『ジャン・コクトー全集 第五巻 評論2』

「現在ではもはや誰ひとり、詩(ポエジー)とは怖ろしい孤独であること、生まれついたときからの呪いであり、魂の病いであることを知らない人はありません。」
(ジャン・コクトー 「オックスフォード大学講演」 より)


『ジャン・コクトー全集 第五巻 評論**』

監修: 堀口大學・佐藤朔
編集: 曽根元吉

東京創元社 昭和56年2月20日初版/平成元年4月20日3版
640p 目次3p 口絵i 
A5判 丸背バクラム装上製本 貼函
定価7,300円(本体7,087円)
装釘: 曽根元吉

月報3 (8p):
枕を暖めないこと(中村真一郎)/奇男子コクトー(加藤郁乎)/コクトーと祝祭的世界像(山口昌男)/図版2点(「オックスフォード大学から名誉博士号を授与されたコクトー」「アカデミー・フランセーズ入会式のとき」)およびカット1点



本文中挿絵57点(「わが青春記」)。


コクトー全集5-1


月報3 「編集後記」より:

「本巻の堀口大學先生の「わが青春記」と「僕の初旅・世界一周」は、永らく稀覯の書となっておりましたが、本全集収録にあたり全面的に加筆訂正を加えて頂いたものです。」
「「存在困難」は、朝吹三吉先生が長年に亙り精魂を込められた待望の御訳業です。御味読下さい。」


コクトー全集5-2


内容:

わが青春記 (堀口大學 訳)
  1 
 嫌われ者
 詩人はラヴレター以外の手紙は受取らない
 ぶっきら棒に、ばらばらに
 フィガロ紙
  2 
 ヴォードヴィル座とアノーヴル館
 女優レジャーヌの驢馬
 ロッシーニの家
 サラサーテ
  3 
 母が芝居行きの身支度をする
 『鍛冶屋の罷業』
 カピエロ
 リュミエール兄弟の地下室
 オールド・イングランド
 二度目の少年期
  4
 下剤拒絶
 死神
 ラシック婆さんの袋
 シャトレ座
 八十日間 世界一周
 ませた小娘
 コジマ・ワーグナーとオッフェンバック
  5
 サーカスの匂い 
 軽業師の網
 フーチとショコラ
 闘牛士
 水中黙劇
 ケーク・ウォーク
 エルクス夫妻
  6
 少女カルリエ
 北極館
 コンコルド界隈
 氷の宮
 高等内侍の時間
 ウィリーとコレット
 セム
 ポレール
  7
 流行を嗤う危険
 ルトリエ夫人リッツに入る
 セムの狩
 母のアストラカン
 自然の贋の静謐
 急テンポの流行
 ラリック
 脚本の日付
  8
 劣等生の賞典
 僕の家庭があらゆる手段を試みる
 真のシテ・モンティエ
 生徒ダルジュロス
 大理石の拳固
  9
 半眠状態を通じて見た大スキャンダル
 ロイ・フラー
 一九〇〇年における
 女性
 エルドラード座
 舞台脇ボックス第二号
 ドラネム
 ミスタンゲット
  10
 ヴィルフランシュ
 ホテル・ウェルカム
 ニース
 クリスチャン・ベラールが新しい神話を発明する
 囚われ女
 死んだ級友
 マダムX……
 未知のスタイル
 女神たちの復讐
  11
 もう一度ヴィルフランジュ
 或る男爵の不運
 イサドラ・ダンカン
 モネ・シューリー
 サラ・ベルナール
 ド・マックス
 芸術座の舞踏会
 神聖な悪魔たち
  12
 僕は彼らの声がお聞かせしたい
 カチュール・マンデス
 アトリードの午餐
 シェラザード
 マンデスの死
 ハインリッヒ・ハイネと似ていること
  13
 ビロン館との出会い
 マンデスと月光
 名園救済
 ルーヴルの友の会
 ライナー・マリア・リルケの灯火
  14
 ベルシャス街
 レオン・ドーデがゾラの真似をする
 歌うレーナルド
 ジュール・ルメートル
 エドモン・ロスタンの片眼鏡
 ウージェニー女皇
 幽霊の謁見
  15
 シモーヌとトリ・シャトー
 アンナ・ド・ノワイユ
 彼女が喋る
 フランシス・ジャムとの対面
 僕らの口論
 三途の川
  16
 誤植の巡礼者
 貝殻草の花輪
 ジッドへの感謝
 サッシャ・ギトリー
 桟敷が流れ出す
 ポワレ
 噴火口上のダンス
 
僕の初旅・世界一周 (堀口大學 訳)

存在困難 (朝吹三吉 訳)
 はじめに
 会話について
 わたしの子供の頃について
 わたしの文体について
 仕事と伝説とについて
 ラディゲについて
 わたしの容貌について
 わたしの数々の脱走について
 フランスについて
 演劇について
 ディアギレフとニジンスキーについて
 映画に現われる驚異について
 友情について
 夢について
 読書について
 尺度について
 幽霊屋敷について
 苦痛について
 死について
 軽佻浮薄について
 パレ=ロワイヤル界隈について
 魂の統御について
 アポリネールについて
 笑いについて
 在らずに在ることについて
 言葉について
 青春について
 美について
 風俗について
 線について
 ある身振り劇(ミモドラム)について
 責任について
 おわりに
 註記 『双頭の鷲』上演の後に

