塚本邦雄 『茂吉秀歌 『赤光』百首』

「事実とは小うるさく味気ないものだ。」
(塚本邦雄 『茂吉秀歌 『赤光』百首』 より)


塚本邦雄 
『茂吉秀歌 
『赤光』百首』


文藝春秋 
1977年4月10日 第1刷
348p 
四六判 丸背布装上製本 貼函
定価2,400円
装幀: 政田岑生



本書「『赤光』解題」より:

「『赤光』は齋藤茂吉の第一歌集である。登載歌數八百三十四首、製作期間は明治三十八年より大正二年までの九年間、作者二十四歳より三十二歳までの年月に當る。」
「『赤光』は大正十年、數多削除改訂の上、七百六十首所収の「改選版」上梓を見た。著者はこれを定本としてゐるが、私は削除された作品の性質に鑑(かんが)み、單純な誤記、誤植の修正以外は「初版」に據つた。作者が「實際に、ありのままに」と稱へつつ、自在奔放に視、感じ、描き盡した幻想の王國、不思議の國を、他の鑑賞家、研究家とは異つた方で、別のコースをたどつて探檢してみよう。」



全五冊のうち第一巻。正字・正かな。


塚本邦雄 茂吉秀歌 01


帯文:

「近代短歌に金字塔を打ち樹てた齋藤茂吉の『赤光』に現代歌壇の才識が尊崇の念を籠めつつも豐饒怜悧な刃の煌めきを照射して内奧に迫り定釋俗解を排除する「百首選定」。論議を喚起する劃期的な書下し歌論」


帯裏:

「――茂吉の若書きの歌には、萬葉集を髣髴させながら、しかも古語辭典にも所載のない蒼然たる語彙が頻出し、時の舊派歌人をさへ辟易させた。はたして感動的か。彼の高名な作の幾つかは、神經の異常な緊張と痙攣を誘ふ、超現實的、嗜虐的な主題と修辭で成り立つてゐる。單に新しく、單に感動的な歌なら、他にいくらも好例があらう。あるにもかかはらず、人人は茂吉の、一見難解で、一讀非情な作品に、いつとは知らず魅せられ、つひにはこれの擒となる。
詩歌とは畢竟そのやうなものだ。そして私は今、「そのやうな」不思議を解明してみたいと思ふ。從來の、茂吉自身の「冩生」の説に隨順し、ひいては弟子、一門の徒としてひたすら鑽仰する「解説」も一つのタイプではあるが、これは一應さておき、私は別の角度から茂吉の歌を照射し、その秘密に肉薄したかつた。それはそのまま、短歌を含めた日本の詩歌のあるべき姿を求め探ることであり、滅びてはならぬ美の典型を記念する道にも繋がらう。『赤光』鑑賞はその試みの第一歩である。
(著者「跋」より)」



目次:

