シモーヌ・ヴェイユ 『労働と人生についての省察』 黒木義典・田辺保 訳

「なぜならわたしは、人類をふみにじっているこの社会組織の中で、何かの価値を認められるのを恥じていますので、それに反抗しようと努力しているからです。」
(シモーヌ・ヴェイユ 「工場長への手紙」 より)


シモーヌ・ヴェイユ 
『労働と人生についての省察』 
黒木義典・田辺保 訳


勁草書房 
昭和42年6月30日 第1刷発行
昭和46年4月5日 第6刷発行
v 270p 
四六判 ソフトカバー 機械函 
定価680円



本書「訳者あとがき」より:

「一九三四年一〇月一日から一か年間、彼女は、「個人的な調査」を理由に、一年間の休暇を願い出た。(中略)この年一二月四日、パリのルクールブ通りにあるアルストムの工場へ入社、自身も父母の家を去って、工場の近くの「女中部屋」を借りて移り住み、完全な女工の生活に身をおいた。哲学教師が、一介の女子工員になったのである。本書の中で大半の分量を占める「工場日記」は、このとき、彼女が毎日のなまなましい体験の中で丹念にペンをとって書きとめた生活の記録である。フランス語の原書では、一応その全部が活字に翻刻されているが、さすがに編集者も「判読不可能」とさじを投げなければならなかったほどの個所が原稿には幾つもある。」
「本書の翻訳は、前半(「工場日記」よろび「断片」まで)を田辺が、後半を黒木が担当した。」
「原著題名は「労働の条件」(La condition ouvriere)であるが、一般の読者に親しみやすい表題をと考え、この邦訳では、「労働と人生についての省察」と変更したことを了承していただきたい。」



本文二段組。


ヴェイユ 労働と人生についての省察 01


帯文:

「「フランス解放以後に現れた最も偉大な、最も高貴な書」(カミュ)
来日講演会でサルトルは、知識人の役割についてのべたその中でシモーヌ・ヴェイユにふれ、彼女が「労働生活に耐え、搾取について明晰な体験をもった」ことに言及したが、本書こそ彼女のその稀有の体験についての貴重なドキュメントである。」



帯背:

「二〇世紀の特異な
ドキュメント!」



帯裏:

「現実の抑圧、疎外から真に主体的立場を恢復するとはなにか。ここに現代の生々しい証言をおくる。
労働と人生についての省察
一九三四年末から三五年七月までの工場生活の経験を中心に手紙、随想、工場日記を収録」



目次:

一九三六年前後(まえがき) (黒木義典)

序文 (アルベルチーヌ・テヴノン)

アルベルチーヌ・テヴノン夫人にあてた手紙三通
ある女生徒への手紙
ボリス・スヴァリーヌへの手紙
Xへの手紙の断片
工場日記
 第一週
 第二週
 第三週
 第四週
 第五週
 第六週
 第七週
 第一三週
 第一四週
 第一五週
 第一六週
 工場のふしぎ
 職を求めて
 復活節の日曜日
 第二の工場、四月一一日木曜から、五月七日火曜まで
 ブーローニュ・ビランクール市、ヴィユ・ポン・ド・セーヴル通り、バス・アンドル鉄工所カルノー工場にて
 ふたたび、仕事を求めて
 ルノー工場にて
 注目すべき出来事
 いろいろな出来事
断片
工場長への手紙
金属工業女子労働者の生活と罷業(工場占拠)
ある組合員への公開状
オーギュスト・デトゥーフ氏への手紙
北部の紛争から引き出すべき教訓に関する考察
企業内の新しい内部制度のための計画の諸原理
合理化
労働の条件
工場生活の経験
奴隷的でない労働の第一条件

訳者あとがき (田辺保)

 

ヴェイユ 労働と革命への省察 02

「「工場日記」の一頁より(原著者直筆)」。



◆本書より◆


「工場日記」より:

