕
木像読経
斬られた石
動く石
魚石
提馬風
風穴

赤気

あとがき (青蛙房主人)

解説 アンソロジスト宵曲 (東雅夫)




◆本書より◆


「はしがき」より:

「小川芋銭(うせん)氏は「芋銭子開七画冊」の序に於て「図中往々怪を描くものあり、是(これ)予が癖にして実に東洋民族の癖なり。縁由(えんゆう)する処は老樹浮藻廃瓜水蟲狐獺の類、則(すなはち)自然物体中より其(その)妖氛(ようふん)魅形を捕捉し来る。惟(おも)ふに宇宙間虚霊遊動して予が方寸を誘(みち)びくものか」と云った。著者が平生読書の際、妖異に対して感ずる興味の如きも、やはり東洋民族の脈管を流れる血の致すところかも知れぬ。柳宗元(りゅうそうげん)の「竜城録」によれば、「昏夜(こんや)鬼(き)を談ずるなかれ、鬼を談ずれば則ち怪至る」というのであるが、深夜明るい電燈の下にインクの滴々より成った本書には、そういう虞(おそ)れは万々ない事と信ずる。」


「舟幽霊」より:

「生月(いきつき)というところの鯨組の親方に道喜という者があった。はじめ舟乗りをしていた頃、或夜舟端に白いものが何十も取り付いたので、よく見れば子供のような細い手である。」
「人吉(ひとよし)侯の侍医であった佐藤宗隆という人は、江戸へ出る船中で舟幽霊を見た。播州(ばんしゅう)舞子(まいこ)の浜あたりは、こういう事の稀なところであるが、その夜は陰火が海面を走って怪しく見えた。ほどなく大きさ四尺余りもある海月(くらげ)のようなものが漂って来て、その上に人の形をした者が居り、船頭に向って何か云いかけそうに見えた。」



「異形の顔」より:

「鈴木桃野(とうや)の祖父に当る向凌という人が若い時分に、独り書斎に坐っていると、忽然として衣冠を着けた人が桜の枝から降りて来た。(中略)衣冠を着けた人などが、この辺に居る筈がない。固(もと)より天から降るべき筈もないから、心の迷いでこんなものが見えるのであろうと、暫く目を閉じてまた開けば、官人は次第に降りて来る。目を閉じては開くこと三四度、遂に縁側のところまで来て、縁端に手をかけた。」

「越中、飛騨、信濃(しなの)三国の間に入り込んだ四五六谷というところがある。神通(じんずう)川を遡り、またその支流を尋ねて行くのに、甚だ奥深くて、これを究め得た者がない。近年飛騨舟津(ふなつ)の者が二人、三日分の食糧を準備して川沿いに行って見たが、その食糧も乏しくなったので、魚を釣って食うことにして、なお幾日か分け入った。或時ふと同行者の魚を釣っている顔を見ると、全く異形の化物である。思わず大きな声で呼びかけたので、魚を釣っている男が振向いたが、その男の眼には此方の男の顔が異形に変じている。お互いに異形に見える以上、この地に変りがあるに相違ないと、急いでそこを逃げ出し、大分来てから見合せた顔は、もう平常に戻って居った。思うにこの谷は山神の住所で、人の入ることを忌み嫌って、こういう変を現したものと解釈し、その後は奥深く入ることをやめたが、飛騨の高山(たかやま)の人の話によれば、それは山神の変ではない、山と谷との光線の加減で、人の顔の異形に見えることがある、飛騨のどこかに人の往来する谷道で、人の顔が長く見えるところがあるが、その谷を行き過ぎると常の通りになる、この道を通い馴れぬ人はびっくりするけれども、所の人は馴れて何とも思っていない、ということであった。」



「猫と鼠」より:

「「閑窓瑣談(かんそうさだん)」にあるのは遠州御前崎(おまえざき)の話で、西林寺(さいりんじ)という寺の和尚が或年暴風の際、舟の板子(いたご)に乗って流れて来る子猫があったのを、わざわざ小舟を出して救い寺中に養う。十年ほどたって、猫は附近に稀れな逸物の大猫になり、この寺には鼠の音を聞くこともなかった。西林寺は住職と寺男だけという簡素な寺であったが、或時寺男が縁端でうたた寝をしていると、猫も傍に来て庭を眺めている。そこへ隣りの家の猫がやって来て、日和もよし、伊勢参りをせぬかと声をかける。寺の猫がそれに答えて、わしも参りたいが、この節は和尚様の身の上に危い事があるので、外へは出られぬ、と云う。隣りの家の猫は寺の猫の側近く進んで、何やらささやくものの如くであったが、二疋はやがて別れた。寺男は夢うつつの境で、この猫の問答を聞いたのである。その夜本堂の天井に恐ろしい物音が聞える。折ふし雲水の僧が止宿して居ったのに、この物音が聞えても、一向起きて来ない。(中略)夜が明けて後、天井から生血が滴るので、近所の人を雇い、寺男と共に天井裏を見させたところ、寺の猫は朱(あけ)に染まって死んで居り、隣りの猫も半ば死んだようになっていた。更に驚いたのは、それより三四尺隔てて、二尺ばかりもある古鼠の、毛は針を植えたようなのが倒れていることであった。(中略)猫はいろいろ介抱して見たが、二疋とも助からなかった。」


