柴田宵曲 『続 妖異博物館』 (ちくま文庫)

「一たび仙界の空気を呼吸して来た彼は、遂に人間が厭になり、五穀を食うのをやめ、足の向くままに山へ入ってしまった。」
(柴田宵曲 「地中の別境」 より)


柴田宵曲 
『続 妖異博物館』
 
ちくま文庫 し-25-2

筑摩書房 
2005年8月10日 第1刷発行
345p+1p 
文庫判 並装 カバー 
定価1,000円+税
装幀: 安野光雅
カバーデザイン: 神田昇和


「『続 妖異博物館』(昭和三十八年七月、青蛙房刊)を底本とし、原則として仮名遣いは現代仮名遣いに、常用漢字は新字体に改め、適宜ルビを補った。但し、引用等の文語文については歴史的仮名遣いのままとした。」



本書「はしがき」より:

「尤も続篇と云ったところで、話の続きでないのは勿論、話の方角も大分変っている。前巻にも支那の話を引合いに出さぬことはなかったが、今度はその色彩がよほど強く、時には支那を主にしたのではないかと思われる箇所が出て来た。日本の話にしても、前巻の主流であった江戸時代より、少し遡ったところに話題を求めた。」


柴田宵曲 続妖異博物館


カバー裏文:

「空を飛ぶ話、羅生門類話、離魂病、白猿伝、化鳥退治など、奇譚の数々を集めた『妖異博物館』続篇では、日本の古典のみならず中国の志怪にまで範囲を広げ、様々な怪異を取り上げる、動物変身譚や竜宮譚について比較考証を試み、怪異の系譜をたどってシェイクスピアやアポリネエル、『アラビアン・ナイト』にまで話は及ぶ。まさに融通無碍、博覧強記の不思議物語集。」


目次:

はしがき


月の話
大なる幻術
雷公
雨乞い
鎌鼬
空を飛ぶ話
地中の別境
地中の声


宿命
火災の前兆
家屋倒壊
卒塔婆の血
経帷子
井の底の鏡
五色筆
難病治癒
診療綺譚
髑髏譚
眼玉
首なし
ノッペラポウ
首と脚


竜宮類話
羅生門類話
妖魅の会合
雨夜の怪
死者の影
離魂病
壁の中
吐き出された美女
関屋の夢
大和の瓜
死者生者
朱雀の鬼
樹怪
くさびら


仏と魔
信仰異聞
押手聖天
金銀の精
名剣
不思議な車
樽と甕
埋もれた鐘
巌窟の宝
打出の小槌
茶碗の中
金の亀
木馬


竜に乗る
竜の変り種
虎の皮
馬にされる話
牛になった人
白猿伝
猿の妖
狐の化け損ね

鵺になった人
化鳥退治
大魚

魚腹譚
胡蝶怪

銭と蛇

あとがき (青蛙房主人)

解説 不思議の国の宵曲 (西崎憲)




◆本書より◆


「月の話」より:

「王(おう)先生なる者が烏江(うこう)のほとりに住んで居った。(中略)長慶(ちょうけい)年間に楊晦之(ようかいし)という男が長安から呉楚に遊ぶ途中、かねてこの人の名を聞いていたのでその門を敲(たた)いた。先生は黒い薄絹の頭巾を被り、褐色の衣を著けて悠然と几(つくえ)に向っている。晦之が再拝して鄭重に挨拶しても、軽く一揖(いちゆう)するのみであった。併し晦之を側に坐らせての暢談(ちょうだん)は容易に尽きそうにもないので、晦之は一晩泊めて貰うことになった。先生の娘というのが出て来たが、七十ばかりで頭髪悉(ことごと)く白く、家の中でも杖をついている。これはわしの娘じゃが、惰(なま)け者で道を学ばぬものじゃから、こんな年寄りになってしまった、と云い、娘を顧みて月の用意をせよと命じた。この日は八月十二日であったが、暫くして娘が紙で月の形を切り、東の垣の上に置くと、夕べに至り自ら光りを発し、室内はどんな小さなものでもはっきり見えるので、晦之は驚歎せざるを得なかった。」

