中村通夫・湯沢幸吉郎 校訂 『雑兵物語・おあむ物語 (附)おきく物語』 (岩波文庫) 

「また。味かたへ。とつた首を。天守へあつめられて。それそれに。札をつけて。覚えおき。さいさい。くびにおはぐろを付て。おじやる。それはなぜなりや。むかしは。おはぐろ首は。よき人とて。賞翫した。それ故。しら歯の首は。おはぐろ付て給はれと。たのまれて。おじやつたが。くびもこはいものでは。あらない。その首どもの血くさき中に。寝たことでおじやつた。」
(「おあむ物語」 より)


中村通夫・湯沢幸吉郎 校訂 
『雑兵物語・おあむ物語 (附)おきく物語』
 
岩波文庫 黄 30-245-1

岩波書店 1943年5月10日第1刷発行/1985年4月5日第5刷発行
163p 文庫判 並装 定価300円



本書「解説」より:

「雜兵物語二巻は、下卒練武の要訣として、江戸時代を通じて心ある武人の間に珍重せられ、轉冩に轉冩を重ねられて來たのであるが、幕末弘化年間には遂に刊本として汎く識者の間に行はれるに至つた。その内容は、弓足輕・鐵砲足輕・鎗擔・馬標持・旗差・持筒・持弓・草履取・挟箱持・馬取・沓持・矢箱持・玉箱持・荷宰料・夫丸・若黨・中間等の所謂雜兵三十名の功名談・失敗談・見聞談等の形式を借りて、雜兵の陣中及び日常に於ける心得の一般、武具の取扱ひ、兵器の操作、或は戰場の駈引をはじめ衞生・救急・糧秣・輜重等に至るまでの各般の事項を平易に且簡明直截に述べたものであつて、(中略)言はば一種素朴な各科教程であり、諸兵須知であり、同時に雜兵訓或は物語戰陣訓とも言ふべきものである。」「今日に於いては、むしろ江戸時代に、「鄙俚滑稽可笑翫」或は、「直用俚言野語而記之」と言はれたその表現様式の故に專ら國語史家・方言研究者の間に珍重せられてゐるのであつて、今度文庫の一冊として公にする趣旨も、(中略)一面國語史資料・方言資料として江戸時代初期東國語の片鱗を窺ふよすがたらしめようとする點に存するのである。」
「『おあむ物語』は慶長五年の關ケ原の役に、石田三成の大垣の城にあつた一女が、親しく體驗した事を記したものである。」「書名については(中略)「御庵物語」であつて、老尼の物語の意味であらう。」
「『おきく物語』は元和元年大阪落城の際に、城中に在つた、菊といふ二十歳の女が體驗した事を記したものである。」


本文中図版(モノクロ)19点。


雑兵物語1


帯文:

「『雑兵物語』は雑兵魂横溢する一種の先陣訓で、江戸時代の口語の資料としても貴重。関ヶ原の役、大坂落城の実戦見聞録二篇を併収。」


雑兵物語2


目次:

解説

雜兵物語
 上巻
  鐵炮足輕小頭 朝日出右衞門
  鐵炮足輕 夕日入右衞門
  弓足輕小頭 大川深右衞門
  弓足輕 小川淺右衞門
  鑓擔小頭 長柄源内左衞門
  持鑓擔 吉内左衞門
  數鑓擔 助内左衞門
  旗差馬標持 孫藏
  馬標持旗差 彦藏
  持筒 筒平
  持筒 鐵平
  持弓 矢左衞門
  持弓 矢右衞門
  草履取 喜六兵衞
  挟箱持 彌六兵衞
  馬取 金六
  馬取 藤六
  沓持 吉六
 下巻
  矢筥持 矢藏
  玉箱持 寸頓
  荷宰料 八木五藏
  夫丸 馬藏
  又若黨 左助
  又草履取 嘉助
  夫丸 彌助
  夫丸 茂助
  又鑓擔 古六
  並中間 新六
  又馬取 孫八
  又馬取 彦八
  又
 註記

おあむ物語
おきく物語



雑兵物語4



◆本書より◆


「雜兵物語」より:

「又がいに働て、息が切べいならば、打飼の底に入て置た梅干をとんだしてちよと見ろ。必なめもしないもんだぞ。くらふ事は扨置、なめても喉がかわく物だ程に、命の有るべいうちは、その梅干一つ大切にして、息合の藥にとんだして見て、つゝぱめつゝぱめくわないものだ。梅干を見ても又喉がかわくべいならば、死人の血でも又はどろのすんだ上水でもすゝつて居なされ。梅干は在陣中一つで賄へども、胡椒粒は在陣中日數程は入べいぞ。夏も冬も、朝一粒づゝかじれば、冷(ひへ)にも熱にもあてられない物だ程に、是は梅干とはちがひて、がいに入べいぞ。又唐辛をおつゝぶして、尻から足の爪さきまでぬれば、凍ゑないもんだぞ。手にもぬつたらばよかんべいが、とつぱづして目なんどをいじつた時、血目玉ががいにうずくべいぞ。」