「化け猫」より:

「佐藤成裕(しげひろ)は「中陵漫録(ちゅうりょうまんろく)」に猫の話をいくつも書いているが、その中に禅僧から聞いたという化け猫の話がある。猫好きの婆さんがあって、猫を三十疋も飼っている。猫が死ねば小さな柳行李(やなぎごうり)に入れて棚に上げ、毎日出して見てはまた棚へ上げて置く。この事已(すで)に尋常でないが、この婆さんは白髪で、猫のような顔をしていたそうである。後に人に殺され、半日ほどして老猫に変った。」


「大鳥」より:

「ある雪の明け方、新城(しんじょう)の農民が近くの山へ炭焼きに行くと、向うの山にいつも見たことのない大木が、二本並んで立っている。上に物があって、大きな翼を搏って上るのを見れば、前に大木と思ったのは鳥の両脚であったというのである。」


「茸の毒」より:

「普請をする家があって、黄姑茸を煮て職人に食べさせることにした。時に屋上に在って瓦を葺(ふ)く者が、ふと下を見れば、厨(くりや)には誰も居らず、釜の中で何かぐつぐつ煮えている。忽ち裸の子供がどこからか現れて、釜を繞(めぐ)って走っていたが、身を躍らして釜中に没した。やがて主人が運んで来たのは茸の料理である。屋根屋ひとり食わず、他人に話もしなかったが、食べた連中は皆死んだ。」


「果心居士」より:

「果心居士の話は「義残後覚(ぎざんこうかく)」に書いてあるのが古いらしい。伏見(ふしみ)に勧進能があった時、果心居士も見に来たが、已(すで)に場内一杯の人で入る余地がない。これはこの人達を驚かして入るより外はないと考えた居士は、諸人のうしろに立って自分の頤(おとがい)をひねりはじめた。居士の顔は飴細工の如く、見る見るうちに大きくなったから、傍にいる人はびっくりして、これは不思議だ、この人の顔は今までは人間並だったが、あんなに細長くなってしまったと、皆立ちかかって見る。遂に居士の顔は二尺ぐらいになった。世にいう外法頭(げほうがしら)というのはこれだろう、後の世の語り草に是非見て置かなければならぬと、誰れ彼れなしに居士の顔を見物に来る。能の役者まで楽屋を出て見に来るに至ったので、居士は忽ちその姿を消し、人々茫然としている間に座席を占め、十分に能を見物することが出来た。
 果心居士は長いこと広島に住んでいたが、そこの町人から金銀を大分借りた。そうして一銭も返済せずに京へ来てしまったので、町人はひどく腹を立てた。その後町人も京へ上ることがあって、鳥羽(とば)の辺でばったり果心居士に出逢うと、口を極めて居士を罵倒する。借金をしたのは事実だから、一言の申し開きもしなかったが、居士は例の如く自分の頤をひねりはじめた。今度は伏見の能見物の時と違って、顔の横幅が広くなって、目は丸く鼻は高く、向う歯が一杯に見える、世にも不思議な顔になってしまった。町人もいささか驚いていると、居士はすましたもので、拙者はこれまであなたにお目にかかったことがござらぬが、何でそのように心易げに申さるるか、と反問した。町人が見直すまでもなく、全く別の顔だから、まことに卒爾(そつじ)を申しました、と平あやまりにあやまって別れて行った。」
「「義残後覚」に出ている話は(中略)大体に於て悪戯の程度にとどまっているが、元興寺(がんごうじ)の塔へどこからか上って、九輪の頂上に立ち、著物を脱いで打ち振い、やがてもとの通り著て、頂上に腰掛けたまま四方を眺めている「玉箒木(たまはばき)」の話になると、大分放れたところが出て来る。或晩奈良の手飼町の或家で、客を四五人呼んで酒宴を開いた時、客の中に果心居士をよく知った者が居って、頻(しき)りに幻術の妙をたたえたところ、それなら居士をこの座へ招き、吾々の見ている前で幻術をさせて下さい、お話ほどの事もありますまい、と少し疑惑を懐(いだ)く者もあった。はじめに居士の話をした者が出て行って、間もなく居士と一緒に戻って来たが、その時少し疑惑を持つ一人が進み出て、(中略)どうか私の身について奇特をお見せ下さい、と云った。居士は笑って、(中略)座中の楊枝を手に執り、その人の上歯を左から右へさらさらと撫でた。上歯は一遍にぶらぶらして、今にも脱け落ちそうになったので、その人大いに驚き悲しみ、恐れ入りました、御慈悲にもとのようにして下さい、と歎願に及ぶ。(中略)再びかの楊枝で右から左へ撫でると、歯はひしひしと固まって、もとの通りになった。人々今更の如く感歎し、とてもの事に今夜この座敷で、すさまじい幻術をお見せ下さい、子々孫々までの話の種に致します、と所望する。お易い事と呪文を唱え、座敷の奥の方を扇を揚げて麾(まね)けば、どこからか大水が涌き出して、座敷にあるほどの物が全部流れはじめた。水は忽ちに座敷に充ち満ち、逃げようにも逃げられなくなったところへ、十丈ばかりもある大蛇が、(中略)波を蹴立ててやって来る。皆々水底に打ち伏し、溺れ死んだと思ったが、翌日人に起されて座敷を見れば、平生と変ったところは何もない。」
「その頃大和(やまと)の多門(たもん)城には、松永弾正久秀(だんじょうひさひで)が居住して居った。果心居士の噂を聞いてこれを招き、(中略)自分はこれまで幾度となく戦場に臨み、刃を並べ鉾(ほこ)を交うる時に至っても、終(つい)に恐ろしいと思った事がない、その方幻術を以て自分を脅すことが出来るか、と尋ねた。居士はこれに答えて、畏りました、然(しか)らば近習の人も退け、刃物は小刀一本もお持ちなされず、灯も消していただきとうございます、と云う。久秀はその通り人を遠ざけ、大小の刀を渡し、真暗な中にただ一人坐っていると、居士はついと座を立ち、広縁を歩いて前栽(せんざい)の方へ出て行った。俄かに月が曇って雨が降り出し、風蕭々として、さすがの松永弾正も何だか心細くなって来た。どうしてこんな気持になったかと怪しみながら、じっと暗い外を見ているうちに、誰とも知らず広縁に佇む人がある。細く痩せた女の髪を長く揺り下げたのが、よろよろと歩いて来て、弾正に向って坐ったけはいなので、思わず何者じゃと声をかけた。その時女大息をつき、苦しげな声で、今夜はお寂しゅうございましょう、見れば御前に人さえなくて、と云うのは、五年前に病死した妻女の声に紛れもない。弾正もここに至って我慢出来なくなり、果心居士はどこに居る、もうやめい、と叫ばざるを得なかった。件(くだん)の女は忽ち居士の声になって、これに居りまする、と云う。もとより雨などは降らず、皎々(こうこう)たる月夜であった。」