「周生(しゅうせい)は唐の太和(たいわ)中の人で、(中略)道術を以て多くの人の尊敬を集めた。或時広陵(こうりょう)の舎仏寺に居ると、これを聞いた人が何人も押しかけて来る。恰(あたか)も中秋明月の夜であったから、皎々(こうこう)と澄み渡る月を見て、自(おのずか)ら月世界の話になり、吾々のような俗物でも、月世界に到ることが出来るでしょうか、と云い出した者があった。周生は笑って、その事ならわしも師に学んだことがある、月世界に到るどころではない、月を袂(たもと)に入れることが出来る、(中略)と云った。或者はこれを妄言とし、或者はその奇を喜ぶ中に、周生は委細構わず、一室を空虚にし、四方から固く戸を鎖(とざ)し、数百本の竹に縄梯子を掛けさせ、わしは今からこの縄梯子を上って月を取って来る、わしが呼んだら来て御覧、と云う。人々は庭を歩きながら様子を窺っていると、先刻まで晴れていた空が忽ち曇り、天地晦冥(かいめい)になって来た。その時突如として周生の声が聞こえたので、室の戸を明けたところ、彼はそこに坐っていて、月はわしの衣中に在る、と云う。どうかその月をお見せ下さい、と云われて、周生が衣中の月をちょっと見せると、一室は俄かに明るくなり、寒さが骨に沁み入るように感ぜられた。」



「大なる幻術」より:

「唐の貞元(じょうげん)中、楓州(ふうしゅう)の市中に術をよくする妓が現れた。どこから来た人かわからぬけれど、自ら胡媚児(こびじ)と称し、いろいろ奇怪の術を見せるので、これを見物する人が次第に集まるようになり、一日の収入千万銭に及ぶということであった。或時懐ろから一つの瑠璃(るり)瓶を取り出した。大きさは五合入りぐらいのもので、全体が透き通り、手品師のよく云うように、種も仕掛けもないものであったが、胡媚児はこれを席上に置いて、これが一杯になるだけ御棄捨(ごきしゃ)が願えれば結構でございます、と云った。瓶の口は葦(あし)の管のように細かったに拘らず、見物の一人が百銭を投ずると、チャリンと音がして中に入り、瓶の底に粟粒ぐらいに小さく見える。皆不思議がって、今度は千銭を投じても前と変りがない。万銭でも同じである。好事の人が次ぎ次ぎに出て、十万二十万に達しても、瓶は一切を呑却して平然としている。馬はどうだろうと云って投げ込む者があったが、人も馬も瓶の中に入り、蠅のような大きさで動いて居った。その時官の荷物を何十台という車に積んで通りかかる者があり、暫く立ち止って見ているうちに、大いに好奇心が動いたらしく、胡媚児に向って、この沢山の車を皆瓶の中に入れ得るか、と問うた。媚児は笑って、よろしゅうございますと云い、少し瓶の口をひろげるようにした。その口から車はぞろぞろと入って行き、全部中に在って蟻のように歩くのが見えたが、暫くして何も目に入らなくなった。そればかりではない、媚児までが身を躍らして瓶の中に飛び込んでしまったから、ぼんやり口を明いて見物していた役人は驚いた。何十台の荷物が一時に紛失しては申訳が立たぬ。直ちに棒を振って瓶を打ち砕いたが、そこには何者もなかった。媚児の姿もその辺に現れないと思っていると、一箇月余りの後、清河(せいが)の北で媚児を見かけた者がある。彼女は例の数十台の車を指揮し、東に向って進んでいたということであった。」


「眼玉」より:

「唐の粛宗(しゅくそう)の時、尚書郎房集(しょうしょろうぼうしゅう)が頗(すこぶ)る権勢を揮(ふる)っていた。一日暇があって私邸に独坐していると、十四五歳の坊主頭の少年が突然家の中に入って来た。手に布の嚢(ふくろ)を一つ持って、黙って主人の前に立っている。房ははじめ知り合いの家から子供を使いによこしたものと思ったので、気軽に言葉をかけたけれど、何も返事をしない。その嚢の中に入っているのは何だと尋ねたら、少年は笑って、眼玉ですと答えた。そうして嚢を傾けたと思うと、何升もある眼玉がそこら中に散らばった。」


「離魂病」より:

「夫婦のうち妻が先ず起き、次いで夫も起きて出た。暫くして妻が戻って来ると、夫は寝床の中に眠っている。夫が起き出たことを知らぬ妻は、別に怪しみもせずにいると、下男が来て鏡をくれという夫の意を伝えた。旦那はここに寝ているではないかと云われて驚いた下男は、寝床の中の主人を見て、慌てて駈け出した。下男の報告によって来て見た夫も、自分と全く違わぬ男の眠っているのにびっくりした。夫は皆に騒いではいけないと云い、衾(ふすま)の上から静かに撫でているうちに、寝ていた男の姿はだんだん薄くなり、遂に消えてしまった。この夫はその後一種の病気に罹(かか)り、ぼんやりした人間になったそうである。」

「「奥州波奈志(ばなし)」に「影の病」として書いてあるのは明かに離魂病である。北勇治という人が外から帰って来て、自分の居間の戸を明けたところ、机に倚(よ)りかかっている者がある。(中略)暫く見守っているのに、髪の結いぶりから衣類や帯に至るまで、まさに自分そのものである、(中略)不思議で堪らぬので、つかつかと歩み寄って顔を見ようとしたら、向うむきのまま障子の細目に明いたところから縁側に出た。併し追駈けて障子を開いた時は、もう何も見えなかった。この話を聞いて母親は何も云わず眉を顰(ひそ)めたが、勇治はその頃からわずらい出し、年を越さずに亡くなった。北の家ではこれまで三代、自分の姿を見て亡くなっている。」

「衡州(こうしゅう)の役人であった張鎰(ちょういつ)に二人の娘があって、長女は早く亡くなったが、下の娘の倩(せん)というのは端妍(たんけん)絶倫であった。鎰の外甥に王宙(おうちゅう)なる者があり、これがまた聡悟なる美少年であったから、鎰も折りに触れては、今に倩娘(せんじょう)をお前の妻にしよう、などと云って居った。二人とも無事に成長し、お互いの志は自ら通うようになったが、家人はこれを知らず、鎰は賓僚(ひんりょう)から縁談を持ち込まれて、倩をくれることを承知してしまった。女はその話を聞いて鬱々となり、宙は憤慨の余り京へ出る。(中略)然(しか)るに宙は船に乗ってからも、悲愁に鎖(とざ)されて眠り得ずに居ると、夜半の岸上を追って来る者がある。遂に追い付いたのを見れば、倩娘が跣足(はだし)であとから駈けて来たのであった。(中略)宙は倩娘を船に匿(かく)して遁れ去ることにした。数月にして蜀(しょく)に到り、五年の月日を送るうちに、子供が二人生れた。鎰とはそのまま音信不通になっていたのであるが、(中略)久しぶりに手を携えて衡州に帰る。宙だけが鎰の家を訪れて、一部始終を打ち明け、既往の罪を謝したところ、鎰は更に腑に落ちぬ様子で、倩娘は久しいこと病気で寝ている、何でそんなでたらめを云うか、と頭から受け付けない。宙は宙で、そんな筈はありません、慥(たし)かに船の中に居ります、と云う。鎰が大いに驚いて、人を見せに遣ると、船中の倩娘は至極のんびりした顔で、いろいろ父母の安否を尋ねたりする。使者が飛んで帰ってこの旨を報告したら、病牀の娘は俄かに起き上り、化粧をしたり、著物を著替えたりしたが、笑っているだけで何も云わない。奇蹟はここに起るので、船から迎えられた倩娘と、病牀から起き上った倩娘とは、完全に合して一体となり、著ていた著物まで全く同じになってしまった。(中略)神仙の徒が人を修行に誘う場合、青竹をその人の丈(たけ)に切って残して置くと、家人などは本人の居らぬのに気が付かぬという話がある。倩娘の本質は宙のあとを追って去り、形骸だけが病牀に横わっていたものであろう。