『赤光』解題

『赤光』百首
 ひた走るわが道(みち)暗ししんしんと堪(こら)へかねたるわが道くらし
 ほのぼのとおのれ光りてながれたる螢(ほたる)を殺すわが道くらし
 氷(こほり)きるをとこの口(くち)のたばこの火赤(あか)かりければ見て走りたり
 赤彦(あかひこ)と赤彦が妻吾(あ)に寝よと蚤(のみ)とり粉(こな)を呉れにけらずや
 罌粟(けし)はたの向(むか)うに湖(うみ)の光りたる信濃(しなの)のくにに目ざめけるかも
 鳳仙花城(しろ)あとに散り散りたまる夕(ゆふ)かたまけて忍び逢ひたれ
 天そそる山のまほらに夕(ゆふ)よどむ光りのなかに抱(いだ)きけるかも
 屋根にゐて微(かそ)けき憂(うれひ)湧きにけり目(ま)したの街(まち)のなりはひの見ゆ
 めん鶏(どり)ら砂あび居(ゐ)たれひつそりと剃刀研人(かみそりとぎ)は過ぎ行きにけり
 たたかひは上海(しやんはい)に起り居(ゐ)たりけり鳳仙花紅(あか)く散りゐたりけり
 ひた赤し煉瓦の塀はひた赤し女(をんな)刺しし男に物(もの)いひ居れば
 ダアリヤは黑し笑ひて去りゆける狂人は終(つひ)にかへり見ずけり
 ひろき葉は樹にひるがへり光りつつかくろひにつつしづ心なけれ
 白ふぢの垂花(たりはな)ちればしみじみと今はその實(み)の見えそめしかも
 死に近き母に添寝(そひね)のしんしんと遠田(とほた)のかはづ天(てん)に聞(きこ)ゆる
 死に近き母が目(め)に寄(よ)りをだまきの花咲きたりといひにけるかな
 母が目をしまし離(か)れ來て目守(まも)りたりあな悲しもよ蠶(かふこ)のねむり
 我(わ)が母よ死にたまひゆく我(わ)が母よ我(わ)を生(う)まし乳足(ちた)らひし母よ
 のど赤き玄鳥(つばくらめ)ふたつ屋梁(はり)にゐて足乳(たらち)ねの母は死にたまふなり
 おきな草口(くち)あかく咲く野の道に光ながれて我(われ)ら行きつも
 さ夜ふかく母を葬(はふ)りの火を見ればただ赤くもぞ燃えにけるかも
 どくだみも薊(あざみ)の花も燒けゐたり人葬所(ひとはふりど)の天明(あめあ)けぬれば
 かぎろひの春なりければ木の芽みな吹き出(いづ)る山べ行きゆくわれよ
 酸(さん)の湯に身はすつぽりと浸りゐて空にかがやく光を見たり
 遠天(をんてん)を流らふ雲にたまきはる命(いのち)は無しと云へばかなしき
 山ゆゑに笹竹の子を食(く)ひにけりははそはの母よははそはの母よ
 なげかへばものみな暗(くら)しひんがしに出づる星さへ赤からなくに
 ひつたりと抱(だ)きて悲しもひとならぬ瘋癲學の書(ふみ)のかなしも
 うれひつつ去にし子ゆゑに藤のはな搖(ゆ)る光りさへ悲しきものを
 わが生(あ)れし星を慕(した)ひしくちびるの紅(あか)きをんなをあはれみにけり
 この心葬(はふ)り果てんと秀(ほ)の光る錐(きり)を疊にさしにけるかも
 念々にをんなを思ふわれなれど今夜(こよひ)もおそく朱の墨するも
 平凡に涙をおとす耶蘇兵士(やそへいし)あかき下衣(ちよつき)を着たりけるかも
 まぼしげに空に見入りし女(をんな)あり黄色(わうしよく)のふね天馳(あまは)せゆけば
 あかねさす朝明けゆゑにひなげしを積みし車に會ひたるならむ
 にんげんの赤子(あかご)を負へる子守(こもり)居りこの子守はも笑はざりけり
 雪のなかに日の落つる見ゆほのぼのと懺悔(さんげ)の心かなしかれども
 腹ばひになりて朱の墨すりしころ七面鳥に泡雪はふりし
 現身(うつしみ)のわが血脈(けちみやく)のやや細り墓地にしんしんと雪つもる見ゆ
 あま霧(きら)し雪ふる見れば飯(いひ)をくふ囚人(しうじん)のこころわれに湧きたり
 莊嚴(しやうごん)のをんな欲(ほつ)して走りたるわれのまなこに高山(たかやま)の見ゆ
 馬に乘りりくぐん將校きたるなり女難の相か然(しか)にあらずか
 ゴオガンの自畫像みればみちのくに山蠶(やまこ)殺ししその日おもほゆ
 ゆふ日とほく金(きん)にひかれば群童は眼(め)つむりて斜面をころがりにけり
 神無月空の果てよりきたるとき眼(め)ひらく花はあはれなるかも
 いのち死にてかくろひ果つるけだものを悲しみにつつ峽(かひ)に入りけり
 火葬場に細みづ白くにごり來(く)も向(むか)うにひとが米を磨ぎたれば
 上野(うへの)なる動物園にかささぎは肉食ひゐたりくれなゐの肉を