「命数」より:

「鯰江(なまずえ)六太夫という笛吹きがあった。国主の秘蔵する鬼一管という名笛は、この人以外に吹きこなす者がないので、六太夫に預けられたほどの名人であったが、何かの罪によって島へ流された。(中略)ひそかにこの鬼一管を携え、日夕笛ばかり吹いて居った。然(しか)るにいつ頃からか、夕方になると、必ず十四五歳の童が来て、垣の外に立って聞いている。雨降り風吹く時は、内に入って聞くがよかろう、と云ったので、その後はいつも入って聞くようになった。或夜の事、一曲聞き了(おわ)った童が、こういう面白い調べを聞きますのも今宵限りという。不審に思ってその故を問うと、私は実は人間ではありません、千年を経た狐です、ここに私のいることを知って、勝又弥左衛門という狐捕りがやって参りますから、もう逃れることは出来ません、という返事であった。そこで六太夫が、知らずに命を失うならともかくも、それほど知っていながら死ぬこともあるまい。弥左衛門が嶋にいる間、わしが匿まってやろう、と云ったけれども、狐は已(すで)に観念した様子で、ここに置いていただいて助かるほどなら、自分の穴に籠っても凌(しの)がれますが、弥左衛門にかかっては神通を失いますので、命を失うと知っても近寄ることになるのです、今まで笛をお聞かせ下さいましたお礼に、何か珍しいものを御覧に入れましょう、と云い出した。それでは一の谷の逆落しから源平合戦の様子が見たい、と云うと、お易い事ですと承知し、座中は忽ち源平合戦の場と変じた。」


「異玉」より:

「江戸の亀井戸に住む大工の何某が、夏の夜涼みに出たら、どこからか狐が一疋出て来た。その狐が手でころばすようにすると、ぱっと火が燃え出る。不思議に思って様子を窺えば、火の燃える明りで虫を捕るらしい。狐は虫を捕ることに夢中になって、近くに人がいるのを忘れ、別に避けようともせぬので、手許へ玉のころがって来たのを、あやまたず掴む。狐は驚いて逃げ去った。玉は真白で自ら光を放つ。夜人の集まった時など、この玉を取り出してころがすと、ぱっと火が燃えて、付木(つけぎ)なしに明りの用を弁ずる。大工は大いに重宝して、二年ばかり所持して居ったが、その間一疋の狐が大工の身に附き添って、昼夜とも離れない。年を経るに従い、大工も痩せ衰えて来た。多分この玉の祟りだろうと皆に云われるので、漸(ようや)く玉を返そうと思う心が起り、或夜闇の中に投げ遣った。狐は忽ち躍り上ってこれを取り返し、大工の方は何事もなかった。」




こちらもご参照ください:

『日本随筆大成 〈第一期〉 18』 世事百談 閑田耕筆 ほか
『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記 上』 杉浦明平 訳 (岩波文庫)




















































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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