美の秘密 (佐藤朔 訳)
過去への序文 (小海永二 訳)
一詩人の歩み (小海永二 訳)
アカデミー・フランセーズ入会演説 (岩崎力 訳)
オックスフォード大学講演――詩あるいは不可視性―― (朝吹三吉 訳)
詩についての講演 (窪田般彌 訳)
フランスの秘密兵器 (岩崎力 訳)

訳註
解題 (曽根元吉)



コクトー全集5-3

口絵: 「ジャン・コクトー(1941) ドラ・マール撮影」



◆本書より◆


「わが青春記」より:

「詩人は車輌に似た運搬の具だ。彼に作用する不可思議な力の天成の霊媒者(メディアム)だ。その力の方では、自分の勢力を世界に広めようがために、詩人の純粋な性質を利用し、俗人たちなら、目ざめると同時に、専ら触れないように努める種類の問題を彼に強いて、解決とは行かないまでも、何とかせずには気持が悪くっていたたまれないようにし向ける。酷(むご)たらしい夢のアマルガムに悩まされ続けた一夜の後で、朝、目が開(あ)くと早速、普通人は或る種の事柄を忘れようと努めるのだが、詩人というものは実にそのような事柄のいわば専門家であり、またそのような事柄のお陰で彼は嫌われ者の理想的なタイプにもされるのだ。」

「この大小見世物の豊富さ」
「大衆は詩人に対すると同様に彼らに対しても気を許さない。(中略)彼らの芸を楽しむには、詩人が死ぬときまで失わずにいる、そして都会の大人たちが失って自慢する、あの少年の心を取り戻して、それを養成しなければ駄目のように、僕には思える。」



「存在困難」より:

「そのとき、ラディゲは十五歳だった。エリック・サティは、ほとんど六十歳になっていた。この両極端からわたしは、明確な表現ということを教えられたのだ。わたしが人に自慢できるただ一つの栄誉は、わたしが彼らの教えに服したということだ。」
「自己中心的(エゴイスト)で、無慈悲で、偏執狂だった彼(引用者注: エリック・サティ)は、彼の教理(ドグマ)に帰属しないものには一切耳を傾けようとはしなかった。そして、その教理に没頭するのを妨げるあらゆるものに対して凄まじい憤怒の発作を起こすのだった。彼がエゴイストだったのは、自分の音楽のことしか考えていなかったからだ。無慈悲だったのは、自分の音楽を護ったからだ。偏執狂だったのは、彼の音楽を琢磨していたからなのだ。そして、彼の音楽は優しかった。彼は、だから、彼なりに優しかったのだ。
数年間というもの、サティは毎朝アンジゥー街十番地のわたしの部屋へ腰を下ろしにやってきた。彼は彼の外套も(中略)、手袋も、また鼻眼鏡につくほど前下がりにかぶった帽子も脱がず、その蝙蝠傘も手にもったままだった。そして空いているほうの手で、話したり笑ったりするときにくねり曲る口をおおっていた。彼はアルクーイから歩いてくるのだった。彼はこの土地の狭い一室に住んでいたのだが、彼の死後、そこの山と積もった埃の下から、友人たちからの手紙が残らず発見された。それらは一つとして開封されていなかった。
彼は軽石で身を清める習慣だった。決して水は使わなかった。
音楽が流動体として放散していた時代に、サティは、ドビュッシーの天才を認めながらも、その専制を惧れていたので(二人は最後まで遠慮のない友だち付き合いと、言い争いとをつづけた)、その流派に背を向け、スコラ・カントルムでわれわれが識ったあの奇妙なソクラテスとなったのだった。
彼はそこで自己を琢磨し、自己に反撃を加え、自己を仮借なく修正して、彼固有の表現媒介具を鍛え上げ、小さな排孔をこしらえたのであり、以後、彼の裡の美妙な力はそれを通じておのずから流れ出さえすればよかったのだ。
こうして自由な境地になってからは、彼は自分を茶化したり、ラヴェルをからかったり、また、(中略)あの数々の美しい楽曲に、羞じらいの気持から、多数の凡俗な精神を即座に遠ざけずにはおかない素頓狂な題名を付けたりしたのだった。
これがその人物だったのだ。もちろん、われわれとしてもワーグナーやドビュッシーの波のまにまに転がっていたほうが快かったにちがいない。しかしわれわれには、それが現在の読者にどれほど理解し難く思われるにせよ、一つの節食療法が必要だったのだ。あらゆる時代はそれぞれいくつかの魅惑を拒否するものなのだ。」
「エリック・サティがわたしの小学校の先生だった。そしてラディゲがわたしの試験官だった。わたしは彼らとの接触によって、彼らから指摘される必要なしに、自分の過誤を一つ一つはっきりと示されたのであり、たとえそれらを改めることができなかったとしても、少なくとも自覚するようになったのである。」