「壁の中」より:

「「列仙全伝」の中の麻衣仙姑(まいせんこ)は石室山(せきしつさん)に隠れ、家人達がその踪跡を探し求めても、容易に突き留めることは出来なかった。ところが或日石室山に於て偶然出会った者があり、その棲家を問うと、一言も答えずに壁のように突立った岩石の中に入ってしまった。」
「世を遁れ人目を避ける点は同じであるが、麻衣仙姑とオノレ・シュブラックとでは動機が違う。オノレ・シュブラックの恐れるのはピストルを持った一人に過ぎぬに反し、仙姑はあらゆる人の目から自分を裹(つつ)み去ろうとする。罪を犯した者と仙を希う者との相違である。」



「吐き出された美女」より:

「許彦(きょげん)という男が綏安山(すいあんざん)を通りかかると、路傍に寝ころんでいた年の頃二十歳ばかりの書生が声をかけて、どうも足が痛くて堪らない、君の担いでいる鵞鳥の籠の中に入れて貰えぬか、と云った。彦も笑談(じょうだん)半分によろしいと答えたら、書生は直ぐ乗り込んで来た。籠には鵞鳥が二羽入れてあったのだが、そこへ書生が加わっても一向に狭くならず、担ぐ彦に取って重くもならぬのである。やがて一本の木の下に来た時、書生は籠から出て、この辺で昼飯にしようと云い、大きな銅の盤を吐き出した。盤の中には山海の珍味がある。酒数献廻ったところで、書生が彦に向い、実は婦人を一人連れているのだが、ここへ呼び出して差支えあるまいか、と云う。彦は異議の唱えようがない。忽ち口から吐き出したのは十五六ぐらいの絶世の美人であった。そのうちに書生は酔払って眠ってしまう。今度はその美人が、実は男を一人連れて居りますので、ちょっとここへ呼びたいのです、どうか何も仰しゃらないで下さい、と云い出した。女の吐き出したのは似合いの美少年で、先ず彦に一応の挨拶をした後、盃を挙げてしきりに飲む。たまたま書生が目を覚ましそうな様子を見せたので、女は錦の帳(とばり)を吐いて隔てたが、愈々(いよいよ)本当に起きそうになるに及んで、先ず美少年を呑却し、何事もなかったように彦に対坐している。書生はおもむろに起きて、大分お暇を取らせて済まなかった、そろそろ夕方になるからお別れしよう、と云い、忽ち女を呑み、大銅盤を彦に贈って別れ去った。」


「死者生者」より:

「「夷堅志」に出て来る李吉(りきつ)という男は、死んでから十年もたってもとの主人に逢い、一緒に酒を飲んだりしている。彼の説によると、幽霊は随所に見出すことが出来るので、あれもそうです、これもそうですと云って指摘した。(中略)「宣室志」にある呉郡の任生(じんせい)なども、この鑑別の出来る人であった。或時二三人の友人と舟を泛(うか)べて虎丘寺(こきゅうじ)に遊んだが、その舟の中で鬼神の話になり、鬼は沢山いても人が識別出来ぬのだ、と任生は云った。そうして岸を歩いている青衣の婦人を指し、あれも鬼だが、抱いている子供はそうじゃない、と説明した。」


「魚腹譚」より:

「銭塘(せんとう)の杜子恭(としきょう)が人から瓜を切る刀を借りた。後に持ち主が返して貰いたいと云ったら、あれはそのうち返すよ、と答えた。刀の持ち主が嘉興(かこう)まで行った時、一尾の魚が躍って船中に入ったので、その腹を割いたら子恭に貸した刀が出て来た。これは子恭の秘術であると「捜神後記」に見えている。」































































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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