 自殺せる狂者(きやうじや)をあかき火に葬(ほふ)りにんげんの世に戰(をのの)きにけり
 わが目より涙ながれて居たりけり鶴(つる)のあたまは悲しきものを
 除隊兵冩眞をもちて電車に乘りひんがしの天(あめ)明けて寒しも
 かの岡に瘋癲院のたちたるは邪宗來(じやしゆうらい)より悲しかるらむ
 郊外に未(いま)だ落ちゐぬこころもて螇蚸(ばつた)にぎれば冷(つめ)たきものを
 かすかなる命(いのち)をもちて海つもの美(うつく)しくゐる荒磯(ありそ)なるかな
 くれなゐの三角の帆がゆふ海に遠ざかりゆくゆらぎ見えずも
 ゆふされば靑くたまりし墓みづに食血餓鬼(じきけつがき)は鳴きかゐるらむ
 ものみなの饐(す)ゆるがごとき空戀ひて鳴かねばならぬ蝉のこゑ聞(きこ)ゆ
 むらさきの桔梗のつぼみ割りたれば蕋(しべ)あらはれてにくからなくに
 屈(かが)まりて腦の切片(せつぺん)を染(そ)めながら通草(あけび)のはなをおもふなりけり
 みちのくに病む母上にいささかの胡瓜(きうり)を送る障(さは)りあらすな
 曼珠沙華ここにも咲きてきぞの夜のひと夜の相(すがた)あらはれにけり
 萱草(くわんざう)をかなしと見つる眼にいまは雨にぬれて行く兵隊が見ゆ
 にはとりの卵の黄味の亂れゆくさみだれごろのあぢきなきかな
 胡頽子(ぐみ)の果のあかき色ほに出づるゆゑ秀(ほ)に出づるゆゑに歎かひにけり
 長鳴くはかの犬族(けんぞく)のなが鳴くは遠街(をんがい)にして火は燃えにけり
 はるばるも來つれこころは杉の樹の紅(あけ)の油に寄りてなげかふ
 しろがねの雪ふる山に人かよふ細ほそとして路見ゆるかな
 赤茄子の腐れてゐたるところより幾程(いくほど)もなき歩みなりけり
 紅蕈(べにたけ)の雨にぬれゆくあはれさを人に知らえず見つつ來にけり
 現し身の瞳(ひとみ)かなしく見入りぬる水はするどく寒くひかれり
 水のべの花の小花の散りどころ盲目(めしひ)になりて抱(いだ)かれて呉れよ
 よにも弱き吾なれば忍ばざるべからず雨ふるよ若葉かへるで
 靑山の町蔭の田の水(み)さび田にしみじみとして雨ふりにけり
 くわん草は丈(たけ)ややのびて濕(しめ)りある土に戰(そよ)げりこのいのちはや
 おのが身をいとほしみつつ歸り來る夕細道(ゆふほそみち)に柿の花落つも
 かぎろひのゆふさりくれど草のみづかくれ水なれば夕光(ゆふひかり)なしや
 くろく散る通草(あけび)の花のかなしさを稚(をさな)くてこそおもひそめしか
 汝兄(なえ)よ汝兄(なえ)たまごが鳴くといふゆゑに見に行きければ卵が鳴くも
 死にしづむ火山のうへにわが母の乳汁(ちしる)の色のみづ見ゆるかな
 少年の流され人はさ夜の小床に蟲なくよ何の蟲よといひけむ
 蟋蟀の音にいづる夜の靜けさにしろがねの錢かぞへてゐたり
 はるばると星落つる夜の戀がたり悲しみの世にわれ入りにけり
 さにづらふ少女ごころに酸漿(ほほづき)の籠(こも)らふほどの悲しみを見し
 照り透るひかりの中(なか)に消ぬべくも蟋蟀と吾(あ)となげかひにけり
 とほき世のかりようびんがのわたくし兒田螺はぬるきみづ戀ひにけり
 ためらはず遠天に入れと彗星の白きひかりに酒たてまつる
 南蠻のをとこかなしと抱(いだ)かれしをだまきの花むらさきのよる
 木のもとに梅はめば酸しをさな妻ひとにさにづらふ時たちにけり
 公園に支那のをとめを見るゆゑに幼な妻もつこの身愛(は)しけれ
 はるばると母は戰(いくさ)を思ひたまふ桑の木の實は熟みゐたりけり
 蠶(こ)の室(へや)に放ちしほたるあかねさす晝なりければ首は赤しも
 凱旋(かへ)り來て今日のうたげに酒をのむ海のますらをに髯あらずけり
 月落ちてさ夜ほの暗く未だかも彌勒(みろく)は出でず蟲鳴けるかも
 高ひかる日の母を戀ひ地(ち)の廻(めぐ)り廻り極まりて天(あめ)新たなり
 うつそみのこの世のくにに春はさり山燒くるかも天の足り夜を
 とうとうと喇叭を吹けば鹽はらの深染(こぞめ)の山に馬車入りにけり
 もみぢ葉の過ぎしを思ひ繁き世に觸りつるなべに悲しみにけり
 潮沫(しほなわ)のはかなくあらばもろ共にいづべの方にほろひてゆかむ
 蜩(ひぐらし)のかなかなかなと鳴きゆけば吾(われ)のこころのほそりたりけれ
 隣室(りんしつ)に人は死ねどもひたぶるに帚(ははき)ぐさの實(み)食ひたかりけり