「同じ仕事。さらに一そうこき使われる。――ペダルを踏むのも、どんどん続けてできるようになる。とうとう一〇一五〇個を仕上げた、すなわち、一日で五〇五個、または、
 二二フラン五〇プラス三フラン七五で、八時間四五分二六フラン二五である。
 かろうじて、一時間三フランになる(六〇サンチームだけ足りない)。
 へとへとに疲れた。そのために、遅れをとりもどすことはできなかった。」
「五時四五分、機械を止めたとき、心は真暗で、希望もなく、そのうえ、ぐたぐたに疲れて精も根もつきはてた状態だった。しかし、たまたま歌の好きなかまど係の少年にぶつかり、少年がにっこり笑い顔を見せてくれたり(中略)、――着がえ部屋で、いつもよりももっと陽気な冗談が交わされるのを聞いたり、もうそれだけでわたしにはよかった、――こういうほんのちょっとしたあたたかい友情があれば、わたしの心はよろこびに溢れ、しばらくの間は疲れも感じずにすむのだ。けれど、家に帰ると、また頭痛……」

「ひどい疲れのために、わたしがなぜこうして工場の中に身をおいているのかという本当の理由をつい忘れてしまうことがある。こういう生活がもたらすもっともつよい誘惑に、わたしもまた、ほとんどうちかつことができないようになった。それは、もはや考えることをしないという誘惑である。それだけが苦しまずにすむ、ただ一つの、唯一の方法なのだ。ただ土曜日の午後と日曜日にだけ、わたしにも思い出や、思考の断片がもどってくる。このわたしもまた、考える存在であったことを思い出す。わたしは、自分がどんなにか外的な事情に左右される者であるかを見てとると、ほんとうにぞっとする。そういう事情のためにある日、週一回の休みも与えられない仕事に従事しなければならない境遇につきおとされれば、それでもうおしまいなのだ――そしてこのことは、とにかくいつでも起こりうることなのである――そうしたら、わたしは、おとなしい、じっと苦痛をこらえる(少なくとも、自分ひとりのためなら)、牛馬同然の人間になりさがってしまうであろう。ただ、あたたかい友愛の心と、ほかの人に対して加えられる不正への怒りだけは、そのまま手をつけられずに残って行くであろう――だが、そういう感情も、果たしてこの先どこまで持ちこたえることができるであろうか。」

「夕方、型板をしているとき、頭痛。しかも、同時に体の力が全部抜けてしまったような感じ。工場の騒音も、今ではその中のあるものは意味のあるものになり(たとえば、製罐技工の木づちの音、大つちの音……)、深い精神的なよろこびと肉体的な苦痛とを、同時にわたしの中に起こす。これは非常にふしぎな感じである。
 帰宅すると、頭痛が増し加わり、吐き気がし、ものを食べられず、ほとんど眠れない。」

「ジョゼフィーヌ(中略)とシャテルのあいだのいざこざ。(中略)彼女は口ごたえせず、くちびるをかんで、はずかしめをぐっと呑みこみ、泣き出したい気持をこらえているのがはっきりわかった。たぶん、それ以上に、はげしく反論したい気持をじっとこらえていたのにちがいない。三、四人の女工がその場に居合わせたが、口をつぐんで、笑いがこみ上げてくるのをやっとなかば押しころしているようだった(中略)。つまり、ジョゼフィーヌがこのやくざな仕事を引き受けていなかったとしたら、彼女たちの中のだれかがやらなくてはならないのだ。だから、みなはジョゼフィーヌがどなりつけられているのをいい気になって見ているのだった。」

「朝のうちずっと、三人で、この上なく自由で、のびのびした会話。」
「まったき友情関係。こんなことは、つきつめてみたところ、わたしの生涯にもはじめてのことだ。階級のちがいにも(階級なんてなくなってしまっているのだから)、男と女であるという点にも、なんら障壁がない。奇跡的なことだ。」

「着がえ部屋では、ほかの人たちが、わたしのように腹を立てている様子は一向に見えず、ぺちゃくちゃとおしゃべりしたり、ざれごとを言ったりしているのにおどろく。それでも、工場から出て行くときは、とてもはやい。ベルが鳴る時までは、まだ何時間も働かねばならないみたいに働いているが、ベルの鳴る時がくると、まず鳴りはじめない先からはやくも、みんなバネ仕かけで動かされたみたいに立ちあがり、名前にチェックをしに走り、着がえ部屋へかけこみ、そそくさと言葉を交わして仕事の話などをし、家路をいそぐのだ。わたしは、どんなに疲れていても、新鮮な空気にたまらなく飢えているので、セーヌ河まで歩いて行くことにしている。河のふちの、石の上にすわりこむとき、わたしは、憂鬱で、くたくたに疲れきり、どうしようもない怒りのために胸がつまるような思いがし、自分の中の生命力はすっかり空っぽになってしまったような感じがする。そして、こんな生活をやむなくつづけて行かねばならないとすると、毎日セーヌ河を渡って行くのに、一度も河の中へとびこもうという気持にならずにすむことがあろうかなどと思ったりするのである。」