「わたしは技術や経験から自由であること――不熟練であることを欲するのだ。」

「いったい誰がフランスを偉大ならしめているのか。それはヴィヨンであり、ランボーであり、ヴェルレーヌであり、ボードレールである。この一連のいかがわしい人物たちはみな留置所に引っ張って行かれたのだ。人々は彼らをフランスから逐い出すことを望んだのだ。そして彼らを施療病院で死なせた。」
「今度の解放の後でフランスがとるべき態度は簡単明瞭だった。が、彼女(フランス)はそうしなかった。軍人たちのとりこになっていた彼女に、それができただろうか。では、どうすればよかったのか? 世界に向ってこう言うのだ、――「わたしは戦おうとはしませんでした。わたしは戦うのが嫌いなのです。わたしは武器をもっていなかったのです。これからも武器はもたないでしょう。でもわたしは秘密の武器を一つもっています。どんな秘密兵器かとおっしゃるのですか。「秘密」である以上、わたしに答えられるでしょうか」。そして、もし世界が飽くまで訊ねたら、「わたしの秘密の武器は無統制(アナルシー)の伝統です」と。
これは強力な答えだ。一つの謎だ。強大な国々の頭を悩まさずにはおかないだろう。「さあ、いくらでも侵略なさい。わたしは長いあいだには結局あなた方を同化してしまうでしょう」」

「真の豊かさはある種の欠乏に存する」

「ジャン・ジュネは、将来モラリストとみなされるべき人だが――こう言うと、世間ではモラリストと道徳を説く者とを混同しているから、逆説的に聞こえるかもしれないが――そのジュネが数週間前にわたしに言った、「自分の主人公たちが生きるのを見守り、彼らに同情するだけでは足りない。われわれは彼らの罪をわが身に背負い、その諸結果を引き受けなくてはならぬ」と。」



「美の秘密」より:

「詩人は独特の真実をもっているのに、世間はそれを嘘だと思っている。」
「詩人は真実を告げる嘘である。」
「革命はいつもポエジー風である。ポエジーは革命だからだ。」

「少年時代。少年時代を護り、少年時代を保存することは、詩人の大事業である。青春は何にもならない。(中略)ランボーが青年であったことは一遍もない。彼は少年で、大人だった。二十歳で、ラディゲは年老いて死んだ。彼の死は、少年の死だった。」



「過去への序文」より:

「そうなのだ、家族の者たちが《あいつは何をしでかすかわからない》と断言するあの悪童たちと同様に、最高の悪童である詩人は、社会の非難を超越している。」

「わたしは他者でありたいと望んだ」



「一詩人の歩み」より:

「わたしは多分、人間が集団のために非個性化されるわれわれの時代にあって、個性主義なる罪を犯したのだった。」
「実際、個性主義は、一つの規準(中略)から外れることのうちに、(中略)他の人々の真実とは異なる真実、詭弁だ、うそ偽りだと彼らが見なしたくなるような一つの真実を、あくまでも守ることのうちに、在る。」
「個性主義者とは、その本質において異端者なのである。(中略)個性主義者が、彼によってかき乱され彼を放逐しようとする社会の、憎しみの下に押しつぶされることも、ああ、稀ではないのだ。」



「アカデミー・フランセーズ入会演説」より:

「「われ思わず、ゆえにわれあり」」
「この聖なる愚かしさが人間にあっては天才と呼ばれる現象になりかわることも、ありえないことではありません。」
「私としては、ふつう人々が愚かしさと見なす善良さのほうに賭けたいと思います。」
「皆さん、私は今ここでただちに断言いたします。私のいささかマニヤックな語彙によれば、皆さんのなかにはインテリなる人種に属する方はひとりもいらっしゃいません。私はこの言葉を厳密に軽蔑的な意味で使っており、私の気持のなかではそれは下司野郎に非常に近いものなのです。」



「詩についての講演」より:

「詩人とは? それは私たちの誰もが自分のなかに持っている精神分裂症的要素の働き手以外の何者でもなく、そのことを恥じることのない唯一の人種なのです。」
「敢えて私自身の言葉を引用するなら、《ヴィクトル・ユゴーは自分をヴィクトル・ユゴーだと思い込んでいた気違いだった》、と言いたいのです。
ヴァン・ゴッホ、グレコ、ロートレアモンといったような人々においては、精神分裂症的要素はすっかり馬脚をあらわしています。しかし、フェルメール、レンブラント、ゲーテといったような人々は、それと気づきもしないで隠し持っているのです。というのも、精神分裂症的要素はあらゆる深遠な魂のなかに宿るものだからです。この要素がなければ、新しいものも力強いものも、何一つ生まれてはこないでしょう。」



「フランスの秘密兵器」より:

「私が詩人と呼ぶのは、(中略)その人自身に固有の道徳律に従って生きる人すべてのことであります。」


コクトー全集5-4

「ビー玉」(「わが青春記」挿絵)。


コクトー全集5-5

「前座のレーネット」(同上)。


コクトー全集5-6

イサドラ・ダンカン(同上)。





























































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プロフィール

ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

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