跋――茂吉啓明

収録歌一覽




◆本書より◆


「ひた走るわが道暗ししんしんと堪へかねたるわが道くらし」より:

「七年前、左千夫は未知の茂吉の歌を一二度見たのみで、「貴兄の作歌の傾向は甚だ面白く候。貴君は一種の天才なる事を自覺し、今の儘にて眞直に脇目ふらずにやつて貰ひたく候。云云」と書き送つた。茂吉は名伯樂を得たのだ。歌人も亦おのれを知る人のために死ぬ。後世この弟子にしてこの師ありと謳はれるその二人の間も、その後「アララギ」を創刊、茂吉は左千夫の選歌を受けぬやうになり、激烈な論爭を展開するに到る。」


「ひた赤し煉瓦の塀はひた赤し女刺しし男に物いひ居れば」より:

「思へば、茂吉の歌の魅力の一面には、さういふ傍若無人の、獨善性にもあるやうだ。」


「ひつたりと抱きて悲しもひとならぬ瘋癲學の書のかなしも」より:

「事實よりも詩的眞實がまづ優先し、眞とは詩歌においては虚から生れ出るといふことなど、決して、永久に理解されぬ、否そのやうな理解をこそ禁忌とする世界に生きた茂吉は、いかにも生眞面目(きまじめ)に、事實尊重、創作忌避の言を吐き續ける。しかも一方では、巻頭から巻末まで、狂言綺語に滿ち、その向うにあらぬ世を透視させる、怖るべき幻想の書『赤光』『あらたま』を生むのだ。自己韜晦、欺瞞、食言といふ點では、定家の、殊にその歌論執筆態度と共通するところがある。」


「まぼしげに空に見入りし女あり黄色のふね天馳せゆけば」より:

「飛行船、二十世紀初頭の航空界に生れた、あの優雅で滑稽な傑作を、私は微笑と共に囘想する。ツェッペリン伯號が世界一周の途上、日本に立寄るといふので、巷間はこの噂でもちきり、來(く)る一週間も前から物見高い連中が、もろともに天を仰いでゐたのは昭和四年の晩夏のことだつたか。私はもの心つきそめた幼兒、千一夜物語の空飛ぶ絨毯などを聯想して、打興じかつ脅えてゐた。フランスはゾディアック、アメリカがアクロン、全世界が飛行船にうつつを抜かした一時代があつた。映畫がサイレントからトーキーに移り、ルネ・クレールの初期の傑作が、毎年ベスト・テンの上位を占め、「サ・セ・パリ」や「ヴァレンシア」の流行した、舊き佳き時代であり、日本も棲みよい國だつた。けれども、この美しい怪獸のやうな乘物は、何に呪はれたのか、いかなる神の罰を受けたのか、まづ日本のN3號が墜落、續いて英のR101、米のアクロン號、ドイツのヒンデンブルグ號が、次次と悲慘な事故を起し、一九三八年には抹殺されたやうに、飛行船は姿を消すに到る。日支事變はもう始まつてゐた。ベルエポックの空の信天翁(あはうどり)、誇大妄想のイカロスは、世界の人人に白晝夢を見せて壞(こは)れて行つた。」