「一人の強くて、ピチピチした、健康そうなきれいな女の子が、ある日、一〇時間もの一日の仕事が終ったあと、着がえ部屋で言った。「一日中仕事していると、うんざりするわ。七月一四日には、ダンスができるから、しめしめよ」。わたし、「一〇時間も仕事をしたあとで、まだダンスをしようなんて考えられるの」。彼女、「あたりまえよ。(笑いながら)一晩中だって、ダンスをしていられるわよ……」それから、まじめな顔になって、「でもね、五年間もずっと、ダンスをしたことがないのよ。みんなダンスをしたがっているのよ、洗濯なんかするより、ダンスの方がしたいのよ」。
「こういう生活においては、苦しんでいる人たちは不平なんか言っているひまがないのだ。その人たちは、ほかの人間からは理解されないだろう。苦しむことのない連中からは、たぶん軽蔑され、苦しんでも、自分の苦しみだけでもうせい一ぱいという連中からは、いやな奴と目されるだけがおちなのだ。どちらを見ても稀な例外を除いて、上役どもが見せる冷酷さと同じようなつれなさがあるばかりだ。」

「五月七日火曜日に解雇された。水曜、木曜、金曜と、頭痛のために、大へん不快な虚脱状態におちいったままですごす。」

「地下鉄で、若い女が「もう、がんばれそうにないわ」。――わたしもだ……」

「歯医者の家から出て(中略)、W……街の方へあがってくるとき、奇妙な体験をした。この奴隷の身であるわたしが、どうしてこんなバスに乗ることができるのだろうか。ほかのだれかれと同じ資格で、一二スウ出して、バスを利用することができるのはどういうわけだ。これこそ、尋常でない恩恵ではなかろうか。もし、こういう便利な交通機関はおまえのような者の使うものではない。おまえなんかは、歩いて行けばいいのだと言われて、荒々しくバスからつきおろされたとしても、その方がわたしにはまったくあたりまえのように思えるだろうという気がする。奴隷状態にいたために、わたしは自分にも権利があるのだという感覚を、すっかり失ってしまった。人々から何も手荒な扱いをうけず、なにも辛抱しなくてよい瞬間があると、それがわたしにはまるで恩恵のように思える。そういう瞬間は、天から下ってくる微笑のようなもの、まったく意想外な贈りものなのだ。こういう精神状態をこれからもずっと持ちつづけて行きたいものだ。これは理屈にかなった状態でもあるのだから。
 わたしの仲間たちは、こういう精神状態を同じ程度には持っていないと思う。仲間たちは、自分たちが奴隷であることを、十分に理解していないからなのだ。正しいとか、正しくないとかいう言葉が、おそらくかれらにとってはまだ、ある程度まで意味を持っているのだ――すべてが正しくないこの状況において。」

「この経験によって何か得るところがあったか。どんなものであれ、また、何に対してであれ、わたしはどんな権利も持っていないのだという感じ(この気持をなくさないように注意すること)。精神的に自主独立の心を保持していられる能力、このようにいつまでとなく続く潜在的な屈辱の状態に生きながら、それでいて自分では決してはずかしめられた気持を感じずにいられる能力。そしてまた自由な瞬間や、人々との連帯の瞬間があれば、そのたびごとに、こういう瞬間こそ永遠につづくべきものだと信じて、のこりなく十分にそれを味わいつくせる能力。人生との直接的な接触……
 わたしは、もう少しのところで、挫けてしまうところだった。わたしはほとんど、うちひしがれていた、――わたしの勇気も、わたしの自尊心も、この一時期のあいだに、ほとんど失われてしまっていた。この時期のことを思い出すと、わたしははずかしめられた気持ちになる。もっとも本当のことを言えば、このときの思い出は、いまだにわたしからはなれ去ろうとしないのではあるけれども。朝は、非常な不安とともに起き上った。びくびくおそれながら、工場へ出かけた。奴隷のように働いた。昼休みには、胸の張り裂けるような苦痛で一ぱいだった。五時四五分になると、さっそくたっぷりとねむって、朝は早く起きようという気持だけに心をみたされて、帰ってきた(十分ねむったことは一度もなかった)。時間が、耐えられないおもしのようにのしかかってきた。次にどんなことが起こるだろうかというおそれ、――恐怖――のために心をしめつけられ、土曜日の午後と日曜日の朝にだけしか、そういうおそれから解放されなかった。何をおそれていたかというと、命令であった。
 これまで、社会がつくり上げてきた人間的尊厳の感情は打ち砕かれてしまった。これにかわる感情をつくり上げて行かなければならなかった(はげしい疲れのために、ともすると考えようとする能力すら、意識から消え去ろうとする状態ではあったが)。その感情をたえず維持して行こうと努力しなければならなかった。
 こうして、さいごに、自分というものがどんなに大切であるかをさとるのである。」



「工場長への手紙」より:

「わたしは自分の経験から二つの教訓を引き出しました。第一の教訓は、最も苦しいそして予想もしなかったことですが、圧迫というものは、ある程度以上に強くなると、反抗への傾向ではなくて、完全な隷属への殆んど不可抗的傾向を惹起するということです。わたしは自分自身でそれを確かめました。(中略)第二は人類が二種類にわかれているということです。何かの価値を認められる人と何の価値も認められない人と。第二の種類に属していますと、何の価値も認められないことが当然と思えるようになってしまいます。――それは、何も苦しまないという意味ではありません。わたしはそれを当然と考えていました。現在わたしが、心ならずも、何かの価値を認められるようになったのと全く同じように。(わたしは心ならずも、と申しました。なぜならわたしは、人類をふみにじっているこの社会組織の中で、何かの価値を認められるのを恥じていますので、それに反抗しようと努力しているからです)。」


「Rの労働者達へのよびかけ」より:

「率直に表現して下さい。さし控えたり誇張したりしないで下さい。真実を残すところなく言うことはあなたの心の負担を軽くすると思います。
 仲間たちがあなた方のものを読むでしょう。たぶん、かれらの心の底で動いてはいるが言葉では表現できないもの、または表現しようと思えばできるが沈黙を強いられている事柄などが印刷されているのを見て満足することでしょう。もしかれらが違ったふうに感じているならば、それを説明するために、今度はかれらが自分でペンをとるでしょう。いずれにしてもあなた方は、もっとよく相互理解を深めることができるでしょう。仲間意識が広がり、それだけでも大変な収穫でしょう。
 あなた方の上長者達もあなた方のものを読むでしょう。かれらの読むものがいつでもかれらを喜ばせることはないでしょう。それはどうでもいいことです。不愉快な真実を聞くことはかれらにとって悪いことではないでしょう。
 あなた方のものを読んだ後で、かれらはあなた方をよりよく理解するでしょう。きわめてしばしば、本当はいい人間である上長者達が、かれらが理解していないというだけの理由で冷酷な態度を見せます。人間の性格はそういう具合にできているのです。人間はお互いに他人の立場に身を置くことは決してできないのです。」



「ある組合員への公開状」より:

「あなたは上長者達を思い出しますか。残酷な性格の持主達が、いかにあらゆる横柄なことをしたかを思い出しますか。答えることも殆んどできず、家畜のように取り扱われるのが自然かのように思われる位になっていたことを思い出しますか。そこにいたるまでには、どんなに心が多くの苦痛をしのばなければならなかったか。金持達はそれを決して理解できないでしょう。あまりにもきつい仕事を押しつけられたために、あるいは払いが悪いために、または超過勤務が多過ぎるために、あなたがあえて声を立てた時、どんな残酷さで、《いやなら出て行け》と言われたかを思い出しますか。そしてしばしば、あなたは沈黙し、我慢し、隷属しました。そうするか、追い出されるか二つに一つしか方法がないことをあなたはよく知っていましたから。まるで使い古しの道具を廃棄するように、かれらがあなたを外に追い出すのを防止する方法がないことをあなたは知っていました。隷属しても無駄でした。おとなしくしていても追い出されることがたびたびありましたから。それが普通でした。あなたに残された方法としては、黙って飢をこらえ、仕事場から仕事場へと駈け回り、寒さや雨の中を、職業紹介所の扉の前で立っていることしかありませんでした。それらすべてを思い出しますか。火のない時に、湿気が肉体に浸み込むように、あらゆる種類の屈辱があなたの生命全体の中に、浸み込んで心をつめたくしていたのを思い出しますか。
 物事が少しばかり変化したからといって、過去を忘れてはいけません。あなたの力、あなたの理想、あなたの生きる理由を汲み取らなければならないのはこの思い出、この苦痛の中からなのです。金持や強者達は、かれらの生存の理由を、最もしばしばかれらの傲慢さの中に求めます。しかし圧迫されている人達は、それを屈辱の中に求めなければなりません。(中略)自らを守ることによって、かれらは踏みにじられた人間の尊厳を擁護するのです。」
「とりわけ、この厳しかった数年の間、何に最も苦しんだかを思い出して下さい。あなたはよく理解しておられなかったでしょうが、しかししばらく考えれば、それが真実だということを感じられるでしょう。屈辱か不正を押しつけられた時に、あなたがひとりきりで、徒手空拳で、自分を守るための何物も持っておられなかったために、とくに苦しまれました。上役があなたを不当にいじめ、叱った時に、あなたの力の限界を越えた仕事が与えられた時、ついて行けない調子が押しつけられた時、あわれな賃金が払われた時、あなたが路上にほうり出された時に、あなたが必要な資格を持っていないか、それとも四〇才を越えているとかの理由で、職業紹介を拒絶された時、失業手当が削られた時、あなたは何もできなかったし、苦情を訴えることさえもできませんでした。そのことに誰も関心を持たず、みんなはそれを当然のことと考えていました。あなたの仲間たちは、あなたのことを思い出そうとさえしませんでした。もし抗議でもしようものなら、自分が危くなるだろうことを恐れていました。あなたがある仕事場の門から追い出された時、あなたの一番仲のいい仲間は、時としては、工場の門前であなたと一緒にいるのを見られることを迷惑がっていました。仲間たちは黙っていて、ぶつぶつ言うのがやっとでした。自分の苦痛で精一杯でした。
 何とひとりぼっちと感じたことでしょう。思い出しますか。心が冷却する位ひとりきりでした。武器も援助もなく、ただひとり捨てられ、何でもできる上役や雇主や金持や強者達の意のままに、かれらにはすべての権利があるのに自分達には何の権利もなく、世論は無関心でした。雇主が工場内で絶対的支配者であるのは当然だと思っていました。苦しまないかれらは、苦しみを知らない機械を支配し、同時に苦しみを知っている生身の機械も支配していました。しかしこの生身の機械は、もし苦しみを訴えると、もっと苦しまなければならないだろうということを知っていましたので沈黙していなければなりませんでした。あなたはこの生身の機械のひとつでした。資本主義社会の中では、ポケットの中にお金を持っている者だけが人間たることを主張し、尊敬を要求し得るということをあなたは毎日確かめていました。もしあなたが、尊敬をもって待遇してくれと要求されたら、人に笑われたことでしょう。仲間達の間でさえ、上役達が自分たちを取扱うのと同じような具合に、お互いを取扱い合いました。大都市の市民、大工場の労働者でありながら、あなたは自然の猛威にさらされた砂漠の中の人間のように孤独で無力で、頼り得る物のない存在でした。社会は金のない人間に対して、風や砂や太陽と同じように無関心でした。社会生活の中で、あなたは人間であるよりも一個の物体でした。そしてそれが余りにも厳しい時に、あなた自身、自分が人間であることを忘れてしまう位でした。」




こちらもご参照下さい:

シモーヌ・ヴェーユ 『ギリシアの泉』 (冨原眞弓 訳/みすずライブラリー)
















































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ひとでなしの猫

Author:ひとでなしの猫
ひ-2-改(ひとでなしの猫 2 改訂版)

◆「樽のなかのディオゲネス」から「ねこぢる」まで◆

難破した人々の為に。

分野: パタフィジック。

趣味: 図書館ごっこ。

好物: 鉱物。スカシカシパン。タコノマクラ。

将来の夢: 石ころ。

尊敬する人物: ジョゼフ・メリック、ジョゼフ・コーネル。

ハンス・アスペルガー・メモリアル・バーベキュー。

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