柴田宵曲 『新編 俳諧博物誌』 小出昌洋 編 (岩波文庫)

龍の落ちし畑見に行くや雲の峯 几董


柴田宵曲 
『新編 俳諧博物誌』 
小出昌洋 編

岩波文庫 緑/31-106-4

岩波書店 
1999年1月18日 第1刷発行
347p 編集付記・表記について1p
文庫判 並装 カバー 
定価600円+税
カバーカット: 「鳥獣画巻」より



「本書の編集について」より:

「本書『新編 俳諧博物誌』は、『俳諧博物誌』(日本古書通信社、昭和五十六年八月二十三日刊)に、新たに七篇を加えて編集した。」


柴田宵曲 俳諧博物誌


カバー文:

「兎ならちと出て遊べ月の中/蒲公英やローンテニスの線の外――兎、猫、雀、狸、金魚、鶴、蒲公英、コスモスなど動植物17のテーマでよまれた俳諧をとりあげ、博識で知られる著者ならではの評釈を加えた俳諧随筆。ルナールの『博物誌』にヒントを得て、俳諧の中の動植物の世界をみごとに浮かびあがらせた名著。」


目次:

はしがき




河童








金魚


蒲公英
コスモス

解説 (奥本大三郎)
本書の編集について (小出昌洋)




◆本書より◆


「はしがき」より:

「はじめてジュウル・ルナアルの『博物誌』を読んだ時、これは俳諧の畠(はたけ)にありそうなものだと思った。『博物誌』からヒントを得たらしい芥川龍之介の「動物園」の中に、
     雀
  これは南画だ。蕭蕭(しょうしょう)と靡(なび)いた竹の上に、消えそうなお前が揚(あが)っている。黒ずんだ字を読んだら、大明方外之人(たいみんほうがいのひと)としてあった。
とあるのを読んだ後、『淡路嶋』に
   枯蘆(かれあし)の墨絵に似たる雀かな  荊花(けいか)
という句を発見して、その偶合に興味を持ったことがある。古今の俳句の中から、こういう俳人の観察を集めて見たら、日本流の博物誌が出来上るであろうが、今のところそんな事をやっている暇がない。」
「俳諧におけるこの種の観察は、元来一部的な傾向である。(中略)やはり擬人とか、見立(みたて)とかいう平凡な言葉で片付けられやすい。(中略)仮に陳腐を嫌って、一々新意を出すとしても、その新しさが観察の範囲を脱却し得ぬとすれば、俳諧の大道にはやや遠いものといわなければならぬ。」
「「俳諧博物誌」と銘打ったのは、決してルナアル的観察に終始するわけではない。これを冒頭として各方面にわたる俳句の世界を一瞥しようというので、フランスの『博物誌』とは縁の遠いものになりそうである。」



本書掲載句より:

「鳶の啼く日の淋(さび)しさよ草の花  士朗」

「龍の落ちし畑見に行くや雲の峯  几董」

「書を干(ほし)て龍と添寝の鼾かな  沾徳」

「足入(いれ)て龍の夢見る清水かな  其角」

「春の海鯛の腸(はらわた)ながしけり  笙洲」

「戸を敲(たた)く狸と秋を惜みけり  蕪村」

「狸かもしらず夏野を行(ゆく)坊主  千畦」

「夕顔に狸の出(いず)る小雨(こさめ)かな  賀瑞」

「こがらしや宙にぶらりと狸の火  随古」

「春雨に雀かぞゆる夕部(ゆうべ)かな  如嬰」

「狼に喰はれてかへれ山桜  許六」

「こがらしや狼原をいづる月  五明」

「日暮るやうさぎの耳の動く時  搓雀」

「猫の尾の何うれしいぞ春の夢  賢明」

「猫の子のくんづほぐれつ胡蝶かな  其角」

「鼠にもやがてなじまん冬籠  其角」

「もらひ来る茶碗の中の金魚かな  鳴雪」

「蒲公英に狐の遊ぶ昼間かな  柳絮」







































































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ひとでなしの猫

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ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

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難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

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将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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