「にんげんの赤子を負へる子守居りこの子守はも笑はざりけり」より:

「嬰兒を負うた子守がにこりともしなかつた。散文に要約すればそれだけのことである。だが短歌形式は、茂吉の不敵な修辭力は、「それだけのこと」では終らさない。まづこの初句「にんげんの」一語で讀者は後頭部を鈍器で毆られたやうな衝撃を受ける。鈍器、まさに鉛のハンマーで打たれるか、磨滅(まめつ)し錆びた刃物で切られる時の、鈍い疼痛に似たものが、この一首の讀後感そのものであらう。「子守」を二度繰返し、それに「はも」を添へて強調する。痛みは消えない。消え去つたと思ふ頃、また「にんげんの」が蘇り、骨の髓がずきりとする。
作者の目は少しも輝いてゐない。細い三白眼を瞠り、犬儒派的(シニカル)な笑みを唇の端に漂はせてゐる。彼は猿でも豚でもなく、「ひと」と呼ぶ哺乳類の幼獸を無感動に一瞥する。次にその幼獸を背中に括りつけられ、これを泣かさぬやうに、消極的に保護するやう強制された、恐らくは十を幾つも出ぬ少女に視線を注ぐ。」
「恐らく、この度も亦、茂吉は、(中略)偶然見かけたものを、ありのままに、冩生しただけなのだらう。私はそれならなほのこと慄然とする。何ら告發の意圖も無く、創作意識など爪の垢ほども無く、これほど無氣味な、底意のある歌を、何氣なく發表できる作者の桁外れの才能と言語感覺に、限りない畏怖を覺える。「にんげんの」と打出すのがまこと冩生といふものなら、私も即刻冩生の徒となりたいくらゐである。」



「少年の流され人はさ夜の小床に蟲なくよ何の蟲よといひけむ」より:

「よくも惡しくも、「冩生」といふ禁欲的な方法論は、とめどもなく溢れ、亂れ、猛進しかねない彼の幻想力を、適當に鎭め、かつ飼ひ馴らしたのではあるまいか。「宮益坂」あたりの歌風があれ以上翼を得て翔け上つてゐたら、今頃は日本超現實短歌の鼻祖として祀られ、「アララギ」からも輕蔑と嘲弄の的にされてゐたに違ひない。」
「「蟲なくよ何の蟲よといひけむ」のたどたどしさを「粗笨」と貶したのは節(引用者注: 長塚節)の見識である。「冩生といふ以上素より實況でなければ駄目である。現在に目に觸れないものでも曾て見たことのあるものならば宜しい。空想は失敗し易い」と、彼は明治三十八年一月の「馬醉木」所載「冩生の歌に就いて」で語つてゐる。他は推して知るべし。かういふ人人に圍まれながら、『赤光』の歌の成つたことを、私は奇跡に近いと思ふ。」



「とほき世のかりようびんがのわたくし兒田螺はぬるきみづ戀ひにけり」より:

「物語的な歌には必ずしも才腕を示さなかつた茂吉だが、想を佛教的な世界に得ると、たちまち空氣を得た鳥のやうに、自在でみづみづしい作品を見せてくれる。昭和初期の、超現實主義と銘打つた有名詩人誰彼の、ランボー擬き、ロートレアモン紛ひの大層な詩などよりも、この一首の方が、遙かに奇想天外なおもしろさ、言はば詩魂の戰慄を感じさせてくれる。私が『赤光』の中で最も愛する歌の一つだ。」


塚本邦雄 茂吉秀歌



























































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Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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