雑兵物語5


「雜兵物語」より:

「敵が一疋旦那を打べいとて妙丹(みやうたん)柿のうんだごとくな砂鉢(さはち)の男が刀をぬいてくる所で、ねらひすまして此鐵炮を以てうつたれば、仕合と妙丹柿へ先目當をぶちこんで、即座に妙丹柿が成佛した所で、その柿の蔕より捥てとつたれば、旦那が云樣は、首とつて鼻をかくは味方打に紛れべいとて御法度たれど、此多勢の味方の見る所で鼻をひつかけと云なさつた。首をとらない前、でかく斟酌であつたが、妙丹柿を一つひんもいだれば、面白い氣ざしがでた所で、いやいや首を持てば重し、妙丹柿こそなくとも、若うまない澁柿でもあらば、馬に五駄も十駄も取べいためだと分別して、鼻をひつかき、各々しなされしごとく胸板の内へ入べいとしたれば、具足を着ない處で、懷へ入ては大切な鼻落しやしべいと重て思案をめぐらして、鐵炮の鞘の鐺へ入、その上へ鐵炮をつゝこんだ所で、折節寸白(すんばこ)がおこつて細腹がいたんでねまつたれば、玉が一つ胴腹へ當て後へつんぬけた所で、良ひ氣味かなと思つて尻で餅をついたれば、妙丹柿をうつつぶひた報(むくい)だげで、砂鉢の片脇へ矢が壹筋とまつた所でひんぬいたれば、矢はひんぬけたれど根の先がひつからんで抜ない所で、角が壹本生へた一角仙人の樣だとて皆御笑なさる。又旦那は一場で芝居をさらひて二度の高名をしなさつた所で、おれもちつくり心ばせを見せべいとおもつて、鐵炮の鞘の鐺からひつかいた鼻をふんだいたれば、鼻をかくと云は口びるをかけてひつかくもんだに、鼻斗ひつかいては上はひげが付ない所で、女の首やら男の首やらしれない、男の首の驗にはならないとて、その時は蟹の目程に眼(まなこ)がまい出てしかりなさつた所で、その鼻は役に立ないと思つてがらり捨た。手柄は粉味噌にした。あつたら骨をおつて首を一つ捨た。おしいこんだ。」



おあむ物語


「おあむ物語」より:

「子どもあつまりて。おあん樣。むかし物がたりなされませといへば。おれが親父(しんぶ)は。山田去暦というて。石田治部少輔(ぢぶせふ)殿に奉公し。あふみのひこ根に居られたが。そのゝち。治部どの御謀反の時。美濃の國おほ垣のしろへこもりて。我々みなみな一所(しよ)に。御城にゐて。おじやつたが。不思議な事が。おじやつた。よなよな。九つ時分に。たれともなく。男女(なんによ)三十人ほどのこゑにて。田中兵部(ひやうぶ)どのゝう。田中兵部殿のうと。おめきて。そのあとにて。わつというてなく聲が。よなよな。しておじやつた。おどましやおどましや。おそろしう。おじやつた。その後(のち)。家康樣より。せめ衆。大勢城へむかはれて。いくさが。夜ひるおじやつたの。そのよせ手の大將は・田中兵部殿と申すで。おじやる。いし火矢をうつ時は。しろの近所を觸廻りて。おじやつた。それはなぜなりや。石火矢をうてば。櫓もゆるゆるうごき。地(ぢ)もさけるやうに。すさまじいさかいに。氣のよわき婦人なぞは。即時に目をまはして。難義した。それゆゑに。まへかたにふれておいた。其ふれが有(あれ)ば。ひかりものがして。かみなりの鳴(なる)をまつやうな心しておじやつた。はじめのほどは。いきたこゝちもなく。たゞものおそろしや。こはやと斗(ばかり)。われ人おもふたが。後々は。なんともおじやる物じやない。我々母人も。そのほか。家中の内儀。むすめたちも。みなみな。天守に居て。鉄鉋玉を鑄(い)ました。また。味(み)かたへ。とつた首を。天守へあつめられて。それそれに。札をつけて。覺えおき。さいさい。くびにおはぐろを付て。おじやる。それはなぜなりや。むかしは。おはぐろ首は。よき人とて。賞翫した。それ故。しら齒の首は。おはぐろ付て給はれと。たのまれて。おじやつたが。くびもこはいものでは。あらない。その首どもの血くさき中に。寐たことでおじやつた。」


おあむ物語2


おあむ物語3


おきく物語



こちらもご参照下さい:
『谷崎潤一郎全集 第二十巻 武州公秘話 聞書抄 他』 (新書判